1話
雄弥たちが日本に帰って来る日、アタシは友希那の静止を振り切って空港に来ていた。空港には当然大勢のマスコミとファンが来ていて、アタシが雄弥と接触するのが無理そうだった。焦りながらどうしようかと考えていると、結花からメッセージが送られてきて、そこには
アタシはその場所に向かうことにした。急いで向かったら結花を見つけることができて、そのまま急いで車の中に押し込まれた。そして、車の中には雄弥がいて、車はすぐに出発した。
「雄弥…」
「……リサか。…悪いな。あの曲を台無しにした」
「雄弥は悪くないよ。だってあれって誰かの陰謀なんでしょ?」
「リサの言うとおりだよ雄弥。疾斗と愁もそう言ってたじゃん」
「そんなのはわかりきってる。…犯人も捕まったって聞いてるしな」
「なら「だがそんなのは関係ないんだ」…なんで?」
「俺がそれを見抜けなかった。何年もあのベースを見てきて、毎日見てきたってのに見抜けなかった。そのせいであんなことになったんだ。俺の責任なんだよ!」
「…雄弥」
雄弥はなんでも自分で背負い込もうとするよね。アタシは雄弥を抱き締めた。弱々しくなってしまった雄弥を一人にしないために。
雄弥は自分を責めてるけど、気丈に振る舞おうとしてるけど、アタシにはわかっちゃう。雄弥はもう
それはきっと心ができてからの人との繋がりなんだよね。その絆のおかげで雄弥はまだなんとか保ててる。初めて会ったときは記憶がなくて空っぽだった。けど今回は心ができてからそのほとんどが壊れてしまった。そんな雄弥をアタシが率先して支えないといけない。もう甘えてばかりはいられない。正念場なんだ。
「…雄弥、疾斗から連絡が来たよ。しばらくAugenblickは活動を休止するって。時間かけてもいいから必ず戻ってこいってさ」
「……そうか」
「…雄弥ごめんね。私のためにみんなでやってくれた海外ライブなのに、こんなことになって…」
「…謝らなくていい。目的は達成できたんだ。それで十分だろ」
「十分じゃないよ!だって…雄弥が……」
「
「雄弥!それは言っちゃ駄目でしょ!」
「…あー、そうだったな」
どうしたら…どうしたらいいんだろ。アタシ一人じゃ無理だからみんなに手を貸してもらわないと。雄弥の心を取り戻さないと…。
〜〜〜〜〜
あの失敗からどれだけの日が経ったのだろうか。…わからない。ただイタズラに毎日を消費しているだけだから日付の感覚を完全に失ってしまった。
部屋に置いてあるベースに目を向ける。気のせいだろうか、いつもよりも色合いが落ちているように見える。いや、光沢が無くなったという方が正しいか。全ての弦が無くなったはずの俺のベースだが、今では元に戻っていた。
「誰かがやってくれたのか?」
「…雄弥が自分で直したんだよ」
「…結花?仕事は?」
「今日はないよ。昨日の夜にそう言ったでしょ?」
「そうだったのか。悪い、聞いてなかった」
「……雄弥」
「それで、本当に俺が直したのか?その記憶はないぞ?」
「直したよ。日本に帰ってきた初日に。リサのことを無視してすぐに直してた」
「俺がリサを無視した?」
そんな馬鹿な話があるのか…?ありえない、ありえないありえないありえないありえないありえない!俺は何をしてたんだ!
「雄弥落ち着いて!」
結花に拘束されてから気づいた。いつの間にか俺は何度も机に拳を振り下ろしていたようだ。机は少しくぼみ、俺の手からは血が流れていた。客観的に考えて今の俺は不安定なのだろう。…こうやって考えれるのに、残念なことだ。俺は俺を制御できない。
「結花、俺は本当に、本当にリサを無視したのか?」
「……うん。今日はゆっくり休もうってリサに言われてもベースを直してた。その後なんて『しばらく一人にさせてくれ』って
「…そんなことしてたのか。…リサに謝りに行かないとな」
そうだ。謝らないといけない。心配して寄り添ってくれていた彼女を追い返したのだから。こんな最低な話はない。
だが、俺はちゃんと謝れるのか?あの曲を台無しにしたからリサに会わせる顔がない。今もその想いがあるし、その時はそれが強かったのだろう。
そして、
「結花、俺はどうすればいい?やらないといけないことはわかってる。リサに謝らないといけない。だが…」
「かえってリサを心配にさせそうって?」
「…たぶん」
「…今の雄弥ならそうだろうね。不安定すぎる。そんなんじゃ何も解決できないね」
「……」
「けど、ずっと部屋でウジウジしてても仕方ないからお祭りに行こ」
「祭り?もう終わっただろ」
「それとは別のお祭りだよ」
別の祭り?このへんで何個も祭りがあったか?あったとしても俺たちがヨーロッパに行ってる間に終わってるのでは…。
「羽丘の学園祭だよ!」
気を遣っての発言なのか、俺に地雷に突っ込めと言っているのか、…おそらく両方なんだろうな。
「私たちがゲストとして呼ばれてるからさ。これからその話し合いに行くし、雄弥も行くよ!」
「拒否権は?」
「ないよ☆」
