氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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第二話 伝統ある古典部の結成

「私……気になります!」

「き、気になるつってもなぁ……」

「なぜ私は閉じ込められたのでしょうか?閉じ込められたのでなければなぜこの教室に入ることが出来たのでしょうか?南雲さんも折木さんも考えてください!………あら?」

 

 俺と折木にものすごい勢いで詰め寄ってきた千反田さんは、壁に追い詰められた俺たちの腕下を覗いた。

 

「そちらの方はお友達ですか?」

 

 振り向くと、ドアが微妙に空いているのに気付いた、そこから覗いていた顔を確認すると同時に、折木が声を上げる。

 

「里志!盗み聞きとは随分趣味が悪くなったな!」

 

 ドアが開かれ、そこに居たのは先程俺たちと教室で談話をしていた福部の姿だった。ヘラヘラしながら口を開く。

 

「やぁごめんごめん、ホータローと南雲くんが古典部に入るなんて、少し面白そうだから見に来たら女の子と一緒にいるんだもん、そりゃ反射的に隠れるよ。一体三人で何をしてたんだい?」

 

 福部が冗談で言ってるのは折木の反応から分かるが、どうも言い方に癖がありすぎる……。ほんとに思ってたみたいな言い方しやがって……。

 

「え、え、わたし……」

 

 先ほどの興味旺盛な態度は千反田さんから消え失せ、どう反応を取ったらいいのか分からないという風にオロオロしている。

 両手を胸元まで上げ、何かを掴もうとする仕草をとる。

 

「ジョークだよな……福部……」

「もちろん」

 

 千反田さんからホッとした表情が見れた。なんと感情豊かな娘なのだろうか……。こりゃ役者にでもなれるんじゃないか?名女優千反田える。悪くない……。

 そんな下らないことを考えているうちに、千反田さんは警戒心を滲ませながら声を発する。

 

「あの、この方は?」

 

 折木は福部の肩に手を置くと、ダルそうに答えた。

 

「こいつか?こいつは福部里志、似非粋人だ。」

「ホータローにしては、随分面白い紹介だね……。初めまして千反田さん!君とは一度話してみたかったんだ」

「一度話してみたかった?福部は千反田さんのこと知ってんのか?」

「えっ!?驚いたな……ホータローならまだしも、南雲くんも千反田家のことを知らないのかい!?」

「ホータローならまだしもってなんだ」

「あぁ……いや、俺ここに最近越してきたばかりだからさ。」

「なるほど、だから入学式に遅刻したのか」

「御託はいい……千反田の家がどうした?」

 

 折木が不満げに聞くと、福部は満足そうに頷き、達者な口を開く。

 

「神山には旧家名家は少ないけど、《桁上がりの四名家》といえばその筋じゃ有名だよ。荒楠(あれくす)神社の十文字家、書誌百日紅(しょしさるすべり)家、豪農の千反田家、山持ちの万人橋(まんにんばし)家さ。数字の桁が一桁ずつ上がるから人呼んで《桁上がりの四名家》。まぁこの四家に対抗できるとすれば、病院長の入須家か教育界の重鎮遠垣内(とおがいと)家、そして、この辺じゃ珍しい畜産の勘解由小路(かでのこうじ)家って所かな!」

「勘解由小路!?」

 

 思いもよらぬ苗字が現れたことに驚愕した俺は、顎が外れる寸前まで口を広げ叫んだ。

 おいおい、まじかよ……。

 

「南雲くん、知ってるのかい?」

「え……」

 

 どうする?言うべきか?いや……ここで福部にバラしたら、福部の講釈はさらに続きそうだ……。

 

「いや……珍しいなって」

「そんなことより里志……その話本当か?」

「失礼だな!全部本当さ!僕が今までホータローに嘘を言ったことがあるかい?」

 

 確かにそれらしい名前だけど……どうも折木との会話を聞いているとこの福部里志という男はいい加減なところがあるのも否めないよな……。

 この気を悪くした表情でさえ、芝居がかってる様にも見える。

 

