「はぁはぁ…ご、ごめん雄弥くん。…待たせちゃったよね」
「気にするな。5分しか待ってない」
「…そこは『今来たとこだ』とかじゃないの?」
「そんな嘘ついても仕方ないだろ。それに集合時間には間に合ってるんだ。彩が謝る必要がないだろ。とりあえず飲み物でも飲んで落ち着け」
「あ、ありがとう。……んっ、んっ、ふぅー。買っててくれたの?」
「いや俺のやつだが?蓋開いてたし、少し量が減ってただろ?」
「ふぇ!?」
え、ええ!?こ、ここ、これって間接キスなんじゃ…。ゆ、雄弥くんのことだからそんなの気にしてないってことなんだろうけど、雄弥くんにはリサちゃんっていう彼女がいるわけだし…。こ、こういうのは控えさせないとね。びしっと教えてあげなきゃ!
「彩?顔が赤くなってるけど熱中症か?」
「ち、違うよ!こ、これは走ってきたから体が熱くなってるだけ!」
「そうなのか。熱中症じゃないならよかった。もし調子悪くなったらすぐに言えよ。今年も夏の暑さが異常だからな」
「う、うん。雄弥くん、飲み物ありがとう」
「どういたしまして」
「それでね」
「うん?」
「彼女がいるのにこういうのはどうかと思うんだ」
「こういうの?」
キョトンってしてるけど…本気で分かってなかったんだね。雄弥くんらしいと言えばそうなんだけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないよね。
「だから、雄弥くんは私にくれた飲み物を先に飲んでたんだよね?」
「喉が渇いてたからな」
「それでその飲み物を私が飲んだら、か、間接キスになっちゃうじゃん。それはリサちゃんが怒ると思うんだ」
「…………このことはリサに黙っててくれ。頼む」
「う、うん」
なんか思ってた反応と違うけど、まぁでもこれでもう雄弥くんは、無自覚に間接キス
時間通りにスタッフさんが来て、私と雄弥くんはスタッフさんの車に乗り込んだ。今日のお仕事はここから少し離れてるし、電車でもよかったけど車の方がいいらしいから車になった。…電車だと雄弥くんが酔うってのもあるんだけどね。車でも危ないけど。
「ってあれ?前に合宿行ったときは電車じゃなかったっけ?」
「…まぁな」
「酔わなかったの?」
「酔ってはいた。けどリサがいたからいつもよりマシだった」
「そうなんだ〜」
(リサちゃんの影響力ってどうなってるの?)
今なんて車の窓を開けさせてもらってるのに、雄弥くんの顔色はよくない。電車は走ってる間絶対に密閉されるのに、それでも雄弥くんが大丈夫でいられるって…リサちゃん恐るべし。
〜〜〜〜〜
「とうちゃーく!」
「なんでそんな楽しそうなんだよ」
「だって海だよ!?海!!」
「そうだな。けど仕事で来てるんだからな」
「わかってるよー」
「湊さん、丸山さん、移動しますよ」
「あ、はい!」
(……リサにここの海で遊んでもらうように言っとけば、心配することもなかったな。…いまさらだが)
私と雄弥くんが今日するお仕事は、海の家での一日店長!正確には私が一日店長をやって、雄弥くんがサポートしてくれることになってる。
店長さんに挨拶をして一日店長の名札を貰ったら海の家っぽく水着に着替える。どうせならみんなと海に遊びに来て水着を着たかったけど、なかなか予定が合わないし、せっかくお仕事を貰えてるんだから文句なんて言えないよね。
「雄弥くん早いね。もう着替えてたんだ」
「男の着替えなんてそんなもんだ。女子みたいにオシャレしないからな」
「そうなんだね。…うーん、けど雄弥くんオシャレしたらもっとカッコよくなると思うよ?」
「そうか?」
「うん!せっかくだし私がやってあげよっか?」
「やめとく」
「なんで!?」
「だって彩だしな」
「どういうこと!?」
「ははは!仲良いなー!」
「それなりの付き合いですので」
私と雄弥くんのやり取りを見ていた店長さんが、豪快に笑いながら雄弥くんの背中をバシバシ叩いてる。パーカー着てるからマシだろうけど、あれ素肌にやられたら背中赤くなるよね。
「んー?なんだぁ?二人はアイドルなのに付き合ってるのか?」
「ふぇぇ!?にゃ、わにゃ…しょんにゃ」
「彩慌てすぎだろ…。付き合ってませんよ。中学からの付き合いってだけですし、俺は彼女いますから」
「「え!?」」
「お!そうなのか!そりゃあ悪かったな!」
雄弥くんと店長さんはなぜか握手してるけど、今の発言大丈夫なの!?私は知ってるからともかく、スタッフさんがすっごくビックリしてるよ!?