ないのか。…あぁ、そうか。もう夏休みは終わってたのか。…リサの誕生日も祝ってやれなかったのか。本当に俺はクズだな。
〜〜〜〜〜
学園祭でゲストとして呼ばれるとなるとやはり理事長と話をしないといけない。だから俺と結花は理事長室に向かって歩いている。そこは理解できる。しかし、理解できない点が一つある。
「羽丘の学園祭だろ?」
「そうだよ!」
「なんでここに来てるんだよ」
「話し合いはここの理事長室でするからだよ☆」
「は?」
「…雄弥って鈍くなっちゃったね」
「ええ。実に残念です」
「理事長、サラッと会話に混ざらないでください」
「…驚かないのは変わりないのですね」
結花がつまらなさそうに頬を膨らませてるってことは、こうやって理事長が後ろから話しかけてくることも二人の作戦なんだろうな。…なるほど、やっとわかった。
「合同でやるんですね」
「ええ!その方が面白そうでしょ?」
「…疾斗がいる学校で理事長をしていたら毎日大変なことしてそうですね」
「ふふっ、たしかにあの子と一緒だったら楽しかったでしょうね〜。高校は中学よりもできることが多いですから」
「え?理事長って疾斗のこと知ってるの?」
「もちろんですよ。彼が中学校の生徒会会長をしていた時に校長をしていましたから。それはもう飽きない毎日でしたよ♪」
「いいなー。私もそういうのやってみたい!」
「ふふっ、なら藤森さんも花咲川の生徒になりませんか?歓迎しますよ」
「うーん。羽丘がどんなのか知りたいから、この学園祭で決めるね!」
「それが妥当ですね。これは負けられませんね!」
この二人なんでこんな仲良くなってるんだ?結花が目上の人にタメ口で話してるとか驚きでしかないんだが…。
理事長室のソファに座って、二人の談笑に耳を傾けながら学園祭のことを考える。俺たちが呼ばれるというのは、Augenblickが呼ばれるということなんだろう。しかし、疾斗が活動休止を発表したはずだ。それに、
今俺は
まぁ、弾けなかったら他の楽器をすればいいのだが…。
「申し訳ありません。遅くなりました」
「いえいえ、急な話でしたから、来ていただいてありがとうございます。学院長」
「……あなたにその話し方をされると寒気がするのですが、
「あら、じゃあフランクにいくわね。学院長♪」
「…二人は学校が同じだったの?」
「学校というか、大学が一緒だったのよ。サークルで知り合って、私が一年上の先輩で、彼女が後輩ね」
「先輩には大変お世話になりました」
「ふふっ、懐かしいけどその話はまた今度にしましょう。今日は合同の学園祭について話さないとね」
「そうですね。…それでこの二人が」
「ええ。学園祭に来てもらおうと思ってるAugenblickのメンバーよ。あなたも聞いたことぐらいはあるでしょ?」
「もちろん。…少し前にもニュースで騒がれてましたからね」
「…っ」
「…雄弥。大丈夫だから、ね?」
「…ああ」
やはりニュースになったか。…まぁそれもそうか。海外でのライブの様子を生放送するなんてそうそうないからそれだけでも話題性がある。そこに俺の失態があるんだ。マスコミにとって最高のネタじゃねぇか。
「……先輩、彼らは今活動休止中だと聞いてます。学園祭に呼んだら問題があるのでは」
「もちろんそこも考慮してあるわ。彼らには5人同時の演奏をしてもらわないつもりよ」
「「は?」」
「分け方はこれから決めていくけど、5人揃っての演奏じゃなかったらAugenblickの演奏じゃない。それなら大丈夫だなって疾斗も納得してくれたよ」
「…あいつが好きそうな言い訳だな」
「い、いいのですか?ギリギリな言い訳に思えるのですが」
「なんでもいいでしょ。今までもギリギリなことをしてますから」
「…あなた方がそれでいいのなら構いませんが。…日程はどうされますか?」
「二日目の最後のステージでやってもらうつもりよ〜」
二日目か。合同だから二日間開催するとかそんなノリなんだろうな。だいぶ大規模にするのだろう。まぁ興味もないが。
「5個のバンドと私達でできたらいいなーって話を進めてるとこ。ポピパとハロハピは即OKくれたよ。AfterglowもたぶんOKくれるだろうけど、パスパレはどうだろうね。芸能人なわけだし」
「…パスパレも参加するだろ。軽く宣伝になるわけだしな」
「かな。…Roseliaはわかんない。しばらく時間を頂戴って言われたから」
「……そうか」
「ひとまず、今回はお願いね?Roseliaさんの返事がもらえたら、今度はそれぞれの代表を集めて内容を詰めていくから」
「…わかりました。こっちからは疾斗か愁あたりが来ると思います」
「あら、湊くんは来てくれないのね」
「俺が意見を出すとでも?」
「…そうね。愚問だったわね」
「それでは俺はこれで失礼させてもらいます。…結花はどうする?」
「私も一緒に帰るよ。雄弥のことほっとけないし」
立ち上がって結花に聞いたら結花もすぐに立ち上がった。…別に真っ直ぐ家に帰るだけなんだが、そんな危ないように見えるのか?
