陽だまりをくれる人   作:粗茶Returnees

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 これでやり残しもなくなりました。
 私は満足です。



エンディング

 

 春に力強く吹く風はまるで数多くの生命を祝っているよう

 

 そんな詩的なことを言ってのけたのは、楽しそうに両手を広げてその場にクルクル回る結花だったよね。温かな風が吹いた時にそんなことを言って、桜の木に蕾ができてるのを発見しては「お花見をしよう」と言い出した。

 もちろん反対意見なんて出なかったけど、雄弥と付き合い始められて最初の春にやろうと決めていたことがあった。だから、結花には悪いんだけど、今回はアタシの我儘に付き合ってもらうことにした。

 

 

『ふふっ、リサらしいわね』

 

 

 友希那に話した時には微笑まれて、なんだかむず痒かった。肝心の雄弥は一番予定を合わせるのが難しいんだけど、結花が協力してくれて予定を空けられることになった。他のメンバーやマネージャーさんにも感謝だよね。

 

 

「目を回すなよ」

 

「だいじょーぶ〜」

 

 

 風に乗り舞い落ちる桜の花びら。まるで結花と一緒に踊っているようで、花見に来たはずなのにその光景に目を奪われる。それは友希那も同じようで、結花が席を立ってから一言も発していない。

 風が止むと花びらも落ちてこなくなって、それを受けて結花もレジャーシートへと戻ってきた。十二分に楽しめたみたいで、その表情はとても晴れやかだった。ステージ上や仕事のときに見せるカッコよさと可愛さを合わせた笑みじゃなくて、友希那や雄弥みたいな身内相手にしか見せないあどけなさの残る笑み。

 

 

「あ〜楽しかった〜」

 

「私も良いものを見させてもらったわ」

 

「それならよかった!」

 

 

 はにかむ結花に友希那はふわっと笑う。結花の取皿とお箸も渡してあげて、みんなで用意したお弁当をつつく。アタシと雄弥、友希那と結花っていう2ペアに別れてお弁当作りをしたんだけど、おかずに偏りが出なかったのは凄いと思う。お弁当を作るってこと以外何も決めてなかったのにね。

 チラっと隣を見たら、静かに食事をしてた雄弥がこっちに気づいて目が合う。どうかしたのかと首を傾げられて、楽しいねって返す。

 

 

「リサがいるからな」

 

「っ、すぐそう言うんだから」

 

「事実、リサがいたらどこでも楽しめる」

 

「もう〜!」

 

 

 真っ直ぐ見据えられながら言われるのは、いつまで経っても慣れそうにない。ほんのりと熱くなる頬を自覚しながら、アタシは雄弥の肩を小突いた。何でか分からないってキョトンとされるけど、分からないままでいいと思う。

 

 

「すーぐイチャつく〜」

 

「い、いちゃついてない!」

 

「でも、今のが嬉しくてそうなってるんでしょ?」

 

「うっ」

 

 

 ニヤニヤしながら揶揄ってくる結花に言葉を返せない。言葉に詰まったアタシは、言葉を返す代わりに結花が取った卵焼きを強奪する。

 

 

「あー! それ友希那が作ったやつなのにー! 私が一番食べたいやつー!」

 

「友希那が作ったの!? 卵焼きを!?」

 

「……失礼ね。私だって練習したのよ」

 

「1週間くらい母さんについてもらってな」

 

「余計なことは言わないでいいのよ……!」

 

 

 気恥ずかしそうにしながら雄弥をキツく睨む友希那。特訓したことは内緒にしたかったみたいだけど、アタシはそういうの気にしない。それよりも、友希那が卵焼きを作ったということに関心が向く。だって、家事全般が壊滅的な友希那が作ったんだから。

 見た目は特に問題なし。焦げてるところがないし、むしろ美味しそう。だし巻きとかじゃなくて、普通の卵焼き。

 

 

「いただきます」

 

「だからそれ私のやつ!!」

 

「俺のやつ分けてやるから落ち着け。これも友希那が作ったやつだし」

 

「むー。じゃあ──」

 

 

 卵焼きを口に運ぶ。噛んだ瞬間に味が口の中に広まる。ちゃんとした卵焼きで、思わず目を見開いちゃった。味が甘めなのも友希那らしい。正面に座る友希那をパッと見たら、アタシの反応にいじけた様子の友希那と目が合う。

