氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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夏祭り

 夏祭り。

 

 それは、夏という季節の大きなイベントの一つである。

 

 焼きそばやたこ焼き、焼き鳥のこおばしい香り。かき氷や綿菓子の甘い砂糖の香り。

 行き交うのは家族連れに人波を縫いながら走る子供たち。顔をほのかに染め、手を繋ぎながら歩く浴衣姿のカップルに、男女混合の《薔薇色》グループ。

 

 その他にも、人の話し声の間から微かに聞こえる鈴虫や蝉の鳴き声。

 

 そして、醍醐味といえば……あと数時間後に行われる打ち上げ花火だ。 

 

 皆が楽しそうに夏祭りの開催される神社へ向かうのを横目に俺は口を開いた。

 

「なぁ、奉太郎」

「なんだハル」

「なんで俺達は男二人で男一人を待ってるんだ?」

「しらん」

 

 そう、俺達古典部の男子組もこの夏祭りに参加する予定だ。

 事の発端は里志の一言、今日の朝八時にモーニングコールとして掛かってきた電話。『ごっめ〜ん!起こしちゃった〜?』とか言った時には思わず切ってやろうかと思ったよ。

 『千反田達は誘わないのか?』と聞いたところ、『女の子を夏祭りに誘うなんて、そんなレベル高いことは出来ないよ』だそうだ。

 

「しっかし奉太郎、お前甚平って結構ノリノリだな」

「お前もそうだろうが。鬱陶しい事に、姉貴が帰ってきててな。行くならコイツを着てけとうるさかった」

「断ればいいのに」

「お前はまだ姉貴の怖さを知らないんだ」

 

 はは……。さいで。

 すると、顔に微笑を浮かべた俺の後ろで、一つ声が聞こえてきた。

 

「やぁ!ハル、ホータロー!おっ、甚平とは二人とも雰囲気に合わせて着てるね」

 

 相変わらず重役出勤の里志はいつもの巾着袋と同じ色の浴衣を来て登場。体の線が細いせいか悔しくも浴衣が良く似合う。と言うと調子に乗りそうなので口にはしないが。

 

「遅いぜ里志、遅れたからには、女の子の一人や二人を連れてきたんだろうな」 

 

 冗談めかして声を発すると、里志はニヤッと笑った。

 立っていた場所を右にどくと、里志は両手を自分がいた場所へ向ける。

 

「あぁ、じゃーん!!()()連れてきたよ!!」

「こんばんは、南雲さん、折木さん!」

「なんだ、アンタらもいたの」

「な、南雲くん。折木くん。久しぶり……」

 

 その場にたっていたのは、浴衣姿の女子三人組だった。

 右から、伊原、千反田、そして……

 

「桜!?こいつらと知り合いだったのか!?」

「えーっと……知り合いっていうか私の家の前で福部くん達と会ってね、一緒に来ないかって誘われたんだ」

「へぇ……」

 

 俺はもう一度浴衣姿の女子に視線をずらす。

 

 伊原。黒をベースとした浴衣で、赤や黄色の色とりどりな花が描かれている。小柄な背丈のせいか浴衣を引きずってしまいそうで心配になるな。

 

 千反田。伊原とは違い白をベースにした浴衣で、こちらにもところどころに花が描かれている。髪は珍しく後ろで縛られてはいるが、いつもの様な清楚感が雰囲気から溢れ出ている。

 

 桜。ピンクをベースとした浴衣で、描かれている花の種類は俺にも分かる。これは桜だな。千反田と同じく髪を後ろで結んでおり、浴衣に見合った小さめのカバンを両手でぶら下げている。

 

 なんから甚平の俺と奉太郎が省かれてるみたいだな。

 

「あのら南雲くん。あんま見られると……」

「へ!?あぁ、ごめん!」

「あ!ハル……もしかして桜さんに見惚れてたのかい?」

「からかうなよ……それより早く行かないと席取れないぜ、早く行くぞ」

「あー、席に関しては大丈夫だよ。ねっホータロー」

「だな」

 

 予約制なのか?でもそうだとしたら途中参加の桜の分は用意出来ねぇよな。

 

 全員集合した俺達は、夏祭りの開催される神社に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー!思ったよりデカイな!」

 

 俺は道なりに続く屋台の数々を横目に奉太郎に話しかける。

 

