アタシたちが高校を卒業して、無事に大学進学も決められたら、雄弥は一人暮らしを始めた。お義父さんとお義母さんの反対を押しきって、友希那の反対すら押しきって湊家を出た。自立しないといけないから、自分が本当の意味で自立できるようにならないといけないからって。そんな感じの理由をつけて。
結花は反対しなかったみたい。というか、賛成も反対もしなかったんだとか。雄弥と同じで引き取られた身だから、口出しできないって思ってたみたい。それに、雄弥が言わなかった別の意図も分かってたみたいだから。
「雄弥ってさ、頑固なところもあるし、変わったとこもあるみたいだけど、それでも変わってないところもあるんだよね。雄弥が最優先で考えること、それだけは一切ブレないみたい。それが今回の件にも関係してると思うよ」
アタシと友希那にそう話した結花は、呆れが半分で憧憬が半分って感じだった。結花は結花で思うとこがあったみたいだしね。で、友希那はそれで納得したんだけど、アタシはそれが何のことかピンと来なかったんだよね。
「リサは鈍感ね」
「リサだしね。周りのことには気づいても自分のことは全然だし」
二人に完全に呆れられて同時にため息をつかれる。どうやらアタシが関係してるらしいんだけど、その理由がサッパリ分かんない。苦笑いで誤魔化そうとすると、結花にジト目で見られて気まずくなる。
「リサがいるからこそ雄弥は
「えっと〜……」
「はぁ。リサ、雄弥は自立を目的に、一人暮らしを始めるって言ったのよ? 雄弥は日菜と同じタイプだから、基本的に何でもできるけれど、経験がものをいうことだって世の中にはあるの。たとえば、精神的な自立であったり、社会で生きていくこと。こういうことは、経験を積まないといけない」
「う、うん。それは分かるんだけど、そこにアタシって関係してるの?」
「大いに関係してるわよ。リサ、あなたと雄弥の
友希那が真面目な表情で聞いてくる。一部分だけやたらと強調して。それはたぶん、そこが答えに直結することだから。結花も友希那の言葉に頷いてるし。
アタシと雄弥の今の関係……。幼馴染……じゃあないし、恋人……ではあるんだけど、実際付き合ってるわけだし。でも、アタシと雄弥は、その……結婚……したわけで、新婚旅行もしたし、高校を卒業したから正式に入籍届を役所に提出したし。ってことは、アタシと雄弥は晴れて夫婦になれたわけで……ん? 夫婦……?
「やーっと気づいた? 雄弥は、社会人として、しかもリサの
「そっか……雄弥は……。えへへ」
「うわ、すんごいだらしない笑顔」
「蕩ける顔ってこういう事なのね」
なんか二人が言ってるけど、アタシの耳には全然入ってこなかった。アタシはそれよりも、雄弥がちゃんと考えて行動してくれてたのが嬉しかった。しかもそれがアタシのためっていうのが、ね。ズルいというか、胸がキュンって締め付けられちゃう。我慢しようにも全然できなくて、顔が勝手にニヤけちゃう。
「はっ! そうだ! それならアタシも新妻修行しなきゃ!」
「普通は花嫁修業だけどね〜」
「リサ、あなた何をする気なの?」
「ちょっとね〜」
そんな話し合いをしてから約一ヶ月間。アタシはお母さんから妻としての心得とか、必要なスキルを聞き出してみっちり教えてもらった。大学生活も始まってしばらくした頃、その特訓を終えたアタシは──雄弥の家に押しかけて同居を始めた。
〜〜〜〜〜
「リサ。何か考え事か?」
「ううん。考え事じゃなくて、春のことを思い出してただけ〜」
「春……いきなり押しかけて来たこととか?」
「せいかーい。雄弥驚いてたよね!」
「そりゃあな」
寒さが全ッ然衰えてくれない1月半ば。アタシと雄弥は、二人で買い物に行って今はその帰り。それぞれ買い物袋を一つずつ持ってて、空いてる片手で手を繋ぎ合ってる。手袋してるからアレだけど、それでもアタシより大きい手で包まれてるし、心もポカポカする。
「リサと同居すると想定してなかったから、一人暮らしの用のアパート借りてるのに。狭いだろ?」
「そりゃあまぁ、家と比べたらね? でも、なんだかこれはこれでいいかなって。そういう暮らしから始まるのもさ」
「物好きだな」
「一番の理由は、雄弥と一緒にいたいからだよ?」
「……ありがとう」
少しだけ手が握られる強さが増した。雄弥は表情がそんなに変わらないけど、こういうちょっとした行動で示してくれることが増えた。基本的に器用にこなす人なんだけど、感情面は本当に不器用。それが雄弥らしさだし、逐一細かい反応に気づけるのはアタシだけ。友希那も気づくけど、そのタイミングはアタシのほうが早い。
「なんか機嫌良さそうだな」
「そう? んー、そうかもね〜」
アタシが一番雄弥を理解できてる。好きな人のことを。大切な人のことを。それがどれだけ嬉しいことか。
雄弥は、アタシがそれで喜んでいることに気づいてない。だけど、アタシの様子からアタシの感情を読み取ってくれるようになった。高2で一気にその辺りが成長したから。
「リサ。手を放してくれないと鍵を取り出せない」
「へ? あ、ごめん」
「別にいいが、どうかしたのか?」
「ううん。雄弥って変わったな〜って」
ポケットから鍵を取り出して、アパートの一室、アタシたちの家のドアを開ける雄弥。その表情はあまり変化ないけど、若干呆けてる。アタシが言ったことってそんなに意外だったかな?
