中学の頃、俺のことを優柔不断だという奴がいたが、今思えば随分失礼だよな。
優柔不断ってのは『ぐずぐずしてて、物事を率直に決められない』こと。類義語で言えば、不断、躊躇、ためらい。マイナスな意味ばっかだ。
俺の言う《無色》は優柔不断だとか『人の顔を伺ってる』だとかそういう意味では決してない。
楽しいことは楽しいといい、つまらない事はつまらないという。決断力があると言って欲しいね。
辞書で決断力という言葉で引いた時に「南雲晴」という言葉が乗るのもそう遠くないほどだ。
《灰色》に紛れることも出来るし、やろうと思えば《薔薇色》にだって紛れ込める。なんたって《無色》、透明なんだからな。俺がいる事に他の奴らは気づかない。
カッコウという鳥を知ってるか?あいつらは《
他の種の鳥の巣に卵を産み、その巣の主は産まれてきたカッコウのヒナを自分の子供だと思って育てるんだと。
まぁ無駄な知識披露はこれくらいにしておこう。あまり喋りすぎると福部だと思われちゃいそうだし。
「君こそ、それは失礼だなぁ」
放課後、今俺と福部がいる場所は図書室の四人がけのテーブル。数冊の本を「ドサッ」という音共に置いた福部は口を開いた。
「僕がいつも無駄な知識を披露してるみたいな言い方、君はますますホータローに似てきたね」
「いやだって福部って、口開けばウンチクっていうイメージが付いちゃったからさ」
「僕のはただウンチクじゃないよ。日常生活で使える《武器となるウンチク》さ」
「《桁上がりの四名家》は日常生活じゃ使わねぇだろ」
俺の目の前に座った福部は「それは違いない」という風に大げさに首をすくめる。
「それにしても《無色》とはね、君は本当に興味深い」
「俺がか?」
福部が持ってきたシャーロック・ホームズの冒険を開いていた俺は、福部にそっと視線を向けた。
「そうさ。古典部に入部したこの前、君は勘解由小路って言葉に強く反応していた。あれから色々と思い出してみたんだけど、なんたって君は……」
「図書室ではお静かに」
何かを言いかけた福部の声を遮ったのは背の低めの女の子。高校生にしては童顔で、ショートヘアの髪には綺麗にウェーブがかけられている。
「いいじゃない
摩耶花?名前で読んでることからすると、知り合いか?
「いくらふくちゃんでも駄目なものは駄目なの、図書室は神聖な場よ、静かに」
ふくちゃん……?
すると摩耶花と呼ばれていた少女は俺に視線をずらし、キツめの目付きで言った。
「あなたも、静かに」
「はぁ」
すると、図書室の後ろの扉が音をたてながら開いた。俺たち三人は視線を向ける。
「折木に千反田じゃん」
「南雲に里志……ここにいたのか」
「あっ、今日活動日か!忘れてた!なんで言ってくんなかったんだよ福部!!」
「いや、いつ君が気づくかと思ってね」
だから放課後俺について来たわけか。こいつ……。
「あら、折木じゃない、会いたくなかったわ」
何とも酷い毒舌が聞こえてきたのは隣から。摩耶花という少女が折木を睨みながら声を発していたのだ。
すると折木も嫌そうな顔で返す。
「よう、会いに来てやったぜ。
えっ!?なんか火花散ってない!?
「相変わらず仲がいいね、
「えっ!?この子折木の彼女!?」
折木は心外だと言うふうに首を振りながら言った。
「違う。間違ってでもこいつとは違う」
一方、伊原のほうも
「冗談じゃないわ、こんな陰気臭い男。ナメクジの方がまだマシよ。それにふくちゃん、私の気持ちを知っててよくそんなこと言えるわね」
ほう、どうやら伊原は福部に対して好意を抱いてるらしいな。「気持ちを知ってて」って言って辺りから、もう告白済み、そして結果は……。やめよう、あまり詮索すべき事ではないのかもしれない。
「で?二人は何しにきたんだ?」
俺は話題を変えようと、ボッーっと俺達の会話を眺めていた千反田に話を振る。
「はい、古典部の文集のバックナンバーを取りに来たんです。図書室になら置いてあると思いまして」
「文集?あぁ、文化祭で出す奴か……。でも確か、神高の文化祭は別の名前で呼ばれてたよな」
「カンヤ祭だね」
カンヤ?どういう字を書くんだ?全く字のイメージが湧いてこない。まぁものの名前なんてどうでもいいことから付いたりするのが多いし、別に由来を聞いたところで、ってかんじだな。
そう考えると、福部が付け足す。
「まぁ神山高校文化祭ってのが神山祭になってカンヤなんじゃないかって説はあるけどね」
相変わらず知識量だけはすごいな……。
話が脱線してしまったせいか、それを引き戻すように伊原が強い声で言った。
「それで、文集だったわね。書庫を探せばあるかもしれないけど、司書の先生が帰ってくるまで三十分はかかると思うけど……待つ?」
「あぁ、待とうか」
嫌味な風に折木がどかっと俺達が座っていた四人がけの机に座ると、伊原はまるでバイキンを見るような目で言った。
「何よ待つの?折木は帰ってもいいのに」
伊原さんを折木は睨みつける。それに対抗するように再び二人は火花を散らした。
やめて!!仲良くして!!
