The Elder Scrolls FMC : ORARIO(旧題:ダンジョンで贅沢を目指すのは間違っていない。) 作:熱狂的なファン
「ベ、ベベベベベ、ベルくぅうううううん! どうしたんだいその顔はあああああぁぁぁぁぁ!?」
「え、ええと、神様! これには事情が―――って!」
本拠地に帰ってきたベルの顔を見るなり、ヘスティアは狼狽して叫んだ。彼の顔のキスマークはまだ消えていなかった。
ヘスティアは弾けるようにベルの下へ行き、胴体に手を回して腹に顔をうずめる。
「クンカクンカ、スンスン……ほ、ほ、ほ、ほほおほほほほ、他の
ベルから離れたヘスティアは動揺しながらも怒り狂い、ツインテールの髪を逆立てて猫のように「フシャーッ!」と威嚇をする。
「落ち着け。普通に武具屋に行って、普通に買い物をしてきただけだ!」
「神に嘘は通じなぁい! でも嘘は言ってなぁい! いったい何があったら武具屋でキスマークと
ザールの言葉の真偽を確かめて尚も喚きたてるヘスティアを無視し、ザールは彼女の後ろに目をやる。今晩の夕食は先日のようにジャガ丸くんだけという物ではない。サラダが盛り付けられたボウル、ミートパイ、ライ麦パン、安物のワイン、それにいくつかのジャガ丸くんだ。前のザールの稼ぎが食卓に彩りを加えているという事は疑いようもないだろう。
だがその彼の視線を遮るように、小さな手が飛び跳ねながら振られる。
「ダメダメだぁめ! ちゃんと説明するまで晩御飯はお預けだぞ!」
ちょろちょろ跳ねまわるヘスティアは鬱陶しいが、実力行使に出るわけにもいかず、ザールは面倒がりながらも事情を説明することにした。
「今日行った武具屋で、お前の姪だという女神に会った」
「え? 姪? 僕の?」
途端にヘスティアの動きが止まった。
「……姪って、誰さ? あんまり自慢できるような事じゃないけど、僕には甥や姪がいっぱいいるんだぜ」
そう言うヘスティアは何かを思い出したように、苦々しい顔つきになったが、まさかヘカティアの事を厄介に思っているのだろうかと、二人は少し不安になった。
「ヘカティアだ。新雪のように白く、蜂蜜酒のように情熱的な女神だったぞ」
「え! あの子も地上に来ていたのかい!? と、言うか、オラリオにいるのか!」
「ああ、北西地区の裏路地で鍛冶屋を営んでいた。あまり儲かっている様子はなかったが、かなり良い店だったよ」
ヘスティアは落ち着きを取り戻し、嬉しそうな表情になる。
「そっかぁ……ヘカティアがいるんだ……」
ヘカティアと同じように昔を懐かしむように呟く。二人にはどことなく似たような雰囲気があり、やはり彼女たちが血縁者だという事が察せられた。
「仲がよろしいようで大変結構。そろそろ晩飯をいただこうか」
「そうですね」
「あ。ダメ、ちゃんと着替えて手を洗ってからだよ」
何とか誤魔化せたと、二人は防具から普段着に着替えて食卓に付く。
「さあさあ! 今日はザール君のおかげでご馳走だ! お腹いっぱい食べようじゃないか!」
「いただきます」
ベルとヘスティアはライ麦パンから手を付けるが、ザールはコップにワインを注いで食前酒と口をつけた。スジャンマには遠く及ばないし、安物だから味はイマイチだ。しかし、食卓にワインがあれば食欲が増すのでこれでも良いのだ。
「まさかこんなに早くご馳走にありつけるなんて……ザール君には感謝感謝だよ」
「こんなんで満足されたら困るぞ。何せ、明日からは喉に詰まらせるくらいのコインを稼いできてやるんだからな!」
「いくら神様でもお金は食べませんよ」
冗談を交えながら、食事と会話を楽しむ三人。ザールは笑顔でいる二人の顔を見ながら、永らく忘れていた誰かと食卓を囲むという事の喜びを、ほんのりと思い出していた。
神はその眷属との関係を「家族」と言う事が多いが、ヘスティアとベルの様子を見ていると、成程、確かにそうかもしれない。二人は御主と信徒ではなく、姉と弟のように見える。
神は眷属に
「そういえば、レヴァンさんに聞きたい事があるんですけど」
ふと、ベルが口の中に食べ物を詰め込むヘスティアをよそに、ザールに話しかけてくる。
「なんだ?」
「あの、レヴァンさんはもう百年以上も傭兵をやっていたんですよね。わからないのは、どうしてその間にどこかの神様の眷属になったりしなかったんですか?」
「ふぁ。ふぉれふぁほふふぉふぃふぃふぁはっふぁ」
「飲み込んでから喋りましょうよ神様……」
