氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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第七話 隠者VS女帝

 昨日入須からの依頼を断った俺は、今学校に向かって自転車を走らせている。時刻は十時前時。

 

 俺の背負っているリュックサックの中に入っているのは《本郷の脚本》の一冊だけだ。

 これは俺の推理に必要だった。ミステリー映画の推理じゃない。言ってしまえば……入須の真意を暴くための。

 

 しかしまだ分からないところがある……俺が学校に向かっているのはいわば賭けだ。《アイツ》がいてくれれば。

 

 乱暴に工事が終わったあとの駐輪場に自転車を置くと、俺は足を地学講義室まで進ませた。ん、あれは?

 

 俺は少し小走りで目の前を歩く小柄な少女に声をかける。

 

「伊原」

「南雲じゃない。こんな早くから学校なんて……珍しいわね。なにか用?」

「用がなきゃ俺はお前に話しかけちゃいけんのか……。同じ部活だろう」

「そういう用じゃないわよ。学校に何か用ってことよ」

 

 あぁ、なるほどな。被害妄想が強かったみたいだ。

 

「んにゃ、ちょっとあの映画のことでな。《女帝》に一泡吹かせてやろうと思って」

「《女帝》?あぁ、入須先輩のこと?なんで?」

 

 俺は口をつぐんだ。正直に『入須が怪しい』と言ってもいいのだが、完璧主義の伊原はこんな確信のない理由じゃぁなぁ。

 

「ちーちゃんの為?」

「え?」

「ちーちゃんの為に、あのミステリー映画の謎を解こうってこと?」

 

 何故そこで千反田が出てくる…まぁ俺が謎解きを自主的にした事には大体千反田や他の人間が関わってる。例外は過去に一人だけ。今回は二回目になる訳だが。

 

「いや、違うよ」

「じゃぁなに?まぁあんたは折木とは違うから、自主的に動くのが不思議なことだとは思わないけど、あんまり積極的なタイプでもないでしょ?」

「なぁ……伊原」

「なによ」

「お前って漫画書いてたことあるんだよな?」

 

 そういった途端に伊原の顔は耳までタコのように真っ赤に染まり、スクールバッグで俺を強襲した。

 

「うわぁ!!危ないな!」

「なんであんたが知ってんのよ!!」

「里志と奉太郎から聞いたんだよ……大丈夫、別に馬鹿にする気じゃない。そのなんて言うか……お前は、自分の漫画に才能やら、特別な感覚を感じたことはあるか?」

「ないわ」

 

 随分即答だな。しかし伊原は怒った様子を見せない。一応聞いておこう。

 

「なぜそんなに即答できる」

「私一人が才能を感じたところで、他の人に才能が感じられるかは分からないじゃない。それが才能とは私は思わない。自分でも認めて、周りからも認められる……それが才能の本質だと思うわ」

「でも漫画だぜ?他の人に見てもらうには、連載しなきゃ始まらないだろ。連載することが才能だとは思わないのか?」

 

 伊原は手を仰ぐように、空を見たまま答えた。

 

「努力よそれは」

「努力だって?」

「例え連載が始まっまたとしても、人気がなかったら一ヶ月で打ち切りなんてのもよく聞く話よ。連載し続けられるかが才能の領域なのよ。」

「そんなもんか?」

「そんなもんよ。それに、才能ってだけでなにもかもが決まったら、凡人はやっていけないじゃない。連載するまでが凡人、連載が始まって続けられれば天才」

 

 伊原は俺より数歩先に進み、どこか悲しげな声で言った。

 

「けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だから人気漫画家に凡人はいない。天才は特別なんだから」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、昨日入が俺に放った言葉を思い出した。『君は……特別よ』、奉太郎はそれに釣られた。あいつは《灰色》で《省エネ》だったからこそ、今まで自分を過大評価しなかった。

 その隙に付け込まれたのだ。

 

「ねぇ、あんた今日いつも以上に変よ」

 

 俺が常時変みたいな言い方だな。

 

「そうか?」

「うん。入須先輩になんかいわれたの?」

 

 鋭いな。お前の方が探偵役に向いてるんじゃねぇか?いや、これはメンタリストだな。

 

「俺が……というより、奉太郎がだけどな」

「折木が?」

「そうだ。んなことより、今日里志は学校来るのか?」

「知らないけど、来るんじゃないかしら。今日は数学の補習の日だし」

「そうか、悪いな、変な話に付き合わせて。またな。あぁ、《氷菓》の原稿は夏休み明けに出すから!」

「あっ!ちょっ、南雲!」

 