「よく言われるが──」
ドアを開けてアタシを先に入れてくれる。ささっと入ったアタシに続いて、雄弥も中に入って鍵を閉める。先に靴を脱いだアタシが廊下に足を運んで、クルっと回って雄弥の言葉を待つ。アタシの視線に気づいた雄弥は、靴を脱いだらアタシとの距離を詰めてそっと片手を頬に添えた。未だにこういうのは慣れなくて、ドキッとしちゃう。
「リサがいてくれたからだぞ。リサがいなかったら俺はこうなれてない」
「そ、そうかな?」
「断言できる。俺にとってリサ以上に存在が大きい人なんていない。リサが隣に居続けてくれたから、俺は変わられたんだ。ありがとう」
「ちょっ、ちょっと待って! そんなに真っ直ぐ言われたら恥ずかしいから!」
「本心なだけだぞ?」
「〜〜〜っ! もう!」
雄弥に背を向けて家の中へと進んでいく。ちょっと大幅に歩いてるけど、アタシ自身はそれに気づけてない。冬の寒さで室内は冷えているはずなのに、なんでかちょっぴり熱い。それは雄弥のせいなんだけど、雄弥の言葉だけじゃない。あの表情がズルいんだ。
だって……あんなに穏やかな顔なんて、そうそう見せてくれないんだもん。しかも、アタシが背を向けた瞬間に一瞬見えたあの寂しそうな目……。そんなのズルいよ。普段とギャップがあるし、そもそも今までとのギャップもある。翻弄されちゃうよ。
「買ったやつは俺が仕舞っておくから、リサはこたつで温まっていてくれ」
「……へ!? いやいやこれくらいやるって! こういう家事はアタシがやるって言ったじゃん?」
「仕事がない日は手伝うとも言ったよな? それに、ほら。リサの手、こんなに冷えてる」
手袋を外されて、冷えていたアタシの手が今度は雄弥の手に包まれる。雄弥は寒さに強い方みたいだし、普段から手が温かい方だ。だから冬の冷える日でも、雄弥の手は温かくてほっこりさせられる。アタシは今ほっこりどころじゃないけど。
だって心が乱されてドキドキしてるのに、雄弥が近いし手を握られてるし。
そんな状態のアタシは雄弥に押し切られて、部屋にあるこたつで先に温まることになった。家を空けてる間は電源切ってるから、こたつが温まるのに少し時間がかかる。暖房はいつの間にか先に雄弥が付けてたけど。
アタシたちの家は、そんなに広くない。玄関から真っ直ぐに短い廊下があって、廊下の右側にドアが三つ。一つは洗面所で、そこからお風呂に行ける。残りの二つのうち、一つはトイレで、もう一つが部屋。その部屋は雄弥が譲らなくて、アタシの部屋になってる。時々寝る時に雄弥を引き込むけど。廊下を奥まで行けば今いる居間で、台所もこっち。
「シンプルだから住みやすいんだけどね〜」
「引っ越しはまだだからな」
「文句を言ってるわけじゃないからね? アタシはここも好きだし。……って、引っ越しの予定立ててたの?」
「来年にはな。具体的な時期はまだ不明だが」
「? 珍しいね。予定立てる時はいつも細かいことまで決めるのに」
「これに関してはいろいろあってな」
「ふーん? ……ん?」
買った食材を冷蔵庫に入れ終わった雄弥と話してるんだけど……。うん、
「どうかしたか?」
「い、いやー。なんで隣りなのかなーって」
「リサの間近にいたいからだが?」
「なっ……! だ、だから……そういうのは……」
「それに、こっちの方が温かいだろ?」
アタシが口をパクパクさせてるのをよそに、腰に手を添えられて少しだけ引っ張られる。言葉とか、表情とか、そんなのは相変わらずいつも通りなのに、行動だけ珍しく甘えてる。完全にペースを乱されたアタシは、顔が赤くなっちゃうんだけど、それを隠すために雄弥を押し倒してその胸に顔を擦り付ける。
「リサ?」
「今は顔見ちゃ駄目!」
「なんで」
「駄目ったら駄目! 恥ずかしくて見せられないの!」
「……わかった」
雄弥を静止させて、その間に落ち着こうと深呼吸を繰り返す。雄弥はアタシの背中に手を回してくれて、ギュッて抱きしめてくれる。今までに何十回……ううん、100回以上もしてもらってること。悔しい時も寂しい時も悲しい時も、嬉しい時も幸せな時も、どんな時でもやってくれる行為。いつだってアタシが落ち着けて、気持ちがどんどん上向きになっていく。
