氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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 《クドリャフカの順番》編ついに完結!!

 衝撃のラストを見逃すな!!(言ってみたかった)

 今回はいつもより長く、二話分の字数があります。


第十五話 願い

 ♣︎16

 

 

 

 

 

 閉会式も近づいて、僕はジャージ姿の摩耶花と体育館に向かう。今頃ハルはクラス委員の仕事をこなしているだろう。

 

「信じらんない!!怪盗行為のためにまさか火を使うなんて……マッチでも投げたのかしら……!」

 

 ありゃありゃこりゃ相当怒ってるよ。ナトリウム爆発の案を出したのがハルだって聞いたら、ハルは一日中絞られるだろうね。ご愁傷様。

 

「おっ、福部じゃないか」

 

 谷くんが愉快そうな笑顔で話しかけてきた。《十文字》に逃がしたんだから、もっと落ち込んでると思ったんだけどね。まぁこの事件は彼にとって遊びでしかなかったんだろう。僕は微笑を浮かべて返した。

 

「やぁ谷くん。さっき地学講義室にいたよね。なにか手がかりは見つかったかい?」

 

 一応義理で聞いてみる。ハルとホータローの推理から聞くと、《十文字》が田名辺先輩というのが分かるためには、《夕べには骸に》を所持してる事が絶対条件だった。そうじゃなきゃ、《安心院鐸波》も《クドリャフカの順番》も分からなかったからだ。

 

「いや、全くだ。お前はどうだ?」

 

 僕は首をすくめる。これは得意だ。

 

「いや、残念ながら」

 

 谷くんはさらに愉快そうになった。なんだい、随分と僕をライバル視してるみたいじゃないか。

 

「そうか……お前でも無理だったか。期待してたんだがな、お料理研の仮はまた返すぜ、じゃぁな」

「あぁ」

 

 谷くんは行ってしまった。人混みに紛れ見えなくなったところで摩耶花が切り出す。

 

「友達?」

「うーん。まぁそんなとこ。強いて言うなら、彼は国語が苦手な人だろうね」

 

 摩耶花は怪訝な顔をした。

 

「どういうこと?」

「どうも彼は、《期待》って言葉を軽々しく使いすぎる……」

「いいじゃない、期待って……」

 

「自分に自信がある時に、期待なんて言葉は使っちゃいけない」

 

 僕は摩耶花が何かを言いかけたところに自分の声を被せた。逆はあっても、こういうのは今までなかったかもしれない。

 

「《期待》って言うのはね、諦めから出る言葉なんだよ」

 

 僕は目の焦点を摩耶花からずらして、空を仰ぐように言った。

 

「自分じゃどうしようもない。どうも出来ない。どうすることも出来ない。自分の無力さを認めて、この人なら自分より有能だって思った時……」

 

 ひと呼吸おいて。

 

「なにかに頼る時に……人は《期待》するんだ」

 

 摩耶花は僕を見つめている。空に視線を向けたままだから直接的には見えてないけど、そんな気がした。

 摩耶花は少し躊躇ったあとに、口を開いた。

 

「《期待》は……ふくちゃんが南雲や折木に抱いてるもの?」

「流石だね。どうして分かったんだい?」

「分かるわよ……ふくちゃんのことくらい……」

 

 他の神高の生徒達が、足を止める僕らの横を通り過ぎていく。はしゃぎ声や笑い声が辺りを包み、話すには少しだけ声の音量を高くしなければならない。

 だから、次の摩耶花の言葉を、僕は無視することが出来たんだ。

 

「ふくちゃんは……二人に勝ちたかったの?」

 

 違う。そうじゃない。僕は、二人と一緒に歩きたかった。ずっと背中を見ているのが嫌だった。それが僕の《願い》だった。でも僕は見栄を張った。

 

「これは微妙な男心って奴さ。さすがの摩耶花にも分からないよ」

「そんなことない」

 

 摩耶花の声は小さかった。周りがこんなに騒がしいのに、摩耶花の声は、なぜ聞こえてしまうのだろう。

 

「そんなことない」

 

 もう一度言った。今度は確実に聞こえるように。

 

