氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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第十二話 クドリャフカの順番

 ♣︎12

 

 

 

 

 WANTED!

 

 

 神山高校生徒諸君の耳には既に届いているであろうが、今このカンヤ祭には《十文字》を名乗る怪盗が悪事を働いている!

 

 既に被害は七団体に拡大し、《十文字》の狙いは十の物品を盗み去ることであろうとは既報の通りである。

 

 さて親愛なる神山高校生徒諸君!このまま《十文字》の悪行を許していいのか!?知恵において、我々は本校の一生徒であろう《十文字》に劣るのか!?

 

 いやそんなはずはない!!

 

 我々壁新聞部は、怪盗《十文字》の尻尾を掴み、彼の仮面を剥奪する探偵を希求する。

 この闘いに勝利した勇敢なる名探偵には、その叡智を深く讃え、その労苦には大号外をもって報いるだろう。

 

 

 

 

 

 随分張り切った記事だなぁ。まぁ僕好みなんだけどさ。

 

 僕は昇降口に貼られている壁新聞を多分にやけ顔で見ている。まだ時計が七時を回ったところだっていうのに号外を出すなんて、気合が入ったことだ。

 

 僕は昨日の仮説を手に、グローバルアクトクラブの展示がされている三年E組の教室に向かった。

 こんな朝早くから来ているんだ。まだ《十文字》が盗みを働いていなければ、張り込みは成功するはずだ。

 

「よう、福部。遅かったな」

 

 既に先客が三年E組にいた。谷くんに……

 

「ん?君は古典部の……福部くんだったかな?前は世話になったね。君もこの事件を解決しに来たのかい?」

 

 二年F組、羽場智博先輩。《女帝事件》、二年F組の探偵役の一人だ。

 

「おはようございます羽場先輩」

「彼、南雲くんはどうしたのかな?」

 

 そう言えば、羽場先輩はハルに一泡吹かせられていたね。僕はできるだけ愛想良く答えた。

 

「ここにはいませんよ。まだ自分の家でヨダレ垂らしながら寝てるんじゃないですかね?」

「ふーん。そうか……」

 

 羽場先輩はどことなく嬉しそうな笑みを浮かべた。僕は次に谷くんに話しかける。

 

「やぁおはよう。犯人はまだなんだろ?」

「期待のライバルにそう易々と情報は教えられんな。自分で確かめてみろよ」

 

 こうやって余裕こいてる態度から、まだ犯行は行われていないことは目に見えてるんだけどね。

 

 僕は巾着袋から取り出したガムを口に放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♠︎11

 

 

 

 

 

 俺は机の上に肘をつき、頬杖をつく。

 

 《十文字》をパンダにして客を寄せるという手段は悪くない。古典部が最後の標的になると壁新聞部が書いてくれたのなら、客足も伸びるだろう。しかし……

 

 ハルはまだか。あいつが来るまでに、少し考えをまとめてみる必要があるな。

 

 俺は、考えてみることにした。

 

 

 

 

 

 

 ♣︎13

 

 

 

 

 時計は十時を指そうとしていた。おかしい……、そろそろ何かがあってもいい時期だろうに。

 壁新聞の効果なのか、時間を追うごとに探偵役志願者がどんどん増えて、三年E組は人に埋もれつつあった。しかし、どんなに目を凝らしてもおかしな動きはない。

 

 探偵役たちからも

 

「俺帰るわ」

「なんかあったらメールちょうだいね」

 

 とかの声が聞こえる。羽場先輩もいつの間にかいなくなっていた。

 

 ええい《十文字》!!恐れをなして逃げたのか!?

 

 突然、谷くんが声を上げた。

 

「なに!?」

「なにかあったのかい!?」

 

 谷くんは口を紡んだ。《十文字》関連の情報だろう。

 

「僕あいにく谷くんみたいないい友達がいなくってさ。もし良かったら教えてくれるかい?」

「ちっ、《十文字》のやつ。法則を破りやがった」

「何だって?」

「軽音部から弦がやられた」

 

 軽音部?弦?そんなまさか……

 

 谷くんは僕の返答を待つこともなく、三年E組をあとにした。

 

 どういうことだ……。《十文字》が法則を破った?五十音順に、ほぼ二時間おきに、この縛りがあるからこそ、僕は《十文字》を現行犯で捕まえることが出来るんじゃないかって思った。

 グローバルアクトクラブは警戒厳重だから軽音部ね。そんなことをやられたら、もう打つ手がないじゃないか。

 

 《十文字》は自分で作った法則を重視していなかったって言うのか……。どうする?

