氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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第三話 古丘廃村殺人事件

 入須の話から一日。俺たち古典部は今日も地学講義室に集まっていた。理由としては、入須から頼まれたオブザーバーの役割を果たすため、二年F組の《探偵役》の推論を聞き、賛否を下す。

 

 しかし、一向に入須が姿を現す様子はない。

 

 同じことを思ったのか、奉太郎が千反田に聞いた。

 

「千反田、今日集まったからにはなにか当てがあるんだよな」

「えぇ、話し合いをしてきましたから」

 

 話し合いとは……いつやったんだろうか。昨日千反田は勘解由小路家、つまり現在の俺の家に農作物の相談をする為に寄り、夕食も食べて行った。そんな事をする時間は……

 

「実は私……ブラウザを使えるんです」

 

 ブラウザ。あぁ、インターネットのことか。

 

「神山高校のホームページに生徒専用のチャットルームがあるんです。そこで昨日入須先輩と話し合いをしました。入須先輩の使いの方が一時にここに来るそうです」

 

 その言葉を待っていたように、地学講義室の扉が開けられた。

 

 そこに立っていた女子生徒は襟足辺りで切りそろえられた髪型と全体的に不健康とは感じない細い体をしている。

 彼女は深々と俺達に頭を下げ、それに習うように俺たち古典部も頭を下げる。

 

「二年F組の江波倉子(えばくらこ)と申します。本日はよろしくお願いします」

 

 俺達が一年坊だと知っててこの低姿勢か……?普段から礼儀正しい人なのかもしれないな。

 

「入須からお願いはあったと思いますが、今日はこれからプロジェクトの撮影班に属した人を皆さんにご紹介します。F組は散らかっておりますので、C組へ」

 

 俺たちは重い腰をあげると、江波に続いて二年C組へ足を運ぶ。

 

 歩いている途中に千反田が聞いた。

 

「撮影班。という事は他にも班が?」

「はい、楢窪地区に向かった撮影班、学校に残った広報班と小道具班に分かれております」

 

 俺たちは文化祭準備で賑わう特別棟から普通棟に移ると、さっきまでの騒々しさが嘘のように治まった。クラス展示が無い分、こちらは使われてないのだ。

 二年C組に着いた俺たちに代わり、江波がドアを引く。

 教室に陣取っている男がいた。体つきがガッチリとしていて、眉が濃く髭が濃い。本当に高校生か?

 すると男は俺たちを見るなり立ち上がり、名乗った。

 

「よう。俺は中城順哉(なかじょうじゅんや)。お前らか、ミステリーに詳しいのは」

 

 俺たちは順番に名乗り、席につく。全員が落ち着くと江波が口を開いた。

 

「それではあとはよろしくお願いします。」

 

 そういった江波はC組を後にした。本当に俺たちを連れてくるだけの役割だったんだな。

 一瞬の静寂。それを破ったのは中城だった。

 

「厄介な話を持ち込んですまんな。ま、ちょっと手伝ってくれよ」

 

 それに答えるように伊原が声を発した。当たり障りのない世間話のように。

 

「大変でしたね先輩。こんな事態になるなんて」

「まっくだ。こんなつまずき方するなんてな……」

 

 千反田が聞く。

 

「本郷さんは、神経が細やかだった方なんですか?」

「そんな風には見えなかったがな、神経というより、体なら分かるが」

「体が細やかだったってことですか?」

「丈夫じゃなかったという事だ。学校を休むことも多々あったし、撮影にも出ていない」

 

 撮影に出ていない、か。まぁ脚本家の仕事はストーリーを練ることだ。現場に出ることも時にはあるだろうが、それがメインではない。

 そして、出ていないとなると、脚本を書いていたんだな。

 

 聞いてばかりじゃムズムズしてきたな。今度は俺が口を開く。

 

「先輩。犯人役が誰だってことを本郷先輩は言ってませんでしたか?探偵役も含めて」

「それはもう全員に聞いたよ。犯人役、そしてあの映画の探偵役を知っている人間はクラスにはいなかった」

 

 ふぅむ。

 

 伊原が続けた。

 

「では、この殺人事件が物理的トリックなのか心理的トリックなのかは言ってませんでしたか?」

「どう違うんだ?」

 

 中城の呆れた答えを聞いたあと伊原の顔をチラリと見るが、どうやら少し苛立ってるな。奉太郎と目が合い、軽く頷いた。

 その後もたわいのない質問ばかりで、特に事件の核心をつくものはなかった。

 

「それでは、中城先輩自身がどう思っているのかを教えてくれませんか?」

 

 奉太郎の言葉に『待ってました』と言わんばかりの表情をした中城は、腕をまくりながら答えた。

 

「よしっ!じゃぁ聞いて貰おうか、お手柔らかに頼むぜ」

 

 里志は巾着袋からメモと万年筆を取り出す。お前の方が《探偵役》らしいじゃねぇか。

 中城は熱っぽく語り出した。

 

