2026年といえば、どんな年だったろうか。
アメリカの大統領にトランプが続投され、物議を醸し出した年。
暗く重くなっていく現実に比例するように、仮想現実「VR」への研究が一段と進んだ年。
とはいえ、VRはまだまだ発展途上。その理由の一つにVRユーザーの少なさが伺える。
無理も無い。まだ完璧とはいえないシステムに、何十万の金を注ぎ込める人間はそうはいない。
……しかし、だからこそ僕は浮かれている。
2026年を振り返りながら、僕は震える手で「それ」を持ち上げる。
「ついにきた……」
「それ」は黒いガラス細工でコーティングされた、VRのへっどセットだ。
いち大学生の身分である自分だが、春休みをフルに使い稼いだ件を注ぎ込む事でようやく手にすることが出来た科学の結晶。
発展途上? 関係ない。むしろ、だからこそ価値があるのだ。
僕はいわば、そういった類の人間。珍しい物というか、マニアックな世界のアイテムに異常に執着するタイプ。
収集マニアみたいな感じだけど……でも、今回はちゃんと目的もあるのだ。
2026年の話には続きがある。むしろ、こっちが本題と言っていいくらい。それは今、自室のPC画面に大きく映し出されている。
そう、2026年、それは――
『新生東方Project第一弾 30周年記念作品 東方霊異伝』
『この夏、VRで新たな「東方」が始まる……』
『東方Project』。
言わずもがな有名なこの作品が、新たな一歩を踏み出した年。 『憧れの幻想郷をVRで駆け巡り、各地で起こる異変を解決しよう』と簡単なキャッチコピーを掲げたこの作品は、今日抽選で選ばれた人間にのみ先行で配られた品なのだ。
『東方霊異伝』。
タイトルは旧作第一弾に似ているが、『霊』の字が若干違う。どんな意味が込められているかはまだ不明だ。
説明書に書いてある概要も簡単。
プレイヤーは今作の自機キャラである『博麗霊夢』『霧雨魔理沙』のどちらか一方を選んで異変を解決するといういつもの物。
しかし圧倒的に違うのが、そのキャラ自身になれるということ。
正確には霊夢たちの『アバター』を借りて、自分自身がキャラクターになりきって幻想郷の世界を駆け巡れるのだ。
「こんなの、興奮しないわけないだろ……」
思わず声を漏らす。そう、これは東方ファンにとっては夢のような作品だ。
だから、VRを買ったことには値段以上の価値がある。この作品の抽選に当たったとき、もう迷いはなかったくらいに。
PCの画面には、今はキャラクターセレクトの画面が映っている。
霊夢と魔理沙。おなじみの二人の、少しだけ成長した姿の立ち絵。
神主も年を取って感覚が変わったのだろうか。それまでの作品でも段々と彼女達の変化は感じていたが、今作ではより一層成長して見える。
具体的に言えば、高校生……にしては少し幼いかな? それくらいに。
まあ、可愛いには違いない。むしろ可愛さがインフレしている。賛否両論はあろうが、僕はこの方が好きかもしれない。
「さて……」
いつまでもこうして眺めているだけにはいかない。
僕の両手は震えてまで求めている。早くしろ、早くこの世界に行くんだって。
ああ、分かってるさ。
HMDを被りベルトを調整して、両手のコントローラを握り締める。
途端に真っ暗な世界に浮かび上がる二人の人物。精巧な3Dモデルの霊夢と魔理沙が、それぞれ僕に向かって寂しそうに手を伸ばしている。
この手を取った方のアバターになれるのだろう。どうして二人とも経ち絵とは違った表情を浮かべているのか少し気になった。
澄ました表情の奥に、どこか哀しげな感情が感じられる博麗霊夢。
どこまでも陽気に見えるが、どこか達観したかのような様子の霧雨魔理沙。
……緊張で手に汗が滲み、滑りやすくなったコントローラーを硬く握り締めた。
どちらを選ぶかは、もう決まっている――
「僕は――霊夢で行く」
……伸ばした右手が、柔らかい少女の手に触れた。