羽場案の却下から一日。いつもの事ながら地学講義室。
江波が来るまでの間、俺たちは一昨日の中城と昨日の羽場の案の総括を話している。
「つまりさ。羽場先輩の案の一部は当たってるよ。あの密室はなかなかの堅牢だ。二重の密室……。つまり、杉下先輩の監視下にあった玄関ロビーと言わずもがなの上手袖の二つをすり抜けるのは容易じゃない。特に外側のはね」
外側というのは昨日羽場が言った杉下の監視下にあった玄関ロビーのことを指す。《第二の密室》と俺たちは呼ぶことにした。
「そうかしら、海藤先輩と鴻巣先輩以外の四人全員が全員の監視下にあったなんて言う確証はないわ。」
「解けないですか?何故ですか?」
千反田の問に伊原が答える。
「だってさちーちゃん。もし羽場先輩の第二の密室があるっていうなら、その第二の密室があると証明するために誰がどう動いていたか映像で表す必要があるのよ。つまり私が言いたいのは、第二の密室なんてそもそも最初からなかった。羽場先輩の考えすぎだってこと」
いやいや、それは違うだろ。そう考えてしまえば楽だが、映像には残念ながら……
「って、そういうわけにもいかないのよね。玄関ロビーから杉下先輩たちを映したシーンがあったけど、あれは多分監視下にあったっていう示唆だわ」
「ところで忘れていたんですが……」
千反田が突然話を切り替え、肩掛けカバンに手を伸ばした。
「これ、皆さんで食べてください」
出されたのはチョコレート。いや、箱の表紙を見るからにウィスキーボンボンか。てかこれ……
「新製品の試作品だそうです。前にお中元を誂えたお菓子屋さんから届きました。二つ届いたので一つを勘解由小路家にも送りましたよ。南雲さんは食べましたか?」
やっぱり、昨日デザートで食ったわ。でもこれ、入ってる酒のアルコール度数が高ぇんだよな。酔った晴香がだる絡みしてきてウザかったし……
「ああ、食ったよ。ごちそーさん」
全員が一つずつ取る。義理で俺も一個取り、口に放り投げた。
「く〜、きっっつ!!」
「かっ〜、喉がやられるね。こりゃ大人向けだ。」
そう言った里志の他の隣で奉太郎が顔を強ばらせ、伊原が軽く咳をしている。そして……
「お、おい千反田」
奉太郎の驚くような声の方向に視線を向けると、俺は目を見開いた。
千反田の目の前には既に七つもウィスキーボンボンを食べた袋が並べられていたのだ。おいおい……
「その辺でやめとけ一応酒だぞ」
奉太郎が千反田の手を制すが、千反田は八つ目を口に放り込んだ。
「あら、こんなに食べてしまいましたか。なんだか変わったお味で……こういうものか気になったもので」
「大丈夫か、千反田?」
「ほえ?ふふ、南雲さん面白いです」
「俺の顔がかっ!!」
「深読みしすぎよ……」
伊原のツッコミ後、地学講義室のドアが開いた。江波だ。
江波は少しだけ眉を寄せる。
「この匂いは……お酒ですか?」
「ち、違いますよ。ウィスキーボンボンです!」
里志が咄嗟に箱を江波に見せると、もうこの地学講義室に漂うアルコール臭に興味をなくし、江波は言った。
「折木さん。脚本です」
江波はそう言いながら奉太郎に脚本を渡す。そういや一昨日中城の案が終わったあとに奉太郎が脚本をお願いしていたな。あとで見せてもらおう。
その後俺たちはC組へ向かう。途中フラフラする千反田を伊原はビクビクしながら支えていた。ウィスキーボンボンで酔うとは……。
C組に到着した時には既に江波の姿はなかった。あの人てん一体何なの……?と、思いつつ俺は扉を開ける。
そこに立っていたのは女子生徒だった。お団子ヘアーの女子生徒の右手には天文雑誌が握られており、日に焼けた肌がよく見えるタンクトップとGパンを履いていた。
女子生徒は俺たちに気づくと、敬礼のようなポーズを取り、言った。
「ちゃお!!私は《
キャラが濃い……。
無反応の俺たちに沢木口は大きく溜息をつき、言った。
「ダメダメ、ちゃおって言ったらちゃおって返さないと。もっかいいくよ!!ちゃお!!」
「「「「「ちゃ、ちゃお」」」」」
「この神山に僕の知らない変人がまだいたとは……」
里志、なんだそのダイヤモンドを見つけたような目は。ま、類が友をよぶってのも限りがあったんだろう。
「んじゃ、座りなさいよ」
沢木口に案内された俺たちは席につき、一人一人自己紹介を交わす。
「あたしらのプロジェクトを手伝ってくれるんでしょ?頼んだよ、入須推薦の連中なんだからきっと凄いんだろうけど。江波から聞いたんだけど、他の奴らの案は却下したんだって?」
すると里志は沢木口が気に入ったのか、世間話をするように続ける。
「えぇ……この事件は難題ですよ。どんどん却下していかなきゃ歯ごたえがないでしょ」
その後も里志と沢木口は変人同士の訳の分からない会話を繰り広げた。伊原が凄い目で里志を睨んでる……
「おい、里志、伊原がすごい目で睨んでるぞ。あんまり異性に積極的に……」
極力小さい声で話したので話に夢中になっている里志は気づかない。仕方ねぇもう一度てん
「おい里志……伊原がすごい目で見てるぞ」
聞こえてないみたいだな。仕方ねぇラスト……
「おい、里s……」がん!!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