 俺は伊原を追い越し、地学講義室まで走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地学講義室。十時十五分。……もちろん誰も来ないが、俺は捜し物が部室にあった事に安堵を覚えた。

 《シャーロック・ホームズの冒険》、《シャーロック・ホームズの事件簿》。

 

 俺は二つの本の目次部分を開く。カバンからルーズリーフとペンを取り出し、目次部分の各編の題名の上に記されている、本郷が使えるネタとして分けたものを書き写した。それがこれだ。

 

 

 

 ◎

 唇の捻れた男

 白面の兵士

 三人ガリデブ

 

 ✕

 花嫁失踪事件

 オレンジの種五つ

 まだらの紐

 花婿失踪事件

 三破風館

 覆面の下宿人

 

 

 

 

 

 

 さらに部室に置いてあった沢木口から貰ったF組の意思決定過程ノートを開く。

 

 

 

 

 死者数をどうするか

 

 ・一人 六票

 ・二人 十票

 ・三人 三票

 ・全滅 二票

 ・無効票 一票

 (採否は本郷に一任)

 

 

 

 

 

 

 次いで、《本郷の脚本》を取り出す。俺は海藤が発見されたシーンの脚本のページを開く。

 

 

 

 部屋に入ってください。部屋の中には海藤くんが倒れています。一見して分かりますが、腕をひどく傷つけられています。呼びかけても返事がありません。

 

 杉村『海藤!!』

 

 男子が駆け寄ります。

 杉村君の手には血がついています。

 

 杉村『血だ……』

 女子一同 悲鳴

 勝田『海藤!!畜生!!誰が!!』

 

 勝田くんが窓を開けます。窓の外を時間をかけて移してください。

 

 

 

 

 この三つの資料を読み比べながら俺は顎に手を当てる。

 

 やっぱりそうだ。この脚本の意味を、F組の奴らは履き違えてる。けど証拠がねぇ……。意味が明らかにされてない資料は最初の《シャーロック・ホームズシリーズ》の印の意味だけだ。多分これにヒントが……。

 くそっ、早く来いよデータベース。これ程までに里志が恋しいと思うのは初めてだよ。

 もう電話をしようと思い携帯を開いたその瞬間に、地学講義室のドアが開いた。俺はすぐにその開いた主の姿を見る。

 茶髪がかった短い髪、男にしては背が低い青瓢箪。

 

「里志!!!」

「ハル!?珍しいね、君がこんなに早く部室にいるなんて。君もホータローと同じで入須先輩に言われてここに来たのかい?」

「奉太郎と同じ?奉太郎がここに向かってきてるのか?」

「ああ、十一時に入須先輩と待ち合わせをしてるって」

 

 ……まじかよ。そうだよく考えてみれば今日は金曜日。撮影ができるのが日曜と考えれば、脚本を書く時間を入れたって今日が最終締切じゃねぇか。

 だがこれは好機会だ。奉太郎はこの三つの資料を持ってない。ここで俺の推理を奉太郎に教えなくては、このままじゃ入須の思いのままだ。

 

「里志……聞きたいことがある」

「なんなりと」

 

 俺は机の上から先程の三個の資料の内の一つを取り出した。本郷が《シャーロック・ホームズシリーズ》の目次につけていた印をまとめた紙だ。里志の目の前に叩きつける。

 

「これを見ておかしな所はないか!?なんでもいい……本郷が使えるネタというだけで印を付けただけには見えない」

 

 里志は不思議そうな表情をしたあと、俺の紙を受け取り、眺める。そして…

 

「ハル……この印の付け方はありえないよ。」

「どういうことだ?」

「言ったままの意味さ!!この印の付け方はありえない!使えるネタ、そんな理由でこの印をつけたわけが無い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり本郷先輩は使えるネタに印を付けたんじゃない。もっと他に理由があるんだ……」

「それはなんだ……里志!」

「ちょっと待って……今考えてる。◎にあって、✕に無いもの。そうだ!!」

 

 里志は大袈裟なまでに椅子から立ち上がり、天井を仰いだあと、俺の目を見た。

 そして、里志は俺に言った。◎の作品と、✕の作品の違いを。

 

 

 

 

 

「そういうことか……そういう事だったんだ!!」

「ハル、今ので何がわかったんだい!?」

 

 俺は勢いよく里志の肩をつかむと言った。

 

「いいか?奉太郎と入須を会わせるな。俺たちは手駒だったんだよ!入須にいいように使われてただけなんだ!」

「ちょっ、ハル、説明を……」

 

 その時、乱入者が現れた。地学講義室のドアが勢いよく開かれ、見たことの無い男子生徒が立っていたのだ。そいつは里志を見るなり声を貼りながら言った。

 