「ここら辺は観光地にもなってるからな。街並みも昔のを残してある。里志が言うには隠れスポットらしい。それにここら辺じゃ一番でかい祭りだぜ」

「へぇ……おっ、射的だ!やろうぜ奉太郎、里志!」

「よし来た!誰が一番取れるか勝負といこうじゃないか!」

「ま、せっかく来たしな」

 

 俺に続き、奉太郎と里志は射的屋へ向かう。それを見ていた女子陣は呆れたように口を開いた。

 

「ああいうの好きよね。男って。あっ、まだちゃんと自己紹介してなかったよね。私は伊原摩耶花、よろしくね桜さん」

「千反田えるです。あの三人と同じ古典部に所属しています。文集の件ではお世話になりました。桜さん」

「うん。よろしくね。千反田さん、伊原さん」

 

 三人はそれぞれ握手を交わしたあと、伊原は顔をニヤッとさせながら口を開いた。

 

「そう言えば、ふくちゃんから聞いた話だと、桜さんって南雲の事好きなんだって?」

「えぇ!?そうなんですか!?応援しますよ、桜さん!」

「え、えぇ!?なんで福部くんが知ってるの!?」

「いつも南雲の事を見てる子がいるって聞いてたから、南雲に浴衣見られてた時の反応からすぐに分かっちゃった」

「ち、違うよ!!好きじゃなくって……南雲くんは興味があるだけで……」

()()です!!」

「えぇ!?千反田さんも!?」

「はい!!南雲さんだけじゃありません……!!折木さんも!お二人の頭の中がどうなってるのか、解剖してみたいくらいです」

「ひ、ヒィィィィィィ!!か、か、か、か、解剖??!!!」

「あー、気にしないで……。ちーちゃんの《興味》はあなたのとは違う《興味》だから……」

「一緒に解剖しましょう!!桜さん!!」

「ヒィィィィィィ!!!」

 

 会話内容は聞こえなかったが、射的の順番を待っている俺達は遠目で話していた。

 

「仲良くなってんな」

 

 と、俺。

 

「いい事じゃないか」

 

 と、里志。

 

「桜が叫んでるだけにも見えるけどな」

 

 と、奉太郎。

 

 

 その後ら金魚すくい、輪投げ、ヨーヨーすくい。

 ラムネ、たこ焼き、綿菓子、かき氷、広島焼きなど、俺達六人は夏祭りを楽しんだ。

 

 桜も女子陣だけではなく里志や、奉太郎とも話している場面もあり、孤立しないか少し不安だったが、どうやら俺の心配は無用だったみたいだ。

 

 屋台で売上トップを維持する晴香率いる神牛焼き。俺と奉太郎を見かけた途端に避ける遠垣内。

 遊びに来ていた糸魚川先生にクラスの友達。「女子と夏祭りとは〜!」と、羨望の眼差しを浴びせられたのもいい思い出となるだろう。

 

 そして……花火大会の席を取ろうと、俺達は人波を縫い、離れないように前の奴の服を掴みながら歩く。順番はこの辺の地理に詳しい里志を先頭に、千反田、伊原、奉太郎、桜、最後尾に俺。

 

 ……事件が起きた。

 

 人波を抜けた俺は数回頭をブンブン振ったあと、前の桜に視線を向ける。

 ……え?

 

 俺が掴んでいたのは桜では無かった。見たところ大学生ほどの桜と似たような浴衣を着た女性は、俺のことを不思議そうに眺める。そして……

 

「ご、こめんなさい!!」

 

 人違いに焦った俺は、上下左右、東西南北、四方八方、何も確認せず闇雲に走った。

 

 

 

 

 

「はぐれた……」

 

 

 

 

 

 ま、こういう時の為に携帯が……。あっ……。

 

 数時間前の記憶が蘇る。

 

『奉太郎、お前のカバンに携帯入れさせてくんね?甚平だと落ちちゃいそうなんだよ。』

『構わんが、忘れるなよ』

『そんな馬鹿じゃねぇよ』

 

 そんな馬鹿じゃねぇよ……そんな馬鹿じゃねぇよ……《そんな馬鹿じゃねぇよ》

 

 ジーザス!!何やってんだ俺……!!馬鹿じゃねぇの!?馬鹿だったよ!!ばーか!!ばーか!!

