氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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 評価を頂きました!

 10評価 綱渡手九さん
 9評価 火焔人さん、真秋なむさん
 3評価 ナコトさん

 ありがとうございました!


 また、評価バーに色がつきました。
 その為か…昨日今日でお気に入り数を60近く頂きました。
 これが評価バーの力か…!!!素晴らしい!!!

 これからも応援よろしくお願いします!!
 



第四話 夕べには骸に

 ♦︎02

 

 

 大人しくはしてようと思った。でも、我慢できない時だってある。

 

 事の発端はお客さんの足が途絶えた数分間にあった。河内先輩が湯浅部長にこう言ったのだ。

 

「やっぱ敗因はこの部室が地味なのよねぇ。だぁれもこないじゃない。ねね、今からでもポスターでも貼って雰囲気変えてみようよ」

 

 私には、河内先輩が言うほど客足が悪いとは思わなかった。文集の《ゼアミーズ》だってそこそこ売れている。

 ただ私が気に食わなかったのは、河内先輩とその取り巻きが雰囲気の変更を強いるように湯浅部長を囲んだのだ。

 湯浅部長は微笑を浮かべながら

 

「うん、でもこの方向で行こうってみんなで決めたことだし……」

「多数決をとったわけじゃないでしょ?大体誰が来るのよこんな硬っ苦しい雰囲気の部室に。そもそもなによこの文集……漫画の百本レビュー?こんなのウケるわけないじゃない!!」

 

 この言葉に私は少し苛立ちを感じた。『ウケるわけが無い』……今日の文化祭に備えて部員全員で協力して作った文集に対して、河内先輩は批判の弁を述べたのだ。

 そもそも河内先輩のグループは《ゼアミーズ》の作成に非協力的だった。しかし、取り巻きはともかく河内先輩自身はせっせと面白いコラム記事を書いていたというのに、なぜ当日になってそんなことを言うのだ。

 

 私がそう考えているうちに、河内先輩のトゲのある言葉が続く。

 

「そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだからさ、面白いだのつまらないだのを主観的概念でレビューをしたって意味なし。無駄よ無駄」

 

 河内先輩は私を見たあとに、唇を尖らせた。なに?

 

 確かに河内先輩に反論を述べたことのあるのは私だ。つまり、今河内先輩は私を挑発してる?

 

 ……

 

 ふくちゃんは信じてくれるかなぁ。ふとそんな事が頭をよぎった。信じてくれないだろうなぁ。

 ごめん、ふくちゃん、ちーちゃん、折木、南雲。

 

 委託販売の為に、漫研では大人しくするつもりだったんだけどな。

 私は席から立ち上がり、河内先輩の近くまで移動したあとに口を開いた。

 

「意味が無いって、どういうことですか?河内先輩。」

 

 私の言葉を聞くなり、河内先輩は先程まで詰め寄っていた湯浅部長に背を向け、薄く笑いながら言ったのだ。

 

「言葉の通りよ。面白いとかつまんないなんて言うのは無駄」

「言葉の意味はわかります。ですが、なぜそうなるのかは分かりません。私達がこの《ゼアミーズ》にかけてきた時間は少なくはありません。頑張ったから認めてほしいという訳ではありませんが、そんな簡単に切り捨てるなら、それに見合った理由を言ってほしいんです」

 

 私は今苛立っている。加えて、河内先輩は余裕の表情のまま私を見つめていた。

 傍から見れば、私の方が間抜けに見えるのは歴然だろう。

 

「ごめんね伊原。無意味だって言うのは間違ってた。私は、《積極的に有害》だって言いたかったの」

「どういうことです?」

 

 河内先輩は両手を大きく広げ、演説をするように口を開いた。

 

「だってさ、漫画のすべてが名作になりうる可能性があるのよ。千人中九百九十九人が駄目って言ったってね、誰かの《私の心の一冊》になるの。それなのにこの文集は個人の主観を否定してる。偏見を撒き散らかしてるだけでしょ?だから有害なのよ!!」

 

 私は唾を飲んだ。

 

 河内先輩の今の言葉には決定的な弱みがある。それに本人が気づいているかはわからないけど、私はそれを指摘することにした。

 私は口を開いた。

 

