「出掛けるわよ雄弥」
「いきなりどうした」
「最近あなたは自分から家を出ることが無いのだもの。こう言わないと外に出ないでしょ」
「…まぁそうだが」
「だから私と結花と三人で出掛けるわよ」
「結花もか。…そういや結花は?」
雄弥ったら本当に何も聞いてないのね。昨日の夜から結花があれだけ嬉しそうに話していたというのに。
今朝荷物が届いて、それは結花宛のものだった。結花はそれを受け取るとすぐに部屋に駆け込んでいって、おそらく今は鏡の前で楽しんでるわね。
「結花は今お楽しみ中よ。もうすぐ降りてくるでしょうけど」
「は?」
「友希那ー!雄弥ー!見てみてー!じゃじゃーん☆」
元気よくリビングに入ってきた結花は、
「ふふっ、よく似合ってるわよ」
「そうだな」
「ほんとほんと!?」
「ええ。本当よ」
「やった☆」
「たしか週明けから通うのよね?」
「そうだよ!しかも友希那と同じクラス!一緒に行こうね!」
「もちろんいいわよ」
「ありがと☆」
「…もぅ」
思いっきり抱きついてくる妹を受け止めて、髪を手で梳いであげる。結花は嬉しそうに目を細めてじっとしていた。しばらくそうしていると、雄弥に呆れた視線を送られてきたから結花から離れた。…寂しそうにしないでちょうだい。あとでまたしてあげるから。
「制服を着て楽しんでるところ悪いのだけれど、出掛けるわよ」
「あ、今からなんだ。ちょっと待っててね!」
「ゆっくりでいいわよ。雄弥は準備すらしてないのだから」
「わかった!」
「…悪かったな」
〜〜〜〜〜
「それで?新幹線なんて乗ってどこ行くんだよ」
「熱海よ」
「は?なんで?」
「熱海温泉があるからだよ☆」
「ならリサと行ってきたらよかっただろ」
「今回は姉弟だけで行こうと思ったのよ。こういうのやったことなかったでしょ?」
「…まぁな」
それに、今はリサの邪魔をするわけにいかない。リサは今雄弥の演奏に追いつくために必死に練習をしているのだから。ただ、練習のし過ぎにならないようにRoseliaメンバーの誰かが一緒だけど。リサのお母さんにも手伝ってもらって家でもリサの練習を見張ってもらってる。
「熱海♪熱海♪雄弥は熱海行ったことある?」
「ないな」
「じゃあ今回は全員初めてなんだね!」
「そうなるな。…それがどうかしたか?」
「なんか面白いじゃん!」
「わけわからん」
「ええー、友希那は?」
「楽しみ、という意味なら同じね」
「だよね!」
正直に言うと、結花が家に来てくれてよかった。私一人だったらこうやって雄弥を連れ出すなんてことはなかっただろうし、たとえできたとしても会話が長く続くことがないから。けれど、そこに結花という存在がいることで場が明るくなって会話が無くなるなんてことはない。…ほんとリサと同じね。
「結花」
「なにー?」
「ありがとう」
「えー、なにそれ〜。私は私の役割をこなしてるだけだよ☆」
「ふふっ、それで助けられてるのよ。だからありがとう」
「…ど…どういたしまして」
「なに照れてんだよ…」
「だ、だってなんか恥ずかしいじゃん」
その気持ち私もわかるわ。人に感謝されるのってどこかむず痒いのよね。…言う方も慣れてないと恥ずかしいのだけど。
「熱海だー!どこ行く!?」
「先に宿にチェックインするわよ。荷物を置いてから散策しましょ」
「宿に向かってる途中で行くところを決めるのもアリだしな」
「そういうこと」
「わかった!宿はどっち?」
「こっちよ。先導するからついてきて」
先導する私のすぐ横に結花が並んで、雄弥が後ろにいる。これが三人で歩く時の定番の形になるのかしらね。そんなことを考えながら街を見回しつつ宿を目指す。結花は色んな店に興味を持ったようで、この調子だと今日と明日だけじゃ時間がたりなさそうね。
「ここよ」
「おおー!和って感じだね!」
「落ち着いたとこだな」
「息抜きに来てるのだもの。そういうとこを選ぶわよ。手続きしてくるから二人はそこの椅子で待っててちょうだい」
「はーい!」
受付の人に予約している者だと伝え手続きに必要な紙を受け取る。必要事項を記入して、親から渡された宿泊代を払い部屋の鍵をもらった。部屋の場所を説明されたところで二人を呼ぼうと思ったのだれけど…。