 

 僕が千人という人の海の中から《十文字》を捕らえるために出来ることと言えば、現場に立ち会うこと。

 法則を捨てるなら、どうして現場に立ち会うことが出来るだろうか。

 

 僕にできることは……一体なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 JOKER18

 

 

 

 

「うぃーっす」

「遅いぞハル……遅刻とは何事だ」

 

 午前十一時、とんでもない重役出勤をしてしまった。先程千反田ともすれ違い、二年F組に委託した《氷菓》が完売したから追加を持っていったらしい。ついでに生徒会室にも持って行ってくれた。ありがとう千反田える。カブリエル。

 

「いやぁ!昨日晴香から貰った同人誌を読んでたら眠れなくってさ。持ってきたんだけど、お前も読むか?《ボディートーク》、面白いぞ」

 

 俺は奉太郎に《ボディートーク》を見せるが、こいつはそれから目をそらし、言った。

 

「悪いが店番を頼む。雉撃(きじう)ちに行ってくる」

「雉撃ち?トイレか?」

「ボカしたのに直接的にいうな」

 

 高校生男子が雉撃ちって言い方もどうかと思うけどな。

 

 俺は《ボディートーク》を机に置くと、奉太郎が今まで座っていた椅子に座り、奉太郎を送り出す。

 奉太郎からの説明によれば、《氷菓》の隣においてあるこのハートのブローチは《わらしべプロトコル》で手に入れたもので、物々交換をして遊んでいるらしい。

 奉太郎が席を開けてから五分ほど経ったところに、人影が現れた。客か?入ってきたのは女性。

 

 オレンジ色のシャツから覗いた腕は軽く日焼けしており、夏の香りを残すショートジーンズを履いていた。なんか、見たことあるような。

 女性は俺を見ていなかったのか、入るなりとんでもないご挨拶をかました。

 

「おーっす!店番やってる、我が弟よ!!」

「俺に姉貴はいませんよ」

 

 女性は「あら?」と声を出すと、笑いながら返した。

 

「あはは!ごめんごめん。店番をしてる怠け者っていったら弟しか思いつかなくてさ、やってるものだと思ってたよ!」

 

 店番をしてる怠け者……?弟……まさか、この人。

 

「折木供恵さんですか?」

「あれ?あたしのこと知ってるの?」

 

 やっぱり!俺は椅子から立ち上がり、少し声を貼りながら言った。

 

「俺ですよ!今年の夏に手紙を送った、南雲晴です!」

 

 供恵さんは人差し指を口元に置き、考える仕草をとると、思い出したかのような声を上げた、

 

「あー、はいはい。君が南雲くんね!思い出した!どう?《氷菓》の売れ行きは」

「奉太郎から聞いてないんすか?」

「聞いてないけど大体のことは知ってる。一部頂戴」

 

 なんで知ってんだろ。

 

「二百円です」

 

 俺は二百円を受け取ると、供恵さんはブローチに気が付き、それを拾い上げた。

 

「なにこれ?」

「わらしべプロトコルです。奉太郎が色々物品交換してるみたいで、それと同価値のモノを」

「ふーん、じゃぁこれあげる。タダであげようとも思ったけど、ブローチは頂くわね」

 

 供恵さんはブローチを胸ポケットにしまうと、トートバッグから文集のようなものを取り出した。女性の横顔が描かれており、リアルタッチでは無い。《ボディートーク》と同じ、漫画絵だ。てかこの絵……どこかで。題名は……

 

 《夕べには骸に》?

 

「どうも。それより、ブローチなんてどうするんですか?」

「ブローチは女の子にとって大事なステータスなのだ!」

 

 じゃぁなぜ着けることなく胸ポケットにしまったのだろう。

 

「じゃぁ行くわ。まったねん、南雲くん!」

「はぁ……」

 

 供恵さんは地学講義室のドアの前で立ち止まり、もう一度こちらを向いた。

 

「そうだ、入須の件に関してはごめんね」

 

 え?

