The Elder Scrolls FMC : ORARIO(旧題:ダンジョンで贅沢を目指すのは間違っていない。) 作:熱狂的なファン
「ほなザールクン! またな~!」
深夜を過ぎて二時間は経った頃、アイズと彼女の主神たちの宴が終わった時にザールも店を出た。別れ際、互いに手を振ってさよならをする。
女神はロキと言い、彼女の派閥はこのオラリオでは屈指の規模を誇るらしい。そういった所とコネができたのは幸運だろう。
「また今度! ……っとと、少し、飲みすぎたか」
最初の一杯以外がロキの奢りだったので大して出費はしていないが、彼女に乗せられてついスジャンマを飲みすぎてしまった。兜は腰ベルトに吊り下げているためザールの顔は晒されているが、灰色の肌に赤みが掛かっている。足は右へふらふら、左へふらふら、まさに千鳥足だ。手に持った残り物の包みが時計の振り子のように揺れる。
ふと、雨が降り始めた。金の月を隠すように雨雲が現れ、大量の水滴を地上に振らせる。ザールはこれはいけないと、急ぎ足に拠点へと向かう。
(美味いスジャンマだったが、次の入荷は一週間後か……暫く飲めないのは辛いな)
オラリオにおいてスジャンマは知名度が低いため、あまり市場に出回らない。【豊穣の女主人亭】にあったのは幸運だったが、他の店を探しても中々見つからないだろう。大人しく来週まで我慢する他はない。
「う~ん、あの小僧め、絶対に金、払わせてやるぞぉ」
ベルに対する文句を言いながら帰路につき、ザールは本拠地に戻ってきた。地下への階段を下り、少し乱暴に扉を開ける。
「うひゃあ!」
「おーい! 小僧! いるか!?」
大きな音と怒鳴り声に驚いたヘスティアが飛び上った。どうやらまだ起きていたようだ。
「お、お、お、ザールくん! もうちょっと静かに帰ってきたまえよ! 心臓に悪いだろう!?」
「うるさーい! 私はなぁ、あの小僧に文句があるんだぁ!」
そう言ってザールは残り物の包みをテーブルの上に置いて部屋を見回し、ベルがいない事を確認すると部屋中を探し回った。クローゼットの中、テーブルの下、ゴミ箱の中。どこを覗いてもベルはいなかった。
そうして別の部屋を探そうとした時だった。
「え、ちょっと、ベルくんは一緒じゃないのかい?」
ヘスティアがザールにそう言った。
ザールは一瞬酔いが覚めてヘスティアの方を向く。
「なんだと? 先に帰っているんじゃなかったのか?」
「い、いや、まだ帰っていないけど……」
不穏な空気が漂い始める。
「ヤツは私に支払いを押しつけて店から出て行った。戻る所など、ここしかないだろ」
「え、ベルくんそんな事したのか? いやいやいや、今はそんな事どうでもよくって、ベルくんはどこへ行ったんだ?」
この広いオラリオであってもベルが戻れる場所はこの廃教会だけだ。宿泊施設は多くあるため、泣き顔をヘスティアやザールに見られたくないというのならばそこに飛び込んでいるという可能性もある。あるいは、その辺りの路地裏でうずくまっているか。
だが、他に一つだけ可能性がある。それはベルが冒険者ならば、そこへ行くには十分に可能性のある場所だ。
「悪いがまた出かけてくる!」
「あ、どこへ行くんだい!?」
ザールは放り出した剣と兜をまた取り、部屋の出口に行く。
「ヤツが何もせず泣きはらすようなガキではなく、男になり始めているとしたら、考えられる場所は一つだ!」
向かう場所はダンジョンだ。
地上へ上がり、廃教会から飛び出し、歩いて来た道をまた戻り、空にそびえる白亜の摩天楼へと向かう。街は未だに灯りに包まれ、雨音に混じって笑い声が響いている。降りしきる雨粒の間を縫ってザールは走った。
途中、バベルへ至る道の上にある広場の噴水で顔を洗って酔いを冷まし、人気のなくなったバベルへ飛び込み、穴の中へ続く階段を駆け下り、ずぶ濡れのままダンジョンに入る。
『ギギギィーッ!』
「邪魔だ!」
大して広くもない第一階層、ゴブリンを蹴散らしながらザールは進む。数分間走り回り、彼の他に戦っている者の気配はなく、この階層には誰もないという事が分かるとザールはすぐさま下の階層へと降りた。
