氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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 ありがとうございました!!


第六話 女帝の秘策

 ♥03

 

 

 今日こそ頑張ります。

 南雲さんは昨日訪問販売で八部、委託販売で五部も売り上げたそうです。南雲さんにはもしかしたら、交渉術の才能があるのかも知れませんが、私も負けてられません。

 

 わたし、昨夜色々考えました。

 耳に入ってきた噂で、二年F組制作のビデオ映画が人気を呼んでいると聞きました。

 そのビデオ映画の指導的な役割を果たしていた《入須冬実》さんとは、私は面識があります。

 人気のあるビデオ映画の上映場に、私たちの《氷菓》を置いていただけるなら、売り上げも期待できるでしょう。

 

 頑張ります!!

 

 二年F組に着いた私は、運がいい事に入須さんをすぐに見つけることが出来ました。私は声をかけます。

 

「おはようございます、入須さん」

「ん?ああ、えるか」

 

 入須さんは私に気づくと、すぐ側まで来て下さり、私が声を発する前に言いました。

 

「お前達古典部のおかげで映画は大成功だ。改めて礼を言わせてもらう。本当にありがとう」

「いえ、私は何もしていませんから。南雲さんと、折木さんが頑張ってくれたからです」

「ふっ、古典部の連中は自分を過大評価しないんだな。それで、私に何か用か?」

「古典部の文集を二年F組で売って頂けませんか!?」

「ん?すまない……意味がよく理解できないのだが……」

 

 ああ、いけない。また肝心な説明を省いてしまいました。私はかくかくしかじかと説明します。うんぬんかんぬんと説明します。

 

「なるほど、二百部か、多いな」

「私たちはなんとかして《氷菓》を完売させたいんです。わたし、わたし」

 

 いけません。入須さんが力になってくれると思うと、言葉が出なくなってしまいます。

 

「分かった。定価から値下げして百五十円で、二十部渡せ。五十円のパンフレットと売る」

「ひ、引き受けてくださるんですか?」

「なぜ驚く?」

「あ、いえ。ありがとうございます!」

「礼は売れてからだな」

 

 不思議です。入須さんが力になってくれるだけで、こんなにも安心感があるなんて。

 でも、いきなり二十部をお渡しして、二年F組のご迷惑にならないでしょうか?

 

 不安が顔に出てしまったのか、入須さんは付け加えました。

 

「多分、今日中にはける。そしたら、追加を持ってくるといい」

 

 入須さんは腰に当てていた右手を、私の方に差し出してきました。なんでしょう。

 私はその手の上に自分の手を乗せます。引っ込められてしまいました。

 

「?」

「誰がお手をしろと言った。お前は犬か。見本を持ってきているだろ?」

 

 見本?私は顔を横に振ります。入須さんは浅く溜息をつきました。

 

「今の場合はいいが、もしこれから文集を売るつもりなら、現物を持っていけ。説得力が違う」

 

 な、なるほど。そういえば南雲さんは氷菓をいつも丸めてポケットに入れていた気がします。

 あれは見本だったのでしょう。

 

 この時私は思いました。昨日文集の委託販売を田名辺さんに断られてしまいましたが、もし入須さんが行っていたらどうだったのでしょうか?断られなかったかもしれません。

 そうです。わたし、昨日みたいではダメなのです。

 

 意を決して、私は入須さんに再び頭を下げました。

 

「入須さん!私にモノの頼み方を教えてください!」

「は、はぁ?」

 

 入須さんらしくない、慌てたような声でした。私は続けます。

 

「南雲さんも私と同じように、あちらこちらを回って氷菓を販売してるんです。昨日は南雲さんは十三部も売り上げてらっしゃったのに、私は一部も……。私、千反田家の息女として、もっと交渉の術を学びたいんです!」

 

 そう言うと入須さんは微笑み、ゆっくりと言いました。

 