「ええ、私は全部聞いたことありますよ。《桁上がりの四名家》というのは初めて聞きましたが」

「やはり創ったな?」

 

 じろりと見る折木に肩をすくませながらら福部は笑って言った。

 

「時には提唱者になりたい時もあるさ。ところで……、さっきはなんの話をしていたんだい?神山高校古典部の諸君」

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

 

 俺たちはことの経緯を福部に簡単に説明した。すると福部は腕を組んで激しく唸る。千反田といい福部といい……オーバーリアクションなんだよなぁ。

 

「それは不思議な話だね」

 

 里志の弁を聞き、折木は冗談じゃないという顔をしながら答えた。

 

「どこがだ、千反田が自分で閉めたことを忘れたんだろ」

「それは無理だと思うぜ」

 

 俺は一人、部室のドアを確認しながら言う。

 

「どうやらこの部室、地学講義室は内側からじゃロックはかけられない。生徒の悪巧み防止だろうな」

「鍵が壊れてるかなんかで、勝手にしまったんだろ」

「ホータロー、いくら何でも鍵が勝手に閉まるなんて非科学的だよ」

「もう一度言います。南雲さん、折木さん、福部さん……一緒に考えてください!どうして私は閉じ込められていたのでしょうか!?折木さんの言う通り何かの間違いだというのなら、どんな間違いなのでしょうか!?」

「うん、実に面白そうだね。」

「確かに、夕暮れの放課後……密室に閉じこめられた少女。ミステリー作品とかでありそうだな」

 

 俺は指を立てながらいうと、福部は興味を持ったように俺に問いかける。

 

「へぇ、南雲くんってミステリー読むんだ。」

「嗜む程度だよ。別に詳しいわけじゃないさ」

「くだらん、俺は帰るぞ」

 

 折木はスクールバックを背負うと部室を後にしようとする。そりゃそうだよな、確かこいつのモットーは「やらなくてもいいことならやらない、やるべき事は手短に」

 これは折木にとって「やるべきこと」ではないんだな。

 確かに千反田が閉じこめられた理由が分かったところで、折木や俺たちにはなんのメリットもない。引き受ける方が甚だしいって思うのが普通の考えだ。

 だが、福部はそれを分かりきっているように折木を制す。

 

「ホータローも手伝ってよ。僕もできることはするけど、データベースは結論を出せないんだ」

「なんだ、その変な文句。よく分からんが……とりあえずやってみようぜ、折木」

「折木さん!」

 

 俺達がそう言うと、折木はこれ以上の談判は不可能と判断したのか、両手をあげながら答えた。

 

「分かった、少し考えてみるか」

 

 俺はニヤリと笑い、俺達四人は円を作るように立つ。

 俺は言った。

 

「じゃあ、話を整理しようぜ。千反田がここに来た時には、この部室は空いていた。つまり部室のドアを閉めたのが《第三者》だとすれば、その時に鍵を持っていたのはそいつだ。そしてその後《第三者》が返した鍵を、折木が職員室から回収。部室に来る途中で俺と出くわし、閉められていたドアを開けた。つまり、職員室にある鍵の貸出名簿を見れば《第三者》が何者がわかる訳だが……、千反田は俺たちが来る何分前にここにいたの?」

 

 顎に手を当てた俺は千反田さんに聞く。

 

「えぇ、確かお二人が来る三分ほど前でした」

 

 三分……!?不可能だ。この部室は神高でも最辺境。《第三者》が鍵を閉め、職員室にその鍵を返す為には少なくとも五分はかかる。時系列が合わないな。

 すると折木が千反田に向き直り、言った。

 

「他になにかおかしな点はなかったか?」

「おかしな点?なぜそんなことを聞くんですか?」

 

 なぜって……この娘は天然かなんかなのか?折木のストレートな質問に千反田は首を傾げる。

 折木もため息をつきながら言った。

 

「手がかりを探すんだよ」

「手がかりとは具体的には……」

「手がかりってのは、手がかりになるものだ」

「いつもとは違う点ってことだよ。なんでもいい」

 

 俺がそう付け加えると、千反田は『あぁ』という顔をしたあとに、言った。

 

「ええと……さっきから足元でガタゴト音がします。」

 

 足元で音……?俺には聞こえないな。折木と福部の顔を見るが、二人にも分からないようだ。

 千反田は超音波でも感じ取ってんのか?