「先輩は『どんな漫画も主観次第では名作になりうる。だから、これは悪い作品だと言うのは無意味どころか有害でさえある』と、いいたいんですよね?」

「うん。そういってるの」

 

 河内先輩の余裕の表情は未だに崩れない。私は極力穏やかな声で言った。

 

「でしたら、『どんな漫画も主観次第では駄作になりうる。だから、これは良い作品だと言うのは無意味どころか有害でさえある』と、言うことにもなりませんか?」

 

 河内先輩が自分で作った矛盾。これに先輩がノーと言ったのなら、先輩は自分の意見を自分で否定することになる。

 しかし先輩の表情は変わらずに、言った。

 

「その通りよ」

「……っ!!?」

 

 あたりがざわめいた。

 

「だってそうでしょ?つまらないってのは漫画がつまらないって意味じゃない。その漫画の面白さを感じるアンテナが低かったことを『つまらない』って言うんだって。だから『つまらない』って言えない腰抜けさんたちは、『自分に合わなかった』って言い換えるんでしょ?これが結論よ。面白い漫画ってのは漫画自体が面白いって意味じゃないの。それを感じる個人のアンテナの高さ低さがそれを決めているのよ」

 

 違う。そんなことは無い。

 《名作は名作として生まれてくる》ものなのだ。面白いと感じるアンテナが低かった、高かったなんて理由で決められるものではない。

 私は最初、河内先輩が《ゼアミーズ》を貶した事で反論した。だが、今はそれ以前の根本的なところで河内先輩に苛立ちを覚えている。

 負けるもんか……。

 

「じゃぁ先輩は、この世に名作や傑作は存在しないって言うんですね?漫画だけに留まらず、音楽や芸術にも名作や傑作と呼ばれているものはあります。先輩はそれら全てを否定するんですか!?」

 

 先輩の声は落ち着いていた。

 

「そんなことは言ってないでしょ?名作はありうるよ」

 

 尚も続ける。

 

「長い年月、たくさんの鑑賞者。そういうものの篩にかけられて、《普遍性を獲得した者》のことを名作と呼ぶのよ。だから、私たちが漫画評論なんて馬鹿げてるのよ。与えられたものだけを見て、ヘラヘラ笑ってればいいの。」

「なら先輩は……!先輩は、漫画を読んでいて名作の予感だとか、才能の鱗片を感じないんですか?」

「くどいね伊原。感じないに決まってるじゃない。それこそあんたの主観よ」

 

 河内先輩の目付きが鋭くなった。多分私も先輩を睨んでいる。

 

 私は切り札を出すべきだと確信した。先輩が貶した私の切り札を出し、先輩を否定するべきだ。

 

「違いますよ先輩。それは単なる経験の問題です。先輩はそう感じる作品に出会ったことがないんです」

「へぇ、言ってくれるじゃない。」

「先輩の言い分だと、私が《遊び》で描いた漫画と、他の人間が《本気》で描いた漫画は等価ということになります。そんなことは絶対にありません。私の漫画がそれに並んでいるなんて絶対に言えないようなものがあります。なんの淘汰もされないような」

 

 私は続ける。

 

「例えば先輩。去年の文化祭で売り出されていた《夕べには骸に》という文集をご存知で?」

 

 いつの間にか、先輩の顔からは余裕は消えていた。先輩は短く答える。

 

「知らないわよ」

「じゃぁ明日持ってきます。それでも納得してもらえないようなら、私にはもう言う言葉がありませんから」

 

 私は大きく深呼吸をした。

 

 これで《氷菓》の委託販売の件は切り出せなくなってしまった。

 私はクルリと振り向き、その光景に反射的に声を発した。

 

「なにこれ」

 

 漫研のブースが満員になっていたのだ。それも、私と河内先輩を囲んだ状態で……。

 私がギャァギャァ言ってるのも見られてたってこと!?

 

 私は辺りを見渡すと、お客さん達は目を逸らし、《ゼアミーズ》を購入していく。

 

 確かに言葉が悪かった部分はあったけど、目をそらす必要ある?

 

 危険物扱いじゃない。

 

 漫画だったら、私のこめかみからは青ざめた表現がされているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ♥02

 

 

 

 【必見!!ただいま決戦中!!乙女の闘いin漫研。漫画論熱論中。(キョンシーVS両性体)】

 

 私と南雲さんは占い研究部の十文字さんに《氷菓》を購入してもらったあとから共に行動しました。

 一日目の終わりも近かったので、伊原さんの様子を見に来たのですが、なんでしょうこのポスターは?

