氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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第十三話 古典部VS十文字

 ♠︎13

 

 

 

 

 

「「〜♪」」

 

 ものの五分程で千反田は伊原と共に地学講義室に戻ってきた。何やら二人でデュエット曲を歌いながらだ……なんだなんだ。

 この歌は聞いたことがある。《まどろみの約束》、だったような。

 

「書いてる人がわかりました!」

「へぇ、やっぱり同じ人だった?」

「はい!陸山宗芳さんでした!立ち振る舞いの堂々とした方だと思ってましたが、まさかこんな絵をかけるなんて」

 

 陸山宗芳?誰だ?里志とハルを見る。

 

「知ってるか?」

 

 聞いた瞬間二人は凍りついた。

 

「おい、お前嘘だよな?」

「ホータロー……冗談で言ってるんだよね?」

「有名人か?」

 

 処置なしという風に二人は両手で顔を覆い尽くした。ハルが処置なしポーズでつぶやく。

 

「生徒会長だよ。《氷菓》を二十数部売り上げてくれた張本人だぞ……」

「ああ……」

 

 ずっとリクヤマだと思っていた。クガヤマだったか。

 すると、伊原は突然声を上げた。

 

「《ボディートーク》!?」

 

「南雲、なんであんたがこれを持ってるのよ!?」

「え、昨日晴香から貰ったんだよ。友達が即売会で買ったんだと。」

 

 伊原は意外だ。という顔をしたあとに続けた。

 

「でも、《夕べには骸に》を見たあとに《ボディートーク》を見たら、やっぱり物足りなく感じない?」

 

 ハルは一度ムッとすると、言った。

 

「俺は《ボディートーク》の方が好きだぜ。《夕べには骸に》はちょっと女の子向け過ぎないか?やっぱ漫画はファンタジックじゃなきゃな。もし作者に会えたら続編を描いてもらいたいぜ」

「《夕べには骸に》の方がいいわよ」「《ボディートーク》だ」

「ん!!」「ん!!」

 

 なんか張り合っているが……《ボディートーク》、これも後で読ませてもらおう。それより、

 

「ところで、このアンシンイン タクハの内、絵を書いたのは陸山ってことか」

 

 しかし里志は未だに処置なしポーズを取り続けている。しつこいな。

 

「アンシンインってなんだよ、どこかのお寺?」

「違うのか?」

「それはアンシンインじゃない……アジム、安心院鐸波(あじむたくは)だよ」

 

 そんなことは一般常識に入らんだろ。いい加減処置なしポーズをやめろ。

 

「それで、原作を書いたのは安城春菜って人よ」

 

 伊原がいつの間にか俺の前に立っていた。ほう。陸山宗芳に安城春菜。

 

「ねぇ折木。それちょっと貸してよ」

 

 大人気だな。いいぞ持ってけと言いたいところだが……。俺の代わりにハルが口を開いた。

 

「悪い伊原、もう少し待ってくれ。必要なんだ」

 

 伊原は一度怪訝な顔をする。

 

「あんたは《ボディートーク》派じゃなかったっけ?」

「そ、それとこれとは話が別だよ……」

 

 うぅむ。どう説明したら良いものか、実際俺達もこれがなんの役に立つか……そもそも役に立つのか立たないのかすら分からないのだ。

 

「あっ、そうです。私、皆さんに相談したいことがあるんでした」

「相談とは?」

 

 里志が聞くと、千反田は微笑みながら言った。

 

「はい。実は今日のラジオに出演させてもらえることになったんです。古典部部長として」

 

 里志の声に抑揚が入る。

 

「本当かい千反田さん!?この神高最大のマスコミ部活を手中に収めるなんて、なかなか出来ることじゃないよ!!流石は《桁上がりの四名家》の豪農千反田家の息女さ!」

 

 手中に収めたわけじゃないだろう……。

 

「いや快挙だよ!こりゃぁハルも合計売り上げをこされるね」

「うるせぇ、俺と千反田は別に張り合ってるわけじゃない」

 

 千反田はどうか分からんぞ、ハル。さて、マスコミ対策は里志に任せておこう。俺はハルに視線を送ると、奴も気付いたようで席に座る。

 

 怪盗《十文字》。ヒントはあちらこちらに散らばっている。《夕べには骸に》、《クドリャフカの順番》、《犯行声明》、《十文字の法則》。

 

 《十文字》の首根っこを捕まえるためには、どうしたらいい?