 そうか……音……足元で。

 

「「あぁ、なるほど……」」

 

 俺と折木の声が、同時に静かな部室に響き渡った。

 

「そういう事だったんだな折木」

「あぁ、簡単すぎて話す気にもならないぜ南雲」

 

 俺はリュックサックを、折木はスクールバックを背負うと、部室をあとにする。

 

「ど、どこ行くんですか!?」

「シーンの再現さ。運が良ければ……いや、()()()見れる」

 

 黙って階段を降りる俺と折木に、耐えきれないと言うような声質で千反田が口を開く。

 

「そろそろ話してくださいよ!何がわかったんですか?」

「そうだよホータロー、それに南雲くんも。僕らのあいだに秘密は無しだろ」

 

 俺もかよ……福部。俺達はほぼ今日が初対面だろ。

 

「そうだな、じゃぁまず簡単な問題。千反田が閉じこめられた時間、俺と折木が部室に訪れた時間。()()()を使っていたのなら、時系列が合わないのは分かる?」

「神山のデータベースを舐めないでよ。あの距離だと往復でざっと五分はかかるよ」

 

 すると、折木が続けていう。

 

「だとしたら千反田が閉じ込められた時に使った鍵、俺と南雲が部室を開くのに使った鍵は、別のものってことだ。」

 

「なるほど……マスターキーか!」

「あぁ、そうさ。それで、千反田。足元から音がするって言ったよね?なんで足元から音がすると思う?」

 

 ニヤッと笑いながら聞く俺の姿に戸惑いながらも、千反田は俺が望んでいた答えを返す。

 

「下の階の天井を触っていたから?」

「そう、だからつまり。君を閉じ込めたのは……」

 

 俺と折木は同時に三階の教室から出てくる用務員に視線を向ける。教室から出た彼は脚立を壁に立てかけると、ポケットから小さな鍵を取り出し、この階の教室のドアを次々に閉めた。

 

 俺は講釈を続けた。

 

「話をまとめるとこうだ。教室のロックを開け、中で作業をする。天井をいじっていたとなると、火災報知器の点検かなんかだろうな。それが終わると次々に教室を移動し、その階すべての作業を終えたあとにすべての教室にロックをかける。もし作業の終わった教室に運悪く侵入してしまった生徒がいようものなら……、ガチャりだ。次の日の朝まで教室で過ごすハメになるってわけ。よかったな千反田。あのまま地学講義室に閉じ込められてたら次誰が、いつあの教室に来るかわかったもんじゃなかったぜ」

 

 これで、《密室の教室事件》は解決っと。

 

「すごいな、ホータローの考えは結構当たるからもしかしてって思ったけど、南雲くんもやるじゃないか!」

「本当ですね。びっくりしました」

「まぁあれだな。鍵が閉められたのに気づかない千反田ってのだけは、分からんがな」

 

 俺がそう言うと、千反田さんはニッコリと微笑みながら返した。

 

「その事でしたら説明できます。窓の外を……あの建物を見たかったんです」

 

 千反田は廊下の窓から、校舎の外にある木造建築の建物を指さした。なんだあれ、確かにこの時代に木造建築ってのは珍しいよな。東京からきた俺にとってはタイムスリップしたんじゃないかって最初は思ったし……。

 

「ところで、挨拶がまだでしたね」

「挨拶?」

 

 折木が首を傾げると、おもむろに千反田が言った。

 

「えぇ!これから古典部として共に活動していくんですから、よろしくお願いします!南雲さん!折木さん!」

「福部さんもどうですか?古典部!」

 

 福部は腕を組んで考える素振りを見せるが、これも彼なりの演技なのだろう。きっともう腹は決まってる。

 というより、千反田が誘うまでもない。

 

「いいね、今日は面白かったし。入るよ。よろしくね、千反田さん、ホータロー、南雲くん」

 

