完結一周年記念兼今井リサ誕生日記念回です。
本編を読み切ってなくても読める内容です。新規読者さんも気にせずに読んでください。本編のネタバレは一切ございませんので。
夏休み。それは長いお休み。その分宿題も多いんだけど、誘惑の多さと葛藤する日々。早く終わらせたら別なんだけどね。アタシは先に全部終わらせる、とかはできない。遊びたいから。だから、友希那と雄弥と三人で宿題をするようにしてる。終わらせたらすぐに遊べるし、それまでは脱線せずに済むから。友希那と雄弥は真面目だからね。
そうやって夏休みの宿題をほぼ毎日コツコツ終わらせたおかげで、8月はほとんどが遊ぶだけの日々になる。三人で夏祭りにも行けたし、海に遊びに行くこともできた。お盆は一緒じゃなかったけど、それ以外はほとんど一緒。それは今日も変わらない。
「友希那ー、雄弥ー。遊びに行こ!」
「リサ、今日も?」
「いいじゃん別に! ね、今度はプール行こうよ! 暑いし、プールで遊んでたら涼めて一石二鳥じゃん?」
「私は別に……。それより歌を歌っていたいわ」
「プールでも歌えるよ?」
何言ってるんだ、みたいな冷たい視線を浴びせられる。我ながら横暴な返しだとは思ってるけど、それはそれとしてやっぱりプールには行きたい。まだ行ってないんだし。これが二回目ならカラオケでもいいんだけど。
アタシと友希那が湊家のリビングで話し合いをしていると、自室から出てきた雄弥が飲み物を飲みにリビングに来た。アタシが声をかけても一言返すだけ。相変わらずだけど、一言でも返ってくるようになったなら一歩前進かな。友希那はまだまだ駄目って思ってるみたいだけど、友希那も話さない人相手ならあんな感じだよね。
「あ、そうだ! 友希那、雄弥に決めてもらおうよ。アタシたちだけだと話が終わらないし」
「……そうね。雄弥、決めてちょうだい」
「何をだ」
だよね。いきなりそんな振り方されてもって感じだよね。飲み物を飲み終わった雄弥がこっちに来て、アタシが雄弥に説明する。アタシはプールに行きたい、友希那は歌を歌っていたい……カラオケでいいよね。意見が分かれたから、どっちかにしてほしい。
「それぞれ好きなことしてたらいいだろ」
「そうじゃなくて〜。友希那はそれでいいのかもしれないけど、アタシは三人でプールに行きたいの!」
アタシの抗議にため息をついた雄弥が、友希那の方をチラッと見る。友希那は黙って雄弥を見るだけで何も言わない。言葉が交わされることなく3秒くらいたったら、雄弥がこくりと小さく頷いた。……なんで今ので話し合いができてるんだろ。友希那だけズルい。
「今井さん」
「なにー?」
「プール行くぞ。準備してこい」
「え、いいの!?」
「行きたいって言ったのは今井さんだろ。早く準備してこないとカラオケ行くから」
「それは駄目! 二人も準備しててね! すぐ戻るから! ありがとう!」
アタシは走って家に帰った。と言ってもすぐ隣だし、水着も用意してある。もどかしく感じながら靴を脱ぎ、家の階段をドタバタ駆け上がる。勢い良く部屋のドアを開けて、机の上に置いてある鞄を奪い取るように回収する。一応中身を確認して、忘れ物がないかも確かめる。その間足は止まってなくて、お父さんとお母さんに、友希那たちとプールに行ってくることを伝えて家を飛び出した。
「雄弥〜! 準備できたよ〜!」
「早いな。2分しか経ってないぞ」
「そ、そうなの?」
「お転婆娘」
「うっ」
「リビングで涼んで待ってろ。俺と友希那はまだ準備終わってないから」
中に通されてソファに座らされる。よく冷えたお茶も出してくれて、その後すぐに雄弥はリビングから出ていった。こういう事も友希那に教わったんだろうなって思いつつ、アタシは乾いた喉をお茶で潤す。予想以上に体は水を欲してたみたいで、ごくごく飲んで一杯目が空になった。おかわりできるようにボトルも置いてくれてるし、それに甘えて二杯目もいただく。