落ち着いてきたら、さっきまで聞こえていなかった音が聞こえてくる。感じられてなかったことが感じられる。それは体を密着させてる雄弥の体温や心臓の音。いつもよりちょっと温かい気がするし、少しだけ心音が早い。
「雄弥、ドキドキしてる?」
「そりゃあ、好きな人とこうしてたらな」
「あはは、そっかそっか〜。アタシもなんだよ? ほら」
上体を少しだけ起こして、雄弥の手をアタシの胸に当てさせる。恥ずかしさが爆発しそうだけど、それよりも雄弥と同じだよってことを伝えたい。片手は雄弥の胸に添えてるから、雄弥の心音が早くなることが分かる。高2の春じゃ動揺しなかったくせに。
「リサ。恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしいよ? 恥ずかし過ぎておかしくなりそう。でも、雄弥がアタシを意識してくれてるのが嬉しいの」
「……リサのことなら」
「へ?」
「付き合う前から意識してた」
「ふぇっ!?」
アタシの背に回されてた手が、またアタシの腰に据えられる。動揺させられると同時に強めに引き寄せられて、アタシはまた雄弥に密着する。でも、今度はアタシの目の前に雄弥の顔が。
「恋愛が何か、なんとなく掴み始められた時からずっとリサを意識してたから。リサは自分で思ってる以上に、魅力がいっぱいなんだからな?」
「うぅ〜、またそんな事言ってー! アタシ褒められるの苦手っていうか……、ムズムズしちゃうって知ってるでしょ?」
「知ってる。だが事実を口にしてるだけだから」
「もう〜! そんな口にはこう!」
「っ!?」
雄弥にこれ以上褒められるのも癪だから、アタシは雄弥の口を塞いだ。瞳を閉じて、唇を重ねて。雄弥はビクッて反応したけど、すぐに落ち着いた。アタシをグイッて引き寄せて、いつもより熱いキスになる。それが10秒くらいになると、アタシはポンポンって雄弥に合図して放してもらう。
「ゆうや……愛してるよ」
「俺も愛してるよ、リサ」
気持ちを伝えあう。自然と頬が緩む。アタシも、雄弥も。
時が流れるに連れて、一緒に時を刻んでいくに連れて、雄弥は感情が現われやすくなってる。まだ身内にしか分からないようなことなんだけど、たぶんみんなも分かるくらいになっていく。
──それが寂しいと思うアタシは、酷い女なのかな
「そんなことない」
「……え?」
唇が離れた瞬間、雄弥はアタシの頭を撫でながらそんな事を口にした。アタシはなんでそんな事を言われたのか分からなくて、目が丸くなる。
「リサは酷い人じゃない」
「な……んで……」
「分かるさ。リサの事なら、誰よりも」
「……だ、だってアタシ……! アタシは、雄弥のことをアタシだけが分かればって……。アタシが独占したいって……そう思って……!」
「
「ぇ……」
雄弥はアタシごと上体を起こした。向かい合って座ってる状態で、アタシは雄弥の脚の上に跨ってる。
「好きな人を独占したい。それは当たり前のことなんじゃないか? 特別な関係ってさ、独占し合える関係だと思うんだよ。相手を受け入れ合って、独占して。誰にも譲らずに好きな人と幸せを共にする。それが恋人の、夫婦の特権だろ」
「雄弥……」
「だからさ、リサは酷い人じゃないんだよ。他の人より嫉妬しやすいってだけ。それは裏を返せば、それだけ俺を好きでいてくれてる証。……本当に勿体ないくらいに最高の女性だよ。リサ、これからもよろしくな?」
「うん……うん!」
雄弥の首に腕を回す。今日三度目のキス。それは今日の中で一番幸せで、一番胸が満たされるキスだった。座ってる状態だし、アタシは今こたつから出ちゃってるんだけど、それでも寒くなんてない。だってこんなにも温かくて、優しい幸せを与えられていて、熱い愛情を注いでもらってるんだから。
「ねぇ、雄弥って嫉妬したりするの?」
「するさ。俺だってリサの一番がいいんだから」
夜、寝る前にふと確認したら、期待通りどころかそれ以上の答えが返ってきた。今日は雄弥に抱きつきながら寝ることが確定した瞬間だった。