「…あなた達何してるの?」
「聞いてよ友希那!雄弥ってば自分のことは気にしなくていいからAugenblickの活動を再開しろって言うんだよ!?」
「…雄弥?」
「俺のせいでAugenblickの活動が止まるのもな…」
「バカね。五人揃ってのAugenblickなのでしょ?それがあなた達のあり方なのでしょ?それなら雄弥を抜いた四人で活動するわけがないじゃない。一人で活動していた私をよく思ってなかった雄弥が何を言っているの」
「…ぐうの音も出ないな」
「疾斗が言ったことだけど、その時には愁も大輝もいたんだよ?総意で決めたことなんだから覆らないの!」
「そうだな」
ほんと、らしくないわね。今回のこの旅行が私の狙い通りの療養になってくれればいいのだけれど…。難しいわね。リサに任せっきりにしてた代償なのかしらね。
「部屋に行きましょ」
「旅館だから和室かな?」
「和室だろうな。畳とか障子とかあるんじゃないか?」
「いいねーいいねー!」
「どういう間取りかは部屋に入ってからのお楽しみね」
部屋の場所も知らないのに私の腕を引っ張る結花を宥めながら、それでも歩くペースを上げて部屋へと向かった。部屋は三人で使うにしては少し大きい所だったけれど、休むには申し分ないわね。
「海が見えるよ!海!」
「そうだな」
「いい眺めね」
「海に行こうよ。三人で浜辺歩こう」
「悪くないわね」
「…わかった」
三人で浜辺を歩き、石を見つけては水切りをして遊んだ。当然雄弥が投げたら石が何回も海面を跳ねていた。結花は雄弥からコツを聞いて練習し、私はこういうの苦手だから3回跳ねさせるのが限界だった。
眺めのいい喫茶店に行っては結花と食べさせ合いをした。私は恥ずかしかったから一度断ったのだけど、結花が「やっぱダメだよね…」なんて言って悲しそうな顔をしたから思わず「ダメじゃないわ」なんて言ってしまった。雄弥に「チョロいな」って言われたけど、これは直しようがないわ。
「あ」
「どうした?」
「浴衣着て歩いてる人がいっぱいいる」
「日帰り温泉もあるらしいからな。宿泊場所の温泉とは別に入ったりするんだろ。あとは単純に浴衣を楽しんでるんだな」
「たしか旅館にもあったはずよ」
「そうなの!?じゃあ三人で着ようよ!私達も浴衣でこの辺来よう!」
「いいわよ」
「…旅館での食事を済ませてからがいいんじゃないか?」
「あ、そっか」
夕食は用意されるのだったわね。ここは雄弥の提案通りにして、夕食を済ませたら街を満喫させてもらいましょうか。夕食は地元の食材をふんだんに使った豪華なものだった。結花が思わず写真を撮ったのも仕方ないわね。
「浴衣に着替えようっと☆…雄弥は見ないでよ」
「見るわけないだろ…」
「わかんないじゃん。雄弥ってうっかりするとこあるから」
「たしかにあるわね」
「そうか?とりあえず外で待っとくから着替え終わったら呼んでくれ」
雄弥が外に出たところで私と結花は着替え始めた。…これ効率悪いわね。家族だからって同室になってるけど。
私はすぐに浴衣を着れたけど、結花はまだ慣れてないようで苦戦していた。手伝おうかと声をかけたけど、「やってみるから見てて」と言われたので私は見守ることにした。
「えっと、たしかこれをこうして…それで……こうか!」
「ふふっ、正解よ。綺麗に着付けができたわね」
「やった☆」
「それじゃあ荷物を持って雄弥と入れ替わりましょうか」
「そうだね。あ、でもその前に」
「なにかしら?」
「二人で写真撮ろうよ!」
「…仕方ないわね。撮り方は任せるわよ」
「うん☆」
3枚ほど写真を撮って雄弥と入れ替わり、雄弥が着替え終わったら部屋の鍵を閉めて外に出かけた。日は沈んでいるけど街はまだまだ活気づいていた。昼と夜とで印象も変わるわね。
「〜♪♪〜♪」
「結花のやつ上機嫌だな」
「いいことじゃない」
「そうなんだがな。同年代とは思えんな」
「なになにー?私がお姉さんって話ー?」
「耳鼻科行ってこい」
「ひどっ!!」
「嫉妬してるだけよ」
「そうなの?…可愛いなーもう」
「めんどくせ」