 

 俺“達”は考えてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 JOKER19

 

 

 

 

「里志」

 

 俺と奉太郎が里志の名を呼んだのはほぼ同士だ。俺達は「む」と言いながら顔を見合わせる。

 

「うん、なんだい?」

「スマンがちょっと用がある。」

「この忙しい時なんの用さ」

「いいからこ……」

 

 俺が言いかけたところで、視線を感じた。その主はもちろん千反田。輝いた目つきはまるで『十文字のことでなにか分かったんですか?私、気になります!』だ。

 それを見かねた奉太郎が言った、

 

卑猥な話がある」

 

 途端。千反田の目から輝きが消えた。これはセクシュアルハラスメントに当たるのでは?

 

 

 

 

 

 

 

「で、聞かせておくれよ。卑猥な話をさ」

 

 俺達が今いるのは地学講義室から少し離れた連絡通路の屋上だ。ここは文化祭の雰囲気が届いておらず、落ち着く。里志は俺たちの顔を交互に見るなり、笑いながら言った。

 

「さぁ、期待してるよ二人とも。なにかミッシンリングでも見つかったのかい?」

 

 俺は首を傾げる。なんだそれ。多分奉太郎もだ。

 

「ミッシンリングだよ。なにか奪われた部活の共通点でも見つけたのかい?」

「いや、そうじゃない」

 

 奉太郎が答える。

 

「じゃぁ《十文字》の些細なミスを見つけたの?」

「いや、そんなんじゃない」

 

 里志は動きを止め、俺たちに向かって言う。

 

「どっちでもないだって?怪盗だよ?連続盗難事件だよ?容疑者は千人だよ?二人はなんの手がかりもなく、千人の海の中から《十文字》を引っ張り出そうって言うのかい!?」

 

 その声は興奮していた。俺と奉太郎は一度顔を見合わせ、里志に向き直る。最初は俺だ

 

「第一に、《十文字》は十の部活から十の物品を盗む。まぁこれは今更だな」

 

 間髪入れずに奉太郎が言う。

 

「第二。なぜ《十文字》は現場に犯行声明を残すのか」

 

 そうだ。なぜこんな面倒なことを……確か怪盗事件として《十文字》が愉快犯としてこれを楽しんでいるのなら合点はいくが……。俺は言う。

 

「第三、 なぜ《十文字》は頂いたではなく、失われたと使うのか」

「第四、なぜ《カンヤ》祭の歩き方を置いていくのか」

 

 ABC時刻表の模倣であるだろうが、他にも部活が載っているものなんていくらでもあるはずだ。次は俺だ。

 

「第五。なぜ《十文字》特定の部活を狙ったのか。例えば園芸部だが、他にも演劇部や映画研がある。なのに、なぜそちらに行かなかった?」

「第六。お前は俺とハルが漫画を読むのに夢中で聞いていないと言ったが…なぜ『く』を飛ばして『け』に行ったのかだ」

「それは、グローバルアクトクラブが警戒厳重だったからだよ」

 

 いやそれは違う。俺は言った。

 

「だったらクイ研に行けばよかった。つまり、《十文字の法則》には五十音順以外のなにかしらの法則性があるんだ」

 

 そして最後の疑問。俺は口を開いた。

 

「最後に……里志、クリスティの超有名作ってなんだと思う?」

「そうだねぇ。《そして誰もいなくなった》、《オリエント急行殺人事件》、《ABC殺人事件》、《アクロイド殺し》……この辺かな」

「その中で、《クドリャフカの順番》というタイトルに当てはまりそうな作品はあるか?」

 

 奉太郎が言うと、里志は腕を組み「うーん」とうなり声を上げた。里志がデータベースを自称しているのは伊達ではない。俺と奉太郎の待ち望んでいた答えを返してくれた。

 

