さてさて、トラップ回です。
「……病院か」
3度目だな。この病室にいるの。…無意識のうちだったがどうやら傷の修復はフル稼働だったようだ。傷が一切ない。意識を失う前にリサの様子を見てたからだろうな。
電波時計を見るに事故は昨日のことらしい。今日は日曜日で、もうすぐ夕方になるな。
「宮井さん、リサはどこにいますか?」
「病室に入る前に声をかけないでください。心臓に悪いです」
「それはすみません。ですが結構大切なことです。リサは
「…病室にいることをなぜ確信してるの?」
「自分が体験したことは見ただけでもわかるものでしょう?特にそれが大切な人だったら余計に」
「……」
「リサは心に傷を負ったはずです。どの病室にいますか?」
「…リサちゃんは誰とも会いたくないと言っています。友希那さんでも、ご両親でも会いたくないと言って病室に鍵をかけてます」
「鍵は外からでも開けられるはずですよね?リサが拒もうと関係ない。俺はリサを連れ出します。…かつてリサがそうしてくれたように」
真っ直ぐと宮井さんに目を向けると、宮井さんは諦めたようにため息をついてから病室を教えてくれた。さすがに鍵を渡すわけにはいかないからと病室の前までは一緒に来てくれるらしい。
「…そういえば今さらですけど、前は研修でしたよね?期間は終わってるはずなのに何でまだこの病院にいるんですか?」
「本当に今さらですね…。答えは簡単ですよ。ここに採用してもらったんです。研修の時に目をつけていただいて、最終日にここで働かないかと言ってもらってそれで就職しました」
「やっぱり宮井さんは凄いですね。ご就職おめでとう御座います」
「ありがとうございます。…まぁこんなことしてたら大目玉なんですけどね」
「そこは俺に押し切られたとでも言ってください。先生に話せば援護してもらえるでしょ」
「それはもう手を打ってますよ。先生には話をしてます。先生も『彼ならねー』なんて言ってましたので」
「…そうですか」
宮井さんが見違えるぐらいに優秀な人になってるのだが…、それと先生、あんたそれ適当過ぎないか?まぁ言い当てられてる俺は何とも言えないが…。
「リサちゃんはこの病室にいます」
「そうですか。…最後にいくつか聞かせてください。リサは
「…
「なるほど。…友希那は鍵を開けるように頼まなかったんですね?」
「ええ。『私たちは諦めて帰るけど、雄弥は優しくないわよ』と最後に言ってました」
「…行動を読まれてるな」
「ふふっ、素敵なお姉さんじゃないですか。信頼の証拠でしょ?」
「そうですね」
宮井さんから鍵を受け取り、頭の中をリセットしてから鍵を開けた。ごちゃごちゃ考えながらじゃ禄なことにならないとわかったからな。
鍵を開けたらすぐに宮井さんに鍵を返してドアを開けた。突然ドアを開けられたからだろうか、ベッドを軽く起こしてもたれる様に座っていたリサは慌ててシーツで頭まで隠して包まっていた。
…よかった。部屋が荒れてないということは、リサが錯乱状態にならなかったということだ。心は荒れてるかもしれないが、モノにあたったりはしてないようだ。
ゆっくりとドアを閉めて、刺激しないように音をたてずにリサに近づく。リサはなんとなくわかったのか、俺が足を止めた時に体をビクッと反応させていた。
「リサ。話をしよう。まだ全てを話せたわけじゃない」
声をかけてもリサの返事はない。宮井さんが言ったとおり会話すらしたくないのだろう。シーツを強く掴んで拒絶の意志を示してくる。
「…会話もしたくない、か」
いつもならリサが復活するまで待つのだが、今回は強攻策を取らせてもらおう。シーツを強引にずらしてリサの顔が現れるようにする。リサが焦ったようにシーツを被り直そうとしたところで両手を掴んでリサを拘束する。
「なんて顔してんだよ。俺はリサのこと怒ってないんだぞ?」
優しく声をかけてもリサを首を左右に振るだけで話そうとしない。俯くリサの顔を覗き込むようにしてもリサは視線をそらすだけだった。片手を放してリサの頬に手を添える。顔を動かせないようにして無理矢理目を合わせる。