「確かにあの二人はすごいよ!色んな事件を二人で解決してきた!でも、ふくちゃんはもっと凄いよ!!色んなこと知ってて、色んなこと教えてくれて……」

「大事な事を忘れてたよ」

 

 僕は再び摩耶花の声にかぶさるように言った。深く溜息をつき、僕は自分のモットーを言った。

 

「データベースは結論を出せないんだ。」

 

 摩耶花は、寂しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「里志、伊原!!!」

 

 人混みの中聞きなれた声が僕達を呼ぶ。僕らは振り返ると、ハルが人並みを縫って……いや、人を無理やり腕でどかしながらこっちに向かってきている。

 

「どうしたんだいハル?」

「ちょ、あんた何をそんなに急いでんのよ!!」

 

 ハルは激しく息を切らし、その場に中腰になる。ニヤリと笑って、続けた。

 

「里志、お前の大好きなハプニングだぜ。伊原、今すぐに体育館の関係者スペースに来い。里志、お前は千反田を探して来てくれ」

「一体なんなの!?」

「説明してる時間はねぇ!!早く来い!!」

「わ、分かったわよ。ふくちゃん、ちーちゃんのこと宜しくね!」

「《期待》してるぜ、里志!!」

 

 そう言って、摩耶花とハルは体育館に走っていった。

 

 《期待》……ね。まったく、君も国語が苦手なんだね。

 

 でも、僕はなぜだか、ハルに期待される事が嬉しかった。

 

 さて……人探しは僕の得意分野だ!

 

「へい!そこの一年生!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♦︎09

 

 

 

 

 

「一人、連れてきました!!」

 

 南雲はそう言って体育館の関係者スペースに私を押し入れた。中にいたのは総務委員長の田名辺先輩。生徒会長の陸山先輩だ。なんでこんな人達が私を呼んでるのよ!?

 

「ちょっと南雲!!これ一体どういうことよ!」

「僕から説明しよう」

 

 切り出したのは田名辺先輩だった。

 説明される。閉会式に有志で歌う二人組が今日はどちらも休みだということ、デュエット曲なので人員確保が難しいこと……そして……

 

「じゃ、じゃぁ…、私とちーちゃんに《まどろみの約束》を歌えってことですか?閉会式で!?」

「そういうこと〜」

 

 陸山先輩が言った。なんでこの人こんなに適当なのよ!!ほんとに《夕べには骸に》の作画担当なの!?

 

「む、無理ですよ!!私達はカラオケで歌ったことのあるだけなんです……。とても人前で出来ません!」

 

 すると、田名辺先輩と陸山先輩は立ち上がり私に向かって頭を下げた。

 

「頼む。君たちしかいないんだ……!この文化祭を最後の最後で失敗させたくない……」

「やりましょう!摩耶花さん!」

 

 振り向くと、息切れを起こしたふくちゃんと折木がちーちゃんと一緒に立っていた。まって……息切れをした折木!?

 折木は一度唾を飲み込み、言った。

 

「まったく……数日分のエネルギーを使わせおって……。歌え伊原、俺のエネルギーを無駄にするな」

「そう言えば、摩耶花の歌って聞いたことないね。こんな所で聞けるなんて、ラッキーだ」

「なんで歌う流れになってるのよ!」

 

「頼む」「君達しかいない」「伊原」「摩耶花」「伊原」「摩耶花さん」

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

 

「分かったわよ!!歌えばいいんでしょ歌えば!!その代わりふくちゃんは今度ケーキ奢ってよね!」

「お、お財布が暖かくなったら……」

 

 いつになることやら。

 

「でも、私はジャージでちーちゃんは制服よ?これで歌えっての?」

「それに関しては大丈夫だ。」

 

 南雲はそういうと、生徒会と書かれたトートバッグから真っ白なワンピースの様な衣装を取り出した。な、なにこれ……。

 

「これを着て歌え!あーちなみに、伊原の胸のサイズから見ればこの衣装はちょっと大き……」バキッ!!

 

 

 

 

 

 

 ♣︎17、♠︎15

 

 

 

 ゴシャァ!!

