The Elder Scrolls FMC : ORARIO(旧題:ダンジョンで贅沢を目指すのは間違っていない。) 作:熱狂的なファン
日が落ちた頃。相変わらずの繁盛ぶりを見せる【豊穣の女主人亭】で、ベルとザールは店の壁際の席に腰掛けていた。
ベルの取り皿の脇には雲のように白い泡のエール、ザールには東方から伝わってきたという芋の蒸留酒がある。小さい陶器の酒瓶に、これまた小さい陶器の椀のようなコップ『御猪口』に注いでちびちび呑むのが良いらしい。
「お待ちどうさまです~! ベルさん!」
銀髪のヒューマンの給仕【シル・フローヴァ】と、愛想の無いウッドエルフの給仕【リュー】が料理を持ってくる。リューはメインディッシュをテーブルの中心に置き、シルはこれ以上ないくらい嬉しいと言いたげな笑顔でお盆の上の小さなつまみをメインディッシュの周りに並べる。
テーブルの中心に鎮座するのは、山盛りのミートボールパスタが積まれた大皿だった。最初にベルがこの店に来た時に出されたパスタよりも多い。
ベルはあまりの量にその目を点にし、ザールは「おお、凄いな」と感心する。
「ベルさんが常連さんになってくれるなんて、私うれしいです! い~っぱいサービスしちゃいますね!」
「ちょ、ちょっとシルさん! 恥ずかしいですって!」
ベルの席の横手にまわり、彼の取り皿に料理を乗せるシル。ザールは軽く店を見回したが、他の店員が彼女のように客にサービスしている様子は少ない。シル以外では唯一、黒髪の
さりげなくテーブルの横に目をやっても、リューがシルと同じようにザールの取り皿に取り分けてくれそうな様子はない。
(まあ、ボズマーなんてそんなものか)
ダンマーとて他種族の事を言えないくらい傲慢で気位が高いのだが、自分の種族を悪く言う者は少ない。ザールもその例に漏れず。
ザールはフンッと鼻をならして御猪口の中身を全て口に含む。酒気の強い酒で、どことなくスジャンマに似ている気がした。恐らくこれも芋をつかった酒なのだろう。
酒の力で遠慮がなくなったザールは、右手に持ったフォークと左手に持ったスプーンをパスタの山に挟み込むように突っ込むと、その殆どを持ち上げて自分の皿に突っ込もうとする。
「ああ! レヴァンさん何やってるんですか!」
このままでは自分の分がなくなると思ったベルは、慌ててフォークとスプーンを握ってザールがやったように彼が持ち上げたパスタを挟み込んで強奪を阻止した。
「町娘然り、ギルド職員然り、女神然り、お前は女に恵まれているようで幸せに見えたからな。その分、年長者にご馳走するという気概を見せるべきではないかね?」
「は、はあ!? 何言っているんですか! わけのわからない事言って、僕の分まで取らないで、くださいぃぃぃぃいいいいいい……!」
パスタを奪い取るためにベルは自身のステイタスを無駄使いし、何とか強奪を防いだ。だが甘かった。
ザールはベルが下に引っ張るならとあえて力を緩め、ベルの抵抗が少なくなった瞬間を見計らいフォークとスプーンをクルクル回してパスタを巻きつけ、奪取不能な部分を切り離して塊になった分を自分の皿にのせた。最初に取った時よりも少ないが、大皿の中に残っているベルの分よりはずっと多い。
「ああぁぁぁぁぁぁ……」
意気消沈するベル。食事は割り勘であるため、多く食べた方が得なのだ。
「ステイタスに頼りすぎるなと言ったはずだ。これは私の教えを守らなかった分の罰金としていただく」
そう言い放ちザールはパスタを食べ始めた。大きいミートボールがゴロゴロしたボリューミーな食べ物だが、ザールには丁度いい。精神力の回復にももってこいだ。
「うぅ、僕の晩御飯……」
めそめそしながらベルは大皿の上の残ったパスタを取り皿の上にのせて食べ始める。一応腹ペコになることはないだろうが、彼は損をした気分になった。
「もう! 大人気ないですよ! あなた、もう百歳越えているんでしょう!?」
頬を膨らませたシルが抗議する。無論、本気で怒っているわけではないが、ザールは左手のスプーンを置いて酒瓶を持つと、それをシルに見せるように持ち上げてヒラヒラと動かす。
「戦場では常に素早く物事を判断する判断力と高い技量が物を言う。今回は私の勝利だ。文句があるなら、お前が私に酌でもしてくれるかね? そうすれば小僧に分けてやっても……その手はなんだ?」
「リ、リューさん……?」
そっと、リューはザールの酒瓶に手を添えていた。それこそその動作が終わるまで誰も気にも留めなかったほどに、そっと。力は弱く、ただ動いていたザールの腕を止める程度でしかないが、どことなく威圧感があった。
