突然強い雨が降り始めた。家の傘立てにはお姉ちゃんの傘があって、あたしはお姉ちゃんに傘を渡しに行くために家を出た。今日も練習があるって話だったから急いでスタジオに向かった。
「お姉ちゃんいるー!?」
「わっ!日菜どうしたの!?」
「すっごい雨が降ってて、お姉ちゃんに傘持ってきたんだけど…。お姉ちゃんいないの?」
「紗夜は今日練習を休んでるわ。…まだそのへんにいるはずだから、日菜が傘を渡してあげて」
「うん!わかった!リサちー、友希那ちゃん、ありがとう!」
「日菜」
「?なに?」
「紗夜のこと…頼んだわよ」
「…?う、うん。じゃあお姉ちゃん探しに行くね!」
スタジオを出てお姉ちゃんを探した。まだ遠くまでは行ってないだろうって友希那ちゃんが言ってたから、きっと近くにいるはず。
探して探して探して、七夕まつりにお姉ちゃんとユウくんと回った商店街にお姉ちゃんがいた。
「お姉ちゃん?」
「日菜!?」
「よかったー、ここにいたんだー!雨がすごいからお姉ちゃんに傘を渡そうと思ってスタジオに行ったんだけど、お姉ちゃんいないって言われてさー。友希那ちゃんにまだその辺にいるはずだって言われて、傘渡しに来たんだー。はい、これ」
「どうして…どうして…」
(なんで私が何度突き放して、拒絶してもあなは私の側にいようとするの?…日菜がこんなに側にいようとしてくれているのに、私は…全部、全部日菜のせいにして…)
「…う、…うぅ」
あたしから視線をそらしてたお姉ちゃんが突然泣き始めちゃった。なんでなのかわからないけど、またあたしが変なことしちゃったのかな…?
「お、お姉ちゃん!?…大丈夫?…ごめん、…またあたしが、お姉ちゃんのこと…」
「…日菜、ごめんなさい…ごめんなさい…」
なんで?なんでお姉ちゃんが謝るの?いったいどういうこと?…わかんない、わかんないよ。…でも、お姉ちゃんを連れて家に帰らなきゃ。ずっとここにいるわけにもいかないし。
〜〜〜〜〜
「掃除しにきたはいいけど、外が雨じゃあなんかやる気でないね〜」
「ほとんど掃除も終わってるんだけどな」
俺と結花は久々に事務所に顔を出し、俺の部屋の掃除をしていた。…あ、結花は仕事してるから久々なのは俺だけか。俺の部屋の掃除も定期的に結花がやってくれていたようで、そんなに時間をかけずに済みそうだ。ふと結花の方を見ると、結花は手を止めてどこか暗そうな顔をしていた。
「…ねぇ、紗夜大丈夫かな?」
「…さぁな。顔を合わせてない俺たちにできることなんて何もないだろ」
「そうだけどさ…」
「友希那が気にかけてるんだ。話を聞くなり助言するなりしてるだろ」
「うん…」
友希那は元から優しい人だ。Roseliaができてからその部分が表れるようになってきてる。紗夜のことも友希那が力になるだろう。…それでも解決まではいかないだろうな。きっとこの件の中心に友希那がいるわけじゃないだろうから。
「…はぁ。そんな調子でいられてもな。結花休憩にするぞ。飲み物は何がいい?」
「えっとー、雄弥と同じやつで」
「なら紅茶だな」
「ほんと好きだよね〜」
「気がついたら増えてるからな。どんどん使わないと減らないんだよ」
「あー、差し入れで貰っちゃうんだね」
「そういうことだ」
ハーブティーでいいか。少しは気持ちも安らぐだろうし、今一番多いのハーブティーだし。
二人分のハーブティーを作り、持ってきていたリサのクッキーも出して結花と休憩する。相変わらずリサが作るクッキーは上手い。気持ちを休ませるにはもってこいだ。リラックス効果でもあるのか?