「そうだな、お前の頼み方はあまりにもストレートすぎる。人に物を頼むという行為は二種類に分けられる。一つは、見返りのある頼み事と、もう一つは、見返りのない頼み事だ。そして見返りのある頼み事の場合、相手を信用してはいけない」

「え?」

 

 落ち着いた話し方でしたが、入須さんの声は私の魂の震央まで響き渡りました。

 

「長い付き合いにならない場合は、相手は十中八九手を抜く。だから、見返りを用意した場合は、相手が自分の頼んだ仕事をやってくれると思わず、作業量などに十分な余裕を持たせる。相手が動かなかった場合も考えて、予備の計画を用意するんだ。それが嫌なら、相手にもリスクを負わせる。だが、文化祭内と考えると、信を置くに値するのは後者。見返りのない頼み方だ。その場合、相手を動かすのは精神的満足だ。お前が今すぐにでも使えそうなのは、《期待》だろう。いいか、相手には《自分の他頼る者がいないのか》と思わせるのがコツだ。そうした人間は、実に簡単に尽くしてくれる。一つ注意することと言えば、自分への見返りをあまり大きく見せてはいけない。自分の手助けで他人が莫大な利益を得たりするのをよく思う人間はあまりいないからな。自分には些細なだが、相手にはそこそこ大事だな、というラインで攻めるのが重要だ。あと……」

 

 入須先輩は、自分の口元に人差し指を置きます。

 

「出来れば、人目のないところで、異性に頼むことだ」

 

 頭がパンクしそうです。すぐに飲み込むことは難しそうです。

 

 いけません。私はやらなくてはいけないんです!

 とにかく入須さんにお礼を言わなくてはなりません。

 

「あの」

「早く文集をもってこい。私も午後からは予定がある」

「予定?」

「《神高クイズタッグ》、それに江波と出るんだ。F組の映画の知名度上げにな」

 

 私はビックリしました。《神高クイズタッグ》。南雲さんが今日でるクイズ大会です。これは、凄いことになってきました。実現するかは分かりませんが、南雲さんと入須さんの対決……私、気になります。

 

 気づくと入須さんは早足で視聴覚室の方に戻って行きました。

 

 私は、後ろ姿に頭を下げました。

 

 ありがとうございました!入須さんの教え、無駄にはしません!!

 

 

 

 

 

 

 

 ♠︎05

 

 

 

 腹が減った。

 

 持ってきた小説は大層つまらなく、既にカバン中に放り込んだ。

 そろそろ十一時を回るところだ。まだ弁当というのにも早すぎるしなりそんなことを思っていたところ……

 

「トリック・オア・トリート!」

「いえー」

 

 妙なかけ後の連中が乱入してきた。二人ともジャック・オ・ランタンを頭に被っており、顔こそは見えないが声と背丈的に女であろう。両方とも白い布を纏い、バスケットを持っている。なんだ?

 

「とりっくおあとりーと!」

「いえー」

 

 もう一度繰り返す。トリック・オア・トリート……ね。

 

「お前らに渡す菓子はない。帰れ」

 

 一人が叫ぶ。

 

「げぇー、つめて」

「文集ならやる。二百円だ」

「うわ、いらね」

「何者だお前ら」

「製菓研究会の訪問販売でーす。クッキービスケットシュークリームはいかがでござんすか?」

 

 ……

 

「いらないと言ったら?」

「トリック・オア・トリート」

「いえー」

 

 ……不気味な連中だな。

 

「わかったわかった。ビスケットはいくらだ?」

「へへ、一袋百円でごさんすよダンナ」

 

 なんだその喋り方。俺は百円の代わりに《氷菓》を差し出す。

 

「なんですかいダンナこれは」

「文集《氷菓》。一部二百円。ビスケット二袋と物々交換なんてどうだ?」

「いらねってば」

「まぁまぁ、そう言わずに……」

 

 なんか俺までこいつらの話し方に似てきたな。

 仕方ない。俺が財布を取り出すと……

 

「なにこれかっちょいー!」

 