知っての通り、神の血が与えられた定命の者はその可能性の入り口が広がり、通常の研鑽では難しい程の早さで成長する。力を求める者ならば神の血をもらわない理由はないし、オラリオの外にも神とそのファミリアは多数存在するため、ザールにもその機会は多くあったはずだ。
「ああ、まあ、それはな……」
ザールの表情が硬くなる。本当は何かを思い出したり、どう答えたものかと悩んでいたりしているだけかもしれないが、ダンマーは常に怒っているように見える顔の造形であるため、ベルはこの質問をしたことでザールの苦い記憶でも掘り起こしたのではないかと、質問をしたことを後悔しはじめる。
(神様から聞いたけど、レヴァンさんは
それがベルの表情に出た事で、彼が何を考えているのかを察したザールはすぐさま口を開いた。
「何か勘違いしているかは大体察しはつくが、恐らくお前の考えていることの大半は間違っているだろうよ。ただ、少し長い話になりそうだから、どう話したものかと考えを整理しているだけだ」
ザールは「まずは何から話したものか……」と考える。ベルとヘスティアはザールの話が直接聞けると目を子供のように輝かせ始めた。
やがて頭の整理がついたザールは物語を聞かせるように話し始めた。
今から110年程昔の事、当時のザールは【グレーロック】という街で鉱山労働者として働いていたが、その仕事にはほとほと嫌気がさしていた。毎日毎日、薄暗く狭い坑道を行き来し、一日中壁を睨みつけてツルハシを振るうだけの単調な日々。吸い込む空気も悪く咳をしない日はなく、たまの楽しみと言えば酒場で質の悪いスジャンマを啜るくらいだ。
ある時一念発起したザールは、最後の給料をもらってすぐに仕事を止め、斧と鎧を買って街の外に出た。たまに街に来る吟遊詩人の唄の影響か、冒険好きの資質が彼には芽生えていたわけだ。
「最初は斧を使っていたんだ」
「ああ、ツルハシを振るのと似たような物だと思っていたのでな。で、街を出た私はあちこちを歩き回りながら害虫退治や弱いモンスターを追っ払うような簡単な仕事を受けていた」
所謂下積み時代だ。自分の力量を把握していたザールは無茶な冒険はせず、自分にもできそうな仕事を選んでこなして経験を積んでいた。一か所に留まらなかったため、神の眷属にはならなかったが。
ポケットに金が収まる事はあまりなかったが、今のザールができている上で一番重要だった期間はあの頃だったと本人は語る。
「人生の転換期が訪れたのは、旅を始めて十年経った頃、ある貿易キャラバンの護衛の仕事を受けた時だ。彼等は非常に親しみやすい者ばかりで、金払いも良かった。それで、彼等を気に入った私は専属のキャラバンガードになる事に決めた」
貿易キャラバンはあちこちを歩き回り様々な品を取り扱うが、その分賊や野獣、モンスター等の危険は憑き物で、護衛の戦士を雇うのは当然の事だった。幸いキャラバンのメンバーもザールの事を気に入っていたので、彼の事を家族のように迎え入れてくれた。
キャラバンガードになってからのザールは以前よりもずっと広い範囲を歩き回れた。キャラバンの仲間たちと仲良くしていたし、メンバーの一人の
「だが、キャラバンガードになって三年程経った頃、悲劇に見舞われた。外国の珍しい品を仕入れるためにラキアの北東地域に行った時、そこで【吸血鬼】の一団に襲われたのだ」
「吸血鬼……」
舞台劇や物語にはかなりの頻度で登場する怪物。人々の中に紛れ込み、夜な夜な獲物を求め、哀れな犠牲者の首に牙を突き立てる羊の皮を被った狼だ。ベルの好きな英雄譚の中にも、か弱い女性たちを誘拐して自分の同族に加えた悪辣な吸血鬼の伯爵の話、女吸血鬼が英雄を騙して自分の下僕にしようとした話などもある。
「吸血鬼は当時の私には経験のない強力な敵だった。更に悪いことに、連中を率いていたリーダーは【コールドハーバーの娘】だった」
その単語を聞いたヘスティアの手に力が入る。
「えっと、そのコールドハーバーの娘? 一体、何者なんですか?」
「有体に言えば吸血鬼の王だ。全ての吸血鬼の父であるデイドラの王子【モラグ・バル】本人から直接祝福を受けた者で、通常の吸血鬼にはない強大な力を持っている」
デイドラとは、かつて多くの神々が互いに協力して定命の世界を創造した際、その創造に参加しなかった神々の総称だ。