『フンっ』と鼻を鳴らし、そのままカウンター席に戻った伊原さんは、返却ボックスに入っている本を眺めると、口を開く。
「えぇ……またぁ……!?」
「どうしたんだい、摩耶花?」
「私が当番の金曜日の放課後……毎週同じ本が返却されてるのよ。今日で五週目だわ……なんか不気味で……」
俺たち四人はその返却ボックスをのぞき込み、本を取り出す。その本は表紙は皮で出来ており綿密な装飾が施されていた。
本の厚さはかなりのもので、辞書に匹敵するのではないかと思わされるほどだ。しかし俺が最も驚いたのは、厚さや装飾ではなく、本の題名だ。
「神山高校五十年の歩みぃ!?こんなの毎週借りる奴いんのかよ」
「本の厚さが厚さだしな、毎週借りる奴がいてもおかしくはないだろ。里志のような変人であれば、なおさらだ」
折木のつぶやきに伊原さんは首を横に振った。
「私だってそれくらい分かってるわよ。けどおかしな点はそこじゃないの。折木は図書室で本を借りたことがないからわからないと思うけど、この図書室の貸出期限は二週間、つまり毎週返却する必要は無いの」
「制度を知らなかったんじゃないんですか?」
千反田の透き通った声が聞こえてきた。
その可能性は十分に有り得るだろう。神高の貸出期限が二週間だとしても、普通の学校の図書室なら一週間と考えるのが妥当だ。
「それはないと思うよ。貸し出す時には「期限は二週間です」って言わなくちゃならないの。一人や二人ならまだしも、借りた人が全員が聞いてなかったなんてありえないわ」
「なるほど、誰が借りたかは分かるんですか?」
「もちろん、裏表紙に貸出名簿があるから見てみなよ」
「これは……」
千反田は俺と折木に貸出名簿を見せてきた。どうやらこの前の密室事件以来、千反田に気に入られてるような気がするんだよなぁ……。
まぁこんな可愛い子に気に入られて悪い気がすることは無いけど……。
そう思いながらも俺は名簿を見る。
二年D組町田京子
二年E組沢口美咲
二年F組山口涼子
二年E組嶋さおり
二年D組鈴木よしえ
全員違う人……だが共通点は多い。全員が二年、クラスはDからF、そして女子生徒。
最後に、あまりにおかしい事が一つ。
「毎週金曜日、同じ日に同じ人が、貸出、返却しています」
「それに、全員貸出時間と返却時間が一緒だ。借りた時間は昼休み、返したのは六時間目が終わった放課後。偶然にしては出来すぎてるね」
「その通り。
「…………………」
千反田さんが黙り込む。もしかして……
俺は折木と目を合わせ、頷く。そっとカバンを持ち図書室をあとにしようとした、その瞬間だった
「私……気になります」
「南雲さん!折木さん!」
千反田さんは再び俺たちに歩み寄り、グイッと顔を近づける。瞳孔が大きくなり、心做しか目がいつも以上に輝いている。
千反田さんの《興味》への発露だ。
「お二人は、どう思います!?」
俺と折木は再び視線を合わせ「はぁ」とため息をつく。こうなった千反田さんは誰にも止められない。俺たちはこう言わざる負えなかった。
「……そうだな、少し考えてみよう」
俺の代わりに折木が言ってくれた。
「ふくちゃん、折木と……南雲くんだっけ?二人って頭いいの?」
「あんまり。でも、彼らの洞察力と観察力には目を見張るものはあるよ。それ以外は人並みくらいだけどね」
悪かったな。
俺たちは考えることにした。
毎週別の人間が同じ本を同じ時間に借り、同じ時間に返すなんて事は別に確率的にはありえない話じゃない。
だがその確率は天文学的な数字、言ってしまえばほぼゼロだ。
それにこんな理由じゃ、千反田は納得しない。
貸出手続きを昼休み、返却を放課後におこなったってことは
しかし、読む以外の用途が、本にあるのだろうか。
折木は口を開く。
「本を読む以外にお前らならどう使う?」
「浅漬けが浸かります!」
「腕につければ盾だね!」
「何冊か積めば枕になるわ」
「よし、分かった。お前らには何も聞かない。南雲はどうだ?」
「え、そうだな」
俺は分厚い本を机に横たわらせると、ポケットから小説を取り出す。こうすれば教卓から死角になるため、授業中にも…
「こうやって本を使って本を読めるぜ」
「お前が授業中に本を読んでることだけが分かったな!」
「たまにしか読んでねぇよ!」
「たまに読んでるんだ」という他のみんなからの視線が痛い……。
うーん、しかし、実際みんなが言った方法くらいしか思い浮かばねぇよな。仮に枕に使ってたとしても、枕になりそうな本なら星の数あるし、体操着のジャージとかを使った方が寝心地はいいだろう。
