天体観測に行った日以降、雄弥はどこか本調子じゃなさそうだった。何かに悩んでいるのはわかったけど、聞いても『俺の問題だから』って言って教えてくれなかった。アタシはそう言われたら引き下がっちゃうから、雄弥の力になれなかった。心配するしかできなかった。だけど、今日雄弥が帰ってきたら雄弥は調子が戻ってた。いつもの雄弥になってた。
(練習の時にAugenblickのメンバーがどうにかしたのか、それとも…)
「雄弥…」
「リサ?どうかしたのか?……とりあえず中入るか」
「うん」
雄弥の部屋をノックしたらすぐに雄弥がドアを開けて出てきた。必要最低限の家具だけが置かれた雄弥の部屋だけど、不思議と寂しさを感じない。雄弥と並んでベッドに腰掛ける。ここ最近のアタシなら雄弥の肩にもたれるんだけど、今日はその気分にならなかった。
「…何も言わないんだね」
「どうしたらいいか分からないからな。とりあえず待ってる」
「それもそうだね。……雄弥はもう悩み解決した?」
「してはいないな。すぐに解決できることじゃないらしいから」
「けど、帰ってきたらいつもの雄弥に戻ってた。紗夜のおかげ?」
「………」
雄弥が答えようとしない。それが答えだということは、雄弥もわかっているはずなのに。隠し事があまりできない性格は、こういう時不便そうだね。そこをつくアタシも大概な性格だけど。
「そっかぁ〜。…やっぱり雄弥に必要なのはアタシじゃないんだね。…アタシは……雄弥から話を聞き出せなかったし」
「そんなことない!…リサだけに向けられるモノが俺には無いが、だがリサが必要ないなんてそんなことは絶対にない。…リサにはずっと助けられてるから」
「…ありがとう」
それでもアタシは…最終的に雄弥の隣にいるべきなのは、アタシじゃないって思う。雄弥が捨てた考え方をするようになったのは、タイミングからして間違いなく日菜がきっかけ。その影響で雄弥の奥底に眠ってた、アタシも友希那も知らなかった雄弥の弱さを知って支えたのは紗夜。雄弥がこっちの家に居候してなかったら友希那も気づいて話を聞き出せたはず。
だけど、アタシは何もできない。気づいても話を聞き出せなかった。雄弥の弱さを知れたはずなのに、知らなかった。雄弥の言うようなことを、雄弥を助けるようなことを、アタシはできない。
「ごめんね、急に部屋に来ちゃって…。明日も早いんだよね?アタシ部屋に戻るね」
まくし立てるように話すことで、雄弥に喋る隙を与えないようにする。ベッドから立ち上がって「おやすみ」を言ってそのまま部屋を出ようと考えていたけど、それはできなかった。
雄弥がアタシの手を掴んだから。
「雄弥?」
「リサ…、全部話すからもう少しだけここにいてくれ。
「……うん。いいよ」
雄弥にこんなお願いをされる日が来るなんて思いもしなかった。普段とギャップがあって凄くイイ!!…それはひとまず置いといて。さっきと同じように雄弥の横に座る。
日菜が引っ張りあげた雄弥の奥底の部分は、今までの雄弥とは正反対なのかもしれない。雄弥は記憶がなくて、出会った時から空っぽだった。そう考えると雄弥の根本をアタシ達は知らないんだ…。
雄弥は日菜と紗夜に言われたことを教えてくれた。全部話すと言いつつ所々言葉を濁していたのは、きっと日菜と紗夜のためになること。だからアタシもそこはつっこまなかった。
「なるほどね〜。それで悩んでたんだ。たしかにそれは雄弥の問題、だね」
「だよな」
「あ~あ。紗夜が全部持っていっちゃったからアタシが雄弥に言えることが残ってないや」
「…ごめん。けどリサがいると安心する」
「へ〜?アタシは人形か何かかな?」
「違う。そう言いたいんじゃなくて…」
「あはは!ごめんごめん。冗談だって。…紗夜が言ったことはアタシも同意見かな。ずっと悩んでいるとしんどいから、雄弥のペースでいいと思う。それでもしんどくなったらアタシとか友希那に言って。受け止めてみせるから」
「…リサには敵わないな。ありがとう、リサに出会えてよかった」
「ちょっ。いきなりそんなこと言わないでよ。恥ずかしくなっちゃうじゃん!…それに、雄弥がどっかに行っちゃいそうで不安になるよ」
今度は雄弥の左肩にもたれかかって、アタシが本当に不安になるってことを伝える。ちゃんと伝わったのかは分からないけど、雄弥はアタシの右手を握ってくれた。
「…俺ってリサを振り回してばっかだったんだな。本当にありがとう、リサ」
「ううん。アタシは好きで雄弥の側にいようとしてるんだから気にしないで。あと、そんなに感謝されたら逆に怖いからね?」
「そうは言ってもな。俺明日からまた家に帰ってこないから」
「……え?」
「しばらく泊り込みで仕事」
「そんなことしたら体壊すよ!スケジュール詰め込みすぎ!」
「体は丈夫だから問題ない」
「ある!」
自分のことを全く考えない雄弥のスケジュールの立て方は、はっきり言って異常だよ。友希那にも注意されてたことなのに、雄弥は何もわかってない。
どうやったら雄弥がそのことを理解してくれるかわからない。だからアタシは、不安に思ってるを隠さずに雄弥にぶつけることにした。
「…もしも、もしも雄弥が倒れるなんてことがあったら……アタシ……。…お願い、だから、もっと自分を大事にして…」
「リサ…」