「早いわねリサ。そんなに楽しみだったの?」
「あ、友希那。あははー、まぁね〜。三人で夏休みの思い出作りたいじゃん?」
「分からなくはないけども……」
コップを用意した友希那が、アタシの隣に座ってお茶を入れる。二人分入れてるし、一つは雄弥の分ってことだろうね。
アタシは何となく雄弥の部屋がある方向に向いた。友希那の部屋も雄弥の部屋も2階だから、見えることはない。それでも、何となく気になった。
「呼び方……かしら?」
「え、なんで分かるの?」
「それくらい分かるわよ。リサって顔に出やすいもの。……分かってないのは雄弥とお父さんくらいかしら」
「えぇ……」
雄弥はともかくとして、二人のお父さんも気づいてないんだ。恥ずかしいから気づかなくてもいいんだけど、それはそれとして雄弥と同じってどうなんだろ。
手に持っていたコップをテーブルに置いて、アタシはしばらく迷った。気づかれてるんだし、話すことにそこまで抵抗はない。あるのは恥ずかしさだけ。なんか子供っぽい感じがするから。子供だろって誰からでもツッコまれそうだけど。
「雄弥があの呼び方になったのってさ、少しずつ一般常識を身につけてからじゃん? アタシも元々は友希那みたいに名前で呼ばれてたし」
「そうね。そこは私の教え方に問題があったのだと思うわ。ごめんなさい」
「あ、謝らないでよ。アタシがすぐに訂正させたらよかったことなんだし。……ショック……だったのかな。なんていうか……アタシとの距離感は、友希那との距離感より遠いんだって、そう思っちゃったから」
嫉妬してる。名前で呼びあえてる友希那に。ほんの小さなことなのに。それなのにアタシは友希那に妬いてる。
雄弥と出会ってから一年以上経ってる。初めは「リサ」って呼んでくれてたけど、一般常識を覚えていくうちに「今井さん」に変わった。雄弥が名前で呼んでいるのは友希那だけ。それは身内だから。唯一無二の姉だから。アタシは違う。あくまでお隣さんで、友希那の幼馴染。雄弥の中でそう判断されてるんだ。
「準備できたぞ」
ちょっと雰囲気が暗くなってる中、雄弥がドアを開けて呼びかけてくる。アタシはビクッて反応しちゃったけど、友希那はそんなことなくて「お茶を飲んでから出ましょう」って冷静に対応してる。
「水分補給は大切よ」
「わかった」
友希那の指示に従う雄弥は、用意されたコップを手にソファへと腰掛ける。アタシの隣に。変に意識しちゃってるアタシは、何も言葉が出てこなくて、それを誤魔化そうとコップを口に傾けた。中身は空だった。
〜〜〜〜〜
「リサ、いい加減落ち着いたらどうかしら?」
「そ、そうしたいんだけどさ〜」
プールがあるレジャー施設に来て、着替えのために雄弥とは別れた。更衣室で水着に着替えたんだけど、アタシは未だに調子が狂ったままだった。ここに来るまでのバスの中でも、雄弥とはチグハグの会話になったし、なんか距離感を測れなくなっちゃった。今はそれに見かねた友希那に咎められてる。
「はぁ。その調子じゃせっかくのプールを楽しめないわよ?」
「うん……」
「着替え終わったし、とりあえず外に出ましょう。雄弥が待っているはずだし、あの子を一人で放っておくわけにもいかないから」
友希那に手を引かれる。まるでアタシが引率されてるみたいだけど、今は言い訳できないね。
「……えっと、あそこね」
友希那が指差した方に雄弥の姿が見えた。雄弥もアタシ達に気づいてくれて、こっちに歩いてくる。男性用の水着に濡れる前提で作られてるシャツ。ハワイとかで見かけそうな格好だなって感じ。でもそれが様になってて、周りの近い年代の女の子たちからチラチラ見られてる。
「思ったより早かったな」
「どんな想定をしていたのかしらね」
「女性の着替えは長い」
「それ、女性の仕度は長い、じゃないかしら?」
「……そうか」