俺は再び伊原の手の中にある秀麗な想定が施された表紙を見つめる……、その時だった……。
千反田が本に顔を押し付けんばかりに接近したのだ。
「え?え?」
伊原の反応は当然だ。突然自分の持っているものに顔を近づけられたらこれくらいの反応はする。
「なんだ千反田。本の表紙に暗号でも書かれてたか」
折木の質問に答えることなく、千反田さんは声を発した。
「なにか……匂いがします……。これは、シンナー?」
シンナー?その時、俺の頭の中を今までの会話が通り過ぎた。
『毎週金曜日に……』
『昼休みに貸し出されて、放課後で帰ってくるのよ』
『全員が二年で女子……』
『本を読む以外の使われ方は……』
へぇ……、なるほどな。
俺は折木の顔を見る。もちろんこいつも俺を気力のない目で見ていた。密室事件の時といい閃くタイミングが全く一緒だな。もしかしたら俺と折木の脳内構造は酷似しているのかもしれない。
折木は言った。
「千反田、伊原……少し運動する気はないか?」
「分かったんですか!?南雲さん、折木さん!どこにいけば!?」
千反田さんは場所さえ聞けば今にでも飛び出して行きそうだったが、福部が口を開く。
「ダメだよ!千反田さん!!ホータローに使われるようなことがあっちゃ!こいつは使ってこそ役に立つんだから。ホータロー、どこなんだい?」
随分と酷い言い草だな。だけどこれくらいじゃ折木は腹を立てない。確かに誰かに使われなければ折木は動くことはないだろう。
「いいだろう。今日は雨で体育が潰れたからな、可処分エネルギーを処分してやる」
「私も行くわ。本当に折木に分かるんだったら私もちょっとショックだし。……南雲くん、留守番お願いね」
「え……!」
俺は伊原さの威圧に負け、図書室のカウンターに入る。そしてあいつらが図書室から出ていったあとも、俺はしばし呆然と立ち尽くしていた。
俺を置いてくのかよ!!!
数分後、満足気な顔をした千反田を初めとし、連中が戻ってくる。俺はわざと嫌味ったらしい声のトーンで喋る。
「よう!!どうだった事件の真相は!!?」
「それより先に君の推理を聞かせてよ!」
福部は俺にズイっと寄ってくる。
「なんだよ、見てきたんじゃないのかよ」
「うん。つまりホータローの推理は正しかった。だから君の推理も聞かせて欲しいんだ。」
「二度手間だ。話さなくていいぞ南雲」
かったるそうに折木は福部を制そうとする。確かに二度手間だ。だが置いてかれた事に対して俺はまだ腹の虫の居所が悪い。
俺の推理が折木と同じだってことを証明して、こいつらのアホ面を拝んでやるぜ。
「お前らが行ったのは美術準備室だろ?」
全員の体がピクっと動く。
「あの本を使うとすれば、金曜日の五、六時間目。その時間でこの本は読めないし、読もうとするやつもいない」
「つまりその本は
「美術。この本は色合いがいいからな。スケッチするにはもってこいだ。大方お前らは美術準備室で《本を持った女子生徒》の肖像画でも見てきたんじゃないか?そしてなぜ毎週返却するのか、こんなでかい本は管理に困る。返却するという手段が一番管理しやすい方法なんだろ?」
ドヤ顔で答え終わると、福部は二度三度拍手を俺によこした。
「すごいな南雲くん。ホータローの推理と全く同じだ!」
「すごい、すごいです!!南雲さん!!」
「私は何時間かかっても理解出来なかったのに……折木といい南雲くんといい……」
さて、こいつらのアホ面も見れたことだし、俺はそろそろ……
「どこ行くんですか?南雲さん、」
「どこって、帰るんだろ?《愛なき愛読書》の謎は解かれた」
「文集はどうした……南雲」
あっ……。
すると、折木以外の全員から嘲笑とも思われる笑い声が俺の耳に通った。
「南雲くんって案外抜けてるんだね!」
福部は俺に指を指しながら大笑いする。こいつら、言わせておけば……。
続けて何かを言おうとする伊原に、カウンターの内側から声がかかった。
「伊原さん、ご苦労さま。もう帰っても大丈夫よ。」
「あ、はい。戻ってたんですか、
声の主は女教師だった。俺は見るのは初めてだけど、この人が司書なのだろう。中年も終わりに近いだろう年の声で、随分と小柄だ。
俺は名札を見つめる。《糸魚川養子》珍しい名前だな。
すると司書の登場に、福部が一歩前に出て交渉を始めた。
「こんにちは。古典部の福部里志です。僕達文集を作るためにバックナンバーを探してるんですが、書庫を調べさせてもらっても?」
「古典部……?文集……?」
糸魚川先生は驚いたような声を上げる。なんだ……?
