氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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第十三話 氷菓

 検討会の翌日、俺と奉太郎は他の三人を古典部部室に呼び出した。そして、三人と俺と奉太郎が集まったところで俺は口を開く。

 

「ごめんな、突然呼び出して。昨日の奉太郎の推理だが、少し不備があった。けどこれで決着だ」

 

 伊原は皮肉そうに、里志は微笑みながら、千反田は俺たちの顔を見るやいなやに言った。

 

「南雲さん、折木さん。私、この件についてまだ知らなければいけないことがあるようです」

「大丈夫だ。大抵の事は説明できる。その前にこれを見てくれ。」

 

 俺はポケットから一枚の紙を取り出す。《氷菓 第二号》の序文のコピーだ。俺は資料を皆に見せると、奉太郎が続ける。

 

「……もっと《氷菓》を大事にするべきだったんだ。真実はすべてここに載っていた。この部分を見てくれ『争いも犠牲も、先輩の微笑みさえも』のくだり、この犠牲は『ぎせい』ではなく『いけにえ』とも読み取れる」

 

 すると里志は深くため息をついたあと、言った。

 

「読み方に別解があるのは分かったよ。でもこれが『いけにえ』と読むのか『ぎせい』と読むのかは書いた本人にしか分からない」

 

 もちろんそうだ、漢字に数学の証明問題の様に、それを証明する公式はない。だが、答えを見たとしたら?

 俺は口元をニヤつかせながら答える。

 

「だから聞きに行くんだよ。()()() ()()()()()()()()()()()()()

「なんですって?」

 

 伊原は眉間にシワを寄せながら俺たちに詰め寄る。

 

「この序文を書いた本人、《郡山養子》さん。三十三年前に高校一年生で現在は四十八歳か九歳。」

 

 奉太郎の言葉に続く。

 

「伊原、お前なら思いつくんじゃないか?」

 

 この言葉がヒントになったのか、伊原顔を上げ、俺たちを見る。

 

「司書の糸魚川先生ね。糸魚川養子先生。旧姓が郡山なのよ、そうでしょ!?」

 

 流石は図書委員。担当の糸魚川先生のフルネームに触れる機会が多い。そう、愛なき愛読書のとき俺たちに文集は無いと言ったあの女教諭こそが、《氷菓 第二号》を書いた本人なのだ。

 

「あんた達、やっぱり変よ。ずっと先生の近くにいた私でも気づかなかったのに……」

 

 すると俺たちに詰め寄ってきていた千反田がさらに俺たちに詰め寄る。ちょ……近い。

 

「じゃぁ……糸魚川先生に話を伺えば?」

「三十三年前の真実がわかる。なぜ英雄譚ではなかったのか、あんな変な表紙なのか、なぜ《氷菓》という奇妙なタイトルなのか、な。そろそろ時間だ、行こうぜ。もう奉太郎がアポを取ってある」

 

 俺たち全員は生唾をゴクリと飲んだ後、部室をあとに図書室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

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 図書室に入ると、俺たちはカウンターへ向かう。糸魚川先生が眼鏡をかけて何から書き付けをしていた。

 俺は声をかける。

 

「糸魚川先生」

 

「あら、南雲くん。古典部の皆さんを連れてきたのね」

 

 糸魚川先生は受験生やカンヤ祭への準備を行う生徒で混み合う図書室を眺めた。

 

「混んでるわね、司書室に向かいましょうか」

 

 と、俺たちをカウンター裏の司書室に招き入れた。

 

 普段入ることの出来ない学校の部屋に入るのは、やはりいつになっても胸が高鳴る。秘密基地みたいだ。

 とは言ったものの、あまり長く人が居るようにこの部屋は設定されておらず、冷房が聞いていない。入った途端に熱気が押し寄せ、汗が吹き出てくる。

 勧められたソファは大きかったが、流石に五人座ることは出来ない。何故か自然と俺と奉太郎がはぶかれ、先生が差し出してくれた一つのパイプ椅子争奪戦がジャンケンによって繰り広げられた。

 結果「半分で手を打ったら?」という里志の案に乗った俺と奉太郎は、一つのパイプ椅子に二つのケツを置くハメになった。

 

 お前らヘラヘラするな。

 

「なにか、私に聞きたいことがあるそうね」

 

 先生の言葉に俺は立ち上がり、仕方なく奉太郎に椅子を譲った。

 そして、話を始める。

 

「三十三年前……、六月斗争と、関谷純について教えて下さい」

 

 先生は少し驚いた表情をしたあと、溜息をつき、俺たちに聞いた。

 

「あなた達はどうしてその運動に興味を持ったのかしら?」

「関谷純が、私の伯父だからです。」

 

 千反田が即答する。少し声が震えており、緊張してるのがわかる。

 

「そうなの、関谷純、懐かしい名前ね。お元気かしら?」

「いえ、インドで行方不明になりました」

 

 あら、という声。あまり驚いてなさそうだな。五十年も生きてるとこんなものなのか?