呆れながら訂正させる友希那に、言われた通りに覚え直す雄弥。姉弟らしいと言えばそうなんだけど、少し姉弟像が違う気もする。いつもならそこにアタシも入っていくのに、なんだか今はそれができない。やりにくいと言うか、壁がある。
「それにしても雄弥、あなた相変わらずどんな服でも着こなすのね」
「そうか? ただ着てるだけだし、着こなしてるのは二人の方だろ」
「具体的には?」
「様になってる」
「他にも言い方あるでしょうに……」
ため息をついてるけど、その表情が綻んでるのは横から見て分かる。褒めることとか、感情的なことが壊滅的に苦手な雄弥らしい褒め方。それを理解してるから今のでもその反応になるんだよね。
友希那もアタシもワンピースタイプの水着を着てる。友希那は黒に近い紺色の水着で、アタシは白色。アタシの方は友希那のとは違ってフリルもついてる。友希那が褒めてもらえたんだし、その流れでアタシも褒めてもらえるかなって期待してみる。と同時に、雄弥だからなーって諦めもある。
「雄弥、リサの水着姿はどうかしら?」
「友希那!?」
まさか友希那がそういう振りをするとは思ってなかった。慌てるアタシをよそに、「今井さんの?」って言葉をもらす雄弥は、首を傾げつつアタシを見てくる。ジロジロ見られるのは恥ずかしいんだけど、雄弥はそういうことしなくて、サッと上から下まで見るだけ。
「今井さんって感じ」
「えっと〜……」
「言葉が足りてないわよ」
「似合ってる」
相変わらず一言だけ。それだけなのにアタシはすっごい嬉しくなっちゃった。我ながら単純だと思うけど、雄弥って形だけの褒め言葉の方が多い。でも、今のはそれとは違って雄弥の本心。だから嬉しいの。
雄弥が嘘をつくことはない。本人曰く必要性がないから、なんだとか。だから、相手を褒めるとか全くないんだけど、デメリットの面を考えた友希那とアタシは、雄弥に褒めることを増やすように言った。ほんの少しでもプラスがあればそれを言えばいいって。その結果が学校生活で好転してるかは微妙だけどね。
「ここで立ってても仕方ないだろ」
「そうね。行きましょうか」
更衣室から出る時同様、アタシは手を引かれた。違いは今回が友希那じゃなくて雄弥ってこと。アタシに心中を雄弥に分かってくれって言っても仕方がない。どうしたらいいか分からなくて、頭がグチャグチャになってるままアタシはプールに向かった。
ここはたぶんそこそこ大きな施設。海の波を再現した場所とか、流れるプールとか、ちびっ子用のプールがある。他には、広いプールとか、ウォータースライダーとか。室内プールもあるんだとか。
「で、どこに行く?」
「リサの希望は?」
「へ?」
「あなたが来たがっていたんじゃない。希望はどこなの?」
友希那の言葉に戸惑う。ぶっちゃけ全然考えてなかった。三人でプールで遊べたらいいな、くらいにしか考えてなかった。どうしようかと目を泳がせるアタシに友希那の冷めた視線が突き刺さる。考えてなかったことを見抜かれたんだ。
「……まずはここでいいんじゃないか?」
この状況を見かねた……ってわけでもない。空気を読まずに意見を出しただけ。そんな雄弥が示したのは、ここから少し歩いた場所にある流れるプール。定番だけど、だからこそ異論も出にくい。友希那も納得してるし、アタシもコクコクと強く頷いた。
「ところで、あなた達はいつまで手を繋いでいるの?」
「え? ……ぁ」
「あー、忘れてた」
友希那に指摘されて、アタシは雄弥と手を繋いだままってことに気づいた。その事に動揺してると、雄弥の方からパッと手を離される。それに若干の寂しさが湧き上がってくる。それを雄弥が悟ってくれることはなくて、スタスタと先に進んじゃう。アタシは逸れないように追いかけるけど、少しだけ心がその場に残った感じがした。
三人で軽く体操してからプールに静かに入る。本当は飛び込みたいって衝動に駆られてる。でもそれはルール違反だからやらない。プールでは流れができてるから、アタシたちは他の日と同じようにプカプカ浮かんでるだけでも流されてく。浮き輪で浮んでる人もいれば、流れにあわせて早く移動する人、逆走しようと遊んでる人。いろんな人がいる。