アタシの気持ちを言葉にして雄弥にぶつける。いざそれをすると、心が乱れて涙が溢れてくる。雄弥のことが大好きだから、雄弥とずっと一緒に居たいから。雄弥が予定を詰め込まないでいいようにするには、アタシたちがもっと我慢できるようにならないといけない。言ったら雄弥は予定を空けれるように無理するから。…寂しいけど、その分予定を合わせた時に目一杯甘えよう。
そう考えていると、アタシの体が包まれていることに気づいた。雄弥が抱きしめてくれてる。本当にこの時間は幸せで、心がすごく満たされる。雄弥の存在を感じられる。それだけでアタシは涙が止まるし、それどころか笑顔になれる。
「ゆうや」
「…リサの好きにしたらいい。俺はリサのお願いを聞くの、嫌いじゃないから」
「うん」
アタシはすぐに嫉妬しちゃうから。雄弥と付き合ってるわけじゃないけど、雄弥が他の女の子と仲良くしてるとムッとなっちゃう。力になれなかったら自分の価値を見失いそうになる。だけど、アタシ一人で雄弥を助けることなんてできない。それも理解してる。だから、こういう時に目一杯甘えよう。いっぱいお願いしよう。
(友希那が雄弥をこっちに住まわせたのも、アタシのことを分かってたから…なのかな。アタシも、友希那みたいに成長できるかな)
周りに目が行き届くようになった親友のことを思いながら、アタシは雄弥の腕を枕にして寝ることにした。
〜〜〜〜〜
「お〜、雄弥ってばいい感じになったんじゃない?」
「結花、主語がないから何言ってるか分かんないぞ」
「あはは!こういうのはフィーリングだからいいんだよ☆」
「フィーリングね…」
「…あ~雄弥には分からないね」
「そうだな」
「認めた…」
分からないものを分かるって言っても仕方ないだろ。ところで何で結花がこの部屋にいるのだろうか。俺は今から打ち合わせをするために、
「結花はここに何しに来てるんだよ」
「え?…暇つぶし?」
「仕事あるんじゃないのか?」
「すみませんねー。そんな雄弥たちみたいに多忙じゃないんですー!」
「それでも普通ついてこないだろ」
「いいじゃん別に。これからはコンビでいこうよ」
「何でコンビで組まないといけないんだよ。やりたきゃ他のやつと組め」
「ちぇー。ざーんねん」
何を言ったところで帰る気はないのだろう。まぁ打ち合わせと言っても今日は顔合わせ程度だ。結花がいても大して問題にはならないだろう。…たぶん。
「それで〜?雄弥の次の仕事って何やんの?」
「混ざる気だな」
「もっちろん!」
「結花も仕事持ってるだろ」
「あるけどさ〜。雄弥とやる仕事って楽しいじゃん?」
「楽しさで言えば疾斗と大輝の方が楽しいんじゃないか?何やってるかは知らないが」
「知らないんだ…。ま、確かに楽しいんだけどね?中々時間が合わないんだよね〜」
「ならライブに向けて練習でもしとけ」
「もちろんするけど、ずっと一人で繰り返しじゃあモチベーションが下がるじゃん」
「集中してやれ」
「雄弥には言われたくないな〜」
たしかにそうだろうな。最近の俺は集中できてなかったからな。結花は自分のことを正しく理解できているんだろう。スタッフから話を聞いた限りじゃあ、一人の時より他にメンバーがいる時の方が良い練習になってるらしい。
「それで?雄弥はどんな仕事やるの?」
「今回は大したことじゃない。一言で言うなら裏方だな」
「…それって雄弥がすることじゃなくない?」
「なんでもいいだろ。具体的にはサポーターらしいしな」
「あぁ、それなら納得。それよりさ、私たちいつまで待てばいいの?時間間違えた?」
なんだかんだで、10分以上入り口の近くにあるソファに座ってるから結花が待ちきれないことを顕にし始めた。じっとしていられない性格らしいから仕方ないことなのだろう。
「早めに来てるんだよ。時間ならまだだぞ」
「えぇー。もっとゆっくりしとけば良かったじゃん」
「こっちで待っときゃ確実だろ?」
「まぁそうだけどさ〜。あー暇だよ〜」
「彩みたいにエゴサーチでもしとけ」
「私はそこまで気にしないからエゴサーチやんないよ。それぐらいなら歌の研究する」
「ならそうしろ」
「やだ!研究は一人の時で出来るからやらない!」
「…いつも何時に寝てる?」
「へ?……や、やだな〜。ちゃんと睡眠取ってるよ?」
俺は隠し事ができないとよく言われるが、結花もたいして隠し事ができるわけじゃない。今だって視線をそらしてるしな。…演技の可能性もあるわけだが。
「で、何時に寝てる?まさか日付変わってから寝てたりはしないよな?」
「も、もちろんだよー。あはは…」
「美容に良くないんだろ?生活を見直せ」
「はい…」
「へ〜。噂通り仲がいいんだね?」
「来たか」
「え?待ち合わせしてたのって…」
「見ての通りこの人だが?」
結花との会話に割って入ってきたのは、今日の
「初めまして藤森結花さん。アイドルグループ"Marmalade"のあゆみです。よろしくね?」
たしか彩の憧れのアイドル、だったか。彩が憧れると言っていた理由はなんとなくわかる。似たところがあるからなんだろう。そんな人物のサポートをするのが俺の仕事だ。
「…Augenblickの藤森結花、です。急に来てしまってごめんなさい」
「気にしないでいいよ。そんな硬い内容の話じゃないから」
「はい。ありがとうございます」
…結花って目上の人が相手の時って緊張しがちだよな。そんなことを思いながら、移動する二人についていくのだった。