これくらいならストレスにはならないようね。よかった…、やっぱりリサといる時間があったおかげで回復の兆しが出てきたのかしらね。今の雄弥は白鷺さんから見たらどう映るのかしら。まだ人形のままなのか、それともその域を出ようとしているところなのかしら。
「ゆーきーな!」
「きゃっ、…なに?」
「もう、ボーッとしちゃダメだよ?友希那も楽しまなきゃ三人で来た意味無くなるよ?」
「…そうね。ごめんなさい」
「いいのいいの!」
結花と一緒にスイーツを買ったり、温泉に入りに行ったり、お土産を見て回ったり、好奇心旺盛な結花がいるおかげでなんでも楽しむことができた。雄弥も口には出してないけど、見た限りだと随分リラックスできていたから満喫できていたのでしょうね。
部屋に戻ったら布団が3枚並べて敷かれていた。結花が真ん中に飛び込んで、私が入り口側、雄弥が窓側になった。まだ寝るには早いということで、仲良くなった街中のお店の人からもらった飲み物をコップに入れて飲んだ。それぞれ違う飲み物をもらっていて、私は静岡県産のお茶を飲んでいたのだけど…。
「結花?」
「ゆ〜き〜な☆」
「…もぅ、いきなり抱きつかないでちょうだい」
「あはは☆ごめんなさーい。でも友希那は受け止めてくれるからさ」
「拒んで怪我されたら嫌だもの」
「優しいね〜。そんな友希那が大好きだよ♪」
「……そう」
「こいつ、酒飲んだな」
対面に座ってる雄弥は関わらないようにしたいのか、飲み物を片手に窓の外を眺め始めた。私はそれに少し引っかかったのだけれど、結花の相手でそれどころではなかった。
結花が
「友希那〜。結婚しよ!」
「……は?」
「結婚だよ結婚!」
「なに言ってるの。同じ女性で結婚なんてできないでしょ。そもそも私達は姉妹なのだし、私は…」
「ヨーロッパではね、同性結婚を認める国もあるんだよ?そこに行けば結婚できるよ!私達って血の繋がりはないしさ!」
「そんなの関係な、きゃっ!」
私が結花を宥めようと少し口調を強め始めたら、私は結花に押し倒された。両手を抑え込まれ、起き上がれないようにされた。雄弥に助けを求めようとしたのだけれど、リサから電話がかかってきたようで無視された。
(なんてタイミングの悪い!)
「友希那」
「結花、落ち着きなさい」
「落ち着いてるよ?私は友希那が好きだから、友希那と結婚できたらいいなーって思ってるよ?」
「あなたは今正常に頭が働いてないわ」
「そんなことないよ〜。うーん、どうしたらわかるかな〜…あ!
「は?」
一人で勝手に納得した結花が、トロンとした瞳を真っ直ぐにこちらに向けて徐々に顔を近づけてくる。私は顔を逸らしたのだけど、私の両手を結花が片手で抑えて、空いた手で私の顔の位置を固定した。
「ゆきな〜♪」
「結花…」
(雄弥がさっき呟いてたのはなんだったのかしら……。たしか……お酒!?)
その答えに至ったところで何かが変わるわけではない。もう私の視界いっぱいに結花の顔が迫っていて、
そして
「ふにゃー」
「……へ?」
結花は変な言葉を発しながら私に倒れ込んできた。その時に位置が少しズレたようで、私と結花はキスせずにすんだ。
「…むにゃ」
「……寝てる。…はぁー」
「結花は酒飲んだら軽く暴走してすぐに寝るからな」
「…助けなさいよ」
「リサと電話してた」
「まったく…」
「酔ってる時の結花の発言はたいてい意味をなさないから、結婚の話も結花が本当にそう思ってるってわけじゃないぞ」
「それは安心したわ。よかった」
「友希那のことが大好きってくだりは本当だろうけどな」
「…そう」
気持ち良さそうに寝ている結花の頭を撫でてから私の上からどかせる。私の手を掴んでいた結花の手はいつの間にか私の浴衣を掴んでいた。だから私は結花をすぐ横に寝かせて一緒の布団で寝ることにした。雄弥に消灯してもらって、雄弥は自分の布団で寝た。
「本当に甘えん坊なんだから。…でも、私もあなたのことが大好きよ、結花」
次の日に結花は「途中から記憶がない!」って騒いでいて、雄弥に酒を飲んだからだと注意されていた。私は結花に結婚のくだりを聞いてみたら「なんで結婚の話?」ってキョトンとされた。雄弥が言った通り本心じゃなかったのね。