The Elder Scrolls FMC : ORARIO(旧題:ダンジョンで贅沢を目指すのは間違っていない。) 作:熱狂的なファン
時計の音が無機質に響く部屋。
壁にかけられた時計は午前五時を指している。
ヘスティアは腕を組んで同じ場所を行ったり来たりしていた。
(遅い…)
バイトから帰ってきて待っていたのは、ガランとした部屋だった。ベルはザールと飲みに行くと言っていたので遅くなると思っていたが、帰ってきたザールはベルとは一緒ではなかったと言って彼を探しに行った。
飛び出していったザールを追いかけようかと考えたが、ヘスティアがいない間にベルが帰ってきたら入れ違いになってしまう。そう考えて彼女は残った。
もしかしたらどこかで酔いつぶれているのかもと、少しの間近辺を探し回った収穫はゼロ。その間に一人で戻ってきているか、ザールが連れ帰ってきているかしているかもと廃教会に戻っても誰もいなかった。
(ザールくんの「男になり始めているのなら」っていうのは、どういう事なのだろう?)
ヘスティアはザールと出会ってまだ二日目。対して彼の事を知っている訳ではないが、それでも彼がベルの事を多く知っているわけではないという事はわかる。そんな彼がベルの事を語ったのが、どうにも腑に落ちなかった。
(男同士の哲学ってやつなのかい? 僕にはわからないよ)
再びいても経ってもいられず、ヘスティアはベルを探すために部屋から出ようと扉に駆け寄った。
「ぶぎゅ!?」
ヘスティアがノブに手を伸ばした時。その瞬間を見計らったように扉が開かれてヘスティアを弾き飛ばした。
ヘスティアは背中からコロコロと床を転がり、ソファにぶつかった所で止まる。
「ああ? 何かドアの前にあったのか?」
「あ、いえ、神様が……」
痛みにのたうち回っていたヘスティアだったが、頭上から降ってきた声を聞いて目を見開いた。
声の主が無事を望んで止まなかった人物と、その彼を探しに行った人物だと察知して、ヘスティアは勢いよく立ちあがった。
「ベル君! ザール君! って、ベル君どうしたんだいその恰好と顔! ザール君も、血まみれじゃないか!」
二人の帰還を喜びそうになったヘスティアだったが、その姿を見て言葉を失った。
ベルは纏っている服が見るも無残なボロになっており、もはや縫い直したりするのは不可能と言うしかない状態であった。身体に怪我らしい怪我は殆ど見受けられないが、その頬の片方は赤色に腫れあがっている。
ザールは一見血まみれで大怪我でもしているのかと思ったが、良く見れば彼の纏っている防具に新しい傷は一つもなかった。つまり、彼の鎧を赤く染めているのは殆ど返り血だということだ。
血相抱えたヘスティアが二人に迫り寄る。
「え、え、え? 二人とも、その姿はどうしたんだい!? まさか、どこかで強盗にでもあったんじゃ……」
「強盗ならよかったかもな」
ザールはベルから離れると、ヨタヨタした足取りでタンスに向かい、鎧を脱いで着替え始めた。女性がいるのにあまりにも無神経だが、そんなことより彼は早く身体を休めたいようだ。
一瞬だけシャワーを浴びることが頭をよぎったが、それをするくらいならばより長く寝たかった。
「強盗ならよかったって……ちゃんと説明してくれよ!」
ヘスティアの問いかけを無視して、普段着に着替えたザールは乱暴にタンスの扉を閉め、ソファに近寄ると伐採された木のようにそこへ倒れこんだ。
「私はもう寝る。話はそこの愚か者から聞け」
疲労困憊といった様子のザールは、背中をヘスティアに向けて横になり、そのまま意識を手放して眠りについてしまった。ヘスティアはザールを叩き起こして抗議しようと思ったが、聞こえてきた寝息にそんな気も失せてしまった。
再び部屋に時計の音の静寂が訪れる。今度はそこにダンマーの寝息が混じっているが。
「……ベル君。君は、いったいどこへ行っていたんだい?」
ヘスティアは数秒の沈黙の後、意を決したようにベルの方へ向き直って問うた。誤魔化しやだんまりは許さないと言う眼差し。
仮にも神の問いかけであるためか、ベルは観念したように口を開く。
「……ダンジョンに、潜っていました」
「そ、そんな恰好で……一晩中?」
鋼板すらつけていない、ダンジョンでは裸同然の姿。モンスターの一撃一撃が致命傷になりかねない。怪我らしい怪我は少ないようだが、切り刻まれた服がそのことを物語っていた。
とりあえず、ヘスティアはベルをザールの寝ている向かいのソファに座らせ、彼女もその隣に腰掛ける。
