【黄昏】のマスター 作:nothing
引率の先生に付いて、司波さんを先頭にして男子四人・女子三人の計七人の大所帯で、廊下を歩く。
他の生徒の中には、輪に加わりたそうな者もいるが、気後れしているのか、話しかけてはこない。
とはいえ、俺たちのグループも皆が和気藹々と会話している、というわけでもない。
具体的には、前から女子三人・俺・男子三人といった並びで、女子と話しているのは俺だけだ。
森崎よ、さっきのガッツはどうした。
「おい、詠原」
「なんだ?」
その森崎は不機嫌そうだ。司波さんと話せなくてイライラしてるのかな?
「どうして割り込んできたんだ」
「割り込むってさっきのことか?」
「そうだ。せっかく僕が司波さんを誘っていたのに……!」
はあ……、司波さんが迷惑そうな顔をしていたのに気づいてないみたいだ。
「悪かったよ。でも、この後の見学でいいとこ見せればいいじゃないか」
「それはそうだが……」
不服って顔に書いてるな。分かりやすいやつだ。
実習室に到着し、先生の説明を聞く。上級生の行っている実験を見ていくようだ。
先生の質問に森崎が手を挙げて答えるが、先生の望むものではなかったらしく、不正確だと言われてしまった。
「司波さん、分かりますか?」
お、今度は司波さんが指名された。
「放出系魔法は────」
彼女の正確かつ簡潔な回答に、先生も満足なようで司波さんを誉めている。
周囲の生徒たちも、司波さんの評価を上方修正させ、羨望の眼差しを向けている。
完全に当て馬にされた形になった森崎も、俺の敵をとってくれたんだよ! と嬉しそうだ。
さすがにそれはないと思うぞ、森崎。
午前中の見学は恙無く進み、昼の休憩時間になる。
今の時刻は12時10分だ。午後の見学は13時40分からなので、時間にはかなり余裕がある。
司波さんが食堂に行くというので、みんな、食堂に向かうみたいだ。
どうせ行き先は同じなんだし、ここは流れにのってしまおう。
◇◆◇◆◇◆◇
第一高校の食堂は高校の学食としてはかなり広い方になるが、新入生が勝手知らずという事情からこの時期は毎年混雑するという。
噂通りの混み具合にうんざりしながらも、無事に昼食を購入。
司波さんを中心に人の群れができていて歩きにくいうえ、通行の邪魔になるので、今は一人で歩いている。
空席を探してキョロキョロしていると、達也たちを発見した。
「おーい、ここ空いてる?」
席に近づき、通路側に座っている千葉さんに聞く。
「あ、詠原君だ。うん、空いてるよー」
「ありがとう」
達也たちが座っているのは四人がけのテーブル席だ。
四人がけと言ってもかなりゆったりした長椅子の対面式で、男子生徒でも詰めれば片側に三人は座れる。
達也ともう一人の男子が座っている側に腰を下ろす。
女子がもう一人くらいなら座れるな。
「こいつが達也の言ってた詠原ってやつか?」
「ああ、そうだ。尊、彼は……」
「西城レオンハルトだ。得意魔法は収束系の硬化魔法。レオでいいぜ」
ざっくばらんな自己紹介だ。聞いていて気持ちがいいな。
「よろしく、レオ。俺は詠原 尊だ。俺も尊って呼んでくれ」
「よろしくな、尊。得意魔法はあるのか?」
「得意魔法か……。特にない、かな」
「一科生なのにか?」
「得意なものがないっていうか、器用貧乏といったほうがいいのかも」
「へー、そんなやつもいるんだな」
「入学したばかりだしな、そんなに差があるわけないさ」
レオは千葉さんと同じく、明るい性格だな。すごく話しやすい。
「詠原君は、お一人なんですか?」
「うん、司波さんが大人気でね。巻き込まれそうだから逃げてきたんだ」
柴田さんの質問に答えながら、後方を振り返る。そこには、多くの生徒たちが寄って集って司波さんに話しかけている、という光景があった。
彼ら彼女らは皆、司波さんと仲良くなりたくて仕方ないのだろうが、正直いって見苦しい。
「うおっ、すっげえ人だな。あれ全部達也の妹のファンか?」
「ホント、深雪ってば凄い人気なのね」
「でも、周りの人の迷惑じゃないかしら……?」
柴田さんの言うとおり、周りの人にも渦中の司波さんにも迷惑がかかっている。自分の都合だけしか考えていないので、相手の迷惑になっているのがわからないのだ。
現についさっきまでは近くにいた光井さんや北山さんは、心配そうに遠巻きから見ているだけだ。
「深雪も呼んじゃおうか。そしたら取り巻きも諦めるでしょ!」
「いや、多分逆効果に……」
どういう事態になるかは想像に難くないので制止しようとするけど、一足遅かった。
千葉さんはそういって立ち上がり、司波さんに向かって大きく手を振る。
「深雪ーっ、こっちだよー!」
千葉さんの声が届いたらしく、司波さんはこちらに顔を向け、満面の笑顔を咲かせる。
達也を見つけたことがよほど嬉しいのだろう。
「エリカに美月、それにお兄様!」
小走りでこちらに駆け寄ってくる司波さん。当然、取り巻きたちもそれに合わせて移動してくる。