 

「そう、いつかもう一度お会いしたいと思っていたのに」

「私も、もう一度会いたいと思っています」

 

 関谷純はこれ程までの人間に、もう一度会いたいと思わせるほどの人間だったのだろうか。人を惹きつけるなにかがあったのだろう。

 

 千反田は言葉を続ける。

 

「糸魚川先生……、教えて下さい。三十三年前の真実を。なぜ英雄譚ではなかったのか、《氷菓》とは一体、なんなのですか!?折木さんの推測はどこまで正しかったのですか?」

 

 珍しく千反田の声が白熱した声に変わった。

 

「推測?なんの事かしら?」

 

 俺は口を開く。

 

「先生、奉太郎は様々な資料の断片を繋ぎ合わせて三十三年前のことを推測したんです。こいつの話を聞いてやってください。頼むぜ、奉太郎」

 

 奉太郎は無言で頷き、昨日俺たちに話したように五W一Hの方式で話した。

 

 

 

「これが、三十三年前に起きた事件の推測です」

 

 先生は俺が渡した昨日の資料を眺めると、黙っていた口を開いた。

 

「これだけで、今の話を組み立てたの?」

「はい、折木さんが」

 

 千反田が口を開く。

 

「この、年間行事予定表と保護者用の神高新聞で仮説を組み立てたのも折木くん?」

「いえ、それは南雲さんが」

 

 先生は意外そうな顔で俺を見る。

 先生は探偵役は奉太郎だけだと思ってたんだろう。別に俺自身、自分が探偵役とは思っていないが……。

 

「呆れたものね……」

「見当違いでしたか?」

「見てきたようだわ……、折木くんの言ったことはほとんど事実通りよ。南雲くんの仮説も、少し抽象的ではあるけど、この三枚の資料だけでここまで読み解けるなんて、大したものよ」

 

 俺と奉太郎は安堵の表情を浮かべ、互いの背中の後ろで音が鳴らない程度にハイタッチを交わす。

 

「この上、何を聞くのかしら?答え合わせなら及第点以上よ」

「さぁ?僕には分かりません。ホータローとハルがこれでは不充分だと」

 

 そうだ……、不充分だ。関谷純が学校を去ったあと……どうなった?彼はこの事件を誇りに思っていたのか?《薔薇色》を捨ててまで関谷純は学校を本当に守りたかったのか?

 そして、『友に裏切られた先輩は』、の部分。これは千反田以外誰も検討会で触れなかった。友というのは生徒連合という同じ志を持った者達のことを指すのか……それとも……。

 

「俺と奉太郎がら俺たち古典部が聞きたかったのは、関谷純は望んで全生徒の盾になったのですか?」

 

 今まで穏やかだった先生の表情が、凍りつく。そして、口を開く。

 

「怖いくらいね……本当に見透かされているようだわ」

 

 そして、先生は話してくれた。三十三年前の六月に起きた、《六月闘争》のことを。

 

「うちの文化祭は今でもよそに比べれば活発的だけど、昔から見れば随分穏やかになったものよ。みんな生きる為の目標のように、文化祭を楽しんでいたわ。……けど、三十三年前に変わった校長先生が学力重視の方針を持ち出し、文化祭を萎縮。そこから始まったのが生徒達の有形無形の学校に対する反発運動。あなた達の言う、六月斗争ね」

 

「学校を罵る張り紙、演説、授業のボイコット、デモ行進にハンガーストライキ。……けど、学校側も文化祭萎縮を強行した所を見れば、並大抵の覚悟ではなかったのよ。組織的に反発運動を開始すれば、必ず処罰の覚悟もしなくちゃならない。口は達者なのに、情けないものね。誰もリーダーに立候補しなかったわ」

 

「そこで貧乏くじを引かされたのが、あなたの伯父さん。関谷純。実際の運営は、別の人がやってたわ。結果私たち生徒連合は勝利、文化祭の萎縮は断念されたの」

 