「……どうして、そんな無茶をしたんだい? 多分、ザール君が途中で助けてくれたんだと思うけど、そうじゃなかったら死んでいたかもしれないんだよ?」
ベルの手を握って問いかける。
「……神様。僕は……弱いです」
「……」
「馬鹿にされて、悔しくて、でもそれは本当の事で……」
ヘスティアの手の上に、小さな雫が落ちる。苦渋の露、ベルの肩は震えていた。
小さな女神の手が少年の背を撫でる。母親が幼子を慰めるように。
やがて少年は顔を上げ、女神の顔を見つめる。涙にぬれたその眼差しは、ここではないどこかへ、真っ直ぐに向けられていた。
「神様……僕、強くなりたいです……」
「……うん」
女神は頷く。
「……」
ダンマーの寝息は止まっていた。
◆
ザールが目を覚ました時にはもう外は昼になっていた。元々生活サイクルが安定していなかった彼としては別段気にすることでもなかったが。
スジャンマの酔いはすっかりなくなっていたので、汗まみれの身体をシャワーで洗い流した後、ヘスティアにステイタスの更新を頼んだ。
レヴァン・ザール
Lv.1
力 :7→29
耐 久:0→3
器 用:11→32
敏 捷:9→33
魔 力:17→32
魔法
【ライトニングボルト】
・速攻魔法
【嵐の精霊召喚】
・低級の雷の精霊を召喚する
【治癒の光】
・聖なる光が傷を癒す
スキル
【
・炎への耐性
・炎による影響を50%カットする
【
・自らより劣る者の技能を訓練することでその能力を確実に向上させる
・トレーナーの技量が見習い以下の技能は対応されない
・対応技能【剣術・達人】【破壊魔法・精鋭】【回復魔法・精鋭】【召喚魔法・熟練者】
【軽装・熟練者】【防御・精鋭】【隠密・精鋭】【開錠・精鋭】
昨晩、ベルを連れ戻すために無茶をしたせいか、ステイタスの伸びはかなり良かった。だが気になるのは、彼のスキルが増えているという事だった。
「ヘスティア。このスキルは一体何だ?」
ステイタスの写し紙を指さしてザールが尋ねる。ヘスティアはその紙を受け取ると、増えているスキルとザールをチラチラと交互に見る。
「説明にも書いてあるだろう? 要は、君はとっても教え上手になったってことさ」
「そんな事はわかっている。私が聞きたいのは、何故突然スキルが増えたのか、という事だ。対して特別な事はしていないぞ」
ザールが聞いた話によると、スキルという物は当人の資質によって発現する者だと聞いたことがある。例えば、英雄の素質があるならば強い力を、悪人の素養があるのならば人を操ったり陥れたりするような能力などだ。
ザールはこれまでの人生で人に何かを教えたりするような立場に立ったことはない。素人と組んで仕事をすることはなかったし、弟子を取るなんて面倒な事もやったことがなかった。
と、言うのも、ダンマーは長寿であり保守的であるため、技術の伝授や継承は親族以外には滅多にしないのだ。弟子を取る魔術師であってもそれが親族でなければ実験の被検体程度にしか認識しない事などザラだ。
ザールは行きずりの女以外で異性と交際をしたことがなかったので、子供はいるかもしれないが会った事はないし顔も知らない。故に経験を伝授する相手などいなかった。
つまり、ザールが人にモノを教えるスキルが現れるなど考え難いのだ。
「う~ん、と、ね。スキルっていうのは、当人の資質によって発現したりするんだけど、その他に意識の変化によっても目覚めたりするんだよね」
「意識の変化?」
「うん。例えば、英雄になる素質があったとしても悪意を抱けば力は悪い方に働くし、悪人になる素養があったとしても悔い改めれば能力は人を幸せにできるかもしれない。スキルっていうのはね、そう言った人の意識に敏感に反応して現れる物なんだよ」
その説明を聞いてザールの頭に浮かんだのは、白髪の少年の姿だった。どうも無意識の内に彼に感化されていたようだ。
「たぶん、ベル君に関係があると思うんだけど、どうかな?」
「さあな。私には何がなにやらさっぱりだ」
すっとぼけたザールだったが、ヘスティアがにやけ面になり、それ見た所で「あー、クソ」と頭を抱えた。
「ムフフ……照れ隠しなんて、冷酷な元傭兵クンも可愛い所があるね」
神に嘘はつけない。正確に言うと、言葉の真偽を即座に見抜かれてしまうのだ。ザールが嘘をついたとなると、その言葉は反対の意味を持つことになる。
「プフフッ……むぎゅっ」
頬を膨らませて笑いをこらえるヘスティアの顔が癪に障ったザールは、枕を取ってそれを彼女の顔に押しつけた。
「仕事に行ってくる」
顔を隠すように兜をかぶり、ザールは部屋から出ていく。