光井さんたちも側まで来たが、空席が一つしかないことに気づいたようだ。
「すみません皆さん。私はここでお兄様と」
「じゃあ、私たちはあっちで……」
「ちょ、ちょっと待ってよ司波さん!」
光井さんたちが気を遣って他の席を探そうとしたとき、他の生徒がそれを遮る。
彼らとしては、司波さんと相席をして仲良くなりたいのだ。それなのに
最初は狭いとか邪魔しちゃ悪いとかそれなりにオブラートに包んだ表現だったが、司波さんの意思が意外に固いと見るや、相応しくないだのけじめだの、果ては食べ終わっていたレオに席を空けろと言い出す者まで出る始末。これにはレオも爆発しそうだ。
いやぁ、流石にここまで失礼なことをするとは思わなかったよ。何様なんだろこいつら。
「レオ、抑えろ。深雪、俺たちはもう行くよ」
「しかしお兄様……」
レオをたしなめながら、達也が席を立ち、それに続いて他の三人も立ち上がって食堂を出ていく。千葉さんやレオは一科生を視線だけで退かせていた。あれは相当頭にキテるな。
司波さんは柴田さん達に目で謝罪している。口に出せばまた蒸し返すだろうしね。
「さあ司波さん、空きましたよ」
「え、ええ……」
森崎が紳士ぶって司波さんに席を勧める。司波さんは暗い表情をしまって、礼を言いながら席に座る。
無理してるのがバレバレだな。
主役が着席したのを見て、次々に席が埋まっていく。
この場にいる理由もないし、俺も出ていこう。少なくともこういう人ばかりなら関わる意味はもう無いかな。光井さんや北山さんとは仲良くしていきたいけどね。
「あれ? 詠原どこに行くんだ?」
森崎が立ち上がった俺に声をかけてくるが、視線すら向けずに食堂を出る。
じゃあね司波さん、
◇◆◇◆◇◆◇
午後の見学も
特に目的もないまま散策しているうちに、疎らながら有った新入生の姿も消え、廊下には足音だけが響いている。
──プシュー
「ん?」
空気の抜けるような音が聞こえ、そちらに目を向ける。
「『第二資料室』か。今の音はここから?」
音の出所は数メートル先の『第二資料室』とやら。今は授業中だから中に誰か居るとしたら教職員だろう。
「生徒立入禁止とは書いてなかったよな。ちょっと入ってみるか、って何だあれ?」
「よいしょ……、うんしょ……」
開いたままの扉から室内を覗いていると奥から高く積み上げられた本の塔が近づいてくる。
誰かの魔法か……?
「よいしょ……、うんしょ……。うう~重たいです」
よくよく見ると、背の低い女子生徒が大量の本を抱えている。視界が本で遮られているようでフラフラと覚束ない足取りで危なっかしい。
かなり重たそうだし手伝ってあげようかな。
「あの、少し手伝おうか?」
「えっ!? あ、わっ、きゃああぁぁぁ!?」
「おっと」
「わぷっ」
急に声をかけたからか、彼女は驚いてつんのめってしまった。当然抱えていた本たちは宙を舞う。
顔を床にぶつけそうだったので、とりあえず抱き留めた。
セクハラだって言われたら土下座だ。
「大丈夫?」
「……へ?」
とてもじゃないが高校生とは思えないほど小柄な少女に問いかける。彼女はなにがなんだか分からないようで、目を白黒させている。
「え、え? あの、あれ?」
やや間があって、今度はワタワタと狼狽えた様子でキョロキョロし始めた。なんだか小動物みたいな人だ。
落ち着くまでもう少しかかるだろうから、散らばった本を集めておこう。
「あの、ありがとうございました」
本を集め終えたと同時に彼女も落ち着いたようで、お礼を言ってくれた。
「いや、こちらこそ驚かせてしまってゴメンね」
驚かせたことと本を落とした原因は俺なのでしっかり謝罪する。最悪、怪我する危険もあったわけだし反省しないとな。
「いえ、謝らないでください。私の不注意もありましたし……」
「そう言われてもね……。じゃあこの本を運ぶのを手伝わせてくれない?それで罪滅ぼしってことで」
「え……?で、でもあなたに悪いですよ〜」
大量の本を抱えさせるのも心配なのでお詫びも兼ねて手伝いを申し出るが、恐縮した様子で断られた。
いや、身長の3倍くらいの高さまで積まれた本を女の子1人に運ばせるのはちょっと……。
「大丈夫、今暇だし。手伝わせてよ」
「うぅ……、じゃ、じゃあお願いします〜」
「うん、任せて」
了承してもらえたので早速積んであった本の山を抱える。
「で、これはどこに運べばいいの?」
「あ、案内しますね!」
こっちです〜、と資料室を出て先導してくれる女の子。俺は彼女に従って廊下を進み、十分ほどで目的地に着いたらしい。
「ここです!どうもありがとうございました〜」
「どういたしまして」
目の前のドアには『生徒会室』と彫られたプレートが掲げられている。
え……?生徒会室?
「いま鍵開けますからね〜」
困惑する俺に気付かずに、彼女は鍵を開けてドアを開く。そして、室内へ一歩踏み入れるとまるで俺を出迎えるかのように振り向いて言った。
「ようこそ第一高校生徒会室へ!」
タメ口きいちゃったこと謝らないとな……。