陽だまりをくれる人   作:粗茶Returnees

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10話

 

 友希那と結花と三人で食事を取っていると、友希那が気になることを言ってきた。それは紗夜のギターの調子がよくないということだった。結花も驚いていて、食事の手が止まっていた。

 

 

「紗夜でも調子悪いことあるんだね」

 

「そりゃあるだろ。紗夜だって人間だからな」

 

「…あー、そっか」

 

「おい…」

 

「友希那、心当たりは?」

 

「ないわよ。あったら自分達で解決してるわ」

 

「それもそうか」

 

 

 正確さを求めて練習してきた紗夜が調子を狂わしたか。…話を聞いてるだけじゃなんとも言えないな。実際に紗夜の演奏を聞かないと。

 だが、今の俺がRoseliaの練習を見に行っても邪魔になるだろうな。みんなが気を使って、練習に集中できなくなるだろう。

 

 

「心配だね」

 

「…それでも乗り越えるのは紗夜自身の力じゃないと」

 

「そうだな。ま、背中を押してやるぐらいのことはしたらいいんじゃないか?」

 

「ええ、そうね」

 

「私にできることがあったら言ってね!」

 

「ふふっ、その時があればお願いするわね。でも、できるだけ身内でなんとかしてみせるわ」

 

「うん☆」

 

 

 …今回はできることはなさそうだな。友希那も動いたとして助言ぐらいだろうし、なにがあったのかがわからないとな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 日菜と向き合っていこうと思い、少しずつ日菜と過ごす時間を増やしてきた。その一環として今まで聴くことを避けていた日菜の演奏を聴くことにした。日菜たちのライブがテレビで放送されるらしく、それを日菜と一緒に見た。

 

 テレビに映っていた日菜はとても楽しそうに演奏していた。ギターは走り気味だったのに、むしろそれすら自分の音なんだと自信満々に、笑顔で演奏しきっていた。その演奏を見て気づいた。

 

──私の音はつまらない音(ただ正確なだけ)だと

 

 私のギターは…、その程度のものなんだと。それから私は私の演奏に何一つ満足できなくなった。自分の音なのにそれを受け入れられず、調子が悪くなって練習にも影響が出るようになった。

 

 

(湊さんが言ってた私らしさっていったいなんなのかしら…。今日の練習でまた失敗したら…)

 

 

 暗い気持ちになりながらスタジオに向かっていたら巴さんに声をかけられ、スタジオの前にあるカフェで少し話すことになった。

 

 

「宇田川さん…いえ、巴さん。あこさんから私のことを聞いたの?」

 

「なんでわかったんですか?」

 

「巴さんから声をかけられる理由が他に思い当たらないもの。…私の演奏がうまくいってないと聞いたのでしょう?」

 

「あ、あはは…まぁ、そんなとこです。あこのやつ心配してましたよ?私も話を聞いたからいてもたってもいられなくて、つい声を掛けちゃいました」

 

「そう。…あなたにも心配をかけてしまったのね。…そういうところもあこさんの『憧れ』なのかしらね」

 

「え?」

 

「いつも言っているもの。『永遠の憧れ』だって」

 

「あ、あははー、みたいですね」

 

 

 妹からの絶大の信頼と期待を寄せられているというのに、巴さんは嬉しさと恥ずかしさが半々といった具合に笑っていた。私にはできないことだ。だから聞くことにした。それがしんどくないのかを。

 

 

「あなたは…苦痛に感じたことはないの?憧れだと言われ続けて、ずっと追い続けられることが」

 

「あたしは純粋に嬉しいですよ。あこがそう言ってくれることが。まぁ、あこのほうがドラム上手いんじゃないかって思うこともあるんですけど、それでもあこは慕ってくれている。だからあたしはあこの気持ちを大切にしたいですし、それに応えたいと思ってるんです。あこはたった一人の妹ですから」

 

「……!」

 

「すみません。あたしの方が年下なのに偉そうに言っちゃって」

 

「いえ、…巴さんは大人ね。あたしにはそんな風に受け止めることができないわ」

 

「あたしだってプレッシャー感じますよ?あこはあたしのこと全知全能の神!みたいに思ってるみたいですし。…あたしには紗夜さんの抱えてるものがわからないですし、深く立ち入る筋合いもありません。ですがあたしは紗夜さんの調子が戻ることを願ってますよ」

 

「…ありがとうございます」

 

「…余計なお世話かもしれませんが、友希那さんと話をしてみてもいいんじゃないですか?」

 

「湊さんと?」

 

「ほら、友希那さんって雄弥さんと結花さんの姉じゃないですか。あの人にはあの人なりの向き合い方があるんじゃないかと思うんです」

 

 

 …言われてみればそうね。湊さんは血縁関係がないとはいえ雄弥くんと藤森さんの姉だわ。…いえ、あの人たちはそんなの関係ないと言わんばかりの姉弟仲ね。

 

 

「それと、紗夜さんを伝書鳩代わりにするのは申し訳ないんですけど、雄弥さんに『復活を待ってます』って伝えてもらっていいですか?うちのモカってば一番仲がいいのに連絡先知らないみたいなんで」

 

「ええ。必ず伝えるわ」

 

「それじゃあ、練習あるんでお先失礼しますね!」

 

 

