【黄昏】のマスター 作:nothing
七草先輩と別れ、先を行く司波を追いかける。
講堂前でやっと追いついたよ。歩くの速いなこいつ。
「置いてきぼりはひどいぜ~」
「……すまない」
司波は浮かない顔で謝ってくる。
なんか事情でもあるのかな?
「別に気にしてねーよ。それより早く入ろう、席が埋まっちゃうぜ」
「ああ、そうだな」
暗い雰囲気は苦手だ。なるべく明るく入場を促し、二人で座れる席を探す。
先輩と話し込んでたからか半分くらい席が埋まっているな。
「ん? 座席って指定されてるのか?」
演台が底になっている擂鉢上の構造ではなく、演台を見上げる座席配置は、この講堂が講義用ではなく式典用であることを示している。
空席を探して見渡していると、座っている生徒たちに違和感を覚えた。席は空いてるのに人の近づかない空間がある。
「前半分が一科生、後ろ半分が二科生と分かれて座っているようだな」
「ええ……、面倒なことしてるなぁ」
座席の指定はなかったはずだ、と俺の疑問に答えながら言う。
入学式からこんな幼稚な差別意識が蔓延ってんの?馬鹿馬鹿しい……。お、近くに空いてるとこ見っけ。
「なあ、あそこ座ろうぜ」
見つけた空席を指さして知らせる。後ろ三分の一辺りの中央に近いところに、6人がけの席が一列空いていた。
「…………」
「司波? どうした?」
なんか黙りこくってこっち見てるけど、もしかしてあの席気に入らない? もっと前に行く?
「いや、詠原は変わってるな、と思っただけだ」
「? よく分からんけどとりあえず座ろうぜ」
司波と並んで、列の端から座る。ちなみに俺が内側で司波が外側だ。
司波が壁の時計を見上げ、俺もつられて時計に目を向ける。あと20分くらいか。
「…………、いや大丈夫だな」
「妹さんのことか?」
「ああ、あの娘がこんな直前にじたばたするはずがないからな」
何か考え込むように黙っていたが、それを振り払うように首を振る。総代を担っている妹さんのことを考えていたらしい。司波は安心したように椅子に深く座りなおし、俺も背もたれに深く寄りかかる。
それにしても講堂の中ってけっこう暖かいな、ブレザー脱いどこう。
「あの、お隣は空いていますか?」
横から、声が掛かった。声のほうを見ると司波の隣に大人しそうな女子生徒が立っている。
まだ空席は少なくないのに、何故わざわざ見知らぬ男子生徒二人の隣に座りたがるんだ?
「詠原、いいか?」
「もちろん。遠慮なくどうぞ」
司波がこちらに振り向いて聞いてくる。
席は空いているし、ゆったりした椅子だから隣に座られて窮屈になることもないから、断る理由が見当たらない。
彼女から気弱そうな印象を受けたのでできるだけ愛想よく答える。
「ありがとうございます」
そう頭を下げて腰掛ける少女の横に次々と三人の少女が腰を下ろす。
なるほど、四人一続きで座れる場所を探していたのか。友人、なんだろうけど、この学校に四人も同時に合格って珍しいんじゃないかな。
「あの……」
そんな益体もないことを考えていると、また声を掛けられた。一体なんだろうか?