「あはは! 冷たいね〜!」
「ふふっ、そうね」
「まぁプールだし」
「雄弥は反応薄いな〜。えいっ!」
雄弥にプールの水をかける。頭から濡れた雄弥は、ぷるぷるって頭を振ってからアタシに水をかけ返してくる。他の人に迷惑をかけないように、力を抑えてのかけ合い。それを横から見てる友希那にも当然水をかける。
「きゃっ! ……やったわねリサ!」
「わわっ! 二人同時はキツイって〜!」
友希那を巻き込んだら、姉弟からの水かけ攻撃に合う。これには対処しきれなくなって水の中に逃げ込む。他の人に注意しながら雄弥の後ろに回り込むと、その間に友希那と雄弥が水をかけ合ってた。
雄弥越しに友希那と目が合う。アイコンタクトで共同戦線を張ろうって話にした途端、雄弥が友希那に水をかけて、すかさず後ろにいるアタシにも水をかけた。
「わぷっ……なんでー」
「友希那の視線が俺からズレたから。なんかアイコンタクトしてたし」
「むぅー、こうなったら友希那と……ってあれ? 友希那は?」
「探す。あそこで待ってろ」
「うん」
雄弥が指差した場所にはベンチがあって、そこには屋根もついてるから日陰になる。たぶん熱中症にならないかな。プールで体が涼んでるし。水分は取らないとだけど、友希那と合流できてからかな。
アタシと雄弥はプールからあがって、アタシはベンチへ、雄弥は友希那を探しに行った。雄弥のことだからすぐに見つけるんだろうな〜。……なんだかモヤってする。
〜〜〜〜
「何してんだ」
「にゃんちゃんがいたから……」
「なるほど」
「……ごめんなさい」
プール周辺を早足でぐるりと周り、なんとか友希那を発見することができた。猫に夢中になってる友希那を引き剥がし、プールからあがって今井さんとの合流を目指してる。また友希那がいなくならないようにと手を繋いでる。これでも友希那の方が姉なんだけどな。
「リサはどこで待っているの?」
「あの辺……ん?」
今井さんを待たせている場所は、ここから真っ直ぐ行った場所で間違いない。遠目に今井さんの姿も見える。けど何かおかしなことになってる。熱中症とかじゃなさそう。そういうのじゃなくて、今井さんを囲うように少し年上の男が二人と女が一人。中学生くらいか。
「遊びの誘い……ではなさそうね」
「モメてるからな」
「あ……」
友希那が声を漏らすのと、俺が駆け出すのは同時だった。距離があるから間に合うわけもない。女が振り上げた手が今井さんの頬を叩いた。音が嫌に響いて聞こえる。叩かれたことが衝撃だったようで、今井さんは少し目を見開いたまま固まる。数秒後にはその瞳が潤い初め、目尻からスッと雫が溢れだす。
その事に横にいた男二人がさすがに動揺し、今井さんを叩いた女を咎める。しかしどうやら力関係は女が上らしい。一言噛みつかれた瞬間に押し黙っている。
「なによ泣きだして……。そもそもアンタが……!」
「アタシは悪くないもん!」
「まだそんなことを!」
状況は掴めない。こうなった経緯が見えない。だが、今井さんは自分に非があればそれを認める子だ。友希那もおばちゃんもそう言ってた。つまり、今井さんは悪くない。
だから俺は、もう一度振り下ろされる女の手を掴んだ。正確には手首を。囲ってるところを割って入り、力づくで止めた。
「な、なによアンタ!」
「ゆう、や……?」
「何があったかは知らないが、一方的に人を傷つけていい理由にはならない」
「はぁ? 正義の味方のつもりかしら?」
「そんなもんに興味はない。ただ、今井さんを泣かせ続けるなら俺はあなたを許さない」
言葉を発していくとだんだん手に力が入っていく。女の表情が痛みに歪み、周りの男がこっちに謝ってくる。正直こいつらはどうでもいい。何もしなかったのだから。それに謝るなら俺じゃなくて今井さんに謝るべきだ。ということも話す気になれない。