 

 

「すーっごく美味しい!」

 

「そ、そう……。口にあって何よりだわ」

 

「今度アタシと二人で料理作ってみない?」

 

「リサと? ふふっ、いいわね。まだまだ教わることが多いけれど」

 

「やった! 次のオフの日にさっそくやろうね!」

 

「えぇ。それよりリサ。あれは放っておいていいの?」

 

「へ?」

 

 

 友希那が軽く指を差した方を見る。アタシの隣なのだけど、そこで広がる光景にアタシは唖然とした。雄弥が箸で持つ卵焼きが口の中に運ばれていくのだけど、それは雄弥の口じゃない。雄弥の正面に座る結花の口へと運ばれていた。

 アタシが何かを言おうとする前に結花は口を閉じ、雄弥の箸もそっと引かれる。徹底的に教えられた雄弥の所作は鮮やかだし、結花の持ち前の顔立ちも相まって、さながら1枚の絵の様にその瞬間が目に焼き付いた。それは結花が卵焼きを飲み込んで、美味しいと声を上げても離れない。目の前で友希那が結花に抱きつかれているのも、どこか遠い景色のように感じる。

 

 

「リサ?」

 

「…………ぇ、ぁ、な、なに?」

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫大丈夫。何でもないから」

 

「リサ」

 

「ぁ……」

 

 

 体ごとアタシの方に向き直った雄弥に、そっと抱き寄せられる。ドクドクと一定のリズムを刻む雄弥の心音が聞こえて、遠のいていた意識も引き戻されてくる。いつもアタシを落ち着かせてくれて、いつもアタシに温かさをくれる雄弥の音。それを聞いていたら肩の力が抜けてきて、アタシは自分からも雄弥に寄り添っていく。もたれ掛かるように、包まれるのを全身で感じて。

 

 

「リサって隠したがるよな」

 

「え?」

 

「何かあっても、何でもないって言って。大丈夫だからって笑顔を作って。心配かけたくないから、とかそんな理由だろうけどさ。そう言って黙られたら、支えたいって思う人は何もできなくなる。……俺はリサの力になれないのかって、そう思うことがある」

 

「っ!! ごめ……あたし……」

 

 

 胸が締め付けられる。動揺してしまって、一瞬視界がぐらついてしまう。周りの音も、雄弥の音も聞こえなくなって、どうにかなってしまいそうだ。

 

 だって

 

 だって今

 

 雄弥が吐露した不安は

 

 

 ──アタシが前まで抱えていた不安なんだから

 

 

 何も言ってくれないし、何でもできちゃう雄弥は困ることなんて滅多にない。だから助けを求めることなんてなくて、何をしたら雄弥の力になれるか分からなくて。だから、アタシにできることは、本当は何もないんじゃないかって、アタシは雄弥の力になれないんじゃないかって思ってた。

 雄弥が変わって、アタシが雄弥の力になれてるって分かった。雄弥本人から必要だと言ってもらえた。それに救われて、アタシはしっかりと地に足をつけて歩むことができるようになった。

 それなのにアタシは、その時に抱えていたことを、今じゃ雄弥に抱えさせてしまっている。アタシの性分が原因となってしまって。

 

 

「アタシ、いつも雄弥に助けてもらってるから……だから、少しでも雄弥に負担をかけないようにしようって、そう思って……」

 

「そっか……。ごめんな、リサ。俺の思い込みだったみたいでさ」

 

「ううん、雄弥に思ってもらえてるの、本当に嬉しいから。それにアタシこそごめんね。ちゃんと言っておけばよかったよね」

 

 

 体を雄弥から離して、至近距離でお互いに微笑を浮かべる。相手を思って行動して、裏目に出て心配かけて。ドタバタした1年が過ぎ去っても、アタシたちはアタシたちでドタバタしちゃうのかな。それがアタシたちらしさっていうのは、なんか反応に困る。だって雄弥とかそんなのイメージないし。

 

 

「このままキスとかしそうじゃない?」

 

「奇遇ね結花。私もそう思ったところだわ」

 

「っ!?」

 

「そんな『いつの間に!』みたいな反応されてもな〜。最初からいたし、勝手にいい雰囲気になったのもそっちだし」

 

