「始めましょうか、検討会」
俺たちは、誰にともなく礼をした。
「今回の会議の目的を確認しておきます。発端は私の私的な思い出……。そして、《氷菓》の発見により伯父が《氷菓》を書いたとされる三十三年前に神山高校で起こった出来事が、私の思い出に関係あるのではないのかというのが分かりました。会議の目的は三十三年前に何があったのかの推測……真実が分かり次第、今年の《氷菓》の案にもこれを載せるというわけです」
こりゃ下手くそな教師より説明が上手い。流石は学年トップレベルの女……恐るべし。
「そして夏休みに入って一週間、それぞれが資料の準備をして頂けたとおもいます。それぞれの調査結果を報告、そこから推定される三十三年前の出来事を発表してもらいます」
この話はもう三度目だ、流石に聞き逃す愚か者は。
俺はチラッと周りを見ると、横に平常心を保とうにも少しばかり頬が引きつっている奉太郎の姿があった。
いたよ、愚か者が……。
ま、こいつなら俺達の推測を繋ぎ合わせて、誰もが驚愕する素晴らしい推理をしてくれるはずだ。俺は自分の役割、そして推測に徹底しよう。
「まずはそれぞれの資料の配布、次にそれの質問、次に仮説……この順番で検討会を始めましょう。それでは最初の人……」
千反田はひと呼吸おき
「誰にしましょう?」
「だぁっ!!」っと俺たち四人は自然によろける。司会進行は上手いのに、妙なところでつまづくんだよなぁ……。
「千反田、お前からいけ。」
奉太郎の言葉に千反田は頷くと、口を開く。
「はい、では私から時計回りにしましょう」
千反田から渡された資料を一枚取り、奉太郎に回す。
これは……《氷菓 第二号》の序文か。ほう、《氷菓》自体に目を付けたってわけか。
全員に資料が行き渡ったことを確認し、千反田の報告が始まる。
その前に、《氷菓》の序文をもう一度確認しよう。
今年もまた文化祭がやって来た。
関谷先輩が去ってから、もう一年になる。
この一年で、先輩は英雄になり、そして伝説となった。文化祭は今年も五日間盛大に行われる。
しかし、伝説に沸く校舎の片隅で、これを書いている私は思うのだ。十年後、二十年後、誰があの静かなる闘志、優しい英雄のことを覚えているのだろうか。
争いも、犠牲も、先輩の微笑みさえも、すべては時の彼方に流されていく。
いや、その方がいい。覚えていてはならない。なぜならあれは
友に裏切られた先輩は、英雄として語り継がれてはならない。
すべては主観性を失って、歴史的遠近法の中で古典になっていく。
いつの日か、現在の私達も、未来の誰かの古典となるだろう。
一九六八年。十月十三日、郡山養子
「私が調べたのは《氷菓》そのものです。他のバックナンバーも調べたのですが三十三年前の出来事について書かれているのはこの序文のみでした。ですので、この序文で推測出来るものをまとめたのがこちらの資料になります」
再び資料が配布される。
一、「先輩」が去ったこと
二、「先輩」は三十三年前の時点で英雄、三十二年前には伝説?だったこと
三、「先輩」は「静かな闘志」、「優しい英雄」だったこと
四、「先輩」が《氷菓》を命名したこと
五、争いと犠牲があったこと
六、「先輩」は友に裏切られたこと
「まず一ですが、《先輩》、以下伯父は、神山高校を中退……。最終学歴は中卒ということになっています。」
なるほど、《去った》という言葉を中退と受け取ったのか。もちろん、ここにいる誰もがそれは思っていた事だろうが。
「次に二に関してはこれは時間経過で話が大袈裟になるという一般的現象を示していると思われます。三は面白いですね、伯父が優しかったり静かだったりするのはともかくとして、《英雄》で《闘志》なのが分かります。これは《何か》と戦ったからでしょう。これは五とも合致します……。争いがあり、伯父は犠牲になったんです。そして六、友に裏切られた。どこで、どうして裏切られたのかことの経緯は分かりませんが……、先程私が言った《何か》側に伯父の友人は寝返った、ということでしょう。四は気になりますが……当時の問題ではないので、私の報告はこれが以上です」
うわぁ……ハードル上がったなこりゃ。
さて、次は質問だが、俺は特にないな。文句のつけようがない。
しかし、目の前の伊原が口を開く。
「あのさ『あれは英雄譚などでは決してなかった』ってとこを、すっぱり無視したのはなんで?」
「そこは書き手の心情ですから、英雄譚であるかは個人の主観です」
「それにさ」
次は里志か。
「英雄譚なんてかっこいいものじゃなくて、もっと泥臭い戦いだったよっていう意味なんじゃないかな?つまりさ、千反田さんの言い分はあってるよ。書き手の主観だっていう話さ」
「確かに、考えてみればそうかもしれないわね」
伊原は納得したようだ。そのほかに質問はでず、仮説へ移る。
「では仮説を発表します。伯父は何かと争っていました。そして、高校を中退……確定ではありませんが、この戦いこそが伯父が中退を余儀なくされたと考えるのが妥当ではないのでしょうか?ここでもう一つ、『もう一年になる』という部分です。つまり、伯父が退学したのはカンヤ祭の一年前……やはりカンヤ祭の時期です。みなさんは、文化祭荒らしというものを知っていますか?」
文化祭荒らし?読んで字のごとくって感じだな。
「システムには必ずシステムに対抗する存在が組み込まれていると聞きます。文化祭や体育祭、卒業式など、いわゆる年間行事に反発を覚える方がいらっしゃっても、普遍的なことです。そしてもう一つ、神山高校生徒帳の二十四ページをご覧下さい」
は?生徒帳?もちろん出す奴はいない。当たり前だろ……生徒帳を普段から持ち歩く奴がいるか。
「生憎誰も持ってないぜ」
俺の言葉に一同頷く。
「もしかして……、皆さんこれって持ち歩かないものなんですか?あ、いえ、ええっとですね。こう書いてあるんです。『暴力行為は厳禁』する。つまり、伯父の年のカンヤ祭は不幸にも文化祭荒らしの標的になってしまいました。伯父はそれに暴力的行使で対抗……結果的に伯父は英雄となりましたが、その責任を負って学校を追われたんです」
「却下だね」
「悪いな千反田」
奉太郎と里志が同時と言っていいほどに口を開いた。ほう……なんでだろ?
