氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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第五話 夜の情景 朝の風景

 JOKER06

 

 

 

 文化祭一日目が終了した夜。唐突に携帯電話が鳴った。いや、予期しての電話などないのだが。

 俺は携帯電話を中々使わない人間なので、最初になった時こそそれが何処にあるのか探し、制服の内ポケットから携帯を取り出す。

 

「もしも〜し」

『やぁ、僕だよ僕』

「俺にまだ息子はいないぞ」

『その返しはちょっと面白くないなぁ……』

 

 やかましい。

 電話の主は里志だった。まぁ携帯が鳴っているときに画面に表示されていたので事前には分かっていたが。

 俺は飄々とした口ぶりの里志に聞く。

 

「それで、どうした?」

『そうそう、明日の文化祭なんだけどさ、ハルに是非出て欲しいイベントがあるんだけど、どうかなって?』

「イベントねぇ」

 

 俺は目立つことがそれ程好きな部類ではない。出来れば人前には立ちたくはないし、授業での発表なんかは妙に緊張する。

 だが里志のいうイベントが人前に立つものと判断するには早すぎる。俺は声質を低くしながら言った。

 

「そのイベントによる」

 

 俺の嫌々の声を聞いたからか、里志は電話の向こうで軽く笑った。

 

『クイズ大会だよ。クイ研主催の《神高クイズタッグ》。決勝まで生き残れば、それなりに目立つ』

「クイズ大会だと?お前がでろ。俺が勝ち抜けるわけないだろ」

『ハルならそういうと思ったよ。けどね、ホータローも言ってたろ?宣伝効果は馬鹿にならない。もう一度決勝に進出して、《氷菓》をアピールするんだ。次いでに《氷菓》を何部か持ってさ、その場で表紙なんか見せれば客足は今日の僕以上に伸びると思うんだよね。それに僕は明日お料理研の料理大会に出るんだ。時間がかぶってクイズタッグには出られないんだよ』

 

 『はぁ』と俺は深くため息をつく。こいつは何もわかっちゃない。

 

「俺はお前みたいに博識じゃない。適材適所だ。お前がクイズ大会、俺が料理大会に出る。」

『料理大会はハルにとって適材適所なのかい?』

 

 む。

 

「はぁ……仕方ない。手を打とう」

 

 『はは』という嘲笑が聞こえてから、里志は言った。

 

『決まりだね。僕がお料理研、君がクイ研だ。ああ、あとクイズタッグは二人一組の大会だから相棒がいないとね』

「な、おい待て。お料理研には確かお前と千反田と伊原で出るんだよな?奉太郎は店番だし、他に誰を誘えってんだ」

『大丈夫さ。いい人材を今日見つけたんだ。その人は僕より君との方が仲がいい』

「誰だよ」

 

 里志は少し間を置いてから、少し興奮したような口調で言った。

 

『今日のクイ研主催の大会《神高クイズトライアル》の優勝者さ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ?01

 

 

 

 ここが神山高校かぁ。見たところは普通の学校だけど…文化祭、盛り上がってるなぁ。

 ここに()()()()()がいるのか……。

 

 たしか部活は……

 

 

「古典部……」

 

 

 

 私は、そっと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦︎03

 

 

 

 《夕べには骸に》は、短編漫画が三本ほど入った短編集だ。

 

 題名に怖い字が入ってるけど、これはもちろん蓮如の《明日には紅顔ありて、夕には白骨となれる》という言葉をアレンジしたものだろう。

 古色蒼然とした昭和を舞台に、美しいものや懐かしいものが変容していく必然性と、それへの悲しみが描かれている一方で、女子高生のプラトニックな恋が語られてもいるエンターテインメント作品だ。

 中学三年生だった頃、ふくちゃんと一緒に行った神山高校文化祭でこれを見た時には、言葉が出なかった。

 台詞回しやストーリー展開の味わい深さが印象的で、それを個性で神経の行き届いた絵が支えている。

 

 また、ここぞとばかりに挿入される一枚絵。私はそれに打ち勝つ絵を商業作品を含めたとしても出会ったことがない。

 