「クドリャフカって言ったら、昔ロケットに乗らせれて宇宙をグルグル回った犬の名前さ。……クドリャフカだけだったら僕は《そして誰もいなくなった》を選ぶけど、順番と来ればやっぱり《ABC殺人事件》を六四で選ぶよ」

 

 俺は続ける。

 

「去年この文化祭で売られていた《夕べには骸に》の後書きで、来年はクリスティの超有名作を一捻りした《クドリャフカの順番》という文集が売られるはずだったが……、そんなものは今年売られていない。クリスティの超有名作と言ったら、今お前が出してくれた《ABC殺人事件》と《そして誰もいなくなった》がずば抜けている。そして今年起きた《ABC殺人事件》に似た事件、《十文字事件》。出来すぎだとは思わないか?」

「つまり二人は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そう言いたいのかい?」

 

 まだ確信はできねぇがな。奉太郎は続けた。

 

「なぁ里志。この事件……、なにか意味があるぞ?派手なアピールはなく、《十文字》は盗みを行う。つまり《十文字》はただ目立ちたいだけの愉快犯じゃない。他になにかあるんだ。なぜ……『く』だけ飛ばしたんだ?」

 

 しばしの沈黙……その後、里志はおもむろに言った。

 

「僕は戻るよ。千反田さんをあのままラジオには送り出せない」

「そうか、じゃぁ俺も戻るぞ。ハル、あとは頼んだ。《十文字》を誘き出すための餌は、《校了原稿》だ。」

「おう」

 

 奉太郎と里志は共に並びながら歩いていった。

 

 俺はポケットから園芸部の犯行声明と、カンヤ祭の歩き方を取り出し、考える。

 

 紙類を開くなら屋内の方がいいのだろうけど、俺は吹き付ける風の中でそれを一つずつ見直していく。

 

 俺は手すりに体を預けた……。

 

 今までの記憶が、憶測が、俺の脳内を駆け巡る。

 

 

 

 

『《運命の輪》が盗まれてたの』

 

『怪盗《十文字》?』

 

『【園芸部から、AKは既に失われた】』

 

『お前古典部だろ?もしかしたら標的になるかもな』

 

『《十文字》はただの愉快犯じゃない』

 

『次回のタイトルは《クドリャフカの順番》!』

 

『まぁ、僕は背景を手伝っただけなんですけどね』

 

『手柄は原作者と作画にあります』

 

『なぜ、『く』だけ飛ばされたんだ?』

 

 

 

 駄目だ……もっとだ……もっと……

 

 

 もっと俺に情報を寄越せ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♣︎15

 

 

 

 

 

 校舎に入る前に、僕は肩越しにハルに振り返った。

 次に、隣にいるホータローに視線をずらす。

 

 僕には、彼らの考えていることがまるで分からない。僕に彼らと同じ、()()()はなかった。

 

 吹く秋風が僕を包み込み、寒かった。僕は目を伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♥11

 

 

 

 

 

 お昼のラジオが始まってからどれくらい経つのかはわかりません。ちゃんと話せているでしょうか?いえ、こんなことを考えていてはダメです。

 

『《十文字》さんは、誰にも見られることなくこれまでの犯行を済ませてきました。大変注意深く、また大胆な方です。それが私たち古典部に全力で注意を向けてくるとなると、私たち五人だけでは不安なのです。みなさんに、期待しています!ぜひ、地学講義室まで来ていただければ嬉しいです。それと……』

『文集《氷菓》も買ってください、ね?』

『さぁて!!!古典部は迎撃準備万端!!!来るならこい、《十文字》!!自分の手で《十文字》を捕らえたい、そんなあなたの力が求められています!ぜひ、古典部部室、地学講義室へ!それとも、ひょっとしたら《十文字》はそんな警備さえものともしないかも知れませんが……。ゲストは古典部部長、千反田えるさんでした!ありがとうございました!!』

 

 マイクがオフになりました。私は「ふぅ」と溜息をつきます。

 

「いやぁ!良かったよ千反田さん!」

 

 吉野さんはそう言って、私の肩を軽く叩きました。

 

 これで良かったのでしょうか?入須さんの教えの元、『期待を煽る』ようなことは出来たのでしょうか?なぜか……とっても嫌な感じです。

 

 私は……これでいいのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 ♠︎14

 

 

 

 時計に目をやると、二時を回っていた。カンヤ祭最終日の終わりも近い。すると、無表情の男子が俺の前に《氷菓》を投げ出す。

 

「二百円です」

 

 その少年の次に、女性客が次の《氷菓》を置いた。

 

 おお!!売れる、売れるぞ!!

