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「ここで終わりって、どういう意味ですか?」
里志が問う。最もな質問だ。演技や映像技術のいい加減さまでならいい……だが、犯人が分からないまま終了とは、ミステリー作品を名乗るならあってはならない事だ。勿論、そういう作品も存在しないわけではないが……。
「もちろん説明はする。だがその前に君たち古典部に聞きたい……、この映画はどうだった?」
入須が問うと、俺たち四人は顔を見合わせた。多分千反田を除いた俺、里志、伊原は満場一致だろう。そして、伊原は代表で答える。
「はっきり言って稚拙だと思います」
入須は傷つく様子を見せるどころか、今の答えを望んでいたかのような顔をして言った。
「私もそう思う。知っての通りカンヤ祭は文化部の祭典。本来ならクラス展示などに出る暇はない。必要な技術も持たずしてミステリー映画とは……愚かだよ。いくら技術ないものが情熱を注いだところで、結果は知れたもの」
随分と辛辣だな。自分のクラスだろ。
とは言っても……、俺も同じクラスのハルもクラスには特に思い入れはないが。
入須は続ける。
「だが、そんな事はどうでもいいのだよ。クラスの者達は作りたいと思ったから作った。いわば自己満だ。どれだけ嘲笑されようが、映画を作ったという思い出ができればそれでいい。だが……それ以前の問題が発生した」
里志が答える。
「映画が未完成……という事ですね。」
入須は頷く。
「そうだ。これでは自己満にもならない。見ての通りロケ地が特殊で夏休み中にしか撮影ができないのだよ。スケジュールは途中までは順調だった。だが、問題は根本にあった……。それは、『ミステリー』というジャンルだよ。始めて映画を撮ろうとする者達がミステリーとは……。題材がミステリーに決まった時こそ、脚本を書けるものは誰一人としていなかった。しかし、物語の創作をした事のある者が一人いた。名を《
穏やかではないな。隣で少し動揺を見せた千反田が聞く。
「どうしたんですか?」
「神経性の胃炎。軽度の鬱。重病ではないが、倒れた根源となった脚本作りを頼むわけにもいかなくなった。跡を継ぐものが必要になったの……、単刀直入に言うわ」
「あの事件の犯人は…誰だと思う?」
「俺たちにそれを推理しろと?」
俺は少し震えた口調で言った。勘弁してくれ……。
「それ以外に今の言葉の意味をどう捉えろと?大丈夫だ。本郷は脚本を書く前にミステリーの勉強をした。十戒、九命題、二十則、すべて守っているはずよ。本郷はあの映像のあと解決編へ向かう予定だった」
十戒?いつか里志から聞いたような。たしか探偵小説のルールの一種だったような。
まぁいい。こんな事やってられるか。お開きだ、お開きだ。
「なぜ俺達なんですか?それに、素人が作るミステリー映画が稚拙だと分かっているのなら、何故それを止めなかったのですか?」
俺は少し強めの口調で言ったが、入須は動じない。冷厳な口調で話を進める。
「私はこの企画に最初は参加していなかった。この三週間ずっと、北海道にいたわ。この事態の収束に乗り出したのは一昨日、もし私が最初からこの場にいたら、こんな
それは先輩のせいじゃないじゃないですか!とは言えなかった。
入須は続ける。
「そして……」
入須は俺に向かって指を指す。俺は振り向くが、勿論誰もいない。
「俺?」
「そうだ。折木くん、君は《氷菓事件》を解決したとえるから聞いた。もう一人《探偵役》もいたようだが、えるのから貰った資料を一通り見たところによると……《氷菓事件》の解決は君による貢献が大きい。」
「すごいじゃないかホータロー!実績が大反響を呼んでるよ!」
からかってくる里志を睨んだあと視線を入須に向け、俺は考えた。
《氷菓事件》の解決は俺の貢献が大きい、だと?確かにあの時は我ながら冴えていたと思う。だが、
俺だけの功績が大きかったとは思えない。
「ハルは……」
バンッ!!!
俺が何かを言いかけた所で勢いよく視聴覚室の扉が開いた。
俺たち古典部と入須は、開かれたドアに目線を移す。
突如現れた人物は激しく息切れをしており、ドアに手をかけたまま中腰になるが、俺たちはそれが誰なのかはっきりと確信した。
俺達四人全員は、ニヤリと笑った。
「遅かったじゃない、もう手伝いは終わったのかしら?」
伊原
「さぁ、もう一人の《氷菓事件》の探偵役の登場だ!」
里志
「戻って来てくれたんですね!待ってましたよ!」
千反田……、そして、俺は不思議そうに現れた男を眺める入須に視線をずらし言葉を放った。
「入須先輩、紹介しますよ。アイツが」
男は顔を上げ、こちらを見た。
「古典部最後の一人、南雲晴です」
ハルは、いつもの飄々とした口調で言った。
「もう、ビデオ終わっちゃったか?」
その問に、里志は俺の代わりに答えた。
「いや?これから解決編さ」
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家から駆け足で学校まで戻ってきた俺こと南雲晴は、視聴覚室の真ん中にいる古典部の四人と、美人さんに目を向ける。あの人が千反田の知り合いか?