 

 そう言い残し、供恵さんは地学講義室をあとにした。

 

 まさか、あの人が俺たちを入須に紹介したのか……いや、まさかね。

 

 

 

 ほんとに?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♠︎12

 

 

 

 

 

 雉撃ちから戻ると、ハルはなにかを熱心に読んでいた。戻ってきた俺に気づかないほど。

 タイトルを見ようと少し身をかがめると、《夕べには骸に》というタイトルが書かれており、その下には作者の名前も書かれていた。

 

 安心院鐸波。なんだ… ……《あんしんいんたくは》って読むのか?

 

「お、戻ったのか?」

「まだ気づいてなかったのか、どうしたんだそれ」

「お前の姉貴が来た。わらしべプロトコルで手に入れたんだ」

「ほんとか?いなくて良かった」

「はは……苦手意識持ってんだな」

「それで、何をそんなに熱心に読んでいる」

「後書きだよ。なんか……引っかかるんだよなぁ」

 

 ハルは頭を掻きながら《夕べには骸に》を俺に渡してきた。俺はハルのいう後書きに目を通す。

 

 

 

 《夕べには骸に》いかがでしたか?

 

 自分で言うのもなんですが、かなりの出来だと思います。まぁ私は背景を手伝っただけで、ほとんど何もしていないんですが。この漫画の手柄は、私ではなく原作者と作画の二人です。

 

 私たちは全員漫画研究会に所属している訳ではありません。ただ漫画が好きで、話しているうちにこの作品が出来上がっていました。

 

 さて、私たちはこの一冊で解散するつもりはありません。来年のカンヤ祭を目指し、もうスタートしています。

 

 原作を書いてるやつは、作風をコロンと変えて、ミステリー風に攻めると言っています。何でも、()()()()()()()()()()を一捻り、二捻りできないかと企んでるそうです。タイトルはもう出来ているとか。

 

 次回のタイトルは《クドリャフカの順番》

 

 ではまた来年。カンヤ祭でお会いしましょう。

 

 安心院鐸波

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 思わず息を止めた。ハルは俺が思ったことと同じことを口にした。

 

「クリスティの超有名作を一捻り、二捻りした作品。《クドリャフカの順番》。俺は訪問販売でこの文化祭期間、この神高を何周もしたけど、俺の見落としじゃなきゃそんなものは売ってなかった。加えて、《十文字事件》……」

 

 あの姉貴が退屈してる弟の為に、という理由でこんなものを持ってくるわけがない。

 俺は時間を見る。十一時十五分。

 

「ハル。今日の訪問販売は午後からというのはどうだ?」

「あ、…時には休むのも大事だよな。」

 

 俺は昨日雨が座っていた場所に腰をかけた。

 

 俺たちは、《夕べには骸に》を読み始めた。

 

 

 

 

 

 

 ♣︎14

 

 

 

 

 考えがまとまる。

 

 この事件は僕の手には負えない

 

 諦めが良すぎるのも、良かれ悪かれ僕の特質なのだ。

 なら僕が出来ることとはなにか、それはもう一つしかない。

 今まで通りのことをするだけだ。

 

()()するよ。ハル、ホータロー」

 

 

 

 

 

 

 ♥10

 

 

 

 

 

 文化祭もいよいよ最終日です!私、頑張ります。

 

 私はある人を探していました。他でもありません。放送部の部長さんです。

 私は運がいいことに、その方の容姿を知っていましたから。

 

 そして、階段を上ったところで、私は見つけました。放送部部長、吉野さんそのひとです。

 

「こんにちは、吉野さん」

 

 吉野さんは私の呼び掛けに首をかしげながら答えました。

 

「君は?」

「私は古典部部長の千反田えると申します。実は、放送部さんにお願いが……」

「え!?君が古典部の部長さん!?いやぁ偶然だなぁ!僕もちょうど君を探していたところだよ!是非ともお話を伺いたくてねぇ!」

 

 あら。なんでしょうか?

 

「壁新聞部が書いたやつ、古典部が《十文字》の最後の標的になるってのは本当なのかい!?でさ、昼のラジオはそれでいこうと思ってるんだ。でさ、ゲストはやっぱり最後の標的の部長さんにしようと思ったんだ。どうかな?今日の昼のラジオ、出てくれない?」

 

 これは、望んでも得られない事態です!ラジオ出演をお願いしようと思ったところ、まさかあちら側からお願いされるなんて……!!