「雄弥。その手を離しなさい」
「なんで? この人は今井さんを泣かせた」
追いついた友希那に言われても、俺は大人しく従わなかった。釣り合ってないって思ったから。今井さんは叩かれた。泣かされた。それなの女は何も被害を受けていない。それで終わりだなんて都合のいい話があっていいのか。
「力で解決する気? それだとその人たちと同類になるわよ?」
「……わかった」
友希那に諭されて手を離す。結構力が入っていたようで、女の手首が赤くなっている。骨まではいってないし、しばらくしたら痛みは引くだろ。
少し気が抜けたところでようやく気づいた。俺の服を掴んでいる手に。その手は俺の後ろにあって、小さく、でもたしかに存在を主張するように服を引いていた。振り返ればそこには当然今井さんがいて、眉が下がってた。その理由はよく分からない。だから、どうしたらいいか分からない。これも友希那にフォローしてもらうしかない。
三人から謝罪はあったけど、女は相変わらずふてぶてしかった。興味も失せてたからどうとも思わなかったな。今井さんと友希那がどう思ったかは知らんけど。男二人からは事のあらましを聞いた。やっぱりイチャモンだったらしい。
〜〜〜〜
「リサ大丈夫?」
「うん、もう大丈夫だよ。ごめんね二人とも」
「リサが謝ることじゃないでしょ」
「でもせっかくのプールなのに……」
「今から楽しみ直せばいいのよ。来たばっかりなのだから」
涙を拭ったアタシは、友希那の手を取って立ち上がる。雄弥は何も言わないし、その表情からも何も読み取れない。でも、たぶんさっきは怒ってくれてた。それがちょっぴり嬉しくて、アタシはありがとうってお礼を言う。なんでお礼を言われてるのか分かってないっぽいけど、これはアタシの気持ちの問題だからいいや。
「ね、ウォータースライダー行こうよ!」
気持ちを切り替えたアタシは、雄弥と友希那の手を引きながら視線で示す。雄弥はもちろん承諾してくれて、友希那もオッケーを出してくれた。アタシは右手で雄弥の左手を。左手で友希那の右手を握ってる。一歩先を歩くアタシに友希那が合わせて隣に来てくれる。友希那の視線を受けた雄弥も来てくれて、三人で一緒にウォータースライダーの列に並んだ。もちろん人とすれ違う時は一列になって。
ここのウォータースライダーは二種類あって、年齢で分けられてる。11歳以上なら両方行けて、10歳以下は片方しかいけない。アタシたちは条件を満たしてるから、上のやつに行くことにした。
「一組四人までなのね」
「アタシたちは三人だし、全員で乗れるね!」
だいたいの人が四人組だったり、三人組だったりするみたいで、順番は思ってたより早く回ってきた。待機列が進むにつれてどんどん登ってたから分かってたけど、頂点まで来るとすっごい高い。この高さから滑っていくって思うとゾクッてしちゃう。
「君たちは三人で滑るのかな?」
「ぇ、あ、はい」
高いな〜って呆然としてたら、スタッフのお姉さんに声をかけられた。アタシがお姉さんと話してる間に丸いゴムボートが用意されて、友希那がそれをマジマジと見てる。雄弥は相変わらず何考えてるか分かんない。アタシとお姉さんの方を向いてるだけ。
「わりと勢いがつくから、ボートにある取っ手から手を離さないでね。危ないし」
「え、危ないんですか?」
「さすがに勢いで吹き飛ぶってことは、今までで一度もなかったらしいんだけどね。手が離れちゃった人の経験談だとすっごい怖いらしいよ」
「ひぇっ」
「大丈夫。今井さんが手を離しても、その時は俺が今井さんの手を離さないから」
「ふぇっ!? あ、ありがとう……」
「あらやだ、お姉さんコーヒーを飲みたい気分だわ」
口元を手で覆うお姉さんに促されて、アタシと雄弥はボートに乗った。友希那は先に乗ってて、わりと楽しそうにしてる。黙ってるけど瞳が輝いてる。楽しみにしてるのが丸分かりで、普段とのギャップに可愛いなって思う。