伊原には聞こえていたのか、ものすごい勢いで足を踏まれた。
「ん?どうしたんだいハル」
「いや、なんでもねぇよ……!それより始めようぜ。」
「そりゃぁそうだね、じゃぁ早速始めようよう。なんでも質問どーぞ」
昨日の羽場とは違い確かに沢木口は変人だが気前のいい人ではありそうだ。千反田は口を開く。
「クラス展示の方向性は誰が決めたんですか?」
「千反田、余計なことを聞くな」
「折木さん。でも、気になります」
奉太郎が制すがそれを即答して却下する。千反田は沢木口の方へ視線を向け直した。
「平等な意思決定だよ。ミステリーに決めたのも、脚本担当も。直接民主制でね」
「多数決と?」
里志が聞く。
「そのとおり、君は話が早いね。数こそが正義、最大多数の幸福こそが我が理想ってね」
確かに、入須が言うには二年F組の生徒らは出来栄えより自分たちで何かをしたかったという意志が強かったらしいしな。内容こそ重要視していなかったのだろう。
千反田は続ける。
「あれ?ですが脚本は本郷さんが強引に引き受けさせられたと……」
沢木口は少し考えたあとに思い出したかのような声で答えた。
「そうだったね。本郷が脚本担当になったのは他薦だ」
沢木口の性格からして、俺らに不信感を抱かせないために言った嘘ではなく、今のは本当に忘れてただけだろう。
沢木口の言葉を聞いた千反田はどことなく悲しそうな表情になった。なんでこいつはこんな事をどの《探偵役》にも聞きたがるんだ?
「あたしらの意思決定過程に興味あるなら、これを持っていきなさいよ」
沢木口が千反田に渡したのは大学ノートだ。千反田が開いたノートを横から覗き見する。酒くせぇ……
ノートにはこう記されていた。
何をやるか?
・絵画展 一票
・演劇 五票
・お化け屋敷 八票
・ビデオ映画 十票
どんな映画をやるか?
・大河歴史 一票
・ギャグ 八票
・ミステリー 九票
etc
凶器をどうするか
・ナイフ 十票
・ハンマー 三票
・ロープ 八票
etc
(採否は本郷に一任)
死者数をどうするか
・一人 六票
・二人 十票
・三人 三票
・全滅 二票
・無効票 一票
(採否は本郷に一任)
ふーん。これがクラス投票欄か。死者数は二人が一番多いのにそれが採用されていないとなると、本郷が一人に変えたんだよな……、もしかしてあの後ももう一人死者が?いや、そんなことを考えるのはやめよう。
「沢木口さんは本郷さんとは仲がよろしかったのですか?」
江波にも同じことを聞いていたな。それは見ればわかるだろ、江波から聞いた本郷の性格からして……
「うーん、クラスメートってとこかな」
千反田はあからさまに俯いた。
すると沢木口はニヤリと笑い、身を乗り出した。前の二人と同じだ、ここでようやく……
「んじゃ!私の説を聞いてもらおうかな!もしダメだったら、分かるよね?南雲くん?」
「え、えぇ……」
「みんな犯人探しって言ってるけどさ、あたしはあれが本当に犯人探しなのか疑ってるんだよね」
ほう。
「そこの君、折木くんだっけ?ミステリーと言われたら何を連想する?」
「オリエント急行とかですかね」
「マニアックね」
「知名度で言えばトップクラスだと思いますけどね」
沢木口は『ちっちっちっ』と人差し指を立てながら言った。
「そこで探偵小説が出てくるのがマニアックなんだってば!羽場とかは『ホンカクスイリダ!!』とか言ってるけど、普通にレンタルビデオ屋に入ってミステリーを探したとして、何が出てくる?」
レンタルビデオ屋?俺も結構行くが……うーん
「ホラーってことですか?」
「正解!!君はなかなか鋭いねぇ!例えば『十三日の金曜日』、『エルム街の悪夢』とかでしょ?」
「あぁ…確かにそれは盲点でした。ハルもいいところに目をつけるね」
里志の言葉に奉太郎は顔を強ばらせながら言った。
「おい里志……その冗談は禍根が残って嘘になるぞ」
「嘘じゃないさ。《十三日の金曜日》は僕の中じゃミステリーには入らないけど、一般ではミステリーにはサスペンスタッチのものも内包される。書店の、特にコミック雑誌ならミステリージャンルにホラーが含まれていることだってあるのさ」
なにも考えずにホラーなんて口にするんじゃなかった。だが……ホラーなのミステリーなのかわからないジャンルの作品も数多く存在する。
殺人事件を取り調べていた探偵が実はこの事件の犯人は怪人やら幽霊であると気づき、持ち前の知恵と推理力で、人ならざるものをやっつけるという話もありそうだ。
沢木口は続ける。
「ま、そういうことよ。これで分かるでしょ?海藤が死んでいた部屋は完全な密室だったし、他の奴らのアリバイは証明されてる。だとしたら《七人目》がいたに決まってるじゃない。それに、
他にも出演者がいたというのか。それは初耳だな。沢木口は愉快そうに口を進める。
「疑心暗鬼が高まって、お互いお互いを信じられなくなった時に怪人登場よ!海藤の他に三人殺して、残ったのは男と女の一人ずつ、見事二人は怪人を倒し……朝日をバックにキッスでエンドロール!そうね、タイトルは……《
……
声が出ない。なんて人だ!!締切まで時間が無いってのに…中城から羽場にランクアップしたから今日のは期待してたのに!!!