 

 仕方ねぇ……現地合流だ。始まるまであと三十分も時間はある。その間に探せば……

 しかし、現地に到着した瞬間、俺の考えが甘かったことに気づいた。この夏祭りはここらでは最も大きなものだと、さっき奉太郎に聞いたばかりではないか。

 その証拠として、既に一般席は人で埋め尽くされている。こんなの探しようがない。

 

 しゃぁねぇ、そこの公衆電話で俺の携帯に電話っすっか。金、金っと……。あっ……。

 

『奉太郎!財布も!』

『お前、もしはぐれたらどうするんだ』

『そしたら迷子コールすっから』

 

 ……。

 

 ガッテム!!馬鹿じゃねぇの!?ばーか!!ばーか!!

 

 しかし、どうしたものか。あいつらが座る席がわかってれば!?

 

 

 

『早くしないと席取れないぜ』

 

『席に関しては大丈夫だよ』

 

 

 

 

 あの言葉の意味はどういう事だ?

 見たところここは自由席だ。特別席がある様子も無い。

 

『毎年里志と地理を覚えるくらい来てるからな』

 

『隠れスポットらしい』

 

 地理を覚えるくらい来てる?それに、ここが隠れスポットだって?あの時は気にしなかったが、こんなに人がいるのに隠れスポットってのも変な話だよな。

 

 奉太郎が言っていた隠れスポットってのは……ここじゃないのか?俺は目を閉じる。

 

 考えろ、隠れスポット、地理、花火。

 

 ゆっくりと目を開け、俺は人波を縫いながら走り出した。

 

 どこだ?俺はあたりを見渡す。そして、俺の目の先に映ったのは、神社の長い階段の上にある広場。屋台が構えられているのはその階段へ続く道であり、誰一人として階段を登ろうとしている者はいない。

 そもそも隠れスポットというのは、普段はなにも気にしない場所ではあるが、一部の人間が知っており、一定の条件下にてその効果を発揮する場所。

 

 俺は全速力で階段を駆け上がる。花火の開始まであと十分。頼む、いてくれ!!

 

「はぁはぁはぁ… ……」

 

 上まで登った俺は激しく息を切らしながら辺りを見渡す。階段下のように提灯はどこにも付けられておらず、辺りは夜の闇に包まれていた。人の気配は……ない。

 

「ハズれ、か……」

 

 いや、そもそも期待してなかった。こんな少ない条件と情報の中で……穴だらけの推理。当たるわけがない。

 

 俺は階段に腰を降ろす。下に見えるのは一般席で花火の開始を待つ人々、皆笑顔になっている。あの中にあいつらもいるのかな?

 

 ここからでも見えるのかな?誰もいないし、特等席だな。

 一人で花火ってのも、なかなか乙なものだ。

 

「あいつらと……花火見たかったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ハル〜!!)

 

 階段下から、声が聞こえた。

 ハッと気づいた俺は下に顔を向ける。そして、大きく目を見開いた。奉太郎達だ……!

 

「やぁ、心配したよ。ハル」

「ご無事でなによりです」

「ったく……心配かけないでよね」

「ごめんね……私が早く行き過ぎちゃったせいで」

「お前ら……俺を探してくれてたのか?」

 

 全員は顔を見合わせ、その代表のように千反田が頷いた。

 

「はい、だってみんなで見たいでしょう?花火」

「で、でも今から一般席に行ったんじゃ間に合わない……」

「里志が言ってただろう、席に関しては大丈夫だって」

 

 奉太郎の声に俺は思わず固まる。どういう意味だ?

 

「見てみろよ」

 

 奉太郎が指を指す方向に、全員が視線を移す。そこには夜空くしか無く、何も見えない。

 

 

 ひゅ〜〜〜

 

 

 花火の上がる音……そして、奉太郎が口を開いた。

 

「ここが俺たちの……」

 

 

「特等席だ」

 

 

 ドーーーーーーン!!!!

 

 

【挿絵表示】

 

 

「すげぇ……」

「はい……!!花火が目の前にあるみたいです……!」

「何年か前に姉貴に教えて貰った場所だ。これに関しては、姉貴に感謝だな」

 

 その後も、幾度となく花火が放たれた。

 「すごい!」やら「おぉ!!」の声が聞こえる方向に俺は視線をずらした。

 

「南雲くん」

「どうした、桜?」

 

 声にするのに戸惑っていた様子の桜だったが、少し悩んだ後に口を開いた。

 

「来年も、みんなで一緒に行けたらいいね」

「あぁ……みんなで一緒に、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からは《愚者のエンドロール》編突入です。
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