 奉太郎のパイプ椅子と、ほか三人が座るソファの真ん中から一歩前に進んだ場所に立っていた俺に視線をずらし、糸魚川先生は言葉を続ける。

 

「けど、私たちはやりすぎた。運動中、私たちは授業のボイコット時にグラウンドでキャンプファイヤーを行った……。事件が起きたのはその夜よ。キャンプファイヤーが飛び火したのか……誰かがわざとやったのかは分からないけど、格技場で火事が発生。消防がすぐに駆け付けてはくれたものの、格技場は半壊したわ」

 

 全員が驚愕の表情をしたあと、顔を俯かせる。

 愚かだ。何故そこまでする必要があった。文化祭を守るため?非暴力的不服従?笑わせるな……!!

 俺は拳を強く握りしめる。が抑える。ここで感情を爆発させてはならない。一度深く深呼吸をしたあと。俺は先生に耳を貸し続ける。

 

「あれだけはどうやっても正当化はできないし、見過ごすわけにも行かない犯罪行為だったわ。学校側は文化祭が終わった時期を見計らい、それを問題として持ち上げた。勿論、反論できる者はいなかったわ。そして、火事が起きた原因不明のまま、見せしめとして処罰の対象となったのが……名目上のリーダー関谷純。文化祭が終わったあとの生徒連合は、どうでもいいという風に振る舞い、関谷純を庇う生徒は誰一人としていなかった。けどその後……!!」

 

 突然先生の声が荒ぶる。悲しんでいるのか、怒っているのか。いや、そのどちらでもあるだろう。

 

「関谷純が退学になったあと、生徒連合の本当のリーダーが判明したの。名を《原田幸次郎(はらだこうじろう)》。関谷純の、()()()()()だった生徒よ」

「…っ!!」

 

 千反田の声を抑える息遣いが聞こえた。なるほど、これが友に裏切られた英雄か……。

 

「原田幸次郎は生徒連合を掌握していたの。そして、関谷純の心を利用した……。責任を逃れるために、関谷純を盾にしたのよ!」

 

 糸魚川先生の声は、再び穏やかなものに戻る、

 

「関谷純は、最後まで穏やかだったわ。南雲くん、あなたは、関谷純は望んで盾になったのかと聞いたわね?」

 

 先生は笑い、言った。

 

「これで、分かったでしょ?」

 

 これが三十三年前の真実か。

 口を出す者はいない。俺も奉太郎も千反田も伊原も里志も……誰一人として、何かをいうことは無かった。

 そして《氷菓》の表紙。一匹の兎と、一匹の犬が相打ちになり、その様子を遠巻きに見ている数多くの兎。

 これは犬が学校、兎が関谷純、遠巻きに見ている兎達が生徒達といったところだろう。

 

 里志が先生に聞く。

 

「あの、先生はカンヤ祭って言わないんですね」

「どうしてか……分かってるんじゃない?」

「はい」

 

 どういうことだ?そう聞く前に伊原が口を挟む。

 

「ふくちゃん、どういうこと?」

「カンヤ祭ってのは……《神山》って書くんじゃない。《関谷》と書いてカンヤと読むんだ。英雄を讃えてそう読んでるのかと思ったけど、真実を知る人間はカンヤ祭なんて言葉は使わないだろうね」

 

 ────そして、千反田が聞く。

 

「なぜ伯父が《氷菓》という名前をつけたのか、ご存知ですか?」

 

 先生は首を横に振った。

 

「いえ、これは関谷さんが退学を予感して無理を通して決めた名前なのよ。自分にはこれしか出来ないと言っていたわ。ごめんなさい……これに関しては私にも……」

「……でだよ」

「え?」

 

 俺の呟きに、奉太郎以外の視線がこちらを向く。奉太郎はもう理解しているようだ。

 

「なんでわかんないんだよ……!!!!」

 

 拳を強く握りしめる。昔友人から、お前は中々怒らないよな、と言われたことがあるが、今回は別だ。俺はいま……怒りという感情を自分のキャンパスに自分で塗った。次いで、奉太郎も立ち上がる。

 

「関谷純は、俺たちみたいな古典部の末裔にまで自分の思いを伝わるようにしたのさ。文集の名前なんてものに込めてな。千反田、お前は英語が得意だろ」

「え、英語?」

「氷菓……英語に直すとなんだ?」

「アイスクリームだね」

 

 里志が言った。

 

「アイスクリームがメッセージ?」

 

