【黄昏】のマスター 作:nothing
「お兄様、お待たせ致しました」
司波と待ち合わせていた妹さんが合流した──二人の待ち合わせに、俺たちが居合わせたという方が正しい──が、この場に居るのは俺たちと司波兄妹だけではない。
「こんにちは、司波君、詠原君。また会いましたね」
人懐こい笑顔に、司波と俺は無言で頭を下げた。
ホントによく顔を合わせるな、
俺は面食らっていたし司波も頭を下げただけ。愛想に乏しい応対にも関わらず、七草先輩は微笑みを崩さない。
ある種のポーカーフェイスなんだろうな。
「お兄様、その方たちは……?」
隣と後ろについてくる上級生を気にしながらも、妹さんは兄の傍らで親しげにしている者たちに対する興味が勝ったようだ。
「こちらが同じクラスの柴田美月さんと千葉エリカさん。そしてこっちが詠原だ」
「そうですか……早速、クラスメイトとデートですか。お兄様がこんなに手の早い方だとは存じませんでした」
「そんな訳ないだろ、深雪。お前を待っている間、話をしていただけだって。そういう言い方は二人にとっても失礼だよ?」
棘の生えた言いがかりを苦笑混じりで宥める司波。
さすがにデートは言い過ぎでしょ。それとも実は司波は浮名を流していたりするのか?
兄のたしなめに軽い非難の色を見たのか、司波さんは一瞬だけハッとした表情をした後、笑顔を浮かべてこちらに向き直る。
「……はじめまして、柴田さん、千葉さん、詠原君。司波深雪です。わたしも新入生ですので、お兄様同様、よろしくお願いしますね」
「柴田美月です。こちらこそよろしくお願いします」
「よろしく。あたしのことはエリカでいいわ。貴女のことも、深雪って呼ばせてもらってもいい?」
「ええ、どうぞ。苗字では、お兄様と区別がつきにくいですものね」
「よろしくね司波さん。……なあ司波」
「なんだ?」
司波さんに挨拶をしてから司波を呼ぶ。
「妹さんの言うとおり、呼びにくいから達也って呼んでいいか? 俺のことも尊でいいからさ」
「まあ、構わないが……」
司波改め達也と会話しているうちに女性陣は打ち解けたようだ。千葉さんが盗み聞きしていたらしく、こちらの会話に割り込んできた。
「あっ、詠原君ズルい! それならあたしも達也くんって呼ぶわね」
「おっとエッちゃん! 盗み聞きはマナー違反だぜ?」
「エッちゃんはやめてって言ってるでしょ!?」
そんな風に千葉さんとコントをしている間に、達也が司波さんに声をかける。
「……深雪。生徒会の方々の用は済んだのか? まだだったら、適当に時間を潰しているぞ?」
「大丈夫ですよ」
応えは、異なる相手から返された。
「今日はご挨拶させていただいただけですから。深雪さん……と、私も呼ばせてもらってもいいかしら?」
「あっ、はい」
「では深雪さん、詳しいお話はまた、日を改めて」
「しかし会長、それでは予定が……」
「予めお約束していたものではありませんから。別に予定があるなら、そちらを優先すべきでしょう?」
尚も食い下がる気配を見せる男子生徒を目で制して、七草先輩は司波さんに、そして達也に、意味有りげな微笑みを向けた。
「それでは深雪さん、今日はこれで。司波君と詠原君もいずれまた、ゆっくりと……」
会釈して立ち去る七草先輩の背後に続く男子生徒が振り返り、舌打ちの聞こえてきそうな表情で達也を睨んだ。
なんだあの人……?