だが、世界創造に参加しなかったにもかかわらず、定命の世界を好き勝手に荒らしまわったために創造の神々から怒りを買った。そして、アーリエルを代表とする九柱の神が不死性を捨てる事で、神の力を地上では制限させる防壁を張り、それによってデイドラはその力の大部分を制限される事となった。この防壁内で強力な神の力を使えば、立ちどころに定命の世界から弾き飛ばされるという仕組みになっている。
今日、神が地上でその権能を行使するのに制限が掛かっているのは、この防壁がデイドラだけではなく創造の神々にも影響を及ぼしているためである。
モラグ・バルは弱者を服従させ、支配する事を司る王子で、定命の者だけでなく多くの神にも恐れられている。かつて定命の世界を支配するために、防壁に穴を穿つ業を自分の信者たちに行使させ、異形の軍隊を送り込んだという記録まである。
吸血鬼は彼の被造物と言われているのだ。
「それで、その女吸血鬼は獲物の首筋に牙を突き立てるどころか、斧や剣では届かない距離から獲物の血液を吸い取る術を持っていた。私も、他のキャラバンガードも文字通り手も足も出ずに敗北し、私以外のキャラバンのメンバーは皆死んだ」
思い出した苦しみを和らげるためか、ザールはワインを飲み干した。
何とか生き残ったザールは、地面を這いながら吸血鬼たちの目を盗み、息も絶え絶えになりながら地面を這って逃げた。
「あそこまで惨めな思いをしたのは、後にも先にもあの時だけだったよ」
ザールは復讐を誓ったが、あれほどの吸血鬼に対抗できる力などなかった。どこかの神の眷属になって自分を鍛えようにも、当時の彼はすぐに復讐を果たしたかった。そこで彼はデイドラの王子に協力を仰ぐことにした。デイドラとの契約は危険を伴う事が多いが、その恩恵は即物的ですぐに力を手に入れるにはうってつけだった。
「え、デイドラに、ですか……?」
一変してベルの表情が曇る。
デイドラは一般的に悪魔と同じような扱いだ。それは前述のモラグ・バルや、破壊を司る【メイルーンズ・デイゴン】、病や疫病を司る【ペライト】などの例からも見て取れる。
つまりデイドラという存在は、その信奉者たち以外にとっては害でしかなく、その力も唾棄すべきものと言うのが一般常識だ。
「お前がそんな顔をしたくなるのもわかるが、私は特にデイドラという種族に対して嫌悪感はなかったし、そもそも協力を仰いだのは数少ない善のデイドラだ」
生命と光を司るデイドラの女公【メリディア】だ。彼女は神以外の不死者、モンスターなどの歪な命を持った存在を酷く嫌悪している。吸血鬼への復讐に燃えるザールとは利害が一致する相手と言えよう。
「メリディアは100年間、私が彼女の僧兵となる代わりに、私に吸血鬼と戦う力をくれた。不死者を焼き払う聖剣【ドーンブレイカー】だ」
聖剣ドーンブレイカー。アンデッドやモンスターを嫌うメリディアが鍛冶の神と共同で作りだしたデイドラのアーティファクトの一つ。穢れのない純粋な陽の光によって鍛えられており、一凪すれば炎を巻き起こし、また不死者を殺すことで浄化の光を爆発させる力を持った強力な剣だ。
メリディアは彼女の僧兵となった者にこの剣を与え、自らの威光を知らしめる事で世界を浄化しようと考えているらしい。
「え! ド、ドーンブレイカーを持っていたんですか!? 夜明けの剣を!?」
突然ベルが声を上げて立ち上がった。鼻息荒く、興奮しているように見える。
「あ、ああ。そうだ。太陽の如き浄化の光を発する剣だ。知っているのか?」
「ほ、本当に伝説の通りなんですね! ええ、知っています、知っていますよ! ドーンブレイカーって言えば、英雄マノリウレがウルフスカル大洞穴で【ウダイオス】の討伐に使っていたっていう聖剣じゃないですか!」
ウダイオスは強大な力を持つモンスターだ。その姿は羊のような双角を持つ巨大な黒い骸骨で、数百の骸の兵士【スパルトイ】を操る骸の王だ。マノリウレが地上で討伐してからはオラリオのダンジョン第34階層【白宮殿】という領域にのみ出現する。
マノリウレはベルが数多く読んだ英雄譚に登場するエルフの英雄だ。高潔で高貴、魔法と剣を操る
だがマノリウレがメリディアと繋がりがあった事はあまり知られていない。世間に流通している彼の英雄譚には、
「太陽の光の下で鍛えられし聖剣ドーンブレイカー。彼の王が骸の軍勢を一凪すると、奴らは浄化の光の前に敗走するしかなかった」
と、記されているだけで、そこには聖剣がメリディアのもたらした物という事が一文も記載されていないのだ。恐らくはデイドラと繋がりがあったという事がマノリウレに負の印象を与えると考えた彼の信奉者たちが、あえてメリディアの名を消したのだろうとザールは考えている。