「…この部屋、何か足りないと思ったらベースがないね」
「今は家に置いてあるからな」
「ベースの調子はどう?」
「現状維持で手一杯だな。…今までの音を取り戻せるかはわからないが」
「そっか…。有名になりすぎるのも考えものだね。ライブで感覚を取り戻すなんてことができないから」
「そうだな」
ところで今日はこのあとずっと雨が降るのか?友希那のやつ傘持っていってたっけな…。まぁリサが持ってるだろうから二人で一緒に帰ってくるとは思うが、練習時間によっては結花と一緒にスタジオに行くのもありか。
紅茶のおかわりでも作ろうと席を立ったところで部屋のドアが勢いよく開けられた。そちらを向くと雨でびしょ濡れになった日菜がいて、俺と目が合った途端抱きついてきた。…涙を流しながら。
「日菜…」
「ユウくん…ユウくん!……あたし、あたし…うぅ、おねぇちゃ…」
「話はちゃんと聞くから。今は泣きたいだけ泣け」
「うぅ、うあああーー」
「結花」
「うん」
結花からタオルを受け取り、日菜を受け止めながら優しく髪を拭くことにした。結花は地下の浴場の湯を沸かしにいき、設定を終えたら戻ってきて日菜の体を拭いていた。
「…いきなりごめんね。ユウくん」
「気にするな。とりあえず風呂に入ってこい。風邪引くぞ」
「ありがとう…でも…」
「話は聞くから」
「あ、じゃあ私が日菜と一緒にお風呂入って、その時に話を聞くよ。さっき『お姉ちゃん』って言ってたから、雄弥は紗夜に会ってあげて」
「…日菜はそれでいいか?」
「……うん」
結花が走って自分の部屋に行き、二人分の着替えを取って戻ってきたら日菜の手を引いて地下へと向かっていった。俺はそれを見送ってから紗夜を探しに行くことにしたのだが…。
「どこにいるんだろうな…。連絡取れればいいんだが…」
〜〜〜〜〜
体を洗ってから結花ちゃんと一緒に湯船に浸かった。結花ちゃんは何も言わずにあたしのすぐ隣にいてくれてる。あたしのタイミングで話させてくれるみたい。
「…お姉ちゃんとね、喧嘩したの」
「え?日菜が!?」
「うん。…あたし、知らない間にいっぱいお姉ちゃんを傷つけてきてたみたいなの。あたしがギター始めたのも、お姉ちゃんからしたら苦痛だったみたい…」
「それは…」
「お姉ちゃんね、この前あたしの演奏を聞いてくれたんだ。あたしがお願いして、一緒にライブ映像見たんだけど、それがダメだったみたい。そのせいでお姉ちゃんね…自分のギターの評価下げちゃったんだ」
「…そっか」
「お姉ちゃん、前に約束してくれたんだよ?あたし達はお互いがきっかけだから勝手にギターやめたりしないって。…あたし、お姉ちゃんのギターを聞いて、お姉ちゃんの音が好きでギター始めたんだ。今のお姉ちゃんのギターだって、前よりも楽しそうなのに…」
あたしは膝を抱えるようにして座りながら結花ちゃんにどんどん話していってる。結花ちゃんもやっぱり"お姉ちゃん"なんだね。不思議と話しやすい。
「あたしね、お姉ちゃんにギターやめてほしくない。苦しいなら、辛いなら、全部あたしに押し付けてくれていいから、嫌いになられてもいいから、お姉ちゃんにギターを続けてほしい」
「本当にそうなったら私は怒るけどね?」
「あはは…、結花ちゃんは優しいね。…それでね、あたしはお姉ちゃんに、約束破ってギターをやめようとするお姉ちゃんなんて大ッキライ!って言っちゃって…」
「それで飛び出してきたんだね」
「…うん」
「そっかぁ。…でも、いいんじゃない?」
「へ?」
予想外のことを言われて顔を上げたら、結花ちゃんは優しく微笑みながらあたしを包んでくれた。ゆっくりと髪を撫でられて、あたしは気持ちが安らぐのがわかった。
「今回のことで紗夜は抱えてたことを全て日菜に話すことができた。日菜をそれを知って、日菜の想いを全て紗夜に話せた。喧嘩して飛び出してきちゃったけど、それでもいいんだよ。だって、あとは仲直りしたらいいんだから」
「仲直り、できるかな?」
「できるよ。日菜は紗夜のこと大好きなわけだし。紗夜は日菜のこと避けてるけど、日菜のこと好きだって想いもあるんだから。私と雄弥が間を取り持つからさ。紗夜ともう一回話そ?」
「…うん」
のぼせる前にお風呂をあがって、結花ちゃんが用意してくれた服を借りた。ユウくんがお姉ちゃんと話してくれてるけど、…お姉ちゃんと仲直りしなきゃ。
〜〜〜〜〜
(日菜…日菜…どこにいるの?)