 

 これは現実か、地学講義室が人で満たされている。理由はやはり《十文字》の確保の為だろう。

 人が集まれば売れるという訳では無い。やはりこれまでのハル、里志、千反田のPRが実を結んだと言っても過言ではないのだ。

 いまは俺を含めた五人全員が古典部部室にいる。

 

 四人は地学講義室の中央付近で、それぞれ背中を向けて四角形に立っていた。そしてその後ろには、《校了原稿》を置いた机がある。

 

 あいつらが《校了原稿》の警備に立ち、古典部VS十文字の雰囲気を盛り上げているのだ。伊原が即興で描いたポスターの効果もあるだろう。

 

 今も今年最後のお祭り騒ぎを楽しみたい神高生たちが我先にと地学講義室に乗り込んでくる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ん?今のはいい響きだ。もう一回。

 

 氷菓を売るのに忙しくて目もやれないが。

 

 さてと、この中に《十文字》が紛れ込んでいるのではないか、とあそこの()()は思っているだろう。警備のスクエアフォーメーションを崩す機会を、虎視眈々と狙っているのではないか、と。

 もう誰も近づけない《校了原稿》と《氷菓》の在庫を見比べ、《十文字》よ、まだ襲ってくれるなと思っている。《十文字》を捕らえようとする方々の声が耳に入る。

 

「ほんとに来るのか?」「自作自演だったりして」「こんなに人がいたら盗めないんじゃないか?」「ルパンなら……やる!!」

 

 あいにく《十文字》はルパンではない。

 

 《氷菓》の売れ行きは快調だ……六十部は固い。さてと……

 

 俺は、あくびを大きくした。その瞬間だった。

 

 

 明るい閃光が目を焼いた!!

 

「うわぁ!!!」

 

 狼狽した声が誰のものかはわからないが、それは殆ど叫び声のようなものだった。そう

 

 《校了原稿》が爆発したのだ

 

 そして、《校了原稿》は火を吹いていた。火力は強くはない。むしろ強かったのは最初の爆発で、誰も怪我をしていないようだし、ポッという程度の発火だ。

 

 しかしいきなりの出来事でその場にいた生徒達は身動きが取れない。ハルは無表情のまま《校了原稿》を見つめ、里志は《校了原稿》を地面に叩きつけ、腕で何度も原稿を二度三度叩く。懸命な手段だ。

 里志は《校了原稿》を指先で拾い上げる。誰の目に明らかだった。《校了原稿》には大きな焦げ口が開いていたのだ。

 「やられた」、多分そう呟いたのだろう。辺りがざわめく。

 

「あれか?」「今のが十文字?」「燃えてたぞ」「火まで使うのかよ……」「ルパンは人を殺さない」

 

 時々混じってるルパンファンはなんなのだろうか。

 

「ふくちゃん……これ」

 

 伊原が里志に渡したのは、地面にいつの間にか転がっていた《氷菓》だった。栞のようになにかが挟まっている。

 里志はそれを受け取ると、栞代わりに挟まっていたグリーティングカードを取り出し、それを高々と上へ挙げた。

 

 

 【古典部から、校了原稿は既に失われた。 十文字は達成された。 十文字】

 

 

 

「《十文字》の犯行声明だ……」

 

 里志の悔しそうな言葉に、辺りはざわめき、駆け足で地学講義室を去っていく者もいる。大方、《十文字》がまだそばにいると思っているのだろう。

 

 ちらりと千反田を見る。

 

 口に手を当て、目を見開いた状態で、ショックから未だ立ち直れてないようだ。

 

 

 

 

 【氷菓完売まで あと???部】

 

 

 




次回《あなたが十文字ですね》



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