「お弁当もまだまだ残っているのだし、先に食べ終えてしまいましょう。その後に二人で好きにしたらいいんじゃないかしら」

 

「〜〜〜っ!! 変なことしないから!」

 

 

 完全に失言だった。変なことって何を想像してるんだか、って結花にニヤけ顔を見せられながらツッコまれて、アタシ一人であたふたしてた。雄弥は相変わらず全く動揺してなくて、「言葉に甘えて二人で散策するのも有りだな」なんて言うくらいだし。

 たしかに、ちょっとだけでも雄弥と二人きりになれたらな〜、なんて思ってたけども。先にそうやって話に出されたら意識しちゃって恥ずかしくなるじゃん。

 

 

「ほら、リサも食べろよ」

 

「そうだ……ね……?」

 

「口開けて」

 

「え、え?」

 

「さっき結花にやってた時に固まってたから。リサもやってほしいのかと」

 

 

 そうじゃない……!! とも言い切れないけど、でもアタシが固まってたのってそういう理由じゃない。

 それはそれとして、雄弥にこうしてもらえるのも嬉しいわけで、アタシは意を決して口を開けた。丁寧に運ばれたおかずが舌に乗ったのを感じて、アタシは口を閉じる。雄弥もお箸を引いて、自分の分のおかずを自分の口に運んでいく。

 あれって間接キスだよね、って思った途端にまたほんのりと頬が熱くなる。付き合ってから半年は経ってるんだけど、こういうのは全く慣れない。たぶんもう半年はかかる。

 

 

「それじゃあ友希那、ちょっと行ってくるね」

 

「ええ。ゆっくりでいいわよ。あそこ(・・・)にも寄るのでしょう?」

 

「……うん。ありがとう友希那」

 

「あそこ? 友希那、あそこってどこ?」

 

「今度改めて結花にも教えるわ」

 

 

 ご飯を食べ終わって小休止したアタシは、雄弥を連れて辺りを散策することにした。と言っても、本当は目的地があるんだけどね。

 友希那は結花と一緒にその場で待っててくれるみたいで、膝の上に頭を乗せて寝転ぶ結花の髪を静かに撫でてた。結花は気持ちよさそうに目を細めてて、猫みたいな感じがしたよね。

 

 

「ここはあまり人が来ないんだな」

 

「桜の本数がそこまで多くないからね〜。隠れ名所って具合で収まるんだよ」

 

「なるほどな。……いいとこだな」

 

「あはは、気に入ってもらえてよかった〜。ここ、アタシたちの始まりの場所なんだよね。二重の意味で(・・・・・・)

 

 

 怪訝そうな顔をする雄弥を見て、アタシは苦笑いを浮かべた。雄弥がピンとこないのも仕方ないこと。アタシと友希那、そしてそれぞれの両親しか分からないんだから。

 雄弥の手を引いて少し歩くペースを上げる。せっかくだし、今すぐにでもその場所に行こう。雄弥は何も言わずについてきてくれるし、人も少ないからスムーズに進める。ある桜の木が見えたら、そのすぐ近くにまで行ってそっと幹に手を触れる。雄弥も隣りに来て、桜の木を見上げる。

 

 

「この木がどうかしたのか?」

 

「うん。この木の陰、ちょうど反対側の草むらに雄弥が倒れてたんだよ。見つけたのはアタシじゃなくて友希那だけどね」

 

「……覚えてないな」

 

「仕方ないよ。雄弥は気を失ってたんだもん」

 

 

 握っている手に力を込める。雄弥も優しく握り返してくれる。勇気を貰って、友希那にも背中を押された。だから、アタシは今まで隠してたことを雄弥に話す。アタシと、友希那と、それぞれの両親しか知らないことを。

 

 

「アタシにはね。弟がいたんだよ」

 

「……初耳だな」

 

「あはは、話してなかったからね。……二つしただから、あこと同い年な子。アタシと正反対というか、とにかく体が弱くてね。アタシは自分にできる限りのことをしてたの。元々世話焼きだった気もするけど、どっちが先かは自分でも分からないかな」

 

 

 世話好きだったからいっぱいいろんな事をしたのか、それとも何かする度に笑ってくれて、それが嬉しかったから世話好きになったのか。鶏が先か卵が先か、みたいな話だね。

 