 

「乙女の闘い?なんじゃこりゃ」

 

 南雲さんは言います。すると、扉から一人の女子生徒が飛び出してきました。漫研部長の湯浅先輩です。

 

「あの、これ……」

 

 ポスターを指さして聞くと、湯浅先輩は緩やかに微笑みながら

 

「今日はもう終了です。明日の午前中にもう一度やります。是非来てくださいね。漫画研究会をよろしくお願いします。」

 

 はぁ……。ええと

 

 古典部もよろしくお願いします。

 

 私と南雲さんはペコりと頭を下げました。

 

 

 

 

 ♠︎03

 

 

 

 文化祭一日目の終了が近づいてきた。

 

 里志、千反田、ハルはたまに顔を見せに来たが、伊原に関しては朝見ただけだな。

 

「で?どうだった僕のマイクアピールは!?」

 

 里志がヘラヘラしながら聞いてきたので、短く答える。

 

「良かったぞ。あの後の客足はなかなかのものだった」

「ほんと!?じゃぁ明日の《ワイルドファイア》も頑張んなくちゃ!!」

 

 だが実際、里志のマイクアピールは大したものだった。宣伝効果も馬鹿にならないな。

 俺としても、客足がいいのは嬉しいことだ。

 

「《ワイルドファイア》って、あの三人一組のやつ?」

「えぇ!?三人一組!?ほんと!?」

 

 里志はしおりを巾着袋から取り出し確認をしている。総務委員会がイベントを把握していないのは頂けないな。

 

「ハル、お前はどうだった?」

「ん?あぁ、さっき生徒会室に行ったら五部売れてた。訪問販売の方も八部。合計十三部だ」

「ハル、生徒会室に《氷菓》を置いていたらしいね。それは総務委員会としては見逃せないな」

 

 里志がハルに不敵な笑みを浮かべながら詰め寄る。

 ハルは里志をジト目で見たあとに言った。

 

「うるせぇ。生徒会室の《氷菓》を撤去して困るのはお前もだろ。この際だ、手段は選ばねぇ」

 

 ハルも最近になってよからぬ事を考える輩になったな。古典部でいつまでも純粋無垢な心を持っているのは俺だけということか。ああ神よ、彼らの心を浄化したまえ。

 

 一方千反田は沈んでいる。

 

「すみません皆さん。私はうまく出来ませんでした」

「気にするな」

 

 正直千反田には期待していなかった。いや、この言い方には語弊がある。既にイベントが始まっているにも関わらず、売り場の増加は望めない。

 ハルが獲得した生徒会室が運が良かっただけだろう。

 

「あっ、でも気になることがあったんで……むぐ」

 

 千反田が恐ろしいことを言いかける前に、ハルが千反田の口を塞いだ。グッジョブ。

 ハルは続ける。

 

「なぁ、千反田。今はそんなにことしてる余裕はねぇぞ?」

 

 千反田はハルに口を塞がれたまま俺が箱にしまった《氷菓》の在庫を見る。ハルが口から手を離すと、千反田は言った。

 

「そうですね、私、気になりません」

 

 大変よろしい。

 

 一方伊原だが、妙にぶすっとしている。それはいつもの事だ、と言えばどうしようもないが。どうも何か考え事をしているようなので、取り敢えず聞いておこう。

 

「伊原、漫研ではなにかあったのか?」

「なんもない!!!」

 

 怒鳴られてしまった。

 

「で?ホータローはどうだった?部室の方の戦果の方は」

 

 里志のそう問われたのでら背もたれに寄りかかりながら答えた。

 

「ハルと同じく十三部だ。つまり、合計二十六部」

 

 この滑り出しは上々だ。

 販売用二十四部というのを、既に一日目の時点でクリアしているのは素晴らしい。

 それに本番は土曜日だ。

 

 しかし俺はそれを口にしなかった。言えば伊原への皮肉になりかねない。

 

 あと二日……一体どうなることやら。

 

 チャイムが鳴った。神山高校文化祭、一日目、終了。

 

 

 【氷菓完売まで あと百六十四部】




次回《夜の情景、朝の風景》



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