「み、湊さん。い、今の話本当ですか?」
「今の?…あー、彼女の件ですか?」
「そうです!」
「本当ですよ。ただまだ公表しませんけどね。…タイミングは一応考えてますんで」
「……そうですか。一応事務所の方に伝達していいですか?」
「情報がもれないのであれば」
「細心の注意を払います」
ま、丸く収まっちゃった。今のやり取りだけでも雄弥くんたちが、どれだけ大きい存在なのかわかる。…どれだけ頑張ったらそこに辿り着けるんだろう。私たちパスパレの先輩アイドルたちの背中は、とてつもなく遠いよ。
「それじゃあ今からメニュー覚えてもらうからなー!ゲームとのコラボメニューもあるし、忙しくなるぞ!」
「ゲームとのコラボメニュー?」
「おう!NFOとのコラボだ!そのメニューの一覧がこっちな。それでこっちが普通のメニューだ!」
「お、多いですね…」
「彩は覚えれ……ないな」
「そうだけどはっきり言わないでよ!」
「とりあえず普通のメニューは覚えれるだろ?」
「うん!」
「そっちを完璧に覚えて、コラボメニューは少しずつ覚えろ。俺はキッチンの方にいるから、困った時に呼べ」
「え、もう覚えたの?」
「とりあえずメニューはな。今から手順確認してくる」
覚えるの早すぎ!!…そういえば日菜ちゃんと同種の人だったね。すっかり忘れてたよ。それにしても、初めて雄弥くんと一緒のお仕事できるのに、別々なんだね…。仕方ないことだけど。
「何しょぼくれてんだよ」
「ふぇ?ひゃなひてー」
「適材適所でやるってだけだろ。それに彩が笑顔で仕事してくれないとこっちも調子狂うんだから、いつもの笑顔でいてくれよ?そういうアイドルを目標にしてるんだろ?」
「っ!!うん!!」
そうだったね。どんな時でも笑顔!それがあゆみさんから学んだことで、私が心掛けてること。雄弥くんとのお仕事ってことで浮かれちゃってた。切り替えないと!
「よーし!私、頑張るからね!」
「ああ。頑張り過ぎて空回りするなよ」
「一言余計だよ!」
「あ、それと」
「…むぅ、なに?」
「水着似合ってる。可愛いぞ」
「ふぇぇ!?」
「じゃ、キッチン行ってくる」
わ、私、今可愛いって言われたの!?うぅ、雄弥くんのバカ。また顔が赤くなっちゃったじゃん。リサちゃんが『雄弥はズルい』ってよく言うのがわかったよ。……けど、嬉しいな♪
〜〜〜〜〜
開店ギリギリまでメニューを覚えて、開店したらいざ接客開始!なんだけど、まだお昼前だからそこまでお客さんが来てないんだよね〜。注文を取ってオーダーを通して、キッチンから渡される料理をお客さんの所に持っていく。接客の経験はあるし、大丈夫そうかな。
キッチンでは一気に作れる料理を一気に大量に作るみたいで、雄弥くんが豪快に作ってた。料理はあんまりしない、なんて言っておきながらああやって作ってる所を見ると、もう悔しさを超えて尊敬するしかないかな。
(…やっぱり雄弥くんってカッコイイよね)
「…彩どうかしたか?」
「へ?」
「ぼーっとしてるみたいだが、疲れたなら今のうちに休憩してこい。これから忙しくなるぞ」
「だ、大丈夫大丈夫!疲れてるわけじゃないから」
「ならいいが、無理するなよ?倒れたら元も子もないからな」
「うん!」
こうやって会話してるけど、雄弥くんは一度もこっちを見てないんだよね〜。なんでわかったんだろ?
私のそんな疑問をよそにメニューが出されたから私もそれを運ぶ。帰るお客さんがいたら挨拶してテーブルを綺麗にする。やることは難しくないし、頑張れば忙しくてもなんとかなるよね!
──パシャ
「ふぇ?」
「あ、すみませーん。店員さんが可愛かったのでつい」
「正面からもいいですか?」
「へ?いや、あのそういうのは…」
「1枚だけでいいので!」
「け、けど……」
「お客さん。ここはそういう店ではないので、やめてもらっていいですか?」
私が困ってたら料理を作ってるはずの雄弥くんが来てくれた。しかも私をお客さんから見えないようにするために、私の目の前に立ってくれてる。
「いいだろ〜写真ぐらい」
「そういう店じゃないって聞こえませんでしたか?さっき撮った写真も消せ」
(ゆ、雄弥くん!口調が荒くなってるよ!?)
「なんだその接客は!こっちは客だぞ!」
「だからどうした。肖像権って知ってるか?警察に突き出されたくなかったらさっきの写真を消してとっとと出ていけ。飯も食べ終わってるようだしな」
「お前じゃ話にならねぇ!店長呼べ店長!」
「呼んだか?クソガキ共」
店長さーん!?え、そんなんでいいの!?あ、店長だからか…って、店長でもどうかってレベルな気がするんですけど!?
