夏休みに入った七月末。
最近購入したマウンテンバイクを走らせ、俺は神高に向かう。
神高の裏門に到着したが、待ち合わせ場所はここじゃない。回るか。
俺はグラウンド外の道を自転車を走らせながらグラウンドを横目に思わず苦笑をこぼす。
夏服を着た生徒達が学年問わず大道具を組み立てているのだ。理由はカンヤ祭。
文化祭が活発なこの学校は十月初旬から開催されるカンヤ祭の準備を今から行っているのだ。聞こえてくるのは生徒達の話し合いの声、それをバックにエレキギターや吹奏楽の音色……。校舎の中では、きっと遠垣内や晴香、桜をもがカンヤ祭に向けて準備を進めているだろう。
とは言ったものの、俺がわざわざ私服で学校に訪れるのも、カンヤ祭関連だ。
半月前、文集《氷菓》を発見し、関谷純の影をつかむことには成功したが、関谷純について書かれている《創刊号》のみが見つからなかった。
千反田は三十三年前の出来事を調べたいと俺と奉太郎に言ってきたが、本気で過去を探るとなると、頭も手も足も何もかもが足りない。千反田の気持ちもわかるが、里志や伊原の助力を求めるように千反田を説得。《パイナップルサンド》の時とは違い案外すぐに受け入れてくれた。なんなんだ、一体。ま、女心となんとやらとも言うしな。
ちょっと違うか?
とにかく、その後俺たちは千反田からの緊急招集を受け、一度話し合いの場を設けた。千反田の伯父のことを里志と伊原に話すと二人は
「この表紙興味をそそるわね。絵解きができたら漫研の原稿にもなりそうね」
と伊原。
「偽りの英雄譚。それを三十三年後の後輩が解く…実にミステリアスだよ!」
と里志。
結果千反田の伯父のことを調べ、それを文集のネタにしようという一石二鳥の奉太郎からの省エネ案で満場一致。俺たち古典部は千反田家にてこの夏休み期間で調べた結果を発表する検討会に出席する。
正門まで辿り着いた俺は先に到着していた奉太郎の近くに自転車を止める。奉太郎と短く挨拶を交わすと、口を開く。
「うっす、里志は?」
「まだだ、詰まるところ手芸部でなんかあったんだろ」
「あれ?里志って囲碁部じゃ」
「それは仮入部で行っていたな。本入部したのは古典部と手芸部だ」
「あいつもカンヤ祭の波に乗っかってんだな」
しばらく無言のまま、エネルギー溢れる生徒諸君の姿を見ていると、昇降口から一人小走りでこちらに向かってくる姿が見えた。
「ごっめーん!まったー!?」
中庭でアカペラの発音練習をしていた連中が、里志の気色の悪い声にギョッとして振り向く。
なんだ……あいつ……。
奉太郎はこちらに寄ってきた里志にカウンター気味に蹴りを入れた。
「うわっ!なんだよホータロー、物騒だな」
「やかましい。お前に羞恥心とか公序良俗の維持観念はないのか」
「悪いね二人とも、手芸部のミーティングが長引いてさ」
「手芸部は文化祭何やるんだ?」
「
それはそれは……、ご苦労なこった。
「それよりお前ら、資料は用意できたか?」
奉太郎が俺たちの掛け合いを見たあとに口を開く。
「もうバッチリさ。データベースを舐めないでよ。」
「持ってきたけどあんま期待すんなよ。こういうのは慣れてない」
「ハル、それは保険かい?」
「るせぇ……」
奉太郎が言ってた里志はたまに無礼というのは本当みたいだな。
その後自転車で川沿いの道を遡り、市街地に入ってそこを抜ける。何度か交差点を通り過ぎると、いつの間にか周りは畑だらけだ。
人通りも少なそうなので俺たちは自転車の速度をあげる。
俺たちはしばし並走。仲良しかよ……。
まぁ三人並走なんてよっぽど道が広くない限りできないし、言ってしまえばそれほどまでに今俺達が走っている場所はのどかだ。