 

 殴られたハルがその場に倒れた。

 

 バカな事を。

 

 

 

 

 

 

 ♥14

 

 

 

 

 

 折木さんと福部さん。それと田名辺さんと陸山さんまで苦笑いを浮かべていますが、私は南雲さんが何を言いたかったのか分かりませんでした。

 

 いいえ。今はそんなことは関係ありません。私は摩耶花さんに言いました。

 

「摩耶花さん!もう時間はありません!これに着替えましょう!」

「で、でもちーちゃん。これ下手したらコスプレだよ!?」

「一度言ったことを私は曲げない主義なのです!」

「あと十五分です!来ましたか!?」

 

 あら。吉野さんが入ってきました。先程はありがとうございます。私は吉野さんにペコリと頭を下げました。

 

「おー、千反田さんじゃない!それで?ユニット名はどうするんだい?」

 

 ユニット名……ですか?私は田名辺さんと陸山さんに視線を送りますが、首を振られてしまいます。折木さんと福部さんもです。

 

「南雲、アンタが私達を推薦したんだから着替えるまでに考えなさいよ」

「了解しました……」

 

 私と摩耶花さんは、更衣室に向かって走りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この衣装、少し恥ずかしいです。ワンピースはよく着るのですが、なんと言ったらいいものか。

 

 私と摩耶花さんは上を羽織ったまま体育館の関係者スペースに戻ります。ユニット名はもう決まってるでしょうか?

 

 摩耶花さんがドアを開けました、すると……

 

 未だに「うーん、うーん」と男性陣五人は頭を悩ませていました。

 

「遅い!!」

 

 摩耶花さんから一喝です。

 

「あんたらユニット名一つ考えるのに何分考えてんのよ!?もうそろそろ時間来ちゃうじゃない!!」

 

 ああ!摩耶花いけません。田名辺さんと陸山さんもいるのですよ。先輩ですよ?

 吉野さんが入ってきました。

 

「千反田さん、伊原さん!準備お願いね!!ユニット名は?」

「南雲さん!早く考えてください!」

 

「南雲」「南雲くん」「南雲!」「ハル」「南雲さん!」「ハル」

 

「うーん……くらしっく……」

「へ?」

 

The Classic(ジ・クラシック)でお願いします!!」

 

 安直です!!古典を英語にしただけです!ですが仕方ありません……

 

「摩耶花さん!行きましょう!」

「分かったわ!」

 

 私達は上に羽織っていたものを脱ぎ捨て、ステージに向かいました。

 ステージ上には既に吉野さんが上がっています。多分余興の司会なのでしょう。そして、

 

『それでは最後に……有志のユニットです!!古典部の歌姫達……』

 

 

The Classic(ジ・クラシック)です!!』

 

 

 私達はガチガチのまま、ステージに上がります。二つ用意されているマイクに並び、姿勢を正します。あっ、入須さんが見えました!

 流石の入須さんも口をポカンと開けています。あ、あそこにいるのは勘解由小路さんです。加えて、桜さんも見えます。

 

 私と摩耶花さんは関係者スペースから出てきた南雲さん達に視線を向けます。御三方は、私達に向かって『頑張れ』というポーズをしました。

 

 私“達”、頑張ります!

 

 

 

『それでは聞いて頂きましょう!The Classic(ジ・クラシック)で、《まどろみの約束》。』

 

 私達は、歌い始めました。

 

 

 

 

 

 

 

『『今夜恋にかわる、しあわせな夢で会おう』』

 

『きっと』

 

『ねぇ』

 

『『見つけてね』』

 

 

 

 

『『まどろみの約束』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♠︎16

 

 

 

 

 

 千反田と伊原の歌い声は、神高の生徒全員を魅了した。

 

 小さな口から発せられる音色は、とても美しく、歌っている時の彼女らの眼差しは、とても力強かった。

 

 目を閉じ音色を感じるもの。ペンライト振って場を盛り上げるもの……。

 

 隣では里志とハルが笑顔を浮かべながらそれを見ており、多分俺も微笑んでいる。

 

 俺は物覚えはいいほうでない。小学校の頃の記憶など、一部を除けばほぼ薄れてしまっている。中学校も然り。だが……

 

 

 俺はこの日見た、彼女達