第二階層、第三階層。どこにもベルの気配はなかった。四階層にまで降りて探し回った所で自分のアテが外れたのかと思ったが、ザールは更に下の階層に続く階段の前で、それを見つけた。
「足跡……」
それは誰かの足跡だった。まだ新しく、一時間か二時間以内に誰かがこの階段を下ったという事がわかる。
ザールはしゃがみ込んでその足跡を注意深く観察する。
(大きさからして、低年齢の子供や小人族の物ではないが、成人男性やドワーフの物でもない。靴底の特徴から女物ではなく男物。14から16歳ほどの男性の物だ。乱暴に踏み抜かれている事、つま先部分がより深く踏み込まれている事から、この足跡の主は感情に任せて走っている)
「間違いない、あの小僧は更に下に向かった」
残された痕跡からベルの存在をダンジョンに確認したザールは、すぐさま階層を下った。
第五階層。ベルはここでロキ・ファミリアが討ち損じたミノタウロスに襲われたらしいが、今の所彼の姿は確認できていない。
ザールは走りながら、何故自分はベルを助けようとしているのかと自問自答をし始めていた。二日前に会ったばかりの、大して信用もしていない少年。一緒に戦場に出ることを嫌がっていたような相手を何故助けようとするのか。
その答えは暫くわかることはないだろうが、思考をループさせる事でザールは精神を集中させていた。
「ん?」
大型犬ほどの大きさがある一つ目のカエル【フロッグシューター】の舌を、内臓ごと引っ張り出した所でザールはダンジョン中に散らばっているモンスターの死体を見つけた。
すでに絶命したフロッグシューターの舌を放り出して死体を観察する。
(この切り傷は……そこそこの品質のナイフかダガーか)
ザールは記憶を手繰り寄せてベルの姿を思い出す。確か彼は目に付くような武器は持っていなかったが、腰ベルトにダガーを納刀していたはずだ。やはりベルはここにいる、あるいは来たようだ。
モンスターの死体をたどって行くと、所々に布の切れ端があるのを見つけた。モンスターは服を着ないので恐らくベルの物だろう。
(この辺りの階層からモンスターが強くなっていき、負傷しはじめているな)
ベルの身を案じて急ぎ足になり、第六階層へ下る階段の前に来た時。遠くの方から、音が聞こえる。
それは獣の遠吠え、ないし人間の叫び声のように聞こえた。
「小僧! そこにいるか!」
叫びながら階段を下り、声のする方へと走るザール。聞こえてくる音は鮮明になっていき、それが雄叫びだということが分かり始めてきたころ、ナイフが肉を切り裂き、骨を砕く音も聞こえ始めていた。
「うおおおおおおおおおおおお!」
ベルがいたが、その恰好はダンジョンに挑むには自殺行為としか言いようがない。纏っている服はレザー製ですらない普段着で、防御力など期待できるはずもない。更に酒場から飛び出してきたために回復アイテムなど持っていたはずもない。武器はちっぽけなナイフが一本のみ。更には複数のモンスターに囲まれている。俗に言う【
そんな状態のベルが主に相手をしているのは、遠目から見れば人間に見えるモンスター。人型のシルエットだが、夜みたいに真っ黒な身体に、丸い鏡のようになっている顔は生命という物を感じさせない。
【ウォーシャドー】。初心者冒険者の最初の壁と言われる強力なモンスターだ。冒険者になりたてですぐに死んだのならば、原因はコイツというくらいには厄介な敵でもある。
その理由は、膝下くらいまでありそうな長い手にある。下手な槍よりも長いリーチと、指先にあるナイフのように鋭い三本の鉤爪。
この階層に至るまでの敵はゴブリン、コボルト、フロッグシューターだが、彼等は武器らしい武器を持っておらず、爪も牙も並の獣程度で、フロッグシューターの舌に至っては打撃力はあるものの耐えがたい程ではない。
つまり、ウォーシャドーは初めて出てくる凶器を持ったモンスターという訳だ。
「あぐぅ!」