 私はすっかり心をやられてしまった。

 私が同人誌に心を打たれたのは今までで二回。一つが《夕べには骸に》。そしてもう一つが全然関係のない即場会で購入した《ボディートーク》。

 この二つの宝物でどちらかを選べと言われたら私は苦渋の決断で《夕べには骸に》を上げるだろう。

 

 河内先輩の理論を破るには、趣味を超えて、万人が素晴らしいと思える作品を提示する事が絶対条件なのだ。私はその作品に《夕べには骸に》を選んだ。

 

 神高に合格が決まった時こそ、私は漫研に入ることを決意した。《夕べには骸に》の作者に出会えると思っていたから。

 しかし、《夕べには骸に》の作者を知っている人は、漫研には誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

 神山高校文化祭の二日目の朝。私はひどく落胆して登校した。

 出席確認のセレモニーの前に、私は漫研へ足を運ぶ。

 河内先輩は既に来ていた。タキシードを着込んでいる。男装のムエタイ使いだろう。

 

 先輩は私に気づくと、こちらに寄ってきた。ちなみに私も昨日とは違うコスプレをしている。エスパー魔美だ。

 先輩は私の胸についたブローチを見ると、言った。

 

「仁丹は飛ばせるの?」

「いえ、見た目だけです」

「おマミをやるなら髪型も工夫して欲しかったね」

 

 一瞬の沈黙。

 

「で?あったの《夕べには骸に》は」

 

 一度昨日言っただけなのに、先輩が覚えていることに驚いた。

 昨日余裕の表情を見せていた先輩も何故だか今日は顔が張り詰めている気がする。

 私は大きく息を吸って肝を構えると、言った。

 

「すみません。ありませんでした」

「はぁ?」

「夏休みに田舎に持って帰ってしまったみたいで」

 

 そう、昨日の夜更かししながら探した私の宝物、《夕べには骸に》は見つからなかったのだ。

 心当たりは全部探した。本棚はざっと十回は見返したし、全然関係の無い場所まで探した。

 《夕べには骸に》はふくちゃんにだって見せてない。誰にも貸した覚えはないのに。

 

 多分夏に部屋を整理し、父の古本を実家に送った時に、紛れ込んでしまったのだろう。

 

「へぇ。なかったんだ」

 

 先輩の頬が緩んだ。河内先輩の取り巻きの、ニヤニヤ顔が勘に触る。そのうちの一人が私に向かっていった。

 

「伊原あんたさぁ。昨日あれだけ偉そうな口叩いといて『ありませんでした』で済ますつもり?」

「そうだよねぇ。もうちょっと謝り方ってのがあるんじゃない?」

 

 私は彼女らを無視する。これは私と河内先輩の問題だ。彼女が謝れというのなら、土下座でもしよう。

 しかし河内先輩は短く答える。

 

「そ、じゃぁポスター手伝って」

「ポスター、ですか?」

「うん。萌えるやつね。私ちょっと出てくるから」

 

 河内先輩はそういうと、身を翻して行ってしまった。

 取り巻きも先輩の反応は予想外だったようで、軽く混乱している。

 

 かく言う私も、その場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 JOKER07

 

 

 

 昨日より早く学校についた俺は、一年B組の下駄箱の近くに寄りかかりながら《彼女》を待っていた。

 様々な生徒や教師陣、コスプレイヤーを目で送り、時折通る友達とも手を挙げ「おはよう」という挨拶を交わす。

 

「な、南雲くん?」

 

 《彼女》、桜は俺が話しかけるより先に、俺に話しかけてきた。

 

「よう桜。おはよう」

 

 桜の格好はいつもと同じで、セーラー服の上からピンク色のカーディガンを羽織っている。

 そしてその隣には、いつも桜と一緒にいる俺と同じくらいの背の女。倉沢凪咲が立っていた。

 

「う、うん。おはよう。どうしていつまでも下駄箱にいるの?」

 

 俺は軽く頭をかくと、言った。

 