 俺と話してた方とは違うジャック・オ・ランタンが声を張り上げた。グロック17を片手に持ってだ。

 

「おー、なんでこんなの持ってんの?」

 

「あ、これ持って売りに行くのいいかも!」

 

 ただの不審者になるぞ?まぁ……

 

「今なら文集にそのハンドガン付けて、ビスケット二袋」

「え?くれるの!?じゃぁ」

 

 ジャック・オ・ランタンは二つのビスケットの他に、小さな袋を取り出した。

 

「カボチャの感謝の印にこれあげる」

「なんだこれ」

「いえー」

「いえー」

 

 奴らは俺の疑問に答えずに氷菓とグロック17を掴み部室をあとにした。頭が重いのかちょっとバカしふらついていたな。……転ぶなよ。

 

 さてさて、これは……

 

 薄力粉……ね。

 

 さらに使えないものになってしまった。

 

 俺は薄力粉とビスケットの一袋を机に押し込んだ。窓際に腰掛け、俺はビスケットの袋を破った。

 

 

 

 

 

 

 JOKER08

 

 

 

 

 十一時を回った。《神高クイズタッグ》まで、あと三十分と迫ったところで、俺と桜は開催場所に体育館に既にスタンバっている。

 桜に《氷菓》を二百部刷ってしまったと言ったところ、文芸部で委託販売を引き受けてくれた。ある事件の時以来、俺は文芸部の部長さんとも知り合いだったため、簡単に受け入れてくれて助かったよ。

 

 生徒会室の《氷菓》は既に売り切れており、十部を追加した。

 

 加えて、残りの十部を桜と協力して知り合いを当たり、手元には見本用の一部を残して完売した。桜には感謝してもしきれない。あとで園芸部の焼き芋でも奢ってやろう。

 あとで書道部にも行かなくちゃならないから、この大会が終わったら一度戻るか……。その後はどう動くか……。

 

 俺は辺りを見渡す。隣にいるのは大会に緊張する桜、周りにいるのは大会準備に勤しんでいるクイ研の生徒と、俺たち同様大会に参加するコンビ達だ。

 体育館には暗幕が垂れ下がっており、薄暗く外の気温より少し寒い。

 

 クイズが得意かと言われれば、分からないと答えるのが定石だろう。

 そもそも、クイズを本気でやったことが無いし、ましてや早押しクイズのボタンなんかも触ったことは無い。テレビでのクイズ番組では『あれかな?』なんて思ったりして、当たってることもあるから、手も足も出せないってことはないだろうけど……。それに

 

「頼んだぜ、《クイズトライアル》優勝者の桜楓さん」

 

 冗談めかして隣の桜にそう言うと、桜は答えた。

 

「ちょちょ、あんまりそういう事言わないでよ南雲くん……」

 

 その時、体育館のドアが開かれた。誰かが入ってきたのだろう。不意にそちらの方向へ視線を走らせる、と。

 

「んなっ!?」

 

 思わず声が漏れた。周りからも『うそでしょ』、やら、『勝てっこねーよ』とかの諦めの声が既に上がっている。

 そして俺も……無意識にそれを示唆した。

 

 入ってきたのは女子生徒で、明らかに他の生徒とは違う異彩を放つ四人の影。つまり二組。今は大会は始まっていないので分からないが、彼女らのチーム名はこうだった。

 

 

 一つ、チーム《二年F組》、入須冬実&江波倉子

 

 二つ、チーム《インテリ女子》、勘解由小路春香&十文字かほ

 

 

 隣で桜も『あわわわわわわ』と声を出している。

 

 

 そして……十一時半。

 

 

 

 

 

 

 グラウンド  

 

 

 

「ワイルドファイア……」

 

 

 

 

 体育館

 

 

 

「神高クイズタッグ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「スタート!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 二つのイベントが、始まった。

 

 

 

 

 【氷菓完売まで あと百四十七部】




次回《ワイルドファイア》



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