氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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第八話 打ち上げにはいかない

 三日の時が流れ、月曜日。神山高校は夏季休暇を終了した。

 

 そして今地学講義室にいるのは俺を含めて、四人。千反田、里志、伊原だ。奉太郎は別件があるらしく、今はいないが、俺たちは奉太郎が推理した《万人の死角》を鑑賞している。

 

 撮影は奉太郎が推理した次の日の土曜の夜までに脚本が書き上げられ、日曜日の夕方に終了したらしい。先程ビデオを持ってきた江波が言っていたことなので、確かだろう。

 

 《万人の死角》の全貌はこうだ。

 

 海藤が殺されていた上手袖は密室。窓からの侵入は傷んでいるため不可能。つまり犯人は正規の方法、つまり右側通路ドアから侵入したことになる。マスターキーを使ってな。

 

 しかし、海藤以外の五人は右側通路には入れない。何故ならば玄関ロビーは二階にいる杉村の監視下にあったから。なら一体誰が犯行を行ったのか、それは。

 

 ずっと映像を取り続けていたカメラマンだった。

 

 だが本郷は脚本をフェアに書いた。つまり条件が整っていなければこの案は出せない。が……その条件を満たしているものが存在する。

 まずは照明。鴻巣が劇場の見取り図と鍵を発見した時に、それを照らした光だ。六人は誰一人として懐中電灯を持っていなかった。

 次に不自然なカメラワーク。カメラは常にあの六人と同じ立ち位置で撮影されていた。まるで視聴者が彼らと行動を共にしているかのように。

 最後に、六人が寝床を探そうと散ったときに、全員がフレームアウトするまでカメラは玄関ロビーにあった。つまり、一時的にカメラが止められた後、カメラはロビーで戻ってくるメンバーを待っていた。

 

 犯行をまとめると、犯人であるカメラマンは全員が散ったあとにカメラを止め、事務室に向かいマスターキーを入手。そして海藤を上手袖で殺害しドアを閉めた。その後犯人は誰よりも早く玄関ロビーに戻り、皆が再び集まるのを待った。

 

 ほら見ろ、全員が一斉にこちらに、つまりはカメラマンの方向を向いた。『犯人はお前だ』だってよ。

 そしてエンドロール。

 

 突如地学講義室の床に光の線が現れた。映画を見る為に教室を暗くしていたのだ。

 俺は後ろを振り向くと、そこにはドアを開けた奉太郎が立っていた。

 

「よう、良かったぜ《万人の死角》」

 

 俺のつぶやきにほかの三人も振り返る。

 

「やあホータロー。観たよ。上出来じゃないか!《女帝》も満足、映画は完成、この意外性なら客引きもできる。折木奉太郎が神高の探偵として名が広まるのも近いね。南雲晴は残念ながらまだ先だよ」

 

 広まらなくていい。探偵なんて。

 

「まぁいいさ!ほれ、買ってきたぜコーラ!みんなで乾杯だ!」

「いいねぇ!!出来れば映画を見ながら飲みたかったところだよ。」

 

 里志を無視して俺はリュックから五本のコーラを取り出し、みんなに渡す。祝賀のムードを作ろうとした途端に、伊原が立ったまま苦しい声で牽制した。

 

「ふくちゃん……原稿は進めたでしょうね?」

 

 原稿というのは《氷菓》のだ。里志は一番俺らの中で進んでいない。

 里志は微笑みを作ったまま、自分のコーラを伊原に渡した。

 そんなんで誤魔化せるわけないだろ……。

 

 俺は不意に千反田の方向を見る。こういう時には我先にと奉太郎に詰め寄るものだが、こいつは違和感に気づいてるんだな。

 いや、千反田だけじゃない。里志も伊原も、《万人の死角》の違和感に気づいていた。

 

 俺は、自分のリュックから覗く本郷の脚本を見たあと、俯いた。

 

 

 

 

 

 

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 日が暮れ、俺は特別棟から普通棟に移り、下駄箱まで足を運んでいた。

 俺は靴に履き替えると、昇降口前に立つ一人の少女に気づき、話しかける。

 

「千反田」

「南雲さん」

 

 ふぅむ。大方奉太郎に聞きたいことでもあるんだろう。

 

 すると、千反田は俺を見たあとに言った。

 

「折木さんの推理は……正しいのですか?」

「お前はどう思うんだ?」

「分かりません……。私には問題を解決する力が欠けているので。お願いします南雲さん。結論を言ってください」

「違う。《万人の死角》は本郷の真意じゃない」

 

 千反田は珍しく俺をキツめの視線で見たあと、口を開いた。

 