(目が死んでるってわけでもないな。…やっぱり塞ぎ込んでるのか)
「事故にあったことに責任を感じてるのか?」
リサは目を潤ませながら微かに首を縦に振った。…どうやら意思疎通を図ることを拒んでるわけじゃないようだ。そうなると…
「リサが気にすることじゃない。そもそも俺が悪いんだからな。…話の続きをしようか。俺の体の体質を治せるかどうか」
またリサが体を震わせて反応した。それもそうだろうな。治らなければどんどん寿命が削られる体のことなんだから。リサに微かに残ってる目の光がこちらに向けられる。期待したいのだろう。
「意識が飛んでる間にちょっと不思議な体験をしてな。…治す手段はあるらしい。ただ、それを探さないといけないし、治せても失った寿命のほとんどは取り戻せない」
リサはまた視線を下げて首を左右に振った。嫌なのだと、そんなの受け入れたくないのだと言いたいのだろう。逆の立場だったら俺も受け入れられないだろうな。リサに先立たれるのが決まった未来は望みたくないから。
「どうしても長生きはできないんだ。…赦さなくていいから」
そういった瞬間リサに顔をビンタされた。力が入ってなくて全然痛くないのだが、心が痛むビンタだった。リサの悲痛の思いが伝わってくるような、そんなビンタだった。
…だからこそ決断できた。後ろめたさもあったのだが、宮井さんと先生はそうなると予想してくれているしな。
俺はリサからシーツを完全に取っぱらい、リサを抱えて病室からの飛び出した。突然のことにリサは抗議するように胸を叩いてくるが、俺はそれを無視して、人の気配を察知しながら人に会わない走り、病院の裏口から外に出た。病室にはリサの荷物らしきものはなかったから、物を取りに戻る必要もない。
「そんな格好でどこに行く気?」
「っ!…結花か。どうしてわかった?」
「私たちの姉はお見通しってことだよ。二人の着替えを持ってきたし、疾斗に車を用意してもらってる。とりあえず車に行こ」
「疾斗もかんでんのかよ…」
「メンバーはそれぐらいだよ?私と友希那と疾斗だけ」
「そうか」
これで紗夜と日菜まで関わっていたら面倒だと思ったが、少数で済ましてくれたようだ。…疾斗がいるのも車を運転させるためだろうな。
他の人に見つからないように気をつけながらサッと車に入り込んだ。リサは車の席につくやいなや、すぐに膝を抱えるようにして塞ぎ込んだ。やはり強引だったか。
「カップル揃って病院を脱走か。少し話をねじ曲げたら愛の逃避行になるんだが…」
「ある意味逃避行ではあるがな。…疾斗行ってほしい場所がある」
「だろうな。どこでも言え。運転してやる」
「場所はそう遠くないところだ」
〜〜〜〜〜
いつの間にか車は発進して、いつの間にか車は雄弥の目的地に着いていた。会話のほとんどは聞いてないけど、不思議と雄弥の発言だけは耳に入ってきて頭に残った。雄弥と疾斗が車から降りて離れていく。
アタシはそれを横目に見ながらも嫌なことを考えていた。…雄弥に愛想をつかされたんじゃないのかと。
「リサー。いつまでもその服は嫌でしょ?着替えるよ。二人も車から離れてくれたことだし」
…どうやらアタシの着替えを見ないように配慮して離れたようだ。アタシは何もやる気が出ないから首を左右に振った。けどアタシの親友はそんなの認めてくれない。
「そう言うと思った〜。…あ、言ってはないのか」なんてことを言いながら結花は近づいてきて服を脱がしていく。抵抗しても病院の服は着脱が簡単だから特に意味がなかった。アタシは途中から結花の手を止めさせて自分で着替えることにした。
「ちゃんと靴も用意したから履いてね〜。履き終わったら外に出てきて。雄弥がどこか連れてってくれるみたいだし。……私と疾斗はついていっちゃ駄目なんだろうけどね」
どこに連れてかれるんだろ。見た感じ山に来てるみたいだけど、道中は外見てないからどこの山かはわかんないや。…近くのどこかみたいだけど。
「もしもし雄弥?うん。リサが着替え終わったから戻ってきて」
結花が電話をしたらすぐに雄弥と疾斗が戻ってきた。何か話しながら戻ってきてるけど、帰りのこととかかな?