すると美人さんは俺に近寄り、右手を差し出しながら名乗った。
「入須冬実だ。よろしく、南雲晴くん」
入須?ああ……神山の名家の。
俺は自分の制服で手を拭いたあと、入須のか細い手を握り返した。
「いまは映画が終わり、彼らに感想を聞いていたところさ。君も見るかい?」
「え?」
終わっちゃったのなら別に見なくてもいいんだけど……ここで見ませんって言うのもな。いや、違う。
この人の俺を見る目……、俺に映画を観させるために、断れないようわざと言ってやがる。どいつもこいつもいい性格してんな。
「はい、是非見させてください」
「うむ。君たちも見るか?さっきの話の続きは南雲くんが見終わってからだ」
里志と千反田と伊原は少しばかり嬉しそうな表情になるが、奉太郎だけは何故かげっそりしている。こりゃなんか頼まれたな?
その後映画を観た俺たちは再び現れた入須の周りに集まる。
全員「うーん」と唸るような顔で立ち尽くしているが、何を悩んでるんだ?そもそもこの映画、これで終わり?
「南雲くん。この映画はどうだった?」
「そうですね。まぁ……熱意は伝わって来ました。この後の撮影も頑張ってください。犯人特定の場所までね」
なんでお前ら思ってた答えと違うみたいな顔をするんだ。伊原に至っては舌打ちしたぞ。
奉太郎に関しては二回も見させられてもう干からびそうだよ。
「おい、一体あの映画がなんだってんだよ。千反田」
ひっそりと隣の千反田に聞くと、千反田も小さな声で俺に説明をしてくれた。まぁ、周りにはバレてるんですけど。
「なるほどね。文化祭映画の殺人事件の犯人探しねぇ。ま、期待されてるのは奉太郎ってわけだろ?頑張れ」
「お前なぁ……」
「いや、君にもに期待はしているよ。たった三枚の資料から《氷菓事件》の真相に限りなく近づいた君の推理力は素晴らしいものだ。どうだろう……」
入須は俺と奉太郎を交互に見たあと、言った。
「もう一度君たち二人で、謎を解いてみる気はないかしら?」
「変な期待は困ります。」
奉太郎がそう言うと入須はあっさり引き下がった。
「そうね、君らに映画を観てもらったのは一つの賭け。君たちなら解いてくれると思ったのが甘かった。」
「これで試写会は終わりよ。お疲れ様」
「ちょっと待ってください!」
幕を閉じようとする入須を千反田は止めた。そうだ……ここにいたんだ。どんな事にでも《興味》を持ったら譲らない、《猛獣》が……!!
「あの映画の結末はどうなるんですか?」
「分からない。最悪の場合はボツネタだ」
「それじゃぁ困ります。本郷さんが浮かばれません!」
死んでないから!本郷死んでないから!
「気になります……」
ぞくり。
「なぜ本郷真由さんが神経と体力をすり減らしてまで途中で辞めなければならなかったのか……私、気になります!!」
「折木さん!!」
「ぐっ……」
「南雲さん!!」
「ぐぬぬ……」
どうもこいつの頼みが断れない……。
《氷菓》の時は自分のキャンパスに色を塗り一時的に《無色》から脱した……だが、《無色》に戻ってからまだ三週しか経ってないのだぞ……!
俺またこいつに……
「ふふふ……♪」
色を塗られるのか……!?
俺は最後の足掻きとして、全員に聞こえるように声を発した。
「それでもしダメだったらどうするんだよ!俺と奉太郎がF組の皆様方の前で土下座でもすればいいのか!?俺たちの軽い頭を下げたところでどうにもならんぞ」
「俺の頭も勝手に軽くするな」
旅は道連れだ。ちょっと違うか?
