氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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第十一話 伝統ある古典部の推理 承転(しょうてん)

 里志から配られた資料はあの遠垣内率いる壁新聞部の新聞《神山月報》のバックナンバーだった。へぇ、三十三年前にも壁新聞部はあったのか。発行年は一九六九年……、関谷純が神山を去った二年後だな。ちょっと読んでみるか。

 

 

 伝説的な一昨年の運動では、決して暴力は振るわれなかった。全学があれほど怒りに燃えたっても、我々は団結を崩すことなく、最期まで非暴力的不服従を貫いたのだ。

 これは我々が誇るべことであるし、その精神は伝統として受け継がれていくであろう。

 

 

 伝説的運動ってのは、伊原の資料で出てきた六月斗争のことか。

 

「あ、そうだ。言い忘れてだけど、僕の資料で摩耶花と千反田さんの説は部分否定されるよ」

 

 言い忘れてたけどね、絶対嘘だろこいつ。

 伊原が何とも不愉快そうな顔をしているが怖いから、無視しよう。

 

「僕が調べたのは壁新聞部が発行している《神山月報》のバックナンバーさ。図書室の書庫に眠ってるのを見つけたから放課後の無聊(ぶりよう)を慰めるついでに読んでみたんだ。けど、三十三年前の《事件》そのものについて触れられてる資料はなかったんだよね。んで、これがまとめ」

 

 〇事件では暴力は振るわれなかった。

 〇事件は全学に影響するものだった。

 〇事件の最中《我々》は団結した。

 〇事件では()()()()()()()が行われた。

 

 非暴力的不服従、ね。これが伊原の説を否定する要因だろうな。

 

「報告は以上。質問はあるかい?」

 

 質問はでない。

 

「では仮説をお願いします」

 

 千反田が促すと、里志は苦笑しながら答えた。

 

「千反田さん、議事を乱すつもりは無いけど……これじゃぁ仮説は出ないよ。自分で探してきて言うのもなんだけど、この程度のコラム記事じゃねぇ。摩耶花の説を修正するくらいが関の山さ。それに」

 

 俺は心の中で呟いた。データーベースは……

 

「データーベースは結論を出せないんだ」

 

 だろ?

 

「では、折木さん。お願いします」

 

 さて、次は奉太郎だが……

 

「なんだよ」

 

 奉太郎は少し悩んだあと、俺の方を向いて口を開いた。

 

「悪いがハル、先に頼む。俺はまだ考えがまとまっとらん」

「わかりました。では南雲さん、お願いします」

 

 ま、こうなる気なしてたよ。時間稼いでやるからせいぜいいい案頼むぜ。

 アイコンタクトを送った俺は、奉太郎の頷きと共にクリアファイルから三枚のホチキス止めした資料を配る。

 

 なんだその、『お前にしてはやるな』みたいな顔は。

 失礼な奴らだな……。

 

 俺はフゥっと息を漏らし、口を開く。

 

「俺が持ってきた資料をホチキス止めの上から説明する。まず一枚目は、三十三年前の年間行事予定表。俺達も今年の四月に貰ったよな。二枚目、三枚目は、これは里志と似ているが保護者用の《神高新聞》のバックナンバーだ。これは月終わりに生徒に配られ、その月に起こった出来事が明確に記されている。関谷純が去った月の十月と、前の月の九月のを持ってきた」

 

 全員が俺の資料を興味深く眺める。そして、奉太郎が言った。

 

「ハル、年間行事予定表と保護者用の新聞のバックナンバーなんて、どこで手に入れた?」

 

 俺は少しだけ苦い顔をする。とりあえず、濁すとしよう。

 

「まぁ、アテがあんだよ。そんなことより、まずは見て欲しいのは年間行事予定表だ。十月の一日から二日にかけて、文化祭が行われる事が書かれている」

 

 そういった途端に、少し場に落ち着かない雰囲気が漂った。そう、カンヤ祭は普通五日間によって開催される。

 なのに三十三年前の年間行事予定表には、一日から二日までにしか文化祭期間が書かれていない。俺は続ける。

 

「次、年間行事予定表の九月二十三日。学力状況調査。資料はないが、年間行事予定表の前年以下のバックナンバーを見たら、この時期に学力状況調査はされていない。つまりこの年から始まったと考えるのが妥当だろう。そして、保護者用神高新聞九月号。これを見た限りだと二十三日の学力状況調査は行われていない。なぜ行われなかったのかは、仮説で説明する。次だ。ページをめくってくれ、保護者用神高新聞十月号、年間行事予定表には一日から二日と記されていた文化祭が、一日から五日に変わっている。まぁ、年間行事が変わるなんてよくある話だが、学力状況調査の中止と、文化祭の延長、似た時期に二つもってなるとおかしいよな。資料説明は以上だ。質問はあるか?」

 

 ガタっ!!!と勢いよく伊原と里志……、そして千反田までもが手を上げる。おいおいら司会者。

 