「クラスの奴らはトリックを考えているが、俺に言わせてみりゃそんな事は気にしないさ。要は《ドラマ》が決まればそれでいい。『犯人はお前だー』って誰かを犯人に仕立てあげた所で、犯人役が涙ながらに事情を話す。本郷がどういうトリックを考えていたかはわからんが、今までの展開を見るとどうも盛り上がりにかける」

 

 おいおい……この人ちゃんと考えてんのか?それじゃぁミステリーのルールが何も守られてない。

 

「大体うちのクラスの奴らはトリックにこだわりすぎてるんだよ。ミステリーだからこうだ、ミステリーはこうじゃなきゃならない、とな。ビデオ映画は長くても一時間だ。トリックの説明から推理までやってたんじゃおさまりきらねぇ。探偵小説のルールも同じさ。要するに大事なのはドラマだろ?タイトルもストレートに《古丘廃村殺人事件》で決まりだな」

 

 うーん。抽象的だなぁ。刑事ドラマでよくありそうだ。だが、本郷がミステリーを勉強するのに使ったのは刑事ドラマじゃない。れっきとした探偵小説だと、入須は言っていた。

 

 だが、『トリックにこだわりすぎ』か。一理あるとも言える。仮に中城案が通ったとして、文化祭にF組の映画が流れる。そこにミステリー小説ファンは来るだろうか?

 来るのは『暇だからー』とか『学生が撮った映画ー』という心情の奴らしかいないだろう。そいつらはトリックに注目してこの映画を見るのか?答えは否だ。完成品がどんなものであろうと、F組の彼らや客は、思い出になればそれでいい。

 だが、これが本郷の考えてた案と一致するかと言われれば、違うだろうな。

 俺がそんなことを考えている間に、中城は続けた。

 

「だが、ミステリーとなればやはり犯人がどうやって海藤を殺したのかは撮っておかないとな。それこそ盛り上がりにかける。それで入須がお前らに頼んだわけだが……。あの脚本は要するにあれだろ?密室ってやつだ。海藤が死んでいた上手袖の部屋は他に出口のない部屋だった。だとすれば、考えられる場所は一つしかない」

 

 伊原は眉を寄せて聞く。

 

「どこですか?」

「窓だよ」

 

 窓?

 

「里志、見取り図を見せてくれ」

 

 俺と同じく違和感に気づいたのか、奉太郎は里志に言った。里志は嬉しそうに敬礼のポーズを取りながら言った。

 

「アイアイサー!見取り図ね!」

 

 見取り図を里志から受け取った奉太郎は俺にも見えるように見取り図を渡す。

 

 海藤が倒れていたの上手袖、そのあと海藤を発見した勝田は舞台裏を通った先にある下手袖に向かった……が、下手袖と左側通路を繋ぐ扉には角材が積まれており、ドアを開ける事は不可能だった。

 

「ここはどうですか?」

 

 奉太郎が指をさしたのは舞台ホールの出入口だ。確かに、舞台ホールから犯人は侵入し舞台に登り、上手袖に入った。そこで海藤を殺害。再び舞台ホールから出た……ここに気づかないのは盲点だろ?

 実際に勝田が海藤の死体を見た後、上手袖から舞台ホールに出ているのは撮影されている。

 

「開かない」

「「は?」」

 

 俺と伊原の声が被り、お互いの顔を見たあと、視線を中城に戻した。

 

「玄関ロビーから舞台ホールに繋がるドアは巨大な釘で打ち付けられていた。ここからの侵入はできない」

 

 聞いてないぞそんな事。

 本郷はフェアな出題をしたと入須は言っていた。だが考えてみれば、本郷が撮影に出ていないとなると撮影班自体がフェアな映像を撮ったかは分からないよな。クソ……

 俺は千反田に共感を得ようと千反田をチラッと見ると、千反田は微笑んだ。

 ダメだ……こいつ分かってない。両手で処置無しと顔を覆い尽くす俺。

 里志の方からシュッシュッという音がした。大方、舞台ホールへと続くドアにバツ印を付けたんだろう。

 

「しかし、窓というとどっちの?」

 

 伊原が問う。

 

「上手袖だ。下手袖にある窓はタンスの後ろだからな。」

 

 里志は微笑んだまま、下手袖の窓にもバツ印を付けた。

 しかし……推論を聞いてる途中にこんな事が多々あっては困る。

 

「先輩、他には入れない部屋や開かない窓などはありましたか?」

 

 ナイスだ奉太郎。《省エネ》の為ならこいつの行動は早い。

 

「お前らも知っての通り、右側通路と左側通路は両方とも袖に続く道だ。その途中に二つ控え室はある。開かないところと言えば、左側通路の奥の部屋。それくらいかな?」

 

 一つだけだったか、まぁいい。

 

「だから海藤殺しは上手袖の窓から侵入。そこで海藤を殺し、同じ上手袖から逃げた。どうだ?」

 

 うーむ。残念ながら異議を唱えない訳には行かない。

 

「先輩、それはルールに則られてません。あの映像、海藤の死体を発見したメンバーの一人である勝田が最初に窓の外を見たでしょ?人丈ほどの夏草が生い茂っていました。犯人がそこを通ったとなると、夏草が折れているはずです」