 巴さんがスタジオに向かったのを見届けてから私もスタジオ入りをした。練習ボックスで巴さんと話したことを思い返していると湊さんが部屋に入ってきた。

 

 

「紗夜?ずいぶんと早いのね」

 

「ええ。最近のミスを取り戻そうと思っていたので」

 

「そう」

 

「でも…見つからないんです」

 

「紗夜?」

 

「私の道が…私の音が、どうしても見つからないんです…」

 

 

 私は湊さんにすべてを話した。日菜の演奏を聞いたこと。それによって自分の音楽がわからなくなったこと。自分の音がつまらないものでしかないと思ってしまうことを。

 

 

「…それであなたは最近苦しんでいたのね」

 

「私は日菜に負けないように、勝てるものを求めてギターを始めたんです。日菜に負けたくない一心で正確さを求めて…自分を信じるための道具としてギターを弾いていた。…最低ですよね」

 

「…私にはあなたを否定することができないわ。私だって父の音楽を認めさせるためにみんなを巻き込んだのだから。こんな自分に自己嫌悪したこともある。…今だってこんな状態で歌っていいのかと悩むこともあるわ。…でも、こうやって悩むこと自体が真剣に向き合っていることの証だと言ってくれた人がいる。…紗夜あなたの演奏は正確で素晴らしいわ。それは誇っていいはずよ」

 

「でも、…そんなのは…ただ正確なだけで」

 

「そうかしら?雄弥が何故頼まれたときしかあなたにギターを教えないか知ってる?」

 

「…私の音がつまらないからですか?」

 

「違うわよ」

 

 

 湊さんの目が鋭くなった。言外に何もわかっていないと言われているのだと理解した。けど、わからない。何故なの?

 

 

「雄弥は言っていたわ。『紗夜に教えれることがほとんどない』って。それは紗夜自身がストイックに練習して、一つ一つを完璧にこなしていくからよ。雄弥はあなたに教える時に必死に答えを考えて教えていたのよ」

 

「…私が?…そんなはずは…」

 

「信じられないのも無理はないわ。けれどそう言っていたのは事実よ」

 

「…雄弥くん」

 

「紗夜、私はまだ未熟で未だに純粋に音楽を好きだと言うことができないでいる。…結花が歌っている姿を見ると特にそうね」

 

 

 …藤森さん。たしかにあの人は笑顔で歌っている。あれだけの技術を持っていながら常に上を目指し、さらに成長できると信じて練習に取り組み、そしてライブで全てを出し切る。成長途中だと信じつつ、自分を受け入れて、自分の歌を好きでいる彼女は、思えば日菜の演奏の姿と重なるように思える。

 

 

「…藤森さんは、なぜあそこまで楽しめるのですか?」

 

「自分の歌が好きだからよ。歌う曲も、一緒にいるバンドメンバーも、なによりも音楽を好きでいるからなのよ」

 

「そう、ですか。……そうですよね」

 

「あの子が音楽に向き合う姿勢は、私よりもよっぽど歌手として素晴らしいわ。そうだというのに結花は私を慕って、必ず超えるとよく口にしている。…複雑だけど、それでも嬉しさもある。苦しさもある。だけど、これらとは真剣に向き合わないといけないわ。それがとても大切で尊いものなのよ」

 

「真剣に…向き合う…」

 

 

 湊さんに今日の練習は参加しなくていいと言われ、そして戻ってくると信じていると言われた。そのことがどれだけ励みになったのだろうか。まだ解決していないけど、胸にかかっていた靄が少し晴れた気がした。

 

 

「…紗夜、妹に慕われるのも大変よね」

 

「そうですね。…湊さんの場合もう一人いますけどね」

 

「ふふっ、そうね。どちらも私より先にいるはずのに、私のことを慕うのだもの。期待を裏切れないわ」

 

(さすがわ湊さんですね。それで、…私が向き合うべき相手は)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 湊さんに言われた通り今日は練習を休ませてもらい、私は商店街を歩いていた。…あの七夕まつりの時に短冊に書いたことは、私の力で叶えないといけない。日菜と一緒に七夕まつりを楽しんだことを思い返しながら思考する。

 

 

「…雄弥くんも一緒にいたわね。三人で七夕まつりを過ごした。今井さんたちといた雄弥くんが、わざわざ来てくれた」

 

 

 それにしてもあの時、よく今井さんが許してくれたわね。…いえ、周りから見たらそれだけ心配になったのかしらね。日菜が必死に走っていたし、私も日菜を見失わないように追いかけていたから。

 

 

「あら?…雨」

 

 

 急に激しく降り始めた雨を避けるために急いで屋根の下に駆け込んだ。雨宿りしつつ、日菜とどう向き合うかを考え始めた。あの子は何も悪くない。私が一人で勝手にコンプレックスを抱いて、勝手に憎んでしまっているのだから。

 

 私が頭の中を、心の中を整理し始めてどれだけ経ったのかしら。それはわからないし、雨も相変わらず強く降っているのだけど、そんな中こちらに走って近づいて来る人がいた。

 自分の分の傘をさしながら、もう一人分の傘を反対の手で持って。その人物は私と同じ屋根の下にまで来て足を止めた。

 

 

「お姉ちゃん…。よかったー、ここにいたんだ」

 

「日菜…」

 

 

 私が向き合うべき存在が、わざわざこの雨の中私を迎えに来てくれた。…本当に…この子は…。

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