「お前らがやってたことは見てた。営業妨害もいいところだなぁおい!」
「ひぃっ!」
「しかもうちの可愛い店長代理を隠し撮りたぁいい度胸してるじゃねぇか!!」
「「ご、ごめんなさーい!!」」
「二度と来るなクソガキ!!」
店長さんの威圧が凄いんだけど…。豪快な人だとは思ってたけど、やっぱり怒らせたらめちゃくちゃ怖いね。私が怒られてるわけじゃないのに萎縮しちゃったもん。
「ったく。気持ちは分からなくもないが、それでもやって良いことと悪いことの分別ぐらいできねぇとなー」
「最近の人は軽い気持ちでしか考えませんからね。その行動が及ぼすものまで配慮が及ばないんですよ」
「…お前さんとあまり年も変わらないだろ」
「あれと一緒にされるのは心外ですね」
「くくっ、はっはっは!やっぱおもしれー奴だな!どうだ?今日だけと言わずもっとここで働かねぇか?」
「……考えておきます。やっても来年からでしょうね」
「…ま、忙しいらしいからな〜。だが、来年は期待させてもらうぜ?」
「期待しすぎないでくださいね」
…勝手に来年のお仕事のこと話してる雄弥くんもだけど、トップアイドルをスカウトする店長さんも大概だよね。もし…もしだけど、来年雄弥くんがここで働くなら、私も今日みたいに一日店長ってことで来れたりしないかな。
「彩、おい彩」
「えっと、どうかしたの?」
「それはこっちのセリフだ。気分が悪いなら「それは大丈夫!」……なら手を離してくれ。キッチンに戻れない」
「へ?」
「おーおー。お熱いこった。彼女持ちの男相手に積極的だなぁ」
雄弥くんと店長さんに言われて、自分の手が今どうなってるのか確認する。私は両手とも雄弥くんの服を掴んでて、しかも雄弥くんとの距離がほぼゼロ。つまり周りからしたら一見抱きついてるようになってて……。
私は顔どころか全身が真っ赤になった。この状況に対してもそうだし、何より
「ご、ごごご、ごみぇんなひゃい!」
「いやそんな気にしなくていいから落ち着け」
「落ち着いてりゃれないよー!」
「…はぁ。落ち着けるまで彩は休憩してこい」
「それは「行ってこい」…はい」
…雄弥くんに迷惑かけちゃってるよね。助けてもらったのに、リサちゃんがいる雄弥くんにあんなことしちゃって、勝手に一人でテンパっちゃって。…私、今日何もできてないよね。
「ほら飲み物」
「え?」
「この暑さだ、水分取らないと倒れるだろ。…入れやすなったからスポドリにしたが、いいよな?」
「う、うん大丈夫。ありがとう。…あれ?そっちのは?」
「これは俺の分だ。俺も休憩取ってこいって言われてな」
「そうなんだ。……ごめんね、迷惑かけて」
「迷惑?」
「さっき絡まれたのもそうだし、…その…雄弥くんと距離が近くなっちゃったのも」
雄弥くんから受け取ったグラスを両手で挟んで、そこに視線を落としてると私の頭にポンって手を置かれた。視線を上げると雄弥くんが優しげな表情……じゃなくて呆れたような顔してた。……私が期待しちゃう反応はリサちゃんにしか見せないのかな。
「俺が言うのもなんだが、彩は本当に馬鹿だな」
「むぅー、私は本気でそう思ってるのに!」
「誰一人迷惑かけずに生きていけるとでも思ってるのか?」
「…それは…無理だけど」
「だろ?彩は気にしすぎなんだ。他の人に迷惑かけたくないって思うのは当たり前だろうから、彩は俺に迷惑をかけたらいい」
「……え?」
「彩が抱えてくる問題なんていくらでも手を貸してやる。彩にはどうしょうもないものなら俺が解決してやる。だからその分、他の人に迷惑かけないようにしろ」
「……雄弥くんって女たらし?」
「なんでだよ…。こっちは真面目な話してるってのに」
「ふふっ、ごめんね。けど、ありがとう♪雄弥くんが言ったんだし、雄弥くんにこれからもいっぱい迷惑かけるね!」
「ああ。今更だがな」
「一言余計だよ!」
「…やっぱり彩は笑顔じゃないとな」
「これからは大丈夫だよ!」
「期待してる」
っ!!雄弥くんに期待してるなんて言われたこと初めてだよ…。私が笑顔でいること。それは私にとっては簡単なことだけど、それでも期待してるって言われるとねー。
思ったよりもがお客さんの入りが凄いことになったらしくて、私と雄弥くんは休憩を切り上げて戻った。
今からなら大丈夫!私はすっごく調子がよくなったし、何よりも雄弥くんがいてくれるから。そのことが私の大きな支えになって、私は弾けるような笑顔でお仕事ができた。
雄弥くんとお仕事をできてる。雄弥くんと私の二人で。こういうのは今日のお仕事だけなのかもしれない。だから今日という時間制限があって、まるでシンデレラみたい。
だけど…
「あれ?彩先輩?」
「あ、ひまりちゃん!?」
「お、ホントだ〜。彩じゃん!」
「リサちゃんたちも…」
ひまりちゃん、愁くん、あこちゃん、燐子ちゃん、そしてリサちゃん。…雄弥くんの大切な人。
私のシンデレラタイムは、空がまだまだ明るいうちに終わってしまった。