 

 俺の返しに中城は一度ムッとしたが、少し考えたあとに言った。それも何かを思いついたかのような大きな声で。

 

「そうだ夏草だ!確かに犯人がそこを通れば夏草は折れる。だが、本郷が楢窪に下見に行ったのは六月初旬だ。その頃はまだ夏草は生えてないはずだろ!?」

「……っ!」

 

 初めてまともな事言いやがって……!確かに、これじゃぁ反論出来ねぇ、だが……

 

「へぇ、なかなか面白いことを考えるじゃないか。」

 

 里志が俺にひそっと言った。

 中城はなおも畳み掛ける。

 

「だからさ、次回の撮影は夏草を刈って死体発見シーンから取ればいいんだ!これで出来るぞ……やれる!!」

 

 中城は舞い上がった。ま、こんな喜んでるのに()()()を言うわけにもいかないだろう。

 話がひと段落したのを見て取った千反田は、中城に微笑みながら言った。

 

「今日はありがとうございます。入須さんにいい報告が出来そうです」

 

 中城はさも満足そうに駆け足で教室をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、地学講義室。

 

「ねぇ、あれでいいと思う?」

 

 伊原が腕を組みながら不服そうに言った。

 

「まぁ……物理的には可能だしねぇ。夏草に関してはホータローもハルも一本取られたって顔してたし」

 

 笑いながらいう里志を睨みながら、俺自身にも視線を感じた。

 俺と奉太郎の隣に座る千反田が俺達を交互にチラチラ見ていたのだ。

 耐え切れなくなったのか、奉太郎が言う。

 

「なんだ」

「お二人はら中城先輩の案が本郷先輩の真意だと思いますか?」

「「思わん」」

 

 同時に放った俺と奉太郎に千反田ではなく伊原が噛み付いてきた。

 

「矛盾点があったの!?」

 

 俺は頷き、先に答える。

 

「里志、見取り図を見せてくれ」

「はいよ!」

 

 俺は里志から受け取った見取り図を講義室の真ん中の机に置き、ある場所に指を指す。そこは、見取り図から外れた外側の部分だ。

 

「ここって……外ということでしょうか?」

「そう捉えてもらって構わない」

 

 奉太郎が続ける。

 

「見ろ。どの部屋にも窓が設置されている。部屋だけではない。右側通路、左側通路、舞台上部に出ることの出来る二階にもな。楢窪メンバーは海藤が殺された時にそれぞれ異なる場所で寝床を探していた。この窓だらけの間取りじゃあ、部屋の中にいようと、部屋外にいようと、犯人が海藤を殺すために外に出たのなら窓から発見される可能性が高い。そんなリスクを負ってまで人殺しはしないさ」

 

 俺はニヤッと笑い、次いで口を開いた。

 

「つまり、ごく簡単な物理的解決は、ごく簡単な心理的側面に敗れるんだよ。この案は成立しない、中城案はバツだ」

「なるほど、確かに僕でもこれから人を殺そうってのにわざわざ自分の身をさらけ出すようなことはしないね。夜ならともかく、昼なら尚更だ」

 

 話を理解した千反田は溜息をついた後に言った。

 

「なるほど、わかりました。私が覚えていた違和感はここにあったのですね。犯人が海藤さんを殺すために外に出たのなら、一階、または二階の部屋にいる他のメンバーに発見されてもおかしくはありません」

 

 結論が決まったところで、地学講義室のドアが開いた。そこに立っているのは勿論案内役の江波。この人タイミングいいなぁ。もしかして外で俺たちの会話を聞いてたりして……。

 江波の風貌でそのようなことをしている姿を想像する。

 

「南雲、何笑ってるのよ」

 

 伊原からの辛辣なコメント。

 

「イエナンデモアリマセン」

 

 デジャブ……!?

 

「それで、中城案はどうでしたか?」

 

 江波が聞いてきたので、俺は答えた。

 

「すみません。却下です」

「わかりました。では、明日別の者を用意しますので、よろしくお願いします」

 

 明日もやるのか……グッバイ俺の夏休み。

 それだけ言ったあとに部屋を後にしようとする江波に奉太郎は声をかけた。

 

「あの」

「はい」

「脚本を貰えないですか?本郷先輩の注意力を知りたいんです」

「わかりました。明日用意します。」

 

 うーむ。無駄のない会話。この二人似てるな。

 

 その後も俺たちは中城の案を肴に談話を続けた。

 中城は少し知識不足だった、とかな。

 

 さて、明日には終わるといいぜ。

 

 そう思いながら、俺は地学講義室の窓から見えるオレンジ色の夕焼けに視線をずらした。

 

 




 古典部の福部里志だよ。

 中城案は見事に没!いやぁ古典部の探偵役二人にはいつも驚かさせるねぇ。

 次の二年F組《探偵役》はちょっと癖が強いひとみたいだ。僕はちょっと苦手かな…なんて、ジョークは即興に限る、禍根を残せば嘘になるってね。

 次回《不可視の侵入》

 
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