そしてなんでこの人はこんなにドヤ顔が出来るんだ!!
戸惑いつつも奉太郎は反論する。
「ですが、それでは密室が説明出来ません。犯人はどうやって鍵を攻略したんですか!?」
「別にいいじゃない、鍵くらい」
ん?
「怪人なんだから壁抜きくらい出来ないとね。じゃなかったら怨霊よ。あれ?そっちの方がありなんじゃないのかしら、オカルティックだわ……」
その後伊原と千反田はなおも反論、里志はケラケラ笑いながらメモ。奉太郎と俺は放心状態。そして、俺たちの脳内で沢木口の言葉が響き続けた……
別にいいじゃない鍵くらい
───────────────────────────────
「違います、違いますよ!!沢木口先輩の案は本郷先輩の意志とは違います!!!」
地学講義室に戻った俺たちの中で真っ先に沢木口案に却下を入れたのは千反田だった。
地団駄を踏み、顔を赤くしながら叫ぶように言う。
おいおい、さらに酒が回ってきてんじゃないのか?
「当然よね。あの人どこまでが本気だったのかしら……」
多分最初から最後までだぞ伊原。
「じゃぁ否定してみてよ。あくまで論理的に」
里志が聞くと、千反田は固まる。論理的に?無理だろ。そもそも沢木口案が論理的じゃない。
超常現象に論理は勝てない。テストにだって出る。でないか?でないな。
「違います」
「だから論理的に」
「違うったら違うんです!!!」
突然千反田の体が固まった。天を仰ぎ、とろんとした目付きで俺たちを眺めたあと、言った。
「万華鏡のようです」
万華鏡?
その瞬間、千反田は座っていた椅子に勢いよく腰が落ち、頭から机に突っ伏してしまった。痛そう……
「ちょっと、ちーちゃん!?」
「ちーちゃーん?」
「寝てる……」
「寝てるな」
「寝てるね」
伊原が助け起こそうとするが……、無駄だった。どうやら本当に酔いつぶれてしまったのだろう。まぁいい、放っておこう。そのうち目を覚ますだろ。
「しっかし、超常現象っての素晴らしいな。俺達がこの三日間悩みに悩み抜いた密室をあんな簡単に解決しちまうなんてよ」
奉太郎はこちらを見つめる。
「なんだよ」
「おまえ……矛盾点に気づいてないのか?」
「んなわけねぇだろ。あの映画で大量殺人は物理的に出来ない」
「むじゅんてんがあったんですかぁ!?」
ビクッ!!
机に突っ伏したままの千反田が突然大声を上げた…。寝言だよな。
「すぴー、すぴー」
寝言だ。
「それよりハル、ホータロー、矛盾点があったというのかい?」
奉太郎は軽く頷く。
「沢木口案は俺はなかなかいいと思っていたぜ。なんせ省エネだ。だが、矛盾点を発見してしまったからにはオブザーバーとしての仕事を優先せねばならん。理由は簡単だよ。昨日羽場が愚痴ってたろ?」
「血のりのことかい?」
「そうだ。海藤一人殺すのにも血のりの量が足りなかったんだ。二人残すにしても、他三人を殺せるほどの血のりの量はないだろ?」
ああ……と呟いたあと里志は言った。
「死者が一人じゃ、ホラーは寂しすぎるね」
なんと物騒なことを……。伊原も続いて呟く。
「なんでも理由はつくものなのね。」
静寂。
これで《探偵役》三人の案は却下されたわけだ。一体どうなるのやらな。
そう思いながらも、俺は奉太郎から貸してもらった本郷の脚本を開いた。
そこには、脚本の他にも様々な役者への指示が記されており、嫌々ながらもクラスの為に試行錯誤をしている本郷なりの努力が書かれていた。
俺たち古典部だけではなく、本郷の意志はF組の誰一人として、気づいてやれることは出来なかった。
タイムリミットまで、あと二日。
古典部の南雲晴だ。
ったく、次回予告欄は俺の担当だってのに古典部の奴らに今まで取られちまってたよ…。
それにしても《探偵役》が全滅とはねぇ、この映画どうなんだ。
だがその時、一人の女子生徒が動き始めていた。
次回《女帝の力》