「見つけたぞ!福部!」

 

 里志から舌打ちの音が聞こえたが、奴はすぐに微笑みを取り戻した。

 

「やぁ山内くん。はるばるようこそ!古典部に入るなら大歓迎だよ。ちょちょ、乱暴はよしたまえよ」

 

 山内という男は里志に近づくなり、首根っこを引っ捕まえた。

 

「なにがよしたまえよだこの野郎。俺はお前を心配してるんだぞ。補習はもう始まってる!進級できなくてもいいのか?」

 

 そうか、今日は里志は数学の補習の為に来てるのだと伊原から聞いたではないか。

 

「もういい……ここは俺に任せろ。補習だろ?」

「流石だねハル!!その調子で入須先輩の真意を破ってみようか!!」

「ばか!!お前が破るのは数学の問題だよ!」

 

 そういった山内は、里志を引きずりながら地学講義室のドアまで向かう。

 

「いやだァァァァァァ!!謎がァァァ、謎がァァァ!!!」

 

 悲鳴を残して消えていった。多分漫画なら俺の頭からコミカルな汗が流れているだろう。

 すると、里志は走って戻ってきた。巾着袋から手帳を取り出し、俺に渡す。

 

「無念だよハル!!君の考えてることは分からないけど……これが役に立つことを祈ってる。かくなる上はこの手帳を我が前をいつくがごといつきまつれ……じゃぁね!!」

 

 再び走り去っていく。グッドラック。里志が進級できますように。

 

 だが、嵐は収まらなかった。次に地学講義室に入ってきたのは伊原だった。俺を見るなり声を出す。

 

「南雲、大出先生がアンタのこと呼んでるわよ」

「大出先生が?なんで?」

「私も詳しくは知らないけど、取り敢えず行ってみなさいよ」

 

 俺は自分の腕時計を確認する。十時四十五分。そろそろ奉太郎と入須の待ち合わせだ……。しかし顧問の呼び出しを無視するわけにも……

 ええい!!

 

 俺は走って地学講義室をあとにする。二段飛ばしで階段を駆け下り、職員室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

「呼び出し?俺がお前をか?」

「へ?」

 

 職員室についた俺と伊原は大出先生を訪ねたが、本人はなんの事を話しているのかさっぱりという顔だ。

 

「だって、伊原が……」

「伊原?俺はそんな事言ってないぞ。な?」

 

 大出先生は俺の隣にいる伊原に話しかけた。

 

「おい、どういうことだよ……」

「し、知らないわよ!私だって、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 え?入須に……

 

 俺の背筋に戦慄が走った。まさか!

 

「南雲!?」

 

 俺は再び走り地学講義室に戻る。まずい、入須は俺を地学講義室から離れさせようとしたんだ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 なんで最初から疑わなかったんだ!!

 

 特別棟四階まで登った俺は、神高の最辺境の廊下を全速力で走った、だが……。

 

 地学講義室についた瞬間、扉が開けられた。そこから出てきたのは

 

「ハル?」

「奉太郎……」

「やぁ南雲くん」

「入須先輩……」

 

 涼し気な表情をした入須先輩と、何処と無く満足気な顔をした奉太郎だった。俺は彼らの顔を数秒眺めたあと、聞いた。

 

「ミステリー映画は……どうなったんですか?」

 

 入須は俺を見たあとに答えた。

 

「あぁ完成だ。折木くんは本郷の謎を解いた。題名は《万人の死角》」

 

 そう言ったあと、入須は虚ろな表情で立ち尽くしていた俺に通り過ぎざまに小さな声で言葉を発した。

 

「あんな簡単な手口に引っかかってくれるとは…昨日の私はどうやら君を過大評価していたようだな」

 

 入須はそう言い残し、地学講義室から階段までの長い廊下を歩いていく。俺は入須に目を向けず、奉太郎に聞いた。

 

「なんて推理をしたんだ?」

「ネタバレだろ」

「はは、そうだよな。それじゃぁ一つだけ質問」

 

 俺は顔を上げ、奉太郎の何処と無く嬉しそうな顔を見ながら聞いた。

 

「あの映画……死ぬのは海藤だけか?」

「ああ、そうだ」

 

 俺は、初めて奉太郎の口から、聞きたくない言葉を聞いた。




 こ、こんにちは。文芸部の桜楓です。

 南雲くん、なんか落ち込んでるみたいだけど…大丈夫かな?

 夏休みの明けた古典部達は、地学講義室で折木くんの映画をみんなで見るみたい。
 その映画に隠されていた真実とは…?

 次回《打ち上げにはいかない》

 私も映画……観たかったなぁ。
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