「お前を待ってた」

「え、えぇ!?」

「南雲」

 

 倉沢は俺に話しかける。そう言えば……こいつと話したことってないな。

 俺は視線をオロオロしている桜から倉沢に移した。

 

「なんだよ」

「告白?」

「ちょちょちょナギちゃん!?何言ってるの!?」

「いや、違うけど」

「ち、ち、ち、ち、違うよね!?!?そうだよね!?!??……あはは……」

 

 桜のツッコミ凄いな……ポンポンポンポン出てきてるじゃん。古典部にも一人欲しいよ。

 そう考えながら、俺は再び桜に視線を戻した。

 

「桜」

「はい!」

「俺と一緒に今日の《クイズタッグ》、出てくれないか?」

「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 ♣︎04

 

 

 

 僕は出席確認が終わると、すぐに体育館を飛び出した。

 

 見たい出し物があるからじゃない。こう見えても総務委員会で、総務委員会は文化祭全体を円滑に進行させなくちゃならないから、結構忙しいんだ。

 ハルが所属してるクラス委員にもそういう義務はあるべきだと思うんだけど、彼らの仕事場はクラス内だ。学校全体に関わってくる文化祭でやることと言えば、閉会式の暗幕を下げることくらいだ。

 僕は総務委員会本部の会議室をノックし、中に入る。

 

「福部です。仕事はありませんね。では失礼します!」

 

 全く無念だよ。総務委員会のため、ひいては神山高校のために働けないのは……。僕は再びドアノブに手をかけたところで、呼び止められた。

 

「まて、福部。やることはあるぞ」

 

 えー。

 

「なんだその嫌そうな顔は」

「いえ、貢献の機会が与えられて光栄ですよ。《田名辺治朗》先輩」

 

 室内にいたのは彼一人、ホワイトボードに貼られたスケジュール表と睨めっこしている。

 まぁ実際、今日の本命は十一時半からのお料理研だし、それまでに終わるならいいや。

 僕は言った。

 

「で、なんです?十一時半までに終わるなら、たとえ火の中水の中、神高の中」

「すぐだよ。来賓用の靴袋を各昇降口に二袋ずつ頼む」

 

 確かにそんなに時間がかかりそうにないね。

 僕と田名辺先輩は共に《カンヤ祭の歩き方》を作成した仲だ。ふと、話しかけてみる気になった。

 

「先輩は文化祭見て回らないんです?」

「なんだかんだで雑用があるからなぁ。ああでも、二年F組の《万人の死角》は面白かったぞ」

 

 おお、それに関しては僕達にとっても嬉しい話だ。

 

「でも、イベントにはエントリーできませんよね」

 

 先輩は笑いながら言った。

 

「総務委員でなくても、多分やってないと思うぞ。お前と違って俺は無芸無趣味だからな」

 

 僕は僕自身を多芸多趣味と思ったことないけどなぁ。

 

「で、何か面白い話でもあったか?」

「面白い話ですかぁ……」

 

 僕は少し頭を悩ませ、一番最初に出てきた話題を口にした。

 

「囲碁部に怪盗が現れたらしいですよ」

「ほう?」

「碁笥からいくつか碁石が盗まれたって。犯行声明もあったらしいです。まぁ、ただのイタズラでしょうけど」

「ほぉう?」

 

 少し意外だったのが、この手の話題に田名辺先輩がいい相槌を打ってくれたことだ。

 ハルやホータローにもこれくらいいいリアクションをして欲しいよ。

 

「そうか……囲碁部でもか……」

 

 僕は少し前のめりになった。今聞き捨てならないことを聞いた。

 

「《でも》、とは?」

「アカペラ部の岡野から聞いたんだが、クーラーボックスからドリンクが盗まれたらいぞ。犯行声明も残してな」

 

 これは……ちょっと面白いぞ。少なくとも昨日谷くんが話してくれた段階よりかは何倍も面白い。

 この神山高校を舞台に《怪盗事件》が起きているなんて!

 

 なかなか面白い冗談を飛ばすやつがいるもんだ!