「それじゃあ行くよ〜。5秒前〜」
「雄弥、リサ。手を離しちゃ駄目よ」
「分かってる。友希那も離すなよ」
「それは当然なのだけど、私が言いたいのは
「ん?」
友希那に指摘されたのは、アタシと雄弥が繋いでいる手のこと。自分のことなのに、いつの間に繋いだんだろって疑問に思う。その答え合わせをしている暇はなくて、アタシたちが乗ってるゴムボートが滑り始める。一気に加速して、その後はずっとトップスピード。カーブの時だけ遅くなるけど、体感的には全然変わってない。
「あはははは! これすごいね!」
「ええ……! そうね……!」
振り払われないようにしっかりとボートに捕まる友希那。必死さが伝わってくるけど、それと同時に楽しんでるのも伝わってくる。チラッと横を見たけど、雄弥はやっぱりよくわかんない。たぶん楽しんでくれてる、はず。繋いでるの手は、アタシだけ力を強めてる。勢いがあるのは楽しいけど、ちょっぴり怖いからね。
何度もカーブを経て、時にはグルッと一回転して、いっぱい振り回されてるって思ったら終わりがやってくる。ボートに乗ってるアタシたちはそのままプールに投げ出されて、ちょっぴり目が回ったりしてる。
「今井さん大丈夫?」
「う、ん。だいじょうぶー。雄弥は平……き……?」
意識をはっきりさせながら声がする方に顔を向ける。そういえばさっきよりも雄弥の声が近かったような、なんてどこか離れた思考になるけど、アタシの目はしっかりと現実を認識する。目の前には雄弥の顔があって、あとほんの数センチで鼻が当たりそう。これ、アタシが押し倒してる構図だよね。
「俺も問題ない。今井さん軽いし」
「あ、うん。……ありがと……」
全然脳が働いてくれない。浮かび上がった言葉がそのまま口から飛び出していく。本当にアタシの口なのかと普段なら疑うんだけど、今はその余裕もない。どうしたらいいか分からなくなって、アタシは金縛りにあったみたいに体をピクリとも動かせない。
「何してるの? ここから移動しないと次の人が来るわよ?」
「それもそうだな」
どこか冷たい視線を向けてくる友希那に、雄弥は全く動じずに応対する。動じないというか、気づいてないだけか。言い方も棘があるのに、それすら気づいてないみたい。まるでいつもの友希那だと言わんばかりに自然に話してる。アタシはさらに固まってるっていうのに。
「今井さん?」
いつまで立ってもどかないアタシに、雄弥は声をかけるけど、固まっちゃってるアタシは何も反応できない。雄弥はそれも気にしてないようで、アタシを抱えるように腕を回しながら起き上がる。ゴムボートからも降りたんだけど、相変わらずアタシは抱えられたまま。
「大胆ね」
「何が?」
「……いえ、なんでもないわ」
友希那が言わんとしてることはわかる。でも頭が真っ白になってるアタシにはどうしようもない。借りてきた猫みたいに雄弥の腕の中で縮こまるしかない。それもさすがにプールから上がる段階で、離してもらったんだけどね。
「こんなに人が多いのにお姫様だっこって大胆だね!」
「ふぇ!?」
誰にも見られてないか周囲を見渡そうとした時、横から女の子にそう言われた。一瞬ビクッてなってからそっちに向くと、同い年くらいの女の子がニコニコしてた。アタシより暗めの茶色の髪で、毛先の方に近づくにつれて少しだけ赤くなってる。
「あの……今のは……」
「いいなぁ。私もお兄ちゃんにしてもらおっかな?」
「あなたのお兄さんはあちらの方かしら?」
「え? あ、うん。そうだよ〜。お兄ちゃんやっほー!」
「やっほー! じゃねぇ!!」
足早にこっちに来たお兄さんは、女の子の頬を摘んで軽く横に引っ張った。さっきまでプールにいたのかと思ったけど、お兄さんは水で濡れてるんじゃなくて、汗かいてるんだね。ってことは結構探してたってことじゃ……。