 ですが……私にゲストが出来るでしょうか。福部さんや南雲さんの方が……。

 

 いえ!!駄目です!!同じことをしている身としては、南雲さんに負けられません!!大体南雲さんは今日遅刻をしていました!たるんでいます!!担任の先生の注意を笑いながら受け流していました!!

 

 私は大きく頭を下げました。

 

「こちらこそよろしくお願いします」

「そういうと思ったよ!それじゃぁ今日の十二時に放送室ね!よろしく!」

 

 そう言い残した吉野さんは行ってしまいました。大分、不安です。

 

 部室に寄っていきましょう。福部さんがいるかは分かりませんが、アドバイスを貰いたいのです。

 部室につき、中に入ると既に折木さんと南雲さんと福部さんがいました。

 

「おい、早いって」

「お前が読むのが遅いんだ」

「あぁ!!今のコマ!!」

「ちょっ、勝手にいじるな……」ビリィ!!

「「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」」

 

 南雲さんと折木さんが熱心に文集のようなものを読んでいます。

 

「破けてないか?」

「あぁ音だけだったようだ」

「聞いてよ千反田さん。この二人、漫画を読むのに夢中で僕の話を聞きゃあしない」

 

 漫画に目を落としたまま、折木さんが答えました。

 

「聞いてるよ。『く』が飛ばされて軽音部がやられたんだろ?」

「その重大さを理解してくれないと聞いたうちに入らないよ」

 

 するとお二人は漫画を閉じ、深く溜息をつきました。南雲さんがいいます。

 

「いやぁ、昨日といい今日といい、いい同人誌に出会えるなぁ。」

 

 南雲さんの横には《ボディートーク》と書かれた文集が置かれています。

 ドージン漫画と普通の漫画、どう違うんでしょうか?

 

 折木さんは少し恥ずかしげにボソリと言いました。

 

「いいぞ、これ」

「へぇ、僕も後で読ませてもらおうかな」

 

 私はお二人が読んでいた漫画を覗き込みます。可愛らしくも、哀しそうな表情を浮かべた女の子の絵が描かれています。漫画のことはよく分かりませんが……絵がとても上手いと思います。ですがこの絵、どこかで。

 

「どうしたの千反田さん」

「この絵どこかで見ました」

「やっぱり千反田もか?」

 

 南雲さんが視線をこちらに向けて言いました。

 

「俺もこの絵どっかで見たことあんだよなぁ。結構最近だった……いや、この文化祭期間中に……」

「錯覚だろ」

 

 折木さんの声が即座に飛びます。

 

「姉貴が持ってきた同人誌だ。お前らに見覚えがあるわけない」

 

 駄目です。しりたくてしりたくて、私は言ってしまいました。

 

「私、気になります」

 

 折木さんと南雲さんの顔が渋くなります。そんな反応酷いです。

 そうです!この絵は確か……

 

「南雲さん!この漫画!少し貸してください!会議室の脇の掲示板でこれを見たんです。文化祭宣伝用ポスターの絵……だと思います。」

 

 南雲さんは少し身を引きます。また近づきすぎてしまったようです。

 

「分かった……でもすぐに返してくれ。必要なんだ」

「はい!すぐにでも!」

 

 私は、《夕べには骸に》を胸に抱きしめました。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦︎08

 

 

 

 

 

 

 私は今日最初に漫研にいた。理由は、客引きのポスターを書くため。今日の私のコスプ……服は、ポケットがいくつもついたカーキー色のジャケットに人民帽。

 これがなんなのか見抜いたのは河内先輩ただ一人だった。

 

「鳥を見ると縮む刑事?」

「そうです」

「の、縮んだバージョン」

 

 やかましいわ。

 私と他の部員は早速作業に取り掛かった。作業をしている時間は無駄なことを忘れられる。《十文字事件》のとも、《夕べには骸に》のことも。

 一枚目を書き上げ、私は言った。

 

「上がりです。次は?」

「適当に書いて」

 

 はい。適当に書きます。

 

 漫研の文集《ゼアミーズ》の売れ行きは快調のようだ。

 河内先輩の露出度の高いコスプレは学外からのお兄さん方に随分と人気で、対応に忙殺されているので塗りの戦力には数えられない。

 河内先輩グルーブの人達が塗りに回っているけど、河内先輩と比べると明らかに速度と技量が足りない。

 