リビングに入ると、そこのソファにはベルが座っていた。頬には大きな絆創膏がバツ印を描くように張り付けられていた。
「あ、ザールさん。終わったみたいですね」
ベルの表情はどこか硬い。殴られたことで彼に対して苦手意識でも持ったのか、あるいは昨晩の愚行を反省しているのか。
だがどちらにせよ、今回ザールはベルを連れて外に出るつもりでいた。
「出発する準備をしろ。お前にはやらせておく事がある」
「え? は、ハイ!」
ベルは弾けるようにソファから立ち上がると、クローゼットに寄って準備をする。鋼板の鎧を身に着け、ダガーをベルトに刺し、カバンを持って準備をする。
「え、ええと、ザールさん。いえ、閣下」
「私を
「は、はい。閣下、いえ……ザールさん」
妙に畏まった態度を取ったベルを少し咎め、ザールはベルを連れて地上に上がる。向かう先は昨夜と同じくバベルだが、その時程急いではいない。
「あ、あの。ザールさん」
「レヴァンでいい」
「レ、レヴァンさん。今日は何階層まで行くんですか?」
期待しているような、緊張しているような、そんな声色で尋ねるベルをザールは歩みを止めることなく横目に一瞥し、すぐに前を見る。
「いや、今日はダンジョンには潜らん。お前も昨日の今日で体力が減っているだろうし、何より準備ができていない」
「準備ですか?」
ベルは歩きながらカバンの中身を検め始める。
「ええと、ポーションはあるし、コンパスも忘れていない。携帯食料もあるし、地図もある……」
「ああ、そういった細々した道具も必要だな。だがな、お前はまだ持っていない物がある。今日はまず、それを買いに行く」
「買い物、ですか」
それ以降、ザールは無駄な口を叩くことはなかった。ベルは何を買うのか気になりはしたが、とりあえずはザールに黙ってついていく事にした。
スラム地区を抜けて人通りの多いメインストリートに出た頃、ベルはある所で立ち止った。
「あ、ザールさん! 少しだけ待っていてもらえますか?」
「ああ? ……ああ、成程な。長くは待たせるなよ」
ベルが立ち寄ろうとした所は昨夜の酒場、【豊穣の女主人亭】だ。食い逃げの件を謝るために寄るのだろう。
一礼してベルは店の中に入っていく。直後、叫び声が聞こえてきたがすぐに収まった。
長く待たせるなというザールの言葉を真に受けたのか、ベルは数分後に慌てて店から出てきてザールに「すいません!」と頭を下げた。手にはなぜか藁編みのバケットを持っていた。
「戻ったか。では、行こうか」
「あの、レヴァンさん。立て替えてもらったお金を返したいんで、少し止まりませんか?」
頭を下げるベルを特段気にする様子もなく、ザールは歩き始め、ベルも慌てて続く。
「金はいい。それで買わせたい物がある」
ザールの言うことはイマイチ要領を得なかった。目的の場所に着くまで何も語るつもりはないらしい。
二人が着いたのはバベル、ではなく、そこを経由して北西のメインストリートに向かった。そこは武器や防具の店が多く、それに比例して冒険者の往来も他に比べて多かった。彼等の目的は言うまでもないだろうが、より良い武具を探しに来たわけだ。
「お前にはここで兜を買ってもらう」
ザールには不思議でならない事がオラリオに来てからたくさんあったが、その内の一つに多くの冒険者が兜を被っていないという事があった。
人間、手や足や腹が貫かれれば重傷ではあるが死ぬには足りない。だが頭を破壊されれば一瞬で終わってしまう。そうでなくても頭に攻撃を受ければ考える能力は低下し、危険を脱する知恵も、敵を観察する推理もできなくなってしまう。頭を守るという事は、戦場において命の7割を守る事に他ならない。
そして、御多分に漏れずベルも兜を着けていない冒険者の一人だ。戦場に出す前に、まずその準備をさせておく必要があると感じたのがザールだ。
「え、兜ですか?」
だが一瞬、ベルが嫌そうな顔をしたのをザールは見逃さなかった。
「兜が嫌なのか?」
「あ。い、いえ、そういう訳じゃあないんですけど……なんと言うか、少し野暮ったいかなぁって思って痛っ!」
ベルの頭に突如衝撃が叩き込まれた。ゴッという石のような音が自分の体から聞こえた事を、ベルは信じることができなかった。
痛みに頭を押さえて目を開いて見ると、ザールが握りこぶしを作っている姿を見た。どうやらベルにゲンコツを見舞ったようだ。
「い、いきなり何を―――!」
「もしも、兜を被っていたのなら、私の今の拳は防げただろうな」
抗議するベルの言葉を封じる。こればっかりはどんな理由があろうとも自分が絶対に正しいと、ザールは確信しているからだ。