すると、次は入須が言った。
「なら、《探偵役》でなくても構わん。うちのクラスにも《探偵役》志願者はいる。彼らの話を聞き採否に参考意見を述べる。いわば
観察者ねぇ。まぁ、座りながらお茶と茶菓子をつつきながら話を聞くぐらいなら……いいだろう。隣で潤んだ目をしてる千反田にも悪気が出てきたし……。俺ってお人好しだなぁ。
俺は奉太郎の目をちらりと見ると、奉太郎も同じことを思ったのか、軽く頷いた。そして、判決を下す。
「ま、それくらいなら」
その言葉を聞いた途端に、千反田は微笑み、伊原は手を組み、里志は親指を立てた。
はぁ、また自分に色を塗っちまった。
だが……
俺は目の前の冷厳たる女に目を向ける。
この人……なんか隠してる気がするんだよな。
俺と奉太郎が承諾した時、入須が渾身の表情を見せていた事を俺は知らなかった。
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「しかし驚いたね。女帝入須冬実が僕ら古典部にあんな依頼をしてくるなんて」
その後地学講義室に戻り水分補給をしていた俺と奉太郎に、里志は言った。
「女帝だって?」
奉太郎の問いかけに里志は頷き、得意げに言った。
「うん。入須先輩の神高での異名さ。美貌もさることながら、人使いがうまくて荒い。彼女の近くの人間はみんな手駒になるって話だよ」
じゃぁあの話に乗せられた時点で俺らも手駒ってわけか……はは。
「しかし、折角《女帝》が現れたんだ。僕らにもシンボルの一つくらい欲しいとは思わないかい?」
「摩耶花は《正義》だね。」
《女帝》に《正義》……タロットカードか。
「なんで私が正義の味方なのよ」
少し離れたところで千反田と談笑していた伊原が興味を持ったのか、立ち上がりこちらに寄ってくる。千反田もそれに続く。
「味方はつかないさ。《正義》、《審判》と迷ったけど、苛烈は正義っていうしね」
苛烈は正義ね……。そりゃぁ伊原にピッタリだな、里志、ナイスジョーク。
「南雲、あんたなに笑ってんのよ……」
「イエナンデモアリマセン」
「じゃぁふくちゃんはなんなのよ」
「僕?僕は《魔術師》かな。《愚者》も考えたけど、それは千反田さんに譲るよ。千反田さんは《愚者》だ」
なんとも。これがタロットカードの話じゃなきゃとんでもなく無礼なことを口走ってるなこいつは。人を愚者とは。
しかし、千反田はそれに納得したように頷いた。
「そうですね、私は、愚者だと思います。」
そりゃぁそうだ。タロットカードの《愚者》の意味は、興味、天真爛漫など、千反田はこれを体現してる。
「じゃぁ俺と奉太郎はなんだ?」
なんだか楽しくなってきたので里志に聞いた。
「そりゃぁ決まってるさ。奉太郎は《力》だ」
「力ぁ?そりゃぁ謙遜しすぎだぜ里志。こいつは《星》もいいとこだろ」
「私も、折木さんは《星》だと思っていました」
《力》は正義と似て、積極的な意味合いを持っていた気がする。《省エネ主義》の奉太郎とは似ても似つかないよな。
「南雲さんはなんですか?福部さん」
「ハルは《隠者》だよ。君は思わぬ所で場にいる人間を驚かせるようなことをしてくるからね」
《隠者》。確か《隠者》の意味は思慮深い、神出鬼没、単独行動、変幻自在。《無色》を自称する俺には、確かに合っているのかもしれない。
話題はそれから別方向に脱線した。俺は小説を読みながら返答をしたり、耳で聞いたりしながら、古典部に居るにしては平和な一日を送った。
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その後俺たちはそれぞれ自宅へ。千反田は勘解由小路家に農作物の事で相談があるらしく、家によるらしい。
まだ高校生なのに業務連絡みたいなのもするんだな。ま、あと何年後かには千反田が豪農千反田家を背負う訳だし。
途中まで一緒だった奉太郎に手を振った俺と千反田は、そのまま無言で勘解由小路家へ向かう。
沈黙を破ったのは千反田だった。
「あの謎……解けそうですか?」
「分かんねぇ……ヴァン・ダインや十戒、九命題を使ってたとしても書いた本郷が今までミステリーを知らなかったとなればらそれがしっかり守られてるのかも怪しい。ま、守られてる前提で考えてみるさ。そうじゃなきゃ埒が明かない。てか、俺は解く側じゃないけどな」
危ねぇ……千反田の口車に乗せられるところだった。
俺は千反田を横目で見ながら会話を繋ごうと質問を入れる。
「千反田はミステリー読むのか?」
「いえ、ミステリーは面白いと感じない程までに読みました。ここ数年は全く」
意外だな。てっきり俺は千反田はミステリー小説ファンかと思っていた。
俺は話題を変えようと、次の質問を探す。
「千反田は彼氏とかっていた事あんの?」
ピタリと千反田の足が止まる。あっ……
何聞いてんの俺!?バカか!?バカなのか!?
「ありません。まだ恋愛に《興味》を持ったことがないので」
あっ、地雷を踏んだかもしれん。しかし千反田はそんな事を気にしている様子はなかった。これが伊原だったら確実に
「南雲さんはいた事あるんですか?」
「え?俺…あぁ……
「本当ですか!?私……気になります!」
「あー!!気になりますは一回までだ!!」
「意地悪ですよ!!南雲さん!!話すまで帰しません!!」
「だーー!!!離せ千反田!!!」
その後も談笑をしながら俺たちは勘解由小路家に向かって歩き出した。
古典部の千反田えるです。
入須さんから頼まれた観察者役。絶対に成し遂げて見せます!
二年F組の探偵役の一人、中城先輩の推理……。私、気になります!!
次回《古丘廃村殺人事件》