会話を聞いていてもやっぱりそうみたい。遊んでる最中に女の子がこっちに来たみたいで、お兄さんは焦って大捜索。怒ってるみたいだけど、それ以上に安心してるみたいだし、本当に心配してたみたい。
「ったく、母さんも心配してるんだから、早く戻るぞ」
「はーい。お姫様たちばいばーい!」
「う、うん。ばいばい」
「……お姫様?」
首を傾げつつ、アタシたちに一言謝って、お兄さんは女の子の手を引いて戻っていった。いや、引くというか、あれは掴んでるね。女の子がまた消えないように手首掴んでる。女の子はそれを気にせずに向日葵みたいな笑顔を浮かべてアタシたちに手を振ってる。アタシと友希那はそれに手を振り返した。聞こえてくる会話が、『お姫様だっこをするかしないか』なんだけど、それは聞こえてないことにしよ。
「あの子、勢いが凄かったね〜」
「そうね。リサに似てたわ」
「うそ!?」
それは違うでしょって抗議しても、友希那ははぐらかすだけ。雄弥に聞いても仕方ないし、アタシはなんだか納得いかなかった。この後もプールで遊んでたら、そんなこと全然気にならなくなったんだけどね。
プールがある施設から出てるバスに乗って、家に近いバス停で降りた。アタシと友希那は疲れて寝てたんだけど、雄弥が起きててくれたから、バス停に着く少し前に起こしてくれた。こういう時に雄弥の体力にビックリするんだよね〜。
「雄弥は準備してる?」
「部屋にある」
「……はぁ。取ってきなさい。ついでに荷物をお願いしていいかしら?」
「分かった」
「え? え? 何の話?」
家の前に着いたら、友希那は残って雄弥だけが家に帰っていった。ついでに友希那の荷物も預かってたけど、友希那は一つだけ手に持ってた。
「友希那?」
「リサの誕生日プレゼントよ」
「え!?」
「あまり自信はないのだけど、リサに似合ってると思うわ」
受け取った小さな袋には、箱が入ってて、それを開けさせてもらう。中に入ってたのがネックレスでアタシは目を見開いて友希那に視線を向けた。
「私たち来年には中学生でしょ? リサはおしゃれが好きだし、シンプルなものだけど、こういうのをプレゼントしても悪くないんじゃないかと思って」
「ありがとう友希那! すっごい嬉しい!」
思わず友希那に抱きついちゃったけど、友希那は微笑んで受け止めてくれた。友希那をぎゅーって抱きしめてると、雄弥が家から出てきた。その手には友希那が持ってたのと同じくらいの小さな袋。まさか、と思って友希那を見たら、小さくこくりと頷いた。
「なにしてんの?」
「ハグよ」
「なるほど」
……ツッコんだら負けなのかな!?
何事もないように振る舞う二人に合わせて、アタシは静かに友希那から離れた。そうしたら雄弥が袋をアタシに手渡ししてくれる。
「はい、今井さん」
「ありがとう雄弥。中身見てもいい?」
「お好きにどうぞ」
「うん」
少し洒落た箱に入っていたのは、赤い薔薇のヘアアクセサリーだった。それを見た瞬間アタシと友希那は固まったんだけど、雄弥は何も分からずにこれを買ったんだよね。たぶん。
「女性には花の贈り物って聞いた」
「何かが違うような……。だって、赤い薔薇って」
「見た時に今井さんにこれを贈ろうって思った。だから買った」
「え……」
分かってる。雄弥が言ってる意味合いでは、アタシとか友希那が思ってるような意味合いじゃない。ちょっと大人なやり方ってわけじゃないんだ。雄弥は赤い薔薇の意味を知らずに買った。それだけ。
それだけだけど……それを期待したくなるこの心はおかしいのだろうか。これが何か分からないけど、ドクドクと煩く聞こえて、早くなったこの心音はおかしいのだろうか。
「ねぇ、雄弥。これ……今付けていい?」
「? 今井さんのなんだし、付けたらいいんじゃないのか?」
「あはは、そうだね」