「リサ、悪いが少し付き合ってもらうぞ」
「いっそ本当に逃避行すれば?」
「さすがにそれはしないから。二人は暇だろうが、残っててくれ」
「はいはい。ま、適当に星でも眺めとくよ」
「軽くドライブして戻ってきてもいいがな」
「そのへんは気分で決めよ」
雄弥に手を引かれてどんどん山の中に入っていく。車でも結構登ってきたのに、まだ登るんだね。靴もスニーカーが用意されてるけど、友希那ってここまでエスパーだったっけ?
雄弥と一緒にいるけど、会話はまったくない。いつもならいっぱい話すし、無言でも嫌じゃないけど、今はなぜかこの空気が嫌だった。…会話をしたくないのに無言は嫌だなんて、アタシって自分勝手だよね。嫌な女だよ。
「この辺だな」
雄弥が足を止めたからアタシも足を止める。そこからは街が一望できるようになってて、高さもあるから空も視界に入るようになってた。街の光と星空の光、こんな景色もあるんだね。
「…どうやら気に入ってくれたようだな」
特に何か反応を示したわけじゃないと思うんだけど、雄弥には分かられちゃったね。雄弥に肩に手を回されて軽く引っ張られる。アタシは雄弥の体に自分の体を預けることにした。やっぱり拒絶し続けるのは無理だよ。アタシは、そこまで自分を抑えれる人じゃないから。
だから、
雄弥に最初に知ってもらうことにした。
「…ねぇ、雄弥」
「!!…リサ、
「うん。…
これがアタシが喋りたくなかった理由。先生が言うには、強いショックを受けた影響だろうとのこと。そして、もう前の声には戻らないということ。それを聞いてアタシは怖くなった。
違うと言われたらどうしよう。
今井リサじゃないと言われたらどうしよう。
みんなに、なによりも、雄弥に嫌われたらどうしよう。
そんなことが頭の中を駆け回って、そして取った行動が喋らないということだった。雄弥にこうやって告白したのが怖い。雄弥の反応が怖い。だけど、雄弥にしかこんなこと言えない。最初は雄弥じゃないと…。
「あは…あははは…変、だよね。…こんなの、アタシじゃないよね…」
怖さには勝てない。だから先に自分で自分を否定して、雄弥の言葉を聞く前に自分を貶めることにした。この方がきっと楽だから。アタシは顔を俯かせて雄弥の言葉を待つことにした。
雄弥の手がアタシの肩から離れる。
(あー、…やっぱり…)
雄弥の手が離れたと思ったら雄弥に正面から抱きしめられた。アタシは突然のことでビックリして狼狽した。
「馬鹿だな。…リサがどれだけそれを知られるのを怖がってたのか分からないが、俺がそれでリサを否定するわけないだろ?」
「うぅ、…だっ、てぇ、アタシ…」
「声だけがその人を表すものなのか?」
「ぇ…?」
「違うだろ。声が全てじゃないはずだ。あくまでその人の特徴の一つってだけだ。俺はそれが変わったところで否定しないし、みんなも否定しないはずだ。リサの周りの人間はそれで手のひらを返すような人たちなのか?」
「ち…がう…きっと…みんな…受け入れてくれる…と、おもう」
「そうだな。側にいるから、みんなに言う時も一緒にいるから」
「うん…うん」
「リサ。俺はリサの声が変わろうとリサのことを愛してる。それに、たとえ喋れなくなろうと、病気になろうと、歩けなくなっても、リサが何もできなくなっても、リサのことを愛し続ける。だから、もう側を離れようとしないでくれ」
「ごめん、ごめんね。…アタシも…雄弥と一緒にいる。…雄弥と生きるから。…だから…雄弥も……アタシから、離れないで。…精一杯生きて」
「ああ。お互いに約束しよう。二人は絶対にずっと一緒だって」
「うん。…約束。ずっと側にいさせて」
もう約束で指切りはしない。アタシ達はお互いに距離を縮めて口を重ねた。約束は絶対だし、アタシ達の関係も絶対のものだから。
アタシの心がそうやって救われる。
まるで物語のヒロインになったような劇的な──夢の中にアタシはいた。
さて、どこからがリサの夢でしょう?