「じゃぁ千反田、どうぞ」

「はい!九月の学力状況調査、これに目をつけたのは何故ですか?」

 

 他の二人、奉太郎も含めて軽く頷いた。やっぱ一番気になるのはこれだよな。

 

「考えれば分かる話さ。文化祭はここらの高校ではそれなりに有名で活気のある文化祭。いわば神高の十八番なんだろ?今だってそうさ、まだ二ヶ月近くあるカンヤ祭の準備をもう行ってる部活動だって少なくはない。それなのに、文化祭の開催日の一週間前に学力状況調査なんてふざけてるとは思わないか?」

「確かに、まるで、カンヤ祭を無視してるみたい。」

 

 伊原が呟いたあと、里志が口を開く。

 

「でも、学力状況調査は成績に入らないテストじゃないか。別に勉強をやらなくたってもいいだろう?」

「だとしても……テストと言うからには勉強をする奴は必然的に出てくる。今日の司会者なんかがそうだろ?」

 

 俺が指を指すと、千反田が首を傾げる。みんなが違いない、と言うふうに首を振る。

 この質問はどうやら解決したらしい。

 

「他に質問はありますか?」

 

 千反田が司会者の役に戻り、皆を後押しするが質問はでない。

 

「では、南雲さん。仮説をよろしくお願いします。」

 

 俺は頷き、目の前に広げられている大学ノートから一枚の紙を取り出す。俺はその紙を見ながら口を開いた。

 

「俺の仮説はこうさ。伊原と里志の言葉を借りて、教師陣を《反動勢力》、生徒達を《我々》としよう。反動勢力らは学力を重視しようと文化祭の萎縮を提案した。これで九月の学力状況調査は説明できたんじゃないか?……だが、我々がそれに反発した。これが六月斗争と考えるのが妥当だろう。そして関谷純率いる我々は勝利を収めたが、関谷純は犠牲になり学校をあとにした。関谷純が行ったのが、暴力なのか、非暴力なのかは分からないがな。まぁ里志の持ってきた新聞からして、暴力的行為は行われなかった可能性は高いがな。俺の仮説は以上だ。矛盾点があればどうぞ」

 

 質問はでない。前の三人が詳しく調べすぎて、ある程度仮説は固まってきている証拠だ。……さて

 

 悪いが時間稼ぎはここまでだ。奉太郎、頼むぜ。

 

「それでは折木さん。お願いします。」

 

 全員の視線が奉太郎を向く。そして……《信用できない語り手》は口を開いた。

 

「悪いが、考え違いをしてて仮説は用意してこなかった。だから俺の番は終わりということにして、まとめに入らないか?」

 

 その提案を聞いた里志は意地の悪いニヤケ顔を作り、言った。

 

「なにか、思いついたね」

「人の心を読むな。まぁ一通りの説明はつくだろう」

「わたし」

 

 千反田がポツリと呟く。

 

「私はそうなるんじゃないかって思ってました。もし矛盾がない説得力のある仮説を立てることが出来るなら、それは折木さんだって」

「それか、南雲さん。」

 

 ……付け足しあざす。

 おい里志、伊原、笑うな。

 

「聞かせてください、折木さんの考え」

「そうだね、ぜひ聞こうじゃないか」

「期待しちゃうわね、これまでの経緯からして」

「頼むぜ奉太郎。」

 

 『期待するな』とでも言いたそうな顔で奉太郎は少し考え、言った。

 

「そうだな五W一Hで説明させてもらおう。まずは『いつ』、これは三十三年前。《団結と祝砲》によれば六月、《氷菓》によれば十月だが、今回はどちらの意見も尊重することにする。つまり、事件は六月、関谷純が去ったのは十月だ」

「次に『どこで』、これは神山高校。そして『だれが』、《団結と祝砲》から主役は関谷純、そして《神高月報》から全校生徒も事件に関わっていた」

「『なぜ』、全生徒が立ち上がったんなら、相手は教師陣だ。その理由は『自主性が損なわれたから』、そしてこれまでの経緯から、事件の原因は文化祭にある」

 

 そして、里志が口を開いた。

 

「ハルの予測の文化祭萎縮と繋がってくるね!」

 

 奉太郎は頷き、持っていたショルダーバッグから自分が持ってきた資料を配る。

 

「ハルの年間行事予定表では少し不備がある。これを見てくれ」

 

 これは、《神山高校五十年の歩み》のコピーか?三十三年前の記事だな。

 

「六月を見てくれ。ここでは《文化祭を考える会》が行われている。結論から言うと、ここで生徒達と教師陣が話し合いを行い、十月の文化祭が無事開催されることになったんだと俺は思う。」

 

 資料をマジマジと見ていた俺は質問をする。

 

「でもよ奉太郎。この《文化祭を考える会》ってのがどうして事件によって出来たんだ?たしかに今は行われてなくても、三十三年前には恒例行事の可能性もあるだろ?」

「もう一度資料をよく見てくれ」

 