 

 ふむふむ。そうなると、これから僕がどう動くべきか?

 

「どうした福部。ニヤついて」

「いやぁなんでもありませんよ!」

 

 この一件をネタにするのはまだ早い。

 

 怪盗事件が起きてるとはいえ、怪盗くんの意気込みがまだ分からない。もしこれ以上被害がなくなったら馬鹿を見るのはこっちだ。

 それにこの話題はそれほどまで有名じゃない。他人が乗ってくるのかどうかは僕の興味の埒外とはいえ、踊るにはまた笛の音が小さい。

 

 よし。ま、今は靴袋だな。

 

「じゃあ、僕は仕事をしてきます!」

「おう。頼んだぞ!」

 

 僕を激励した田名辺先輩は、再びスケジュール表と睨めっこを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♠︎04

 

 

 

 

 

 今日こそ頑張ります。と言い残し、千反田が出ていく。

 

 今日も店番の始まりだ。

 

 しかし、店番がこれ程まで暇だとは正直予想外だ。

 無為やのんびりは俺の好みだが、退屈は専門外なのだ。釣り用の小銭が置いてあるので席は立てないし、それに気を使う割には客は来ない。

 先程ハルが氷菓を三十部持って出ていったが、そんなに売れるものなのかねぇ。『アテはある!』と言っていたが。

 

 取り敢えず《氷菓》を並べた。十部も積んでおけば、格好は立つだろう。

 

 客が来た。知らない男子生徒だ。徽章を見るに、二年生だろう。

 

「やってる?」

 

 なんと幸先のいい。愛想だ愛想。

 

「やってますよ」

 

 うーむ。違う。どうやら俺は愛想という言葉を形容出来ないようだ。人には向き不向きがある……俺は不向きということだろう。

 二年生は《氷菓》の前まで移動してくると、言った。

 

「これ?カンヤ祭の語源が乗ってるっていう文集。立ち読みしていい?」

「ダメです」

「二百円だろ?」

「二百円です。買ってください。余りまくって泣きそうなんです」

 

 二年はそういうと笑いながら二百円を俺に渡した。一部お買い上げありがとうございました。ん?

 

「先輩、社会の窓開いてますよ」

「え、嘘!?」

 

 先輩はそれに気づくと片手で隠す。

 

「いや〜ん。見ちゃだめぇ〜!!」

 

 ……

 

「もっといい反応しろよなぁお前。しかし参ったなぁ。今日一日くらい持つと思ったんだが……」

 

 それはお気の毒に。ん?まてよ、若しかしたら。

 

 俺は机の中をガサゴソ探ると、昨日被服研究会の人間から貰ったワッペンを取り出した。これは安全ピンで簡単に取り付けできる。

 

「これでどうですか?」

 

 差し出すと、二年は天からの恵みのような顔でそれを受け取り、言った。

 

「うぉぉ。すげぇなお前、よくこんなもの持ってんな。ナイスだぞ、サンキュ!」

 

 すると、彼はなにか思いついたかのような顔で腰のうしろに手を回す。取り出されたのは、なんと拳銃だった。

 

「やる」

「銃刀法違反ですよ」

「あほか。水鉄砲だよ。園芸部で焼き芋をやってるんだが、火の消化にバケツを使うんじゃ味気ないだろ?」

「じゃぁこれ、いるんじゃないですか?」

「いるもんならやらねぇよ。そいつァサブウェポンだ」

 

 さいで。というか、古典部に水鉄砲とは。ワッペン以上に使い物にならないのでは?とんだ《わらしべ長者》だな。いや、《わらしべプロトコル》とでも言った方がいいのか?

 

「じゃぁな。サンキュー、一年」

 

 二年はやけに威勢よく地学講義室を出ていった。残された拳銃をした俺は、軽く呟いた。

 

「グロック17……か」

 

 くるりと回し、ポケットにそれを突っ込んだ。

 

 ……

 

 水入ってるじゃねぇか!

 

 

 【氷菓完売まで あと百六十三部】




次回《女帝の秘策》


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