リューは口を動かさず、ただじっとザールを見つめているが、その視線にはザールの手首を握りつぶすか、切断できるぞとでも言いうような無言の主張があった。
ザールは思わず腰の剣に手を出しそうになったが、下手に動けばどうなるかわかったものではないのでやめた。
恐らくリューはザールより強い。十分に距離を取っていて、しっかりと準備ができていればわからないが、この近距離では勝てる見込みはないと思えるほどに。
「酌なら私がしよう」
リューはそう言ってザールから酒瓶を取る。受け取っただけの筈だが、何故だか奪い取ったように見えた。
「……そいつはどうも」
警戒しながらも、ザールは御猪口を取ってリューに差し出す。左手を添えて酒を注ぐ美しいエルフは非常に絵になる。嫌味ったらしいほどに丁寧だ。
「あまり友人を困らせないでほしい」
「肝に銘じておこう」
リューは酒瓶をテーブルの上に添えて他の業務へと移っていった。
「私はこの店に来るたびに威圧されているが、表に『ダンマーお断り』とでも書いておいたらどうだ?」
「もう、そういうこと言っているとまたリューに怒られますよ?」
「ハイハイ、老いぼれはもう沈黙するよ」
拗ねたザールは以後、一切口を利かずに食事にとりかかることにしたようだ。もっとも、酒が入っているので今後どうなるかはわからないが。
「あははは……あ、そうだ。シルさん」
「はい。なんですか?」
子供のようなザールに苦笑いをこぼすしかなかいベルは突然思い出したように声をかけた。
「ダンジョンから戻ってきた時に【
「え? ベルさん知らないんですか?」
「はい。実は僕もレヴァンさんもオラリオに来たのがつい最近で」
「そうなんですか。じゃあ、私が教えてあげます」
シルは一息置いて説明を始める。
「【怪物祭】は年に一度開かれる大きなお祭りです。東地区の闘技場を舞台にして、ダンジョンから捕まえてきたモンスターの調教をするんです」
「ち、調教……?」
「はい! モンスターと調教師が格闘して、モンスターをおとなしくするまでの流れを見世物にするんです。私のような冒険者でない一般市民がモンスターを間近で見られるのは、この日以外は殆どないんですよ」
単なる見世物のためにモンスターを地上に持ちだすのは、いささかリスクが高くはないかとザールは考える。恐らく、モンスターの脅威や冒険者の強さを一般に見せることにより、冒険者やギルドの重要性を知らしめる目的でもあるのだろう。
「それに、公開調教だけじゃなくていろいろな屋台や出店が出てくるので、美味しい物を食べたり飲んだりという方面でも楽しめるんですよ」
ザールの狙い通りだ。オラリオに来て日が浅い彼が色々な珍味に巡りあうのにはうってつけの機会だろう。
「へぇ~、それは楽しみです! ね、レヴァンさん!」
「……」
「まだ拗ねてるし……」
黙々と食事を続けるザール。どうやら店から出るまで喋るつもりはないようだ。
「フフ、当日はとっても楽しくなりますから、ベルさんも楽しんでいってくださいね」
そう言ってシルは二人の席から去って行った。カウンター席の向こうのミアの堪忍袋がそろそろ温まってきたのを見計らったのだろう。
「屋台に出店かぁ……、当日までに神様が戻ってくるといいですね」
「……」
「まだ拗ねてるし……」
◆
怪物祭の前日、朝早く街壁の上に来たベルとザールはいつものように稽古をしていた。
ここ数日の稽古でザールの攻撃から目をそらさなくなったベルは、彼の剣をナイフで受けるが、その衝撃が伝わったことで痺れた腕が動きにくくなる。
「筋力で負けている相手に防御なんて考えるな! 回避に専念し、足さばきや跳躍で自分を最適な位置に置いて戦え!」
「は、はい!」
ステイタスの上ではザールより上でも、素の筋力や技量の差によって今のベルではザールの攻撃を受けるのは無謀だ。不意の攻撃によって動けない場合を除いては回避に専念する方が良いだろう。
「イヤァッ!」
ベルは前と同じように前に出るが、ナイフを振りながらではない。対象が自分の間合いに入ってから攻撃するように決めたらしい。これならザールが距離をとってもそれを追いかけて攻撃することができる。
踏み込みと同時にナイフを振るおうとするが、それがかなう事はなかった。ベルの腕がナイフを振る前にザールの左手が伸び、その腕を抑えてしまったからだ。
拘束を振りほどこうと力を入れるも、ザールが首筋に当てた剣によって身体が静止してしまう。ベルの負けだ。
ベルの腕を放したザールは、その流れで【
「小僧。ここで問題を出しておきたい」
「ハァ、ハァ、ハァ……問題?」
息を切らすベルに問う。
「戦いにおいて最も重要な事はなんだと思う?」