間違いなく知り合いではないし、肘が当たってる訳でも足が当たっている訳でもない。まあ、俺に何か非があるなら謝るしかないんだけどな。
「どうしました?」
「私、柴田美月っていいます。お二人ともよろしくお願いします」
予想に反した自己紹介。外見と受けた印象から、そういった自己アピールが得意なタイプとは思えなかった。
無理してそうだけど、彼女は勇気を出して挨拶してくれてるんだよね。ちゃんと返事しないとな。
「司波達也です。こちらこそよろしく」
「詠原 尊です。よろしくね」
司波も同じことを考えたのか、柔らかい態度で挨拶を返す。大きな縁無しレンズの向こう側の瞳にホッとした表情が浮かんだ。
あ、司波が興味深そうに柴田さんを見てる。まあ、メガネかけてる人って珍しいしな。それともこういう娘がタイプなのかも。
「あたしは千葉エリカ。よろしくね、司波君に詠原君」
「こちらこそ」
「うん、よろしく」
こんどは柴田さんの向こう側に座った少女の声。
柴田さんにはいい助け船になったな。
見つめていた本人は気づいていないけど、柴田さんの羞恥心が限界に近づいていた。
「でも面白い偶然、と言っていいのかな?」
こちらは友人と違って、物怖じも人見知りもしない性格らしい。ショートの髪型や明るい髪の色、ハッキリした目鼻立ちが、活発な印象を増幅している。
「何が?」
「だってさ、シバにシバタにチバでしょ? 何だか語呂合わせみたいじゃない。チョッと違うけどさ」
「……なるほど」
「俺は仲間外れか……?」
確かにちょっと違うが、言いたいことは分かる。
仲間外れだけど。
千葉さんは笑いながら、ゴメンゴメンと軽く謝ってくる。残りの二人からはホントだ、とか、面白~い、とか、少し場違いな笑声が放たれたが、周りから白い目を向けられるほどではない。まあ周りもまだ騒がしいしね。
「四人は、同じ中学?」
残り二人の自己紹介が終わったところで、司波が質問する。ちなみに残りの二人は、高橋早希さんと石神紫乃さんという。
「違うよ。全員、さっきが初対面」
千葉さんの答えは、意外なものだった。意表をつかれた司波の表情が可笑しかったのか、クスクス笑いながら説明を続ける。
「場所が分からなくてさ、案内板と睨めっこしていたところに、美月が声をかけてくれたのがきっかけ」
「……案内板?」
司波が不可解そうに聞き返したけど、司波の疑問は理解できる。
入学式のデータは会場の場所も含めて、入学者全員に配信されている。携帯端末に標準装備されたLPS(Local Positioning System)を使えば、仮に式の案内を読んでいなくても、何も覚えていなくても、迷うことは無いはずだ。
「あたしら、三人とも端末持って来てなくてさ」
「だって、仮想型は禁止だって入学案内に書いてあるんだもん」
「せっかく滑り込めたのに、入学式早々目をつけられたくないし」
「あたしは単純に忘れたんだけどね」
「そういうことか……」
「真面目なんだな、千葉さんを除いて」
「詠原君ヒドくない!?」
いや、校則を守ってる二人と単に家に忘れた千葉さんは比べたらいけないでしょ。忘れたってことは持ってくる気だったわけだし。
◇◆◇◆◇◆◇
司波の妹の、深雪さんの答辞は、司波の言うとおり見事なものだった。
「皆等しく」とか「一丸となって」とか「魔法以外にも」とか「総合的に」とか、
その態度は堂々としていながら初々しく慎ましく、本人の並外れて可憐な美貌と相乗して、新入生・上級生の区別無く、男たちのハートを鷲掴みだっただろう。
さて、式の終了に続いてIDカードの交付がある。
予め各人別のカードが作成されている訳ではなく、個人認証を行ってその場で学内用カードにデータを書き込む仕組だから、どの窓口に行っても手続可能なのだが、ここでもやはり、自然と科ごとの壁が生まれてしまう。クッキリ分かれているところを見ると
、そういう訓練でも受けてきたのかと思っちゃうよ。
俺はそんなこと気にしないから、司波たちと一緒に列に並ぶ。柴田さんたち女子が先に並び、俺が最後尾にいる。
「司波君と詠原君、何組だった?」
「E組だ」
「やたっ! 同じクラスね」
「私も同じクラスです」
「あたし、F組」
「あたしはG組だぁ」
この学校は一学年八クラス、一クラス二十五人。こういうところは平等だ。
もっとも、一科生はA組からD組、二科生はE組からH組と決まっており、一科生と二科生が同じクラスになることは無い。
司波と柴田さんと千葉さんが同じクラスなんだって。
「詠原君は?」
「……A組」
何が言いたいかというと、俺だけ仲間外れということさ……。なんなんだよこのクソシステム。
「え? もー嘘ばっかり……、ってホントにA組じゃん!」
「詠原君、一科生だったんですか……!?」
「え? 言ってなかった?」
俺は手に持っていたブレザーを広げて左胸を見せる。司波以外の四人は目を丸くして驚いている。
ホントだ……、とかうっそ~、とか小さく呟いてるけど、そんなに驚くことかな?