日菜と家に帰って私は今まで自分の胸に抑え込んでいた思いを全て日菜に告白した。日菜から逃げ続けていたことを、日菜にコンプレックスを抱いて憎んでいたことを、日菜の演奏を聞いて自分の音が嫌いになったことを、全て、全て話した。
「私が…私のギターが…楽しそうだった?…そんなわけ…」
「あるんじゃないか?」
「っ!?雄弥くん?…なぜ」
「だいぶ探したぞ。連絡がつけばよかったんだがな」
「ごめんなさい。思わず家を飛び出したから携帯を持ってなくて」
「いやいい。…日菜が来たぞ?日菜が泣いてるとこなんて初めて見たが何があった?」
「日菜が?……全て話します」
落ち着ける場所に移動して、私は今までの不調も、その原因も、そして日菜と何があったのかも全て話した。どうやら私の不調は湊さんから聞いていたようで、雄弥くんは合点がいったという風に納得していた。
「それで日菜があれだけ泣いてたのか」
「…私は…最低ですね」
「そうか?」
「っ!だって!あれだけ側にいようとしてくれている妹を拒絶して!傷つけて!泣かせてるのよ!?」
「それでも紗夜は最低じゃないだろ。もし紗夜が最低なら今
「……!」
「それだけ苦しんでるんだ。それは真剣に向き合ってる証だろ。なら最低なわけないじゃないか」
本当に、姉弟…ですね。湊さんと同じこと言ってくるだなんて。私が俯いていると雄弥くんに私の肩に手を回しされて引き寄せられた。私はそのまま甘えることを選んで雄弥くんの肩に頭を置いた。
「私は…どうしたらいいの?」
「紗夜はどうしたらいいと思う?何もわからないわけじゃないだろ?」
「わかってしまうのね。……日菜に謝りたい。あの子に謝って、また新たに約束を作るわ」
「なら今から会いに行くぞ」
「え?」
「やることはそれで十分だ。だからあとは日菜に会って話すだけでいい。俺と結花が仲立ちはしてやる」
私は雄弥くんに手を引かれるままに歩いた。これから日菜に会うために。
〜〜〜〜〜
「日菜…」
「お姉ちゃん…」
「じゃ、あとはお二人でどうぞー。私達邪魔者は退散するから」
「…俺の部屋なんだがな」
「気にしない気にしない☆」
雄弥くんの背中を藤森さんが押しながら部屋から出ていった。今は私と日菜の二人しかいない。…私から話し出さないといけない。
「日菜、ごめんなさい」
「ううん。あたしの方が悪いんだよ!ごめんなさい!」
「あなたが謝ることなんて何一つないわ!…私がいけないのよ。あなたはいつも私を追い越して先に行くのに、立ち止まって私を待って、時には傘をさして守ろうとしてくれた。私はそれに甘えていたのね。…でも…あなたとの約束も、短冊に書いた願い事も…どちらも違えてはいけないことだわ」
「…!!」
「私はあなたが常に先にいることを受け入れられる程できた人間ではないわ。でも…いつか…いつか必ずあなたの隣を一緒に歩いていられるように…『つまらない音』を引き続けようと思うわ。そして、自分の音に誇りを持てるように」
「お姉ちゃん!」
「…いつも先に行くわよね。でも、必ずあなたの所へ行くから、もう少しだけ待っていて」
「うん…うん!約束だよ!」
「ええ。約束」
私たちは幼い頃にしていたように指切りをした。その後日菜に飛びつかれて、私は日菜をあやすことにした。…それを藤森さんと雄弥くんに見られた時は恥ずかしかったわ。
〜〜〜〜〜
「…そう。結局あなた達の力を借りてしまったわね」
「ま、日菜が来たからな」
「けど友希那も結構紗夜の背中押してたみたいじゃん?」
「そんなことないわ。思ったことをいっただけよ」
「どう受け取るかは紗夜次第だ。ちなみに、紗夜から湊さんに感謝していると伝えてほしいと言われたぞ」
…本当に大したこともできてないのだけれど。でも、そうね。紗夜がそう言うのなら素直に受け取っておきましょう。…明日の連絡前にも言われそうだけど。
「…それでさ、友希那」
「どうしたの?結花」
「私って、友希那の重荷になってない?」
「なってるわよ?」
「え。えぇ!?なってるの!?」
「否定してほしかったの?」
「いや、けど…あの…」
雄弥が呆れたようにしている横で、結花があたふたしていた。私はそれがおかしくって思わず笑ってしまった。そしたら結花が頬を膨らませて怒ってしまった。
「もう、友希那!」
「ふふっ、ごめんなさい。…重荷といえば重荷なのは事実よ。でも、そんなの気にすることじゃないわ。そうね、言うなればちょうどいい重さかしら」
「あはは!なにそれ!…でも、ありがとう☆」
「どういたしまして」