友希那に足を踏まれる雄弥を横目に、アタシはまず友希那からもらったネックレスをつける。お小遣いを一般の人より多めに貰える友希那でも、さすがにこれは高かったはず。申し訳ない……でも、友希那がそれでも買ってくれたんだから、喜ぶべきなんだよね。
胸元にアクセサリーが見える。友希那が言ったとおり、それはシンプルなデザインで、アクセサリーはリング。その内側にアタシのイニシャルと誕生日が刻まれてる。これを付けただけなのに、一足先に大人になった気分。口元が緩んじゃうや。
「よかった……。リサに似合っているわね」
「そう? あはは、ありがとう友希那!」
「それだけ喜んでもらえたら、私も買ったかいがあったわ」
見つめ合って喜び合う。友希那は幼馴染だけど、それでいてアタシの大切な親友。見てて放っとけないとこもあって、アタシがお節介しちゃうんだけど、友希那は受け入れてくれる。こうしてアタシのことを見ててくれる。それにどれだけ心が落ち着かされることか。
「リサ、次は雄弥のを付けてみて」
「うん」
声が少し弾んでる友希那に促されて、アタシは雄弥からもらったヘアアクセサリーを付けてみる。左側の側頭部。その少し上。花の髪飾りの定番位置。今は鏡がないから自分では見えない。だから二人に評価してもらわないといけない。友希那はすっごい柔らかく笑ってくれて、本当に似合ってるって言ってくれた。
雄弥にも何か言ってほしくて、雄弥の方を見るんだけど、相変わらずの無表情で黙ってる。また友希那に足を踏まれて、耳元でゴニョゴニョって小言を言われてる。雄弥らしいけど、こういうのは察してほしいなって思う。
「可愛いぞ、
「っ!!」
「誕生日おめでとう」
心臓がドクンと跳ねる。一瞬止まりそうになって、思い出したように動き出した心臓はバックバク。平然としてる雄弥を真っ直ぐ見られなくなって、アタシは横に視線をそらす。ありがとうを言わないといけないのに、言葉を発せられなくて指で毛先をくるくるする。
「……雄弥。あなたリサの呼び方を戻したのね」
「こっちの方がしっくりくるし、さっき母さんに怒られた」
「そう。よかったわね、リサ」
友希那の言葉にこくりと頷くことしかできない。どうにかなっちゃったアタシの心はおかしくて、でも全然嫌じゃなくてむしろ温かい。
──これが恋って分かったのはもう少し先の話
〜〜〜〜〜
「今井さん……大丈夫ですか……?」
「へっ?」
「どこか……ぼーっと、されていたので」
「あ、平気平気。ちょっと昔を思い出してただけだから。それより、アタシたちの新しい衣装を考えてくれたんだって?」
「はい……。私なりに……なので、今井さんのご意見も……聞きたくて」
燐子と二人でカフェに来てて、周りも煩くない。静かってわけじゃないけど、騒いでる人もいないし、気にならないくらい。アタシは意識を目の前のことに戻して、燐子がスケッチブックに書いてくれたアタシたちの衣装を見させてもらう。アタシたちRoseliaのバンド衣装。いつも燐子が考えてくれて、あこも手伝ってる。
描かれている今回の衣装は、上が白で、下のスカート部分が青を多めに使ってる。いつもメンバー毎に細かく違うんだけど、今回はみんな近いデザイン。フリルがあって可愛らしいんだけど、それでいてカッコよさも兼ね備えてる。ヘアアクセサリーはアタシたちの象徴の薔薇。共通してるのは、白薔薇とRoseliaの由来になった青薔薇。その間にそれぞれのイメージカラーの薔薇。アタシだったら赤だね。
「意見って言われてもなー。いつも文句なしのデザインだし……今回も言えることがないというか……」
「いえ……後押ししてもらえるだけでも……十分ありがたいんです」
「あはは、気を使わせちゃったかな? んー、ぁ……」
「今井さん?」
「ね、燐子。個人的なお願いなんだけど、アタシの赤薔薇のやつをさ──」
主人公の初恋相手は〇〇〇〇である。
やり残してることがこれの他にもう一つありますので、それを投稿すれば正真正銘の完結となります。長らくお待ちください。