「そ、それで、ドーンブレイカーを使って、吸血鬼とはどう戦ったんですか!?」
もはやベルは十歳程年齢が後退していた。目を輝かせ、話しの続きを早く聞かせろとせがむ子供としか言えない状態だ。
「数カ月かけて奴らの居城を見つけた私は正面から乗り込んだ。策を弄さずとも、下っ端吸血鬼であれば一凪するだけで倒せたし、浄化の光に怯えた連中は非常に弱かった。狼と羊の立場が逆転したわけだな」
だが、とザールは区切る。
「コールドハーバーの娘だけは別格だった。ヤツは斬りつければ蝙蝠の一群に姿を変え、浄化の光を浴びせれば霧になって攻撃をかわす強敵だった。メリディアの加護によってヤツの吸血魔法からは大分守られたが、それでも苦しい戦いには違いなかった」
「それで、それで! 勝ったんですか!?」
「そうじゃなかったらここにいない。ヤツの変身した蝙蝠を一匹ずつ切り落とし、霧を薙ぎ払い、少しずつ傷を負わせた。そしてヤツが回復をするためにモラグ・バルの祭壇に立った所で、私はドーンブレイカーを投げつけ、その実体に直接浄化の光を流し込んで倒した。そういう話だ」
ベルの胸は興奮でいっぱいだった。愛読していた数々の英雄譚に全く劣ることのない戦いの話。それも吟遊詩人の唄伝いではなく、戦いの体験者から直接聞くことができた。ザールは間違いなく本物の英雄と言えよう。
だがそこで気が付いた。確かに胸を締め、躍らせるような冒険譚だったが、肝心のザールがこれまで神の恩恵を受けていなかった理由が話されていない。その事についてベルが指摘すると、ザールは「ここからが本題だ」と言った。
「復讐を終えた私は、今の世の中を生き抜くには
吸血鬼の襲撃の際、仮にザールが神の恩恵を受けていればキャラバンのメンバーは少しは生き残れたかもしれない。そんな風に考えてファミリアへの加入を決めたのだ。
「ところが、そのファミリアの主神が私の背に
定命の者は二柱以上の神からの恩恵を受けることはできない。眷属になれるのは一柱の神のみなのだ。
だがメリディアは自分の力を手放したり、制限したりすることを嫌うデイドラだ。創造の神々のように地上に降りていないため、ザールがどれだけ研鑽を積んだところでステイタスの更新はしてくれないし、救国とも言える偉業を成した所でランクアップもしてくれない。さらにデイドラと創造の神々の眷属契約は異なる性質であるため、契約を満了してどこかの神の眷属になったところでステイタスは継承されないのだ。
ザールは慌てて捨教か改宗をメリディアに希望したが、ザールは「100年間僧兵として働く」という契約をしていたために、その希望は棄却された。
「まあ、そう言う訳で、その契約の100年が終わったつい半年前まで、私はずっと神の恩恵無しで生きてきたわけだ」
恩恵が受けられなかった分、ザールはそれを補うように武術の鍛錬や、勉学に必死に取り組んだ。戦士や傭兵を引退する道もあったが、吸血鬼との戦いを経て大きな自信が付いていた彼にその選択肢はなかった。
「まあ、吸血鬼を倒すことができたのは間違いなくメリディアの加護によるものだから後悔はないが、お前はデイドラに関わる時は気を付けろよ」
そう言うとザールは何気なく時計を見る。話し込んだので、すっかり遅い時間帯になっていた。
「話が長くなったな。私はもう寝るぞ」
そう言ったザールは食器を片付けると、ソファに横になって瞼を閉じた。
「いやぁ、凄い話でしたね。神様……神様?」
かけた言葉が返ってこなかった事を不信に思ったベルがヘスティアの顔を覗き込むと、彼女は俯いていて、その視線に焦点が定まっていなかった。
「……神様?」
「…………ふぇっ!? な、何だいベルくん!」
ヘスティアはベルが肩に手を置いたとき、初めて気が付いたように飛び跳ねた。
「あの、何か様子がおかしかったように見えたんですけど、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、うん。ちょっとバイトで疲れちゃったかな。僕ももう寝るよ。お休み、ベル君……」
そう言うとヘスティアはいそいそと食器を片付け、寝室に入っていった。
「神様……どうしたんだろう……?」
そんなベルの呟きは、時計のカチカチという音に消えていった。
今回は話はすすまないけど、後々解説を挟むとグダりそうだから、デイドラに関する重要な事を一気に説明
各デイドラの解説は機会があったときにやります