なにやら一騒動あったが、高橋さんと石神さんはそれぞれここで別行動となった。
司波いわく、二科生徒の全員が拘りを抱えている訳ではなく、ちょっと背伸びした名門校に受かっちゃった、という意識の生徒も結構いるとのこと。
あの二人は多分、それぞれ、同じクラスで一年間を共有する友人を探しに行ったのだろう。
「俺はホームルームには行かないけど、三人はどうする?」
この後は自由参加のホームルームだけで、今日はもう授業も連絡事項もない。俺としてはせっかくできた友人たちと親交を深めたいところだ。
千葉さんと柴田さんは予定は無いそうだが、司波は妹さんと待ち合わせているらしい。
「へぇ……司波君の妹なら、さぞかし可愛いんじゃないの?」
「妹さんってもしかして……新入生総代の司波深雪さんですか?」
「えっ、そうなの? じゃあ双子?」
千葉さんが俺とまったく同じことを質問している。
やっぱりそう思うよね。
「よく訊かれるけど双子じゃないよ。俺が四月生まれで妹が三月生まれ。それにしてもよく分かったね。司波なんてそんなに珍しい苗字でもないのに」
「いやいや、充分珍しいって」
千葉さんに同意。佐藤とかならともかく司波なんかテレビでも聞いたことないぞ。
「面差しが似てましたから……」
「似てるかな?」
「そう言われれば……うん、似てる似てる。司波君、結構イケメンだしさ。それ以上に顔立ちがどうとかじゃなくて、こう、空気みたいなものが」
「イケメンって何時の時代の死語だ……。それに顔立ちが別なら、結局似てないってことだろうに」
「そうじゃなくってさ、うーん、何て言えばいいのか……」
「顔っていうよりは雰囲気が似てるよな。二人とも落ち着いてそうで」
そうそう、雰囲気って言いたかったのよ! と千葉さん。
「お二人のオーラも、凛とした面差しがとてもよく似ています。流石に兄妹ですね」
「千葉さん……君って実は、お調子者だろう。
それにしても柴田さん、オーラの表情なんて、そんな細かいところまで分かるのか? その、それ掛けてて……さ」
お調子者ぉ? ヒドーイ、という千葉さんの抗議を聞き流して、歯切れ悪く問い掛けた言葉に、柴田さんは目を丸くした。
“それ”ってメガネのことか?
「司波君こそ、分かるんですか!? このメガネが、オーラ・カットだって」
「分かった訳じゃないけど……、そのメガネ、度が入っていないよね。
ファッションで掛けているようにも見えないし、過敏症じゃないか、って」
あのメガネ、オーラ・カット用なのか。かけてる人初めて見たな。
「わぁ……そのとおりです」
「……司波君、鋭過ぎ。名探偵シャーロック・タッちゃんの称号を進呈しましょう」
司波の推理に柴田さんは感嘆のため息をつき、千葉さんはニヤニヤしながら司波にニックネームをつけようとする。だが、司波は少しも動じず切り返す。
「じゃあ千葉さんは、探偵助手ワトソン・エッちゃんに任命してあげるよ」
「……ゴメン、エッちゃんは勘弁して」
「俺はいいと思うけどな~、ワトソン・エッちゃん」
「ホントにやめてって!」
良くない? ワトソン・エッちゃん。
苦い顔の千葉さんの隣で、柴田さんがクスクス笑いをこぼす。緊張が取れたのか、随分雰囲気が明るくなっていた。
地は、結構笑うタイプみたいだな。
「……そろそろか」
司波が小さく呟く。
何が? と聞こうとしたが、それより先に背後から女性の声がし、司波が振り返る。
「お兄様、お待たせ致しました」
司波の前には、先ほど新入生総代を務めた妹さんが立っていた。うん、やっぱり似てる。