その問いは素人のベルには難しい物だった。恐らくこのオラリオでも答えられる者は少ないだろう。戦闘を生業とする者に関わらず、ただモンスターをぶちのめして魔石を獲得するだけで良いと考える冒険者は実際多い。そして、そう言った者が真っ先に死んでいく。
これを理解しているかしていないかでは、その生存率にはかなりの差が出ると言っていいだろう。
「えっと、相手を抑えるだけの力ですか?」
「まあ、力は最低限必要だがそうじゃあないな」
「なら、相手に掴まらないだけの素早さ?」
「ほう、惜しいな。だが少し違う」
「じゃあえっと、弱点を的確に攻撃できるだけの器用さとか」
「正解から遠のいたぞ」
「……高級な装備を買えるだけの財力、ですか?」
「殴られたいのか」
拳を振り上げるザールに慌てて「わー! ごめんなさい!」と謝罪するベル。
「まあ、この答えはお前では自力で導き出せる可能性は少ないだろうな」
「……それってどういう意味ですか?」
馬鹿にされたと感じたのか、ベルはムッした表情になる。
「そうムキになるな。これはお前の性格の問題だ。お前が馬鹿だとか言っている訳じゃあない」
腰ベルトの模擬剣を鞘ごと外し、手すりに立てかける。そして代わりにダガーを抜いて構える。
「来い。口で言ってもわからんだろうから、身体で教えてやる」
挑発にも聞こえる言葉。頭に血が上ったベルは、床を蹴って跳び出した。作戦としてはザールの目の前で攻撃せず、急転換して真横に移動して攻撃するというものだ。
ザールの目の前で急転換しようとした瞬間、ベルは盛大に転んだ。
「ぶっ!」
顔から床に叩きつけられる。顔を上げれば、鼻から大量の血がどばっとあふれ出した。
「単純な作戦だ」
ザールを見ると、片足を出した体勢でいた。どうやらベルのやりたい事を察知して足を引っ掛けて転ばせたらしい。
「小細工が通用すると思うな。立て」
更なる挑発。ベルは鼻血を拭い。ナイフを構えてザールに向かう。
「ヤアアアアァァァァッ!」
自身の素早さを活かした連続攻撃。ザールはそれをダガーで受けるが、ジリジリと後退っているように見えた。
(っ! 行ける!)
ザールを押し切れると踏んだベルは攻撃速度を増していく。ザールはダガーを逆手持ちに変え、防御の姿勢で攻撃を受ける。
それを弱腰の姿勢と見たベルは、さらに攻撃の手を加えていく。
そして、とうとうザールのダガーが弾かれて、防御姿勢が崩れたように見えた。
(このまま!)
大きく振り上げた一撃。
だが。
「やはり単純」
ザールは右足を軸にし、回転するような動きでベルの真横にまわった。ダガーは通常の持ち方に戻っている。
(え?)
その疑問符を声に出す前に、ベルの背中にダガーの柄頭が叩き込まれた。
「かっは!」
そして、再び床に叩きつけられる。
ザールは左手を構え、再び治癒魔法をかけた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……うぅ」
何もできない。悔しさがベルの胸の内にこみあげる。身体の痛みは消えたが、心の痛みがジグジグと響く。作戦は実行する前に阻止され、必死の攻撃はうまくいったかに思えていたが実際にはザールの攻撃へと誘導されているだけだった。情けなくて涙まで出てくる。
(ふむ、やはりまだ早かったか)
ザールは手を差し伸べようとして、止めた。今のベルにそれをやるのは情けをかける事と同じで、男のプライドに傷をつけるだけというのを理解していたからである。
壁に立てかけていた模擬剣を拾い、倒れ伏すベルに背を向けた。
「先に行っている。今日、行く気があるのなら西の広場の噴水の前で待っている」
そう告げてザールは去って行く。
このまま寝転がって泣きはらしていれば、何と心が楽になることだろうか。何もしないままでいて、不当だとわかっているザールへの怒り、自分への怒り。それらをループさせる事によって生まれる心地よい自己嫌悪の殻の中。永遠にこもっていれば傷つかずに済むという考えさえ浮かんでくる。
(……でも)
石の床に手をつき、膝をつき、ベルは立ち上がる。
(こんな情けない姿で……あの人に追いつける訳がない!)
殻を打ち破ったのは一つの憧憬、金糸のような長いブロンドの髪。ベルが求めてやまない一人の女性。彼女への想いがあの日、酒場で馬鹿にされた時にダンジョンへ向かう原動力となったのだ。
(叩きのめされたからなんだ! 僕は冒険者だ! ダンジョンに行くんだ!)
眉を吊り上げ、歯を食いしばり、ベルはザールの後を追った。
何かザールって怒られてばっかりだな。どうしてこうなった。
次回からようやっと怪物祭です。結構永かった。