 伊原が言った。

 

「あーーもーー!!!」

 

 俺は糸魚川先生が机に置いた資料を一枚とり、適当な鉛筆で文字を書く。そして、それを全員に見せるようにした。

 

 それを見た途端に、里志の顔が青ざめる、次いで伊原も神妙な表情に……糸魚川先生は、両手で口を覆った。

 そして、俺は口を開く。

 

「千反田、これがお前の伯父が残した言葉だ」

 

 千反田は俺の用紙を見ると、目を見開いた。

 

 千反田の大きな瞳に涙が浮かんだ。やがてそれは頬を伝い、こぼれ落ちた。

 

「思い出しました……」

 

「思い出しました。私は伯父に『ひょうか』について聞いたんです。そしたら伯父は私にこういったんです。」

 

 その瞬間、次に発せられる千反田の声と同時に、低い男の声が被さって聞こえたような気がした。

 

 

『強くなれ、弱ければ悲鳴を挙げられなくなる日が来る。そしたら生きたまま死ぬことになる』……と」

 

 

 そして、その目は俺と奉太郎に向けられた。

 

「南雲さん、折木さん……思い出しました。私は、生きたまま死ぬのが怖かった。だから涙したんです。……よかった、これでちゃんと伯父を送れます」

 

 千反田は自分が涙を流していることに気づいていないのか、そのまま微笑んでいた。

 

 俺は再び自分の持っている用紙に視線を移す。

 

 そこには三十三年前の……悲痛の想いが記されていた。

 

 大丈夫……。あなたの姪には、ちゃんと届きましたよ。

 

 

 

 

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「ふくちゃんまだ!!?」

「もうちょっと!もうちょっとなんだよ!!」

「一週間前からそう言ってるじゃん!!間に合わないよ!?」

 

 文化祭も目前となった秋。あの夏の出来事がずっと昔のようにも感じる。隣では、まだ自分の欄が書き終わっていない里志が伊原にドヤされるという修羅場が繰り広げられていた。

 

「奉太郎、千反田は?」

「墓参りだ。関谷純のな」

「へぇ……俺達も行かないとな。流石に」

「だな」

 

 さて、ここにいつまでもいても仕方ない。俺の分は書き終わったし、帰って小説でも……

 

 ガララっ!!

 

 俺が戸を開けようと手をかけた途端に、向こう側からドアが一気に開かれた。俺たち四人はその人影が誰だか、瞬時に理解した。

 

「千反田!?お前墓参りに行ったんじゃ……?」

「はい、ですが気になることがありまして!!」

「南雲さん、折木さん!!弓道場です!!今なら間に合います!!」

「「なにぃ!?」」

 

 俺と奉太郎は、千反田に手を引かれると、それに続き「面白そうだ!!」と里志。

 「終わったらちゃん書いてもらうからね」と伊原が楽しそうに着いてくる。

 

 そして、俺は口を開いた。

 

「なんだってんだ!?いつもの()()か!?」

 

 千反田は大きな瞳をこちらに向かせ、口元を緩ませながら言った。

 

 

「はい!!私……気になります!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 拝啓

 

 折木供恵殿

 

 はじめまして、古典部の南雲晴です。

 

 奉太郎から貴方の場所を教えてもらい、この手紙を書いています。国際郵便なんて初めてなんで、ちゃんと届くか心配ではありますが……。

 

 古典部は楽しいです。

 馬鹿な部員ばっかりですが、飽きることが無い。あなたの青春の場は守られていますよ。

 僕は十年後、この毎日のことを惜しまないと思います。

 

 次に《氷菓》

 供恵さんは、どこまで《氷菓》について知っていたのですか?

 聞くところによると、奉太郎にアドバイスをしたのはあなただと。

 

 いや、こんな話は野暮ですよね。知ってなきゃアドバイスなんて出来ない。

 

 気にしないでください。これは近況報告だと思って頂ければ幸いです。

 いつか、会える日を楽しみにしています。

 

 良い旅を。

 

 南雲晴

 

 敬具

 

 

 

 

 

 

 







 少女の流す涙は、とても穏やかで、美しかった。



 《氷菓》編完結です!!

 ハルが加入した古典部の物語はいかがだったでしょうか?もしよろしければ、感想を頂ければ嬉しいです。作者のモチベーションにも繋がります……笑

 次回からは何話か番外編を挟んだ後に、《愚者のエンドロール》編に突入します!!お楽しみに!!
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