すると、奉太郎が口を開く。
「里志、お前は楽しそうだな」
「そりゃ楽しいさ。サイクリングは僕の趣味の一つ……青い空、白い雲、広がる土地!これほどまでの快感はそうそうないよ。」
「違う、お前の高校生活全般の話だ」
「あぁ、《色》の話ね。ちょうどここには三色揃ってるじゃないか」
「学校生活に花を求める…《薔薇色》のぼく。」
「薔薇が育たない土壌を持つ…《灰色》のホータロー。」
「そして、何者にも染まらず、何者も染めない…オールラウンダーの《無色》のハル」
そういった後里志は一息置き、続けた。
「けどね、僕はそれでいいと思うよ。それは《個性》さ。前にハルも言った通り、人に言われたからって気にするものじゃない。僕はホータローを貶めようとして《灰色》と言ったわけじゃないんだよ。君の個性を言っただけさ」
個性……ね。違いない。人に趣味を馬鹿にされようが、性格を馬鹿にされようが、それは犬が吠えてるようなものだ。放っておけばいい。
個性は変えることのできない……絶対的な領域なのだから。
「だから僕は、人を貶める時は、
む……?
「それは俺を
今まで黙って聞いていたが、さすがの俺も口を開く。
すると里志は心外だという風に首を振りながら答える。
「まさか!僕のいう《無色》と君の個性の《無色》は別物さ。君は何にだってなれるんだろ?でも……何者にもなれないやつだっているだ。個性を持たない、自分を持たない人間もね」
自分を持たない人間か……、そんな奴がいるのだろうか?
「ほら二人とも見えてきたよ!千反田邸だ!」
突然明るくなった声に俺と奉太郎は顔を上げる。広大な田圃の中に立つ千反田邸は、お屋敷と呼ぶに相応しいほどの大きさだ。
「すごいな……」
「同じ感想だ」
自転車から降りて小言をぼやく俺と奉太郎に、里志は口を開いた。
「どうだい?見事なもんだろ!?」
いや、お前の家じゃないだろ。さて、お屋敷鑑賞会はこれくらいにしよう。約束の時間……ちょっと過ぎてるしな。
「さぁ行こうぜハル、里志」
「あぁ……そうだね、少し待ってよホータロー」
「なんだ」
「使用人が迎えてくれそうじゃないか?」
馬鹿な事をいう里志を俺と奉太郎は無視して門を潜り、玄関のベルを鳴らす。なんか緊張するぜ……。
「はぁい!お待ちしていました、みなさん!もう伊原さんは来てますよ。」
出てきたのは千反田。髪型は学校と同じでくくらず流したままで、純白のワンピースが良く似合う。
使用人が出てこなかったのが不満だったのか、里志の小さな舌打ちが聞こえる……。気のせいということにしておこう。
「自転車、どこに置きました?」
「あ、駐輪場あった?」
「いえ、置く場所はどこでもいいんですが」
『『『なぜ聞いた!!』』』
案内されたのは縁側に沿ってある、障子で仕切られた部屋。風がよく通り涼しそうだ。
「あんた達、遅かったわね」
伊原は先に来ていた。
おぉ、こりゃ随分とイライラしてたんだな。冗談でも「美容の大敵だぞ」なんて口が滑っても言えない。
「適当なところに座ってください」
そう促された俺は真ん中に鎮座する机の伊原の真正面に座る。それに続き、奉太郎が俺の横に、里志が伊原の横に、千反田がホスト席だ。
リュックサックから検討会の資料を取り出し、ペンケースも同時に机に置く。クルクルとペンを回している俺の指を千反田がずっと見ていたが……、ピタッとそれを止めると、ハッと我に返ったような顔をする。
「それじゃ揃ったところで始めてくれ、千反田」
奉太郎のボヤきに千反田は大きく頷き、口を開いた。
「それでは始めましょうか、検討会」
俺たちは、誰にともなく礼をした。
次回《伝統ある古典部の推測