 

「友希那も面識あったんだよ。友希那の歌が一番好きで、アタシより友希那に懐いてたのは複雑だったかな」

 

「……結花を連想してしまうんだが」 

 

「あー、だいぶ違うような……。結花はオープンに感情を見せるでしょ? あの子はあんまり見せなかった。特に友希那には。言葉にはしないで、黙って友希那の隣にいては嬉しそうにしてた。子供ながらに、恋してたんだろうね」

 

 

 なんだかんだで、友希那もそれを受け入れてた気はする。たぶん友希那のことだから、弟って感覚で接してたんだろうけどね。その辺疎いから。アタシもだけど。

 

 

「雄弥と出会ったのは、小学5年生になる直前。その3ヶ月くらい前に、……あの子は病気でいなくなっちゃった……。アタシにはどうすることもできなくて、日々弱っていくあの子の手を握ってあげることしかできなかった……。アタシが泣きそうになると、あの子も泣きそうになるのに、それでもアタシに『泣かないで』なんて言って……!」

 

 

 病院は嫌いだった。あの子と最後に過ごした場所になったから。自分の無力さを叩きつけられて、医療の限界を知らされた。喋らなくなる恐怖。目を合わせることもできず、語り合うこともできない。一緒に笑うことも、悲しくことも。何一つ分け合うことができなくなる。

 そんな摂理を無慈悲に叩きつけられた。

 

 

「少しでもあの子の体が暖まればって思って、マフラーとかセーターとか。お祖母ちゃんに教えてもらいながら作ったりもした。全然うまくできなかったけど、あの子は笑って、暖かいって言ってくれて……。もう……どっちが年上か分かんないよね」

「リサ……」

 

 

 手を引かれて、雄弥の腕の中に身を投げだした。話すって決めたのに、内容がグチャグチャになってる気がする。自分の頭でも、今何を言ってるのか分かってない。ただ言葉が出てきてるだけで、知らぬ間に涙も溢れてる。

 

 

「暖かくなったら……春になったらお花見に行こうって約束もしたのに……。それは果たせなくて……。アタシ、立ち直るのにいっぱい時間がかかった……。みんなに心配かけて、……本当の意味で立ち直れたのは、雄弥に会ってからなんだよ」

 

「俺に?」

 

「うん。だってほら……あの時の雄弥って、空っぽだったから。何も分かってなくて、友希那だけに任せちゃ駄目だって……。ごめんね……雄弥……たぶんアタシは、心のどこかで雄弥とあの子を重ねてたんだと思う。何かしてあげることで、それでアタシは……アタシの存在意義を作ってた……。あはは、ヒドイ女だよね……人を利用しないと、自分の価値を見い出せなかったんだから」

 

 

 乾いた笑い声だ。自分で言ってて胸が痛い。ズキズキ突き刺さってくる。でも、これはアタシが逃げてたからで、これもアタシ自身なんだ。否定できないアタシの姿。

 

 

「リサはなんで自分を過小評価するかな」

 

「え……」

 

「謙虚と言えば聞こえはいいが、リサのそれは度が過ぎてる。リサは自分で思ってるほど酷い人間じゃないぞ」

 

「なんで……だってアタシは!」

 

「どこに悪い要素があった? 他人がいないと自分の価値がわからないことか? どこも悪くないじゃないか。そもそも他人がいなかったら比較対象がいなくて、自分の良し悪しが見えない。それに、人間誰しもが人を利用して自分の価値を作ってる。医者は患者がいなけりゃ用なしだ。教師も生徒がいて成り立つ。芸能人も、客がいるからその価値が生まれてくる。世の中そういうもんだ」

 

 

 そうかもしれないけど……だけどアタシはそう言われても納得できない。だってアタシは、雄弥を弟に重ねることで自分を奮い立たせたんだから。

 

 

「なによりも、リサ自身が言ってるじゃないか」

 

「なにを……」

 

「俺を弟に重ねることで、自分の存在意義を作ってた(・・・・)って。過去形だ。それってつまり、今はもう割り切れてるんだろ? 負い目を感じる必要なんてない。俺は今井リサという個人を見てて、リサは湊雄弥という個人を見てる。俺たちはお互いを確かに見て交際してる。それだけで十分だよ。怒る理由も存在しない」

 