 その時だった。汚れた水入れを持った一年が、私の前でふらついたのだ。

 

「おおっとと」

 

 それも、わざとらしく。多分彼女は水滴を少しだけ飛ばしてやるつもりだったのだろう。尊敬する河内先輩に生意気を働いた同じ一年を懲らしめてやろうと。しかし、事はそれだけで終わらなかった。

 

 よろめく振りをした女の子はさらに大きく崩れた。おおっとと、なんてものじゃない。悲鳴のような叫び声が、その後に続いた。

 

 ばしゃぁ!!

 

 

 水入れ一杯分の汚水が、私の胸に飛んできたのだ。今から書こうとしていたケント紙にもそれは飛び散り、汚れた水の黄灰色で斑に濡れた。

 

「ご、ごめん伊原……。わ、私……そんなつもりじゃ」

 

 おずおずと半泣きの顔で言ってくる。

 怒る気にはなれなかった。そもそも、怒れるほど今の私には気力はない。

 私は椅子から立ち上がり、着替えをするために、言った。

 

「すみません。ちょっと出てきます」

 

 

 

 私は演劇関係の人が使っている更衣室の片隅でそっとジャージ姿に着替えた。制服はあいにく家なのだ。

 

「あっ!摩耶花さん!」

 

 漫研に戻ろうとする私を止めたのは、ちーちゃんだった。嬉しそうにこちらに手を振ってくる。

 しかし私の視線は、ちーちゃん本人ではなく、その手に握られた文集だった。

 

「な、なんでちーちゃんがこれを持ってるの!?」

 

 間違いない。この表紙は、《夕べには骸に》だ。

 

「私のではなく折木さんのですけど……摩耶花さんはこの漫画のこと知ってるんですか?」

 

 なんで折木がこれを持ってるの!?

 

「ん、まぁ……」

「じゃぁこの絵を書いた人の事は?」

「それは知らない」

「あのですね!文化祭宣伝ポスターにこれと似た絵があるんです。それが同じ人なのか、私、気になるんです!」

 

 《夕べには骸に》の絵に似たポスター、もしその人が《夕べには骸に》の作画担当だったら……?

 気が高揚していく。私は言った。

 

「ちーちゃん、そのポスターはどこ?」

「会議室の脇です」

「よし、いこう!」

 

 私たちは会議室まで足を走らせた。

 

 そして到着。私はその絵を見る。これは……

 

「うん。間違いない、同じ人ね」

「そうですか、ありがとうございます。胸のつかえが取れました」

 

 一応確かめるために、私は会議室のドアをノックする。出てきたのはメガネをかけた男子生徒だった。ちーちゃんが言う。

 

「こんにちは田名辺さん」

 

 田名辺、たしか総務委員長だよね。

 

「やぁ君は確か、千反田さんだっけ?またなにか?」

 

 用があるのは私だ。ちーちゃんは半歩は下がって、私を前にしてくれる。

 

「お忙しいところすみません。そこに貼ってあるポスターなんですが、誰が書いたのか分かりますか?」

 

 田名辺先輩は眉を寄せた。何種類もあるポスターを誰が書いたかなんて、普通は覚えていないものだろう。

 

「うーん。これは……陸山だよ」

「陸山って、陸山宗芳先輩ですか?生徒会長の」

 

 私が聞くと田名辺先輩は愛想よく返してくれた。

 

「あぁ、その陸山。昨日お前もなんか描けって描かせたんだ。中々の出来だろ?」

「はい、とても素晴らしい絵だと思います」

「はは、本人が聞いたら喜ぶよ」

 

 原作者の安城春菜に続いて、作画担当まで分かるなんて。いいことは続くものだ。

 どうせなら陸山先輩が使っているペンネームを聞いて、追っかけをやりたいところだけど、もしかしたら安城春菜との《黄金コンビ》はまだ続いているかもしれない。

 

 私はちーちゃんとお礼を言ってから、会議室をあとにした。

 

 目的を達成してニコニコしているちーちゃん。私とちーちゃんは先を争うように、地学講義室に向かった。

 

 

 

 【氷菓完売まで あと九十五部】





次回《古典部VS十文字》


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