今のがザールのゲンコツだったからまだ痛いで済んだが、これがモンスターの牙や爪だったらどうだろう。間違いなくベルは命を落とす。兜を被っておけば不意に頭を攻撃されても生存できる確率は高くなる。だから戦士には兜が必要なのだ。
「恰好を気にするのは達人の特権だ。達人でない内に恰好を気にするのはただの馬鹿だ。そしてお前はただの素人。まずは戦場で自分の命をどう守るかだけ考えろ」
そう言ってザールは歩き出す。ベルは少しだけ彼に不満を持ったが、言っていることは正論なので言い返すことはできない。黙って彼についていくだけにとどめた。
「ん?」
「うぷっ。どうしましたか?」
ふと、突然ザールが立ち止り、ベルはその背中にぶつかった。ザールは辺りを見回した後、その視線をバベルの、その頂点に向けた。文字通り雲の上を仰ぎ見ている。
「……いや、なんでもない。行くぞ。まず、あの店に行こう」
そう言ってザールは再び歩き出す。ベルは「何だろう」と疑問に思ったが、それ以上に彼の右手が剣の柄に伸びていた事に、不穏な物を感じていた。
◆
オラリオで一番高い所、バベルの頂点はある人物のプライベートスペースになっている。家主の趣味なのか、薄暗い部屋だったが花のように甘い香りで満ちていた。
そして、その中で輝くような美しさを持った彼女がここの家主だ。恐らく、いや、確実にこのオラリオで一番美しいのは彼女だ。相貌、プロポーション、雰囲気、何をとっても彼女に敵う者はこのオラリオで、いや、この世界では少ないだろう。
彼女は両手を窓ガラスに当て、オラリオの北西方向を見ているが、その目じりは少しだけ吊り上がっていた。美女の怒った顔は恐ろしいと聞くが、世界最高レベルの美しさを持った彼女のもたらす恐怖はどれほどの物だろうか。
「……邪魔ね、あの灰色ネズミ」
その小さな呟きは誰の耳にも届くことはなく、オラリオの空に消えていった。
◆
「クソみたいな店だったな」
憤慨したような言い方で道を行くザールの口調は少し怒っているようで、ベルはそれに苦笑いで答えるしかなかった。
二人が最初に入った店は、一見立派な鎧を売っている優良店に見えたが、長年の経験を培っていているザールはすぐに見抜いた。その店は粗末な武具の表面をメッキ塗装で立派に見せかけているだけだという事に。
危うくベルはその店の兜を5年ローンで買いそうになったが、直前でザールが止めたために事なきを得た。
「ああいった詐欺店には気を付けろ。最悪、入っただけで入場料を請求するようなクソも混じっている」
「えーと、気を付けます。あ。あのお店なんてどうですか?」
その後も二人は様々な店に立ち寄ったが、納得のいくような所はなかった。値段の割に性能が悪かったり、性能はよさそうだがベルの手持ちでは手が届かなったりした。
現在は午後2時。一時間半も探して兜一つ見つからないとはベルは思ってもみなかったが、ザールからすれば武具は慎重に選ぶ物なのでどれだけ時間があっても足りない程だ。まあ、それもほどほどに留めておくが。
「そろそろ休憩するか。昼飯もまだだしな」
「あ、それならこのサンドイッチ食べましょうよ」
二人は適当な公園に立ちより、そこのベンチでベルの持っていたバケットの中身であるサンドイッチを食べ始めた。
ザールが取ったのはフライサンドのようで、挟まっていたフライの中身はカニか何かのようだった。海産物を食べているという所で、ザールはかつて戦った巨大な魚人のモンスターを思い出したが、奴の肉はきっとマズイのだろうなと一人ごちた。
「美味いな。豊穣の女主人亭で売っていたのか? ダンジョンに持って行く弁当にはよさそうだ」
「あ、いえ。これは売り物じゃなくて、あの店の店員のシルさんって人に貰ったんです」
二つ目に手を伸ばそうとした所で、ザールはその手を止めた。そしてギギギと、油を差していない古代ドワーフの自動人形のような動作でベルを見る。
「……そのシルっていうのは、若い娘か?」
「え? ハイ、僕と同い年くらいですけど、それがどうしたんですか?」
その一言で、ザールは色々と察した。
「……それは全部、お前が食べろ」
「え? でもレヴァンさんもお腹空いているんじゃ……」
「私はいい。そのサンドイッチはお前だけに食べる権利がある」
ベルはザールの言葉がイマイチ理解できなかったが、サンドイッチを独り占めできるヤッター程度の考えに留めておいた。
(シルか……あの店員の誰かは知らんが、すまんな)
誰とも知らない少女に向けて、ザールは心の中で謝罪した。