「雄弥……」

 

 

 なんで雄弥はいつもそう言ってくれるんだろう。なんでアタシが醜いと思う部分を否定してくれるんだろう。

 

 なんで……なんでアタシを……好きになってくれたんだろう。

 

 

「理由なんて後付だ」

 

「え?」

 

「心の底から好きだと思えて、それが今もこれからも続いてく。そう確信したから。リサが隣にいない人生なんて考えられないと、リサに(・・・)思わされた。だから俺は、リサのことを愛してるんだよ」

 

「……ばか」

 

 

 アタシたちは言葉を用いずに心を通わせあった。唇から伝わる愛情が胸を満たしていく。満たされて、熱くなって、溢れ出そうになると雄弥へと注ぎ返す。

 静かに離れて瞼を開く。見えるのは愛おしい想い人だけ。その人の瞳に映るのもアタシだけ。それが狂おしいまでに嬉しくて、好きで、幸福に感じる。

 

 

「改めて誓う。リサと一緒に生きて、隣を歩いて、守り抜くと。同じ時を刻んで、同じ幸福を奏で続けると」

 

「雄弥……。アタシも雄弥を支えるから。合わせてもらうんじゃなくて、アタシたちの歩むペースが同じになるように頑張るから。だから、アタシの側から離れないで」

 

 

 共に誓い合い、もう一度唇を重ね合った。契約書も誓約書もいらない。アタシたちの約束の証は、この心でいいのだから。

 再び吹いた春風は暖かくて、舞い落ち始めた花びらは祝福してくれてるようだった。

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

「んっ……んー……夢……」

 

 

 寝ぼけた眼を擦り、少し気怠い体を起こす。

 

 

「アタシ……寝ちゃってたんだ」

 

 

 アタシが今いるのは雄弥の部屋。ちなみに、元々はあの子の部屋だった。あの時のアタシは錯乱気味で、ここを雄弥の部屋にさせた。あの子と重ねちゃってたからね。

 勝手に入ってるけど、怒られることはないから問題はない。掃除もしてるからね。

 特にこれと特筆することのないようなシンプルな部屋。窓に備えられてるカーテンは深い青色で、部屋の壁に付けられてる額縁には、Augenblickが受賞した複数の賞や写真が飾られてる。雄弥らしくないけど、これはアタシが言ったら付けたやつだね。その近くには机があって、扉の横には本棚がある。ベッドの近くにはタンス。床にはカーペットがあって、折りたたみ式の小さなテーブルが額縁の下で壁に立てかけられてる。

 

 

「あ、ごめんね。苦しかったよね」

 

 

 腕の中にあるそれ(・・)に謝るけど、当然返事はない。だってアタシが抱きかかえちゃってたのは、雄弥のベースなのだから。

 部屋に入った時にベッドに腰掛けて、置いてあるベースに軽く触れてた。弾くことはできなくて、ただ撫でてただけ。そうしてる間に眠気に襲われて、昼間なのに寝ちゃってた。その時にあの夢を見てたんだ。優しい記憶を思い出すように。

 

 

「ありがとう。あの頃を思い出させてくれて」

 

 

 手に持っている雄弥のベースに語りかける。お礼を言っても何も反応はない。そんなのは分かってるんだけど、アタシは自然とベースに言葉をかけてた。

 

 

「心配してくれたんだよね。でも、アタシは大丈夫だからさ。一人でも大丈夫……っていうか、一人じゃないからね!」

 

 

 立ち上がってベースを元の位置に戻す。ベースの代わりに、今度は雄弥の机の上に置いてたラッピングされた箱を手に収める。1ヶ月前に雄弥と二人で買ってた友希那の誕生日プレゼント。

 

 

「ちゃんと渡すから」

 

 

 それをしっかりと持って、ベースに見せるように振り返る。当然反応なんて返ってこなくて、それでもアタシは背中を押された気がした。

 

 

「──行ってきます」

 

 

 雄弥が大好きだって言ってくれたとびきりの笑顔でアタシは部屋を出た。

 

 




 
 「チラシの裏」に裏話的なのを投げました。
 https://syosetu.org/novel/203076/

 エピローグがあるのになんでエンディングがあるかって? やりたかったけど本編の都合上できなかった最終回(ボツ案)がこのエンディングだからだよ。

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