「……すみません、お兄様。わたしの所為で、お兄様の心証を」
「お前が謝ることじゃないさ」
表情を曇らせた司波さんのセリフを最後まで言わせずに、達也は首を横に振って、ポン、と妹の頭に手を置いた。そのまま髪を梳くように撫でると、沈んでいた表情が陶然の色を帯びる。
おいおいマジかよ……。いくら兄妹だからって平気な顔して、頭撫でるなんて……。
「……達也って真面目そうに見えて意外とプレイボーイなんだな」
「誰がプレイボーイだ」
手を止め、俺の呟きにツッコミを入れる。
いや、プレイボーイだろどうみても。ほら、千葉さんもうなずいてるじゃん。
「あの、せっかくですからお茶でも飲んでいきませんか?」
「いいね、賛成! 美味しいケーキが食べられるカフェがあるらしいんだ〜♪」
身のない会話のなかに投げ掛けられたのは、ティータイムのお誘い。千葉さんはいち早く賛成している。
俺ももちろん賛成だ。
「入学式の場所はチェックしていなかったのに、カフェは知っているのか……?」
「当然! 大事なことでしょ?」
「当然なのか……」
達也が痛いところをつくが、千葉さんは胸を張って当然だと答える。その言葉に達也は思わず苦い顔だ。
「お兄様、どういたしましょうか?」
だが、その暴言にショックを受けているのは、達也だけらしい。
司波さんにも、式場より嗜好品を優先した非常識には、気を留める素振りもなかった。
まあ彼女は、事情自体を知らないんだけど。
「いいんじゃないか。せっかく知り合いになったことだし。同性、同年代の友人はいくらいても多過ぎるということはないだろうから」
ほとんど考え込むことなく、達也は頷いた。
深く考えられた台詞ではないので、そこには彼の何気ない本音が表れている。
ノータイムで返答かつ、自分のことは思考の埒外ってすげえな。
「司波君って、深雪のことになると自分は計算外なのね……」
「妹さん思いなんですね……」
褒められているのか呆れられているのか、配合がそれぞれに異なる眼差しを前に、達也は苦い顔で黙り込むことしか出来なかった。
◇◆◇◆◇◆◇
千葉さんの案内で街を歩く。彼女によれば、歩いて数分くらいの好立地で利便性もバツグン! なんだとか。
それにしてもこの方角で徒歩数分というと、『
「ここよ!」
着いたみたいだな。よぉし、どんな店か見定めてやる! ってここは……。
「『喫茶 月詠』ですか……」
「エリカ、本当にここなの? 《CLOSE》の札がかかっているけれど」
「え、嘘!? 開いてないの!?」
「…………」
千葉さんが驚愕したり、司波さんが不安そうな顔をしたりしてるけど、俺はそれどころではない。
はあ、噂の店ってウチのことかよ……。なんか一気に力抜けたよ……。
「どうするのエリカ?」
「どうするって言われても……。ホームページには水曜・日曜休業って書いてあったから、開いてるはずでしょ~!」
千葉さんが怒りで爆発している。
そんなにケーキ食べたかったんだね……。今日は休みのつもりだったんだけどなあ、まあいいか。
「あれ、詠原君? お店は開いてないですよ?」
柴田さんが不思議そうにしているが、俺は構わずガチャガチャと鍵を開ける。店のドアを開いて4人を迎え入れる。
4名様ご来店で~す。
「いらっしゃいませ~」
「え、ちょっ、詠原君!? なんで鍵持ってるの!?」
「どういうことだ、尊?」
達也が説明を求める。
どういうことって言われてもね、まあ簡単にいうと……、
「ここ、俺の家」
信じてもらうのに5分かかりました。
◇◆◇◆◇◆◇
「このテーブルを使ってね」
ドアには《CLOSE》の札をかけているので、4人を外から見えない席に案内する。
他のお客さんが来ても面倒だし。さあて、ご所望のスイーツを持ってこよう。
「本当にいいんですか? お休みなのに開けてもらって……」
「ん? だいじょぶだいじょぶ、友達にご馳走するだけだよ」
柴田さんが遠慮しているようで、おずおずと聞いてくるが、少しおどけて返す。実際、問題はない。スイーツと飲み物くらいならすぐに用意できる。
「はい、おまちどおさま」
スイーツと紅茶を4人の座るテーブルへ運ぶ。女性陣は待ちきれなかったみたいで、すぐにフォークを手に取り、ケーキを口に運ぶ。
「このアップルパイ美味しい~!」
「こちらのチーズケーキも美味しいです。口どけがよくて、ジャムもよく合います」
「お兄様、一口いかがですか?」
「ああ、もらおうか。……、美味いな」
ウチのスイーツは好評のようだ。よかったよかった。
一部兄妹があーんとかしてるけど。
「それじゃあ俺も、いただきます」
達也の隣に座り、皿の一品へゆっくりとフォークを差し向ける。サクリ、と生地が鳴り、中には絶妙に火の通ったリンゴがこれでもかと内包されている。
これは、千葉さんが食べているのと同じアップルパイ。当店イチオシの人気メニューだ。
一口分をフォークの横で切り離し、口に運ぶ。
口のなかを一気に駆け抜ける、リンゴの豊潤な香りと甘さ。一口噛めばその度に果汁が溢れ、だけれどもその甘さは全くしつこくない。生地も薄いながら、リンゴに負けないくらいに主張している。
うん、美味い!