「古典部の文集のバックナンバーは図書室にはないわ」
「えぇ、だから書庫を」
「書庫にもないわ」
「見落としということは?」
「いいえ」
妙にはっきりと答えるな。だがこの先生が文集を隠す理由は到底思いつかない。となれば……廃部寸前の古典部の文集は捨てられてしまったのだろうか。
ここまで完全に否定されてしまっては流石の福部も引き下がり、残念そうに千反田さんに言った。
「だそうだよ千反田さん。」
「困りましたね……」
「そのうち見つかるさ。帰ろうぜ」
折木がそう言いながら図書室の出口を目指し足を進ませると、それに続き三人も後を追う。
俺は先生に一礼をした後四人を追った。
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「
「すみません伊原さん。私、携帯を持っていなくて……」
「じゃぁ家電でいいからさ!」
下駄箱についたところで伊原さんが千反田さんに連絡先を聞いているシーンを目撃した。ちーちゃんって……。
そして、その隣では
「ホータロー本屋に付いてきておくれよ。読みたい本があるんだ」
「断る。なぜお前が読みたい本を買うために俺がついてかなきゃならない」
「旅は道連れって言うだろ?ホータローも買うんだよ!」
「尚更断る!なぜお前は俺が買うと思った!」
あぁやってどうでもいい事を会話出来るのが《親友》ってやつなんだろうな。そういや東京から越してきてから、特別親しい友達ってのはいない。
クラスでは折木と一緒にいるけど、《特別仲がいい》かって聞かれたら俺はきっと言葉を詰まらせるだろう。だが果たして今の俺に、《心から信頼出来る友人関係》が必要なのだろうか?
答えは否だ。無色を自称する俺に、そんなものは必要ない。特別親しい人間関係を作らず、フラットなままでいるのが俺のポリシーだ。そんな小市民のような人間になる為に、俺は東京からここに越してきたではないか。省エネ主義を掲げている折木でさえ、俺とは一線を置くべきなのだ。
俺は《あの過去》を忘れる訳にはいかない。
感情に流されるな、南雲晴。俺とコイツらは違う。俺は、同じ道を歩けない。
自分の存在意義を再確認した所で、俺は四人から目を背けた。すると
「お前も来るだろ?ハル」
顔を上げると、折木が照れくさそうにこちらを向いていた。
すると里志が素っ頓狂なわざとらしい声を出した。
「なんだいホータロー!君が人を名前で呼ぶなんて珍しいじゃないか!」
「お前は俺をなんだと思ってる。南雲より、ハルの方が呼びやすいだろ」
「あぁ、そういう照れ隠しね。そういうことにしておくよ」
「お前なあ……」
「じゃあ君も行こうかハル!」
そう言いながら下らない会話を続ける折木と福部を見て、俺は少しだけ戸惑った。だが、悪い気はしなかった。
少しだけなら、こいつらに俺は心を赦していいのかもしれない。俺はニヤリと笑った。
「じゃあ俺も行こうかな、奉太郎、里志」
そう言うと、女子二人の『フフっ』という笑い声が聞こえてくる。
俺は彼らのもとに、少しだけ早歩きで向かった。
「南雲さん……折木さん……あなた達なら、もしかしたら………」
《少女》は《真実》を知り、何を思うのだろうか。
《少年》は《真実》を求め、何を得るのだろうか。
次回《少女の依頼》
私はその時、涙を流したんです。