ウォーシャドーの鉤爪がベルの肩を切り裂く。パックリと割れた傷口から血が噴き出す。
「こんのぉ!」
だが興奮状態で痛みを感じていないのか、ベルは傷に構うことなくウォーシャドーの顔面にナイフを突き立てた。鏡のような頭部にひびが入り、そのウォーシャドーは動かなくなるが、同時にナイフが抜けなくなっていた。
その隙を見逃さず、ベルを囲んでいたモンスターたちが彼に一斉攻撃を仕掛ける。
「ライトニングボルト!」
危険を感じたザールは左手を構えて雷を放ち、ベルに跳びかかっていた三体のモンスターを吹き飛ばした。
「シェオゴラスの狂気に呑まれるがいい!」
剣の柄を握りしめ、ザールはモンスターの群に飛び込んだ。その戦いぶりは嵐のようで、雷と斬撃が回転してモンスターたちを切り裂き、貫いた。
「え……? ぐぇっ」
そして隙を見たザールはベルの首根っこを掴むと、急いでその場から離脱する。
走りながら左肩にベルを担ぎ直し、道を遮るモンスターを切り捨てながら、今度は急いで地上を目指す。
◆
「ゼェ、ゼェ、ゼェ……」
ダンジョンを登り切り、バベルの一階でベルを床の上に放り出したザールは肩を上下させて息を整える。しこたま酒を飲んだ後、身体を雨で冷やしながら走って、ダンジョンに入っては戦いながら走って、出る時は人一人担いで走って、ようやく安全地帯に着いた所で体力の限界を迎えていた。
下手をしたらモンスターとの戦いではなく、身体を壊して死んでいた可能性もある。恐らく彼はもう二度とこのような事はしないだろう。
「ぐ……あ、ザール……さん……?」
興奮が落ち着いてきたベルは自分を担ぎ出したのがザールだという事に、ようやく気が付いた。全身には切り傷や打撲の痕が刻み込まれている。
「ハァ、ハァ、ハァ……【メリディアよ 光の女神よ 命の輝きに薪をくべよ】【
ザールは息を切らせながらベルに手を向け、呪文を詠唱する。ベルに向けた彼の左手から、春の陽と同じくらい温かい光が溢れだし、ベルを包む。すると、彼の身体の負傷がゆっくりと治っていき、痛みも消えていった。
「あ、あの、ザールさん……何で―――」
「歯を食いしばれ」
「ぶっ!」
ザールは治療したばかりのベルが起き上がった所で、彼の顔を思い切り殴りつけた。ベルの身体が浮き上がり、地面に投げ出される。
ベルに対して色々と言いたいことはあったが、今は長く喋る気力はないので、拳一発に気持ちを込めて叩きつけたわけだ。
「次はないと思えよ」
そう言うとザールはベルの腕を乱暴に引っ張って彼を起こすと、首に肩を回して体重をかける。回復魔法をかけられたとはいえ、まだ体力の回復しきっていないベルは成人男性の重みによろめくが、なんとか踏みとどまった。
「私はもう、疲れた。このまま廃教会まで連れていけ」
「は、はひ……」
殴られた頬が腫れたベルはまともに返事をすることができなかったが、だからと言ってザールを放り出していくことはしなかった。心の片隅では「余計な事を」と思っているが、それよりも無茶をした自分を止めたことに感謝をしていた。
ザールはと言うと、ベルに体重を預けたことで疲れの表面化が顕著になったのか、意識も朦朧とし始めていた。
二人がバベルから出ると雨は上がっていたが、外はこの世の終わりのような暗黒に包まれていた。もうすぐ夜明けだ。
「何故、あんな事を……?」
いつものような力がない口調で、ザールはベルに問う。
ベルは道の石畳を眺めながら、こう言った。
「強く……なりたかったんです……」
酒場でバカにされたことを悔しがり、がむしゃらに死地へと飛び込んだ。
ザールからすれば馬鹿としか言いようのない愚行だが、ベルは少年から大人になろうとしている。ならば、命を賭ける事に誰が文句を言う資格があろうか。
今回、ザールがベルを止めたのは、彼が未だ戦士ではなくただの凡人だからだ。凡人は戦場に出すべきではない。
だが、強くなりたいとベルが言うのならば、彼を戦士にするというのは悪くないだろう。
「そうか……」
冷たい朝の空気に包まれた二人は、白い朝日に照らされて廃教会に到着した。