「駄目ですか?理由を教えてください」
二方向から否定されたのにも関わらず、千反田の声質は変わらない。なるほど、今回の検討会の最も重要な点は自分の主張を貫き通すと言う事ではなく、あくまで三十三年前の事件の真相を掴むこと。
その為にはほかの人間の意見、つまり客観性を取り込む必要がある。人間はみな、同じ心を持っているわけではないのだから。
奉太郎と千反田……、この二人がいい例だ。
「システムには対抗と言っていたが、そもそもお前の文化祭荒らしの仮説だと、システムそのものが出来上がらない。お前はこの前カンヤ祭では模擬店は行われないと言っていたな?金が動かないんじゃ、文化祭を荒らす価値はないんじゃないか?」
模擬店が禁止?へぇ、それは初めて聞いたな。模擬店がないってのに、カンヤ祭は毎年人気なのか。すげぇな。
「確かに、それだと文化祭荒らしの目的というシステムが出来上がらない。奉太郎に一票」
俺は人差し指を上げながら言うと、千反田は納得出来ない様子で口を開いた。
「ですが、それは可能性の話でしょう?」
「というと?」
「確かにお金関連の文化祭荒らしというのはよく聞く話ですが、そうでもない方も有意なぐらいにはいらっしゃると思います。私には理解出来ませんが、人が盛り上がっている雰囲気を壊したいと思う方もいます」
俺と奉太郎が何も言い返せません。と言う様な顔をしたあと、里志は笑う。
「情けないなぁ、古典部の探偵役の二人が……。いくら何でもそんなんじゃ千反田さんは納得いかないでしょ」
「じゃ、じゃぁ里志、お前の却下って言うのはなんなんだよ。」
里志はわざとらしい咳払いのあと、答える。
「三十三年前に
「どういう事だ、里志」
奉太郎が先を促す。
「三十三年前、一九六〇年代って言えば分かるかな?学生運動さ」
学生運動?生憎、俺はその手のは苦手だ。ここは意見をせずに話が進むのを待とう。
「千反田さんの仮説に出てきた高校生の暴力行為は、その時代にはほとんど見られないんだ。それはそうだよね、喧嘩したいなら体制側でも反体制側でも相手に事欠かなかった時期に、何が悲しくて不満のはけ口を探すような真似をするのさ。言ってしまえばブームじゃない」
なるほど、わからん。
だが、里志のいう知識はデタラメもあるが、わざわざこの場でジョークをいう必要も無い。それは真実なのだろう。
とにかく時代背景を考えてなかったのは、盲点だよな。
「なるほど…時代背景には手が回りませんでした。さすが福部さんです。」
里志は首をすくめる。なんだその軽いドヤ顔……。
「では、次は伊原さんですね。お願いします。」
すると伊原は顔の前で手を合わせて口を開く。
「ごめんちーちゃん。私の仮説と推測だと、ちーちゃんの案は否定されるの」
「いいんじゃねぇか?これはあくまで推測だ。真実じゃない。むしろ一つの案で真実と確定するのはよくないからな、否定案が出るのはいいことだろ」
俺の言葉に千反田も頷く。
「そうですね、私の案は一時却下ということにしましょう」
伊原から配られた資料はなんらかのコピーか、なになに……
つまり我々は常に大衆的であり、またそれ故に反官僚主義な自主性を維持し続けるのである。決して反動勢力の横暴ごときに屈しない。
昨年の六月斗争を例に引いても、古典部部長関谷純君の英雄的な指導に支えられた我々の果敢なる実行主義によって、算を乱し色を失った権力主義者どもの無様な姿は記憶に新しいところであろう。
関谷純について書かれてるな。これはなんだ?