「尊、コーヒーをもらえるか?」
「はいはい、少々お待ちを」
おっと、達也からコーヒーの注文だ。
フォークを皿に置き、コーヒーポットを取りにキッチンへ向かう。
達也の前にカップとソーサーを置き、そこへコーヒーを注ぐ。
「はい、どうぞ」
「すまない」
席に着きながら促すと、達也はすぐに口にする。美味そうに目を細め、息を吐く。
「ケーキも美味いが、このコーヒーも美味いな。どんな豆を使っているんだ?」
「おっと、これは当店オリジナルブレンドだから、教えられないな。気に入られたなら、今後ともご贔屓にしてくださいな」
「ふふっ、そうだな。また来よう」
達也と軽口を叩きながらケーキとコーヒーを楽しむ。女性陣も歓談しているようだ。これはリピーター獲得かな。
結局、昼も過ぎたため、昼食も提供した。
短くない時間お喋りに興じていたので、4人が身支度を始めたのは夕方も近い時間帯になっていた。
「ごちそうさまでした、詠原君。今日はありがとうございました」
「ホントに美味しかったよ~。こりゃ常連になるしかないね」
「すまないな、休業日なのに開けてもらって」
「いいのいいの。じゃあ、また明日ね」
店の前で4人を見送る。彼らは駅からコミューターに乗って帰宅するそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇
店に戻り、戸締まりをしてから居住スペースに入る。
「もうこんな時間か」
家事をこなしながら呟く。もう夕食の時間だ。
パパッと食事を済ませて、庭に出て日課に移る。
「1……、2……、3……、4……」
規則的なリズムで竹刀を振るう。素振りが終われば、型稽古、実戦稽古と続くのだが、相手となるじいちゃんが死んでからは実戦稽古はしていない。
「結局最期まで勝てなかったなあ……。よし、始めるか」
生身の相手の代わりに、脳裏に焼き付いた
先手はむこうだ。上段から切り下ろし。それをなんとか右に流してカウンターの下段切り。相手は一歩だけ足を引き、避ける。完璧に見極められている。
じいちゃんに容赦などない。隙を見せた俺に、引いた足で踏み込み、強烈な振り下ろし。
食らえば、死。
──ガギギッ!
間一髪、膝立ちになりながらも防ぐことができた。鍔迫り合いながら、徐々に立ち上がる。
「オ、アア"!」
気合いで剣を押し返し、距離をとる。
ジリジリと間合いを計り、一歩で懐へ飛び込む。
「シッ!」
低い姿勢から飛び上がるように切り上げ。相手はそれに対応し、剣を合わせてくる。とっさに軌道を変えて腕を狙う。これも合わせられた。ぬるりと滑るように刃を持ち上げられそのまま弾きあげられる。
「やばっ……!」
大きな隙が生じ、相手は剣を胸元に引き戻す。突きの構えだ。身体が大きく伸び、こちらに防御する術はない。なんとか躱すしかない。
動け……!
──ズドンッ!!
幻聴だろうが、俺の耳にははっきりと心臓を貫かれる音が聞こえた。突きを受けた勢いのまま、後ろに倒れる。
「くそ~! 勝てねえ!」
倒れこんだ姿勢のまま突かれた胸に手を当て叫ぶ。この三年、一度も勝てたことはない。
というか、この幻影(俺の記憶にあるじいちゃん)すら、手加減してたらしいし。どんだけ化け物なんだあの人。
「まだまだだなぁ……。よっし、シャワー浴びて寝よう」
“無為だと思えることこそが歩みにつながる。今日も今日とて道半よ”
じいちゃんの言葉を思い出しながら家に入る。
明日も早いし、さっさと寝よう。
しかし、端からみたら一人でチャンバラやってるように見えるんだろうなぁ……。
……考えないようにしよう。