「先輩、私もこれで「あ、まだ話したいことあるから残って」わかりました」
「学校の長同士、摩擦は極力無くすように手を打たないとね♪」
「摩擦もなにも衝突したこともないんですけどね」
さすがにトップ同士の話ともなると他にも色々とあるようだ。関係ないことだから俺は一言挨拶をしてすぐに部屋を出た。
〜〜〜〜〜
「ちょっと雄弥早いよ。待ってよ」
「……ここに残る理由もない。生徒に見つかって騒がれるのも面倒だ」
「そうだけどさ。…それだけじゃないよね。急いで出ようとしてるのって」
「……」
「紗夜に会わないようにしてるよね」
「…っ、…なんで俺が紗夜を避けないといけない」
「そんなの雄弥自身がよくわかってるでしょ?」
…そうだな。明確に言葉にできるわけじゃないが、その理由はたしかにわかってる。リサ同様に会わせる顔がないと思ってるんだ。今紗夜に会うのが怖いんだ。どうなるかわからないから。
俺は歩く速度を変えずに校舎から1秒でも早く出ようとしていた。結花が小走りになっているが、それすら気にかけていない。
「けど残念だったね雄弥」
「何がだ」
「…雄弥くん」
「っ!………紗夜」
紗夜が前方に立ち塞がるように立っていた。そんなことができるということは、結花が紗夜に連絡していたのだろう。…強引なことをするな。
歩く速度を落としていって紗夜の前で立ち止まった。避けようとしていたのにいざこうやって顔を会わせたら無視できない。
紗夜は色んな思いが交錯しているんだろうな。複雑そうな顔をして、瞳を揺らしている。俺が口を開こうとしたら紗夜に抱きつかれた。
「…学校だっていうのにそんなことするんだな」
「…学校じゃなかったらいいのかしら?」
「……さぁな」
「…っ。色々と言いたいことが、伝えたいことがあるけれど、まずはこれを言わないといけないわね」
「なんだ?」
「おかえりなさい」
「っ!……あぁ、ただいま」
紗夜の目を見ると、真っ直ぐと見つめ返された。その綺麗な瞳に、優しさと厳しさをコントロールできる紗夜に
…溺れてしまおうか。
「雄弥」
「…結花?」
「
「……」
「雄弥くん。ゆっくり治していきましょう。それと、必ず今井さんに会ってください」
「…ああ」
「あ、雄弥くん…」
「結花ちゃんも、どうしたのかしら?」
また人が増えた。騒がれて人が集まる前にさっさと退散したいのだが、彩と白鷺が相手だ。軽く話すぐらいはしないといけないだろう。二人が来たことで紗夜も俺から離れた。
「二人ともやっほー。私達はここの理事長と今度の学園祭の話をするために来たんだよ☆」
「…やっぱりそうなのね。合同ライブも本気なの?」
「本気だよ。私達は活動休止してるから、どこかのバンドに混ざるか、3ピースするか…まあそのへんはRoseliaの返事をもらえてからだね。パスパレは参加してくれるでしょ?」
「そうね。事務所もその方向で話が進んでるわ」
「紗夜ちゃん、Roseliaは…」
「…わかりません。ただ、今のままでは人前で演奏できません。そんな状態ではないので」
…リサか。だとしたら俺の責任だな。俺が失敗なんかしなかったら、こんな状態になってなければ、リサを拒絶しなければ!
「雄弥くん!血が出てるよ!」
「…あー、そうだな」
「……雄弥くん」
彩に言われて気づいた。家を出る前にできた傷を反対の手で開いていたようだ。…自傷行為ということになるのか?…それよりも学校を汚してしまったな。
「…異常ね」
「千聖ちゃん!」
「異常なのはわかってる。ひとまずはこうやって会話できるようになったんだ。これから治すさ」
「いいえ、わかってないわ。今の発言で確信したわ。あなたは異常なのを理解していない」
「白鷺さん、それはどういうことですか?」
「…ずっと芸能界にいて、色んな役をやらせてもらってるからわかったけど…。湊くんは
「仮面?」
「ひどく薄くて不安定な仮面だけどね。だからすぐにそれが剥がれてさっきみたいなことになる。…湊くん、あなたは自分を大切にするということを忘れたの?」
「…雄弥」
「さぁな」
「っ、断言するわよ。今のあなたは空っぽな人形そのものよ」
なるほど、的を得ているな。
そうか。俺は自分を守ろうとして、自分を捨てたのか。
人をやめたのか。
俺はどれだけリサを裏切っているのだろうな。