 俺達四人はもう一度資料を眺める。何が違うってんだ?すると……千反田と伊原が順番に口を開いた。

 

「起こった出来事が箇条書きされている部分の文頭に、丸と四角が書いてありますね」

「わかった!四角が毎年の恒例行事、丸がその年だけに起きたことなんでしょ!?」

 

 奉太郎は二度拍手をしたあと、答える。

 

「あぁ、多分それで間違いないだろうな。だから《文化祭を考える会》には丸のマークがついてる。そして、なぜ三十三年前にこれが行われたのか、生徒からの強い要求があったからだ。じゃぁなぜ生徒は要求をしたのか、答えは《氷菓》にある」

 

 奉太郎は俺たちに序文を見せる。

 

「ここだ、『ちょうど一年で、先輩は英雄から伝説なった。文化祭は今年も五日間盛大に行われる』、ハル、分かるか?この文と箇条書きにされている《文化祭を考える会》の左隣の文を見てくれ。」

「……!まさか」

 

 奉太郎は珍しくニヤッと笑った。

 

「そうだ、三十三年前に校長が変わっている。この校長は学力重視の方針を持ち出したとも記されているな。うちの文化祭は五日間によって開催される。普通の学校の文化祭と比べれば、長いよな。けど、これが俺達の学校のこれが象徴でもある。しかし、この五日間は平日開催だ。校長が学力重視を持ち出しているのなら、ハルの資料を引用すると二日間に萎縮されていても不思議じゃない。だが、それが生徒の反感を買った。それが里志の資料に書いてあった『全学があれほど怒りに燃え立った』だ。これが事件の要因『なぜ』になる」

 

「そして、『どのように』。これは伊原の資料から引用、『古典部部長の関谷純君の英雄的な指導に支えられ』、『果敢なる実行主義』だ。最後に『なにを』。学校側に生徒達は怒ったが、『非暴力的不服従』にのっとり暴力は振るわなかった。だが実際《文化祭を考える会》は開かれているし、文化祭は五日間行われている。つまり、非暴力的で多人数で行う抗議運動……。俺が思いつくのは、授業のボイコット、ハンガーストライキ、デモ行進……そんなとこだろ。学校側は関谷純率いる生徒連合に負けて、話し合いの場を作り、文化祭萎縮を断念した。結果として五日間開催されることになった為、その準備期間として学力状況調査も無くしたんだろうな。だがその代償として関谷純は学校を去ったのさ」

 

 奉太郎は最後に付け足す。

 

「で、なぜ事件と退学時期がズレているのか……。関谷純は運動の中心的存在だった。いわばリーダーさ、そのリーダーを退学にすれば、騒動はますます大きくなる。それを抑えるために文化祭が終わった十月に関谷純を退学にさせた……というわけだ」

 

 説明を終えた奉太郎は小さくため息をついた。

 そして、俺と里志は気の無い拍手をした。

 

「いや、なかなかだったよホータロー、うん。見事だ!」

「やっぱ流石だな、推理作家にでもなった方がいいんじゃないか?」

「まぁ、仮説で一番近かった俺のまとめの骨組みを作ったのはハルだけどな」

 

 いやぁ、照れるなぁ……!

 真正面で伊原が資料を片付け始める。なんだか怒ってるようにも見えたので、俺はギョッとした。なに怖い。

 そして千反田。まるで、サーカスをみた子供の様な顔で奉太郎に言った。

 

「すごい、すごいですよ折木さん!たったこれだけの資料からそこまで読み解いてしまうなんて。」

 

 奉太郎の奴、気色悪い照れ笑いしてんなぁ……。

 つっても、これでやっと千反田の問題は片付いたってわけか。一件落着だな。だが……

 なんだ?この心のもやもやは。

 

「では、今の折木さんの説を軸に、今年度の文集を作っていくことにしましょう。詳しい内容はまた後日ですね。それでは……解散です。お疲れ様でした」

 

 一同、再び礼。

 

 帰る俺たちを玄関先まで千反田が送ってくれた。

 その顔は笑っており、今日の成果に満足してるのが見て取れる。

 

「本当にありがとうございました」

 

 九十度の角度で頭を下げる。

 

「俺だけでやった事じゃないさ。こいつの仮説が特にな」

 

 奉太郎は俺の肩にポンっと手を置いた。正直、成功した奴にお前のお陰だ。と言われるのはなんだか嬉しい。

 

「照れ笑いが気色悪いぞ、ハル」

「お前が言うか」

 

 お互いにお互いを鼻で笑い合い、俺と奉太郎は千反田に手を振ったあと、先に外で待っている里志の元へ駆け出した。

 

 しかしその瞬間、千反田の声が聞こえた気がした。

 とても小さく、か細い声ではあったが、その声は俺の魂の深奥まで深く届いた。

 そしてそれが俺の中にあるモヤだと気づくのに、時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも……だったらなんで私は、泣いていたのでしょうか?」




次回《伝統ある古典部の推理 (けつ)


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