「あぁよろしく!折木もな」

 

 俺が折木は「はぁ」とため息をついた後、かったるそうに口を開いた。

 

「あぁ、よろしくな。南雲、千反田」

 

 

 

 

 

 

 

 

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「じゃぁねホータロー、南雲くん。僕はこっちだから!」

 

 俺と折木は商店街の十字路で福部と別れると、そのまま足を動かした。

 しばらくの間沈黙が続いたが、その沈黙を破ったのは折木だった。

 

「お前が分からんな」

「え?」

 

 折木の不意な言葉に、俺たちは足を止める。

 

「確かお前が古典部に入る理由は、《進学のため》だったよな?その言葉を聞いた時、俺はお前に少し近いものを感じた。だが……、さっきの千反田の依頼を引き受けた時は、打って変わってお前は里志の様な顔をしていた。まるで《薔薇色》を求めるかのようにな」

「お前は言ったよな。《灰色》か《薔薇色》かは人に決められるものじゃない。ならお前は……どっちなんだ?」

「面白い質問だな。さっきの推理といい、折木は小説家にでもなった方がいいんじゃないか?」

 

 折木は俺のジョークを受け流す。いや、まるで聞こえていないように折木は俺を見つめる。福部のジョークのせいでこういうのは慣れてんだろうな。

 

「そうだな……」

 

 俺は反対側の歩道を歩く運動部の連中を見つけた。まだ春にもかかわらず、軽く日に焼けている。近くのコンビニで買った肉まんを頬張り、楽しそうな笑顔で笑っていた。

 

「あぁいうのは多分《薔薇色》だろ?周りから見ても、まぁ、俺はあぁいうキャラじゃない。けど、何事にも消極的ってのも、高校生としてはなんだか味気ないよな。あぁ、別に折木の在り方を否定してるわけじゃないぜ」

 

 俺は唇を一度舐めた。

 

「高校生活といえば薔薇色、薔薇色といえば高校生活。そう言うのが当たり前なほど、高校生活は薔薇色として扱われている。けどその中にも灰色を好む高校生がいてもおかしくはない。十人十色に千種万別、いろんな人間がいるからこそ世の中は成り立ってるし、高校生活だって成り立ってる」

「何が言いたい?」

 

 折木は不審がるように俺を見つめるが、俺は声のトーンを変えず話し続ける。

 

「《薔薇色》と《灰色》が存在するなら、その間、つまりどちらにも所属しない、何色でもない人間がいたって不思議じゃないだろ?」

 

「少ない仲間内でバカやって、勉強も運動も色恋沙汰も《それなり》にこなしてる、過干渉もせず、不干渉もしない。……何者にも染まらない存在。そうだな、折木風にいえば……」

 

 ザァ!っと春特有の冷たい風が俺たちの体を包んだ。そして俺はポケットに手を入れ、口を開く。

 

「《無色》……何者にも染まらない。絶対不可侵の存在……それが俺さ」

「だから、俺はお前と仲良くなれると思うぜ」

 

 俺は折木に手を差し出す。

 

「お前は《灰色》、俺は《無色》……灰色にどんなに透明の色を塗っても色は変わらない。どうだ?」

 

 折木は数秒俺の手を見つめ、重そうな口を開く。

 

「奇遇だな。」

「え?」

「俺もお前とは仲良くなれそうだ。」

 

 柄にでも無さそうな事を言った折木は俺の手をがっしりと掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 古典部に俺以外の部員が入部するのは予想外だったが、これでいい。

 

 もう俺は、誰に対しても深く干渉することは無い。誰に対しても、特別な感情を抱く事もしない。

 

 俺の心は(から)だ。俺には、なにもない。

 

 それでいいだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――俺は、無色だ。

 

 

 

 

 

 




《薔薇色》にも《灰色》にもならない。
《何者にも染められず》、《何者も染めない》。

それが俺、南雲晴だ。

古典部に入部した俺たちだったが、休む暇もなく俺たちは《日常の謎》に引き寄せられる。

次回、《愛なき愛読書》。

ったく、本は大事に扱えっての


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