「これ、漫研の昔の文集を漁っていたら出てきたの。《団結と祝砲 第一号》。発行は《氷菓 第二号》と同じ三十二年前。その時期に漫研はなかったんだけど、本と本の間に紛れ込んでるのを見つけたの。凄いでしょ?」
「じゃぁまずは資料を説明するね。まず、《我々》が反動勢力の弾圧を受けたこと。前の年の六月にトソウがあったこと。関谷純って人が指導をしたこと。ちーちゃんの叔父さんね。そして、その指導で実行主義ってのをやって、権力主義者が困ったこと」
六月、か。文化祭が行われるのは十月。関谷純が退学したのが文化祭の時期だと考えると、ズレが出てるよな。これが千反田の案との矛盾点か。あと……
斗争?トソウって読むのか?トソウってなんだ?塗装、違う。土葬、これも違うよな。
「トソウってなんだ?」
俺が口を開く前に奉太郎が質問した。里志は待ってましたと言わんばかりの顔と声で、気前よく答える。
「ホータロー、これはトソウじゃなくて、トウソウ。闘う、争うの闘争。いわゆるこの時代のファッションさ。斗という字は三十年ほど前に流行った略字なんだよ」
へぇ……色んな字があるんだな。こういう時はメモをした方がいいのだろうか?ま、取り敢えずノートも広げてるし、書いとくか。
斗争……っと
「へぇ、ハル。メモするなんて随分真面目じゃないか」
「からかうなよ…折角持ってきたノートを使わない訳にはいかんだろ」
「では、他に質問はありませんか?」
千反田がそう言うと、もう質問は出てこなかった。次は仮説か。
「この文から見ると、我々は実行主義で算を乱させたのよね。その結果として、関谷純は退学となった。なぜ退学する事になったのか、それはこれが原因ね。反動勢力、これは学校でいう《教師》のことを指すと思うの。つまり……」
伊原は正面の俺に向かって、腕をめいっぱい伸ばし、拳を突き立てた。もちろん当たってはいないが。
「ボコん……とね。これはちーちゃんの案に近しいとこかも。殴ったのかは分からないけど、それに近しい事を関谷純率いる我々は、教師陣に起こした。結果的に退学に追い込まれたってわけ」
「もどかしいな」
「もどかしいです」
司会者の千反田と、拳を突き立てられたままの俺は、ほぼ同時に呟いた。
「なにが?」
俺は頷き、答える。
「お前の主旨だと、教師達は生徒の不利益になるようなことをしたってわけだろ?だから立ち向かった。これは分かったぜ?だが、教師陣が生徒から殴られるまでの行為を強要するのは、おかしい話だ。実際に関谷純は退学になってるんだぜ。つまり、暴力は神高において、それくらいリスキーなんだよ」
奉太郎が頷き、言った。
「抽象的すぎるのさ。これ以上は読み取りようもないけどな」
「まぁたしかに具体的かって言われれば返しようがないけど……」
しかし、伊原は折れない。
「で?矛盾はあった?」
どうやら伊原は千反田よりは自説を守る気があるらしい。だが、残念ながら俺と奉太郎は気付いている。
「「あるぜ」」
俺は奉太郎に手を向けて、譲る。奉太郎は一度ため息をついたあと、口を開いた。
「簡単なことさ、お前は千反田の説を、
「けど、《氷菓》には『もう一年になる』としか書いてないわ。事件は六月、退学も六月、文化祭は十月。どうしても無理があるって言うほどの話じゃないと思うけど」
いや……四ヶ月はでかい。俺が意見をしようか迷っている間に、千反田と里志が先に口を開く。
「私は、無視出来ない数字だと思います」
「右と同じ。文化祭をもってもう一年って言ってるんだから、関谷純の退学は十月と考えるのが妥当だろうね。まぁ実際に六月の事件にも関谷純さんが関わっているのは分かったから、無視できない事変ではあるけども」
四対一、流石の伊原も軽く頷き、唇を尖らせながら言った。
「むー。細かい性格してるよね、みんな」
伊原にしては可愛らしい仕草だったので、皆の顔が少し緩む。里志が伸びをしながら答えた。
「うーん、でもいい線は言ってたと思うよ」
「そうですね。抜本的な見直しは必要ないでしょう」
俺と奉太郎も頷く。正直少ない資料の中でここまで推測出来るのは大したものだ。《氷菓》と《団結と祝砲》……この二つの文集から読み取れることは伊原の仮説で限界だろう。
伊原が少量しか《団結と祝砲》から切り抜かなかったのも、他に決定打となる案がなかったのだ。さて次は
「次は男子組ね、南雲と折木は私の案を完全否定したんだから、いい案を期待してるわよ」
悪そうな顔してんなぁ。またハードル上がっちまったよ。
順番的には……里志、奉太郎、最後に俺か。
「じゃぁ次は福部さん。よろしくお願いします!」
千反田の声と同時に、俺たちに里志から資料が配られた。
後半戦開始……って言ったところか。
次回《伝統ある古典部の推理