「南雲さんは先週の金曜日折木さんが推理をした時に地学講義室にいたんでしょう?なぜその時に訂正をしなかったんですか!?」

「出来なかった!!問題が発生して、俺は一時的に地学講義室から離された」

「問題ってなんですか!?」

「お前には関係ない」

 

 入須に騙されたなんて言えるか。

 

「逆に、お前はなんで違うと思ったんだ?」

 

 少し声を張っていい争いをしたせいか、下校している生徒達の視線が俺らに向けられていることが分かった。

 千反田はそんなのは気にならないようで、ゆっくりと話し始めた。

 

「南雲さんは……私が今回の一件で()()()()()()()()()()()を知っていますか?」

「ビデオを映画の結末だろ?」

「違います。私はあの映画がどんな終わり方でもよかったんです。だから折木さんの案は……《万人の死角》はとても良かった」

「じゃぁなんだ」

「私は……本郷さんという方がどんな方か気になっていたんです」

 

 どういうことだ?本郷の人柄をこいつは気にしていたのか?確かにこいつはF組の人に会う度に本郷との関係性を聞いていた。

 だが、それがなんだというのだ?

 

 それともまさかこいつは、()()()()と同じ考えを直感的に感じているのか?

 

「今回の一件はどう考えてもおかしいんです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()例え倒れたとしても、映画の結末は仲の良いお方……それこそ入須先輩や江波先輩に伝えることが出来たはずです。なぜそれを言わなかったのでしょうか?なぜ脚本の完成を、心半ばで放棄してしまったのか……本郷先輩の心境を理解したいんです。でも、《万人の死角》はそれを私に伝えてくれませんでした。だから……あれは本郷さんの真意でないと、私は思います」

 

 一時的な静寂と共に、俺はここの中で関心していた。いや、こういうと少し不謹慎になるし、俺自身を評価する訳では無いが。

 こいつは、感じ取っている。脚本と《シャーロック・ホームズシリーズ》、そして意思決定過程ノートの三つを用いて推理した俺の結論に、たどり着こうとしているのだ。

 

「昇降口で何を騒いでいる」

 

 一つの声。俺は振り向くと、そこには奉太郎が立っていた。その姿には、いつも以上に覇気がない。奉太郎は俺と千反田を見た途端に溜息をこぼし、口を開いた。

 

「お前らも気に入らなかったのか?あの映画」

「ハル、お前が金曜日に俺にどんな推理をしたのか聞いてきたのは……俺の推理が間違っていると思っていたからなのか?」

「いや、そういうつもりじゃ……」

「別にいい……お前の助言を聞こうとしなかったのは、俺だ」

 

 奉太郎は少しの間を置いたあと、口を開いた。

 

「ザイルが使われていないことも、叙述トリックのことも聞いた。他にはあるか……」

 

「違うんだ、奉太郎。ザイル?叙述トリック?そんなものは関係ない」

「どういうことだ?」

 

 俺は奉太郎に近づき、俺が推理に使った三つの資料を渡した。

 

「これを使ってもう一度考えてみてくれ。じゃぁな」

「これは?」

「本郷の真意だ」

 

 そう言い残した俺は、駐輪場に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

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 翌日、俺と奉太郎は喫茶店《一二三》という場所である人物を待っていた。俺が呼んだ人物だ。

 奉太郎から昨日の夜電話があり、俺が渡した三つの資料から本郷の真意を見出したらしい。

 

 それにしても、なんだこのオシャレな空間。逆に落ち着かねぇよ。

 

「ハル何かを頼め。ここを指定したのは俺だ。奢ってやる」

「じゃぁ抹茶パフェで」

 

 俺はメニューの千二百円するパフェを指さした。

 

「お前は遠慮というのを知らんのか」

 

 そんな会話をしている中、垂れ幕の向こう側から一人の人物。入須冬実が現れた。

 入須は抹茶を頼み、言葉を発した。その言葉はいつもの冷厳さは抜け、どこか穏やかだった。

 

「今度の土曜日、撮影終了を祝って打ち上げがある。君たち古典部にも参加する権利はあると思うのだが……どうだろう?」

 

 俺たちは同時と言っていいタイミングで首を振る。

 打ち上げにはいかない。

 

 入須は再び冷厳な表情になった。そして、声を発する。

 

「いいだろう。それで、話とは?」

 

 俺たちは視線を合わせたあと、順に口を開く。最初は俺だ。

 

「入須先輩、俺たちに技術があると言いましたよね?なんの技術ですか?」

「言わせたいのか?推理能力という技術さ」

 

 ……

 

「違うでしょ。俺たちは探偵役じゃなかった。()()()()()()()()()()

 

 俺の言葉に入須は眉を寄せると抹茶をトンと置き、口を開いた。

 

「どこで気づいた?」

 

 奉太郎が続ける。

 

「シャーロック・ホームズです。本郷はシャーロック・ホームズをミステリーの勉強に使っていました。そしてこれが本郷の勉強痕です」

 

 

 

 

 ◎

 唇の捻れた男

 白面の兵士

 三人ガリデブ

 

 ✕

 花嫁失踪事件

 オレンジの種五つ

 まだらの紐

 花婿失踪事件

 三破風館

 覆面の下宿人

 

 

 

 

「これが何を意味するのか……入須先輩は分かりますか?」

 

 入須はそれに目を通したあと、軽く首を振った。

 

「分からないな」

「そうですか。じゃぁハル……説明を頼む。ここからはお前のターンだ」

「◎と✕の違いは単純明快。()()()()()()()()()()、それだけです。そして、これを見てください。」

 

 

 

 死者数をどうするか

 

 ・一人 六票

 ・二人 十票

 ・三人 三票

 ・全滅 二票

 ・無効票 一票

 (採否は本郷に一任)

 

 

 

 入須の視線が少し揺らぐ……これは流石に計算外だったみたいだな。

 

「沢木口先輩が貸してくれましたよ。気前よくね。俺が目をつけたのはこの《無効票》です。おかしいとは思いませんか?数字を書くだけのアンケートで、無効票なんて。」

 

 入須は顔色一つ変えずに、俺たちを見た。そして、奉太郎が続ける。

 

「俺はこの資料があったから真相に辿り着くことが出来ました。そして、あなたにいいように使われていることにも、遅くありつつも気付くとこができた。この二つの資料に加え、本郷の脚本、これらを繋ぎ合わせてみると」

 

 

「映画には死者が出ないはずだった。」

 

 

「本郷の脚本にも海藤が死んでいるという表現はなかった。話しかけても返事がない。それだけだ。だがF組の連中は海藤が死んだと勘違いしていた。しかしこれは仕方の無いことです。あの脚本を見れば誰だって海藤は死んだと勘違いするし、肝心の本郷は撮影に参加していなかった。海藤はF組の連中のなかでは死んだことにさせられたんだ」

 

 一度お冷で唇を濡らし、続ける。

 

「話を聞く限り、本郷は気の強い生徒ではなかった。俺達が最初見た所までの映像を確認した本郷は、海藤は死んではいないと言い出せなかった。それに、ミステリーで死人が出ないのはタブーですからね。ヴァン・ダインに反する。だが本郷は、海藤生存ルートでこれからのストーリーを書いていた。その脚本で撮影することは不可能になり、本郷は途中で役職を放棄したと糾弾されるでしょう。だからあなたは、本郷を《病気》に仕立てあげた。ことの結末が収まるまで本郷を表舞台に出さないようにしていた。病気となれば仕方がないと誰しもが思う。違いますか?」

 

 無言。俺達はそれを肯定と受け取った。

 

 奉太郎の声色は、推理がクライマックスに近づくにつれて強くなっていく。

 

「そこであなたは解決編の推理大会という名義で()()()()()()()()()を開いた。海藤が死んだあとのストーリーをF組の《探偵役》に推理させると見せかけて、あなたは最も矛盾のないストーリーを彼らに作らせようとしていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そして、古典部も巻き込み、結果的に俺を利用した。これが……全てです」

 

 俺は付け加えるように言った。

 

「晴香からの助言がなければ……俺もきっと推理作家になってましたけどね」

 

 俺は隣の奉太郎に目を向ける。奉太郎は睨みつけてこそいないが、入須を見る目は目尻が尖っていた。

 奉太郎は身を乗り出し、口を開いた。

 

「俺に技術があると言ったのも、全て本郷の為ですか……?あなたは俺に言いましたよね。能力のある人間の無自覚は能力のない人間には辛辣だと」

 

 伊原が言った言葉を思い出した。『凡人がどんなに必死になって努力をしても、天才の少しの努力がそれを分散させる』

 あの言葉は伊原の真意だろう。いや、誰しもが思っている事だ。思っているからこそ、自分に才能があると自覚した時に人は舞い上がる。

 入須はそこにつけ込んだ。そしてそれは有効だったと言えるだろう。奉太郎は入須の望む創作をしたのだ。

 

 

「誰でも自分を自覚すべきだと言ったあの言葉も、嘘ですか!!!」

 

 

 奉太郎の激昴を聞いても、入須は動じない。

 

 入須は俺たちを見たあとに、答える。

 

「心からの言葉ではない。それを嘘と呼ぶのかは、あなたの自由よ」

 

 俺たちの視線が絡み合った。そして、奉太郎はフッと笑った後に、言った。

 

「それを聞いて、安心しました」





 次回《エンドロール》



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