The Elder Scrolls FMC : ORARIO(旧題:ダンジョンで贅沢を目指すのは間違っていない。)   作:熱狂的なファン

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 ザールがオラリオに到着した翌日。現在の時刻は午後1時頃。彼は万神殿に来ていた。理由は担当アドバイザーとの面談だ。

 到着して用件を伝えると、ザールはすぐに個室に移動させられ、そこでしばらく待つようにと言われた。

 狭くはないが広くもない。4,5人で面談できるには丁度いい程度の部屋で、ザールは出された茶を飲みながらアドバイザーはいつ来るのだろうかと考えていた。

 その時、部屋のドアがノックされる。

 

「失礼します」

 

 そう言って入ってきた人物に、ザールは見覚えがあった。セミロングの茶髪に眼鏡をかけたハーフボズマーの女性、エイナだ。

 

「本日から貴方のアドバイザーを務めることになりました、エイナ・チュールです。よろしくお願いします」

「ああ、お前か」

「はい。ベル・クラネル氏と同じファミリアの所属との事でしたので、まとめて担当した方が良いとされました」

 

 そう言うとエイナはザールの向かいの席に腰掛けた。

 

「では、これから打ち合わせを進めていきたいと思いますが、その前にザール氏。これは提案なのですが、話し方を少々砕けさせてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 業務上、パートナーとなる相手との円滑な関係を構築するため、互いの壁をある程度取り払おうという計らいだろう。

 

「ああ、構わんが」

「ありがとうございます。これから二人三脚をしていくことになりますから、気軽で良好な関係を作っていきたかったので」

「気軽で良好なのは良いが、私の要望は知識に富んだ者だ。その点、お前は問題ないんだろうな?」

 

 歯に着せぬ言い方をするザール。すると、エイナがムッとした表情になる。

 

「ザールさん、そういう言い方は良くないですよ。これは業務の一環であると同時に、コミュニケーションでもあります。それを疎かにしてはいけませんよ」

「……あ、ああ。悪かったよ」

 

 ザールはバツの悪そうに頬を軽く掻く。今まで他者に対する礼儀など、よっぽどの名家の者に対するモノ以外は考えたこともなかったので、これは少し面倒な人種に当ったと考えていた。

 

「それで、知識の面でしたらご心配はなく。ダンジョンの上層から下層までの地形、特性、出現するモンスター等の知識で、記録に残っている物でしたら全て記憶していますから」

「そいつは期待できるな」

 

 エリナの言葉の真偽はザールの知るところではない。彼女を信用している訳ではないし、これからも完全に信用するつもりもなかった。信用するつもりはないと言っても、全ての言葉を疑ってかかるわけではない。聞かされた言葉の真偽を十全に精査するという意味だ。

 

「それじゃあ、これが支給品のライトアーマーとナイフです。でも、ザールさんはもうキッチリと装備を整えているみたいですし、これらは必要ないですか?」

 

 テーブルの上に乗せられたのは戦闘用ナイフと軽装鎧。ナイフは既に自前の物があるし、軽装鎧の方は服の上から当てる鋼板でそれなりには頑丈そうだったが、ザールの着ている鎧より性能が良いということはないだろう。

 両方とも、貰う意味がない。

 

「ああ、コレはいらん」

「わかりました。じゃあ、これは下げますね」

 

 エイナは支給品装備を下げて、自分の隣の席に置いた。

 

「それじゃあ、次はダンジョンについて勉強をしてもらおうと思います。ザールさんは昨日、アドバイザーも決まっていないのにダンジョンに行ってしまうんですから、これからはこういった前情報はきっちりと覚えてもらいますよ。言っておきますけど、これは強制ですよ?」

「様子見に行っただけと言っただろう。だが、もう知識の教授か。良いな」

 

 元傭兵としては戦場の前情報はしっかりと入手しておきたい。それも、早ければ早いほどいい。仕事が近い場合は特に。

 ふと、エイナの表情が明るくなった。

 

「良いですよね! 必要ですよね! 近頃の冒険者になりたいっていう人は、勉強って言葉を聞いた途端に嫌な顔をする人ばかりなんですよ! ザールさん! そう言ってもらえると、私も張り切って取り組めますよ!」

「そ、そうか。そいつは何よりだ」

「ええ! それでは!」

 

 ドカン!

 

 家の解体に使われるような大木槌を思い切り叩きつけたような音がテーブルから発せられたが、エイナがまさか突然木槌を持ちだして殴りつけたわけではない。

 音の正体は本だった。だが、それは本というにはあまりにも大きすぎた。大きく、分厚く、重く、そして丁寧に装丁されていた。それはまさに辞典だった。それが六冊もあった。

 

「今日の所は手始めにこの六冊の大辞典を全部覚えて帰りましょう!」

「な、何ぃ……!?」

 

 ザールは後で聞いたことだが、エイナは指導者となれば、古代スパルタ張に厳しい鬼教官に変身し、冒険者に徹底的に知識を叩きこむことで有名だったらしい。

 その時点で心を折られた者達は、その指導を畏敬の念を込めて【妖精の試練】と呼んだそうだ。

 

 ◆

 

「全く! 何だあの鬼のような女は!」

 

 結局、あの後ザールは数時間にも及ぶエイナの勉強会に付き合わされ、外に出る頃にはすっかり夜になっていた。だがザールは大分早く解放された方だ。ある新人冒険者は昼から始め、日付が変わっても終わらず、太陽がオラリオの外壁から顔を出すまで付き合わされたらしい。

 六冊の大辞典の内容はダンジョンの階層別の解説と出現モンスター、モンスターの絵姿と特徴などだ。これを暗記させられた後に問題が出され、それの正解率が目標まで届かない場合は何度でもやり直しをさせられるという勉強法だ。

 幸いなことにザールはモンスターに関する知識は長い傭兵人生の中で豊富に蓄積されていたので、後は自分の知識をダンジョンの知識で補填すれば良かった。

 

(ボズマーは変人が多いが、あれほど凶暴なのは見たことがない)

 

 問題を間違えると一から全て覚え直しをさせられる。それも怒鳴ったりいびったりせず、冷たい口調で淡々とやり直しを命じられるのだ。無駄のない指導法だがそれ故に心臓にクる物があった。

 

(今日一日、一回も剣を振っていないのに酷く疲れた。酒でも飲むか)

 

 勉強会が終わり、本拠地に戻ろうとした時、ある職員がザール宛の言伝を言ってきた。なんでも、ベルがザールの加入を祝うために【豊穣の女主人亭】という酒場で夕食を取ろうと誘って来たそうだ。場所は西のメインストリートに面した所にあり、すぐに見つかるとの事だ。

 ベルは頼りにならなさそうな人物だとザールは評しているが、酒が飲めるとなれば話は別だ。飲みの席では無礼講、ザールがどう思っていようがその瞬間だけ、席を共にする全ての人物は友達だ。

 

「おっと、ここか」

 

 本拠地への帰り道の途中にその店はあった。

 【豊穣の女主人亭】。夜は仕事を終えた冒険者や労働者たちの休息の時間であり、彼等は一日の疲れを吹き飛ばすための酒場に立ち寄る。周囲には他の酒場もあるが、この店はそれらのどこよりも賑わっていて、笑い声や怒号が外にまで声が響いていた。

 

(ほう、良さそうな店じゃあないか)

 

 ザールは入り口の前で絡み合っている金髪の少女と、酔っているのか顔がその赤髪くらい赤くなった神の脇を通り抜けて入店する。その彼の所へ、侍女(メイド)が纏うような給仕服を着たボズマーの店員が近寄ってくる。

 

「いらっしゃいませ。御一人でしょうか?」

 

 接客だというのにニコリともしない、何とも愛想のない店員だったが気位の高いエルフが給仕なんてやっている時点で珍しいのでザールはそこまで気にしなかった。

 

「いや、待ち合わせだ。もう来ているはずなんだが……」

 

 店員から目を離して店内を見回す。

 今日の成果を喜び合うヒューマンたち、ジョッキを打ち付けるドワーフたち、大きな骨付き肉にかぶりつく獣人、悪そうな顔でポーカーを楽しむエルフ、酒の席に便乗して男にすり寄るアマゾネス、宙吊りにされて喚いている狼人(ウェアウルフ)など、様々な種族が老若男女を問わずこの店で楽しんでいるが、その中に白髪の少年の姿はなかった。

 ベルの髪色はよく目立つので見逃すという事はないだろうが、見当たらないとなるとまだ店に来ていないのだろうか。

 

「差し支えなければ待ち人の特徴を教えていただけますか? 二階にいるかもしれません」

 

 店員の言葉を聞いたザールがもう少し目を凝らして見ると、カウンターの上に吹き抜けの二階があった。ここにいないとなると、そこにいるかもしれない。

 

「ああ、そうだな。そいつは白い髪に赤い瞳をした、ヒューマンの子供なんだが……」

 

 そう、ザールが告げた途端、店員の目が細められた。それはまるでザールを悪人だと言わんばかりであり、彼を非難しているようだった。

 

「ほ~う? お客さ~ん、あの食い逃げ小僧の仲間かニャ~?」

 

 突然後ろからかけられた声に驚いたザールが振り向くと、そこには何時の間にか黒髪の猫人(キャットピープル)の店員いた。如何に猫人が隠密に長けた種族とはいえ、ここまで接近されるまで気付かなかったことにザールは驚いたが、それよりもっと問題にするべき言葉が聞こえた。

 

「食い逃げだと?何の話だ?」

「確保ォーッ!」

「うわっ!」

 

 第四の叫び声が発せられたかと思えば、ザールは両脇をガッチリとホールドされていた。片方は黒髪の猫人、もう片方は別の猫人の店員だ。振りほどこうにも、信じられない程強い力で抑えられているため、それは叶わない。まるでミノタウロスに抑え込まれていると錯覚するほどで、酒場の給仕なんてやっている細身の女性の力とは思えない。

 

「おら! キリキリ歩くニャ!」

「な、何をする! 放せ!」

 

 連行されたのはカウンター席の前。そこには飲みかけのジョッキと、食べかけの麺料理と魚料理があり、その向こうには長身のザールですら見上げなければならない程、身体の大きなドワーフの女性が腰に手を当てて待ち構えていた。

 

「ほう、アンタはアイツの仲間って訳かい。あたしゃ、この店の店長やってる(モン)だよ」

 

 そう言う女店長から感じる圧は、ザールの長い人生の中でも稀な程であり、彼は過去に戦った雪原の巨人を思い出した。剣や魔法の腕だけでは足りず、ありったけの手持ちの道具を用い、環境も利用して辛くも勝利を収めた。その時は身体中の骨が何本も折れ、内臓もいくつかダメになったほどだった。運よく手に入れたエリクサーがなければ、彼は傭兵稼業をそこでやめていただろう。

 つまり、それ位の力をこの女店長からは感じる。他の店員からも店長ほどではないが、強力な圧を感じる。下手に逆らわないほうが良いだろう。

 ボズマーの店員が席の一つを引き、そこに猫人たちがザールを乱暴に座らせる。

 

「な、何だってこんな扱いを受けなくてはならないんだ!?」

「そりゃアンタが食い逃げ犯の仲間って聞いたらね、客として扱うわけにはいかないよ」

 

 横暴だと言いたかったザールはグッと言葉を飲み込んだ。抗議したところでこの店の化け物染みた圧を持つ店長と店員に袋叩きにされそうだし、同じ派閥に所属している者の不始末は被害者からすれば連帯責任を取ってもらう他はない。

 

「クソッ! あの餓鬼め……ッ! 幾らだ!?」

「1350ヴァリスだよ」

 

 ザールはポーチから財布を取り出して金を払う。酒場で夕食という事でいつもより多く出費はあるだろうと考えていたが、まさか別人の分を自分の歓迎会で払うとは思ってもみなかった。

 この分は本拠地に戻った時、きっちりとベルに支払わせようと、ザールは硬く決意する。例え彼を殴り倒すことになってもだ。

 

「んで? どうする? あの小僧の食べかけでいいならソレを食って行ってもいいけど?」

「人の食いかけなんぞいるか! 他のをよこせ! ああ、それは包んでおいてくれ。明日あのガキに食わせる」

 

 確か本拠地には冷蔵庫があったはずなので、翌日までくらいになら保存は効くだろう。

 ザールは兜を脱いでカウンターに叩き付けると、踏ん反りかえるように座りなおして店員を睨むが、彼女たちは金を払ったザールに興味が無くなったようでそれぞれの職務へ戻っていった。ベルの食べ残しは、後からきた銀髪のヒューマンの店員が厨房へ持って行った。

 

「あん? アッシュランドのダークエルフとは珍しいね」

「ダンマーと呼べ」

 

 店の壁を見ると、そこには様々な食べ物や酒の名前が所せましと書き連ねられていた。メニューは豊富なようだが、そうなると今度は選ぶのが大変になってくる。

 エイナとの勉強会で疲れたので、何か精のつく物でも食べようかと選んでいる時、ザールの目にある商品名が映った。それを見たザールは今までの留飲を忘れ、女店長の方を見た。

 

「スジャンマがあるのか?」

「ははん。アッシュランドのダークエルフ、じゃなくてダンマーのアンタならそれにすると思っていたよ。ああ、あるとも」

「それをくれ!」

 

 食い気味に注文するザール。女店長は笑いながらカウンターの下から酒瓶と、グラスを取り出す。まるで虫の蛹か卵のような見た目をした陶器の瓶は、アッシュランドの特産酒であるスジャンマを表している。

 スジャンマとは、アッシュランドの固有種の芋である【アッシュヤム】を使った蒸留酒に、アッシュランド固有の植物を幾らか混ぜた混合酒だ。飲むとまるで自分が火山になったかのように身体の内側が熱くなり、非常に元気になる。また、酒気が強く、他の酒より長く酔っていられる。ダンマーたちに愛されている穀物から作られた、愛された酒だ。

 この店では一杯850ヴァリスと、他の酒よりも値段が高いが、これはボッタクリという訳ではなく、アッシュランド以外でこの酒は流通していないので手に入りにくいというだけの話だ。むしろ、850ヴァリスというのは安いくらいだ。

 

「ああ、故郷よ……」

 

 女店主がグラスの口ぎりぎりに注いだスジャンマを、ザールは「おっとっと」と慎重に口につけて一口飲む。

 間違いなく故郷の味だ。巨大なキノコの森林と、巨大な虫、灰の荒野。70年近く帰っていない故郷だったが、このスジャンマのおかげでハッキリと思い起こすことができた。

 

「つまみはいるかい?」

「ああ。それじゃあ、ベルグポテトと鹿肉のシチュー、それと鮭のステーキをくれ」

「あいよ!」

 

 適当に腹を満たせそうな物を注文し、ザールはスジャンマに集中する。

 スジャンマという酒は混合酒故、ブレンドに違いがあるため地域や家によって味は異なってくる。今、飲んでいるこれはアッシュランドの首都がある本土ではなく、大陸の地域の北西側の趣が強い気がした。隣国が冬国であるためだろうか、僅かながらベリーの風味もある。これを飲んでいれば雪原でも指が悴んだりはしなさそうだ。

 

「……あの、少しいいですか?」

 

 酒を楽しんでいるザールに声をかける者がいた。楽しみを中断させられた彼は、少し鬱陶し気にその人物を見る。

 少女だった。落ち着いていそうな表情のため大人っぽく見えるが、どちらかというと女性になり始めていると言った印象がある。

 女性として完璧に近いプロポーションを浮き出すような、身体に張り付く白い薄手の服に身を包んでいるが、決して娼婦のような下品さはなく、むしろ上品に見えるくらいだ。

 長いブロンドの髪は金糸のようだが、同時にシルクのようにしなやかだ。

 

(何だこの小娘は? どこかで会ったか?)

 

 何となく見覚えがあるなと思ったが、酒の入ったザールは思い出すのに少々苦労していた。少しの間、うんうん唸ってようやく思い出した。

 

「ああ、来た時店の入り口の所にいたな」

「……あれは、忘れてください」

 

 そう言って少女はザールの隣の席に腰掛けた。他種族がまさか初対面のダンマーに気があるという事は滅多にないのでその線は期待していないが、そうなるとザールに何の用があるというのだろうか。

 

「……あの、盗み聞きするつもりはなかったのですけど、白髪のあの子の知り合い、だとか」

「ああ? あのガキのことか?」

 

 食い逃げした上、その代金を支払わされた事を思い出したザールは眉間に眉を寄せ、その事を忘れたいと言わんばかりに酒に口をつける。

 

「もしかしたら、あの子が出て行ったのは、私たちのせい、かもしれません」

「何? どういう事だ」

 

 口数の少ない少女はぽつり、ぽつり、と、ベルが食い逃げをする前の事を話し始めた。

 なんでも、昨日ベルは少女のファミリアが捕り逃したミノタウロスに襲われ、それを彼女が助けたらしい。その時、ベルはミノタウロスの血を浴びて真っ赤になってしまったという。ザールが昨日見たベルの姿はそれが原因だった。

 その無様な姿を、まさか本人が同じ酒場に来ているとは知らず、少女の仲間が酒の席で笑い物にし、侮辱してしまった。そのせいでベルは出て行ってしまったのではないかと言う。

 

「なるほどな。気持ちはわからんでもないが、まあ、私は概ねお前の仲間とやらと同意見だよ」

「……どうしてですか?」

 

 少女の言葉には悲しみと、少々の怒気が含まれているように感じた。

 少女とベルがどういう関係なのかはザールの知るところではないが、彼は自分の意見を曲げるつもりはなかった。

 

「あの小僧とは会って一日しか経っていないが、どうもアレは戦場に夢を見ているガキにしか見えんよ。それも、戦うのに向いていない類の人種にもかかわらず、だ」

「……」

「他者を笑いものにする輩は感心せんが、まあ、そのおかげで小僧の目も覚めただろう」

 

 そう言いながらザールは運ばれたつまみに手を付ける。辛気臭い話になって酒の味は落ちたが、つまみで何とか持ち直しを測るつもりだ。

 ベルは今頃、何をしているだろうか。ザールの見立てでは、本拠地の寝床で泣き寝入りをしている事になっている。

 

「まあ、ヤツが何を思おうと知ったことではないがな。次に会ったらそれとなく慰めてみるさ」

 

 ベルに対して仲間意識はないが、子供が泣いているのを黙って見過ごすのは寝覚めが悪いような気がした。ザールのそれは完全にただの同情心。それでベルが冒険者を続けるのも、あるいは止めて田舎に戻るのも、どっちでもよかった。どう転んだところでザールの邪魔にはならないだろうから。

 

「……貴方は―――」

「ああああああああああああっ! ア、ア、ア、アイズたあああぁぁぁぁん!」

 

 少女が何かを言いかけたその時、彼女の言葉を遮り、この真面目な空気をぶち壊すような声が発せられたかと思うと、ザールと少女との間に赤髪の女性が割り込んできた。

 

「うわ! 何だコイツ!?」

「そりゃこっちの台詞じゃい! 何、ウチの可愛いアイズたんにコナかけとんねん!」

 

 フシャーッ! と、まるで蛇のように威嚇をしてくるのは、先ほど少女と店の入り口の前で絡み合っていた神だった。中性的な顔立ちをしているが、身体の凹凸が乏しいためザールは性別を測りかねていたが、声からして恐らく女神だろう。

 

「……うるさい」

「うぎゃ! 痛いでアイズたぁ~ん」

 

 と、アイズがイラっときたのか、その女神の頭にゲンコツを落とした。赤髪の間から団子のようなタンコブが膨らんでくる。

 神がバイトをしているだけでも冗談のような光景なのに、主神に対して暴力を振るうというのはザールにとって信じがたい行為だった。流石はオラリオと言ったところか。

 

「ふぇ~ん……ん? クンクン」

 

 嘘っぽく泣いている女神は突然ピタリと止まり、犬のように鼻をならしてザールの方を見る。いや、正確には彼の持っている酒だ。

 

「なんや自分、珍しい酒飲んでるな。この臭いは芋? でも、ちょっと違うような……」

 

 ザールの酒に関して、あれこれ呟き始める女神。何か嫌な予感がしたザールは自身のグラスを手で隠す。流石に人のグラスに入っている酒を取ったりはしないだろうが、この女神からはクラヴィカス・ヴァイルのように油断ならないモノを感じた。

 

「よし! ミア母ちゃん! このダンマーが飲んでるのと同じヤツ頂戴!」

「あいよ。一杯かい?」

 

 すると、女神がザールの方を見て、ニィーっと嫌な笑みを浮かべた。

 

「一瓶全部!」

「あいよ」

「あ! こら! ふざけるな! ソイツは私のだ!」

 

 思わずカウンターの上の酒瓶に飛びつこうとするザールだったが、女神は信じられないほどの素早さで酒瓶を掠めとると、ジョッキやグラスに注がずそのまま口をつけた。

 

「ごくごく……ぷっはぁー! 美味い! なんやこれ、ごっつ美味ない!? こんな良い酒隠しているなんて、ミア母ちゃんも人が悪いわぁ~」

「隠しちゃいないよ。店の壁に札がかかっているだろ。あの端」

「う~ん、どれどれ~? スジャンマ。ああ、なるほど、なるほど。ダンマーの自分が欲しがっていたわけやな」

 

 女神は人をイライラさせる笑みを浮かべ、まるでボールのように酒瓶の底を指で回す。アイズは呆れたといった顔になり、ザールに「ごめんなさい」と一言告げた。

 文句を言いたかったザールだが、すでに酒の所有権は女神に渡っており、強引に奪い取れば彼は犯罪者になってしまう。ここは大人しくして、グラスの中の半分くらい残ったスジャンマで我慢する他はないだろう。

 

「んん~。アイズたんナンパしてたのは気に入らんけど、良い酒を見つけられたのはアンタのおかげって考えれば、恩赦しなくちゃならんかな」

 

 そう言いながら女神は酒瓶の口をザールに向ける。怪訝そうな顔をするザールだったが、もっとスジャンマが飲みたかったのでグラスを差し出した。すると女神は酒瓶を傾け、グラスの中に酒を注ぐ。

 

「ほれほれ。もっと嬉しそうな顔せんかい。オラリオ屈指のファミリアの主神様に酌してもらうなんて、滅多にあることじゃあらんで~」

「……後で金払えなんて言われても私は知らんぞ」

「んな硬いことは言わない! 飲もう!」

 

 女神は酒瓶を掲げる。乾杯しろということだろうか。ザールは渋々それに応え、グラスを軽く酒瓶に当てて酒を煽る。

 

「うんうん! 良い飲みっぷり! いよ! 大統領!」

 

 意味の分からない音頭だったが、悪い気はしなかった。

 今日は色々と疲れることはあったが、その分、まあ、楽しいこともあったのでそれで帳消しにしようと、ザールは一人ごちるのであった。

 




書いてて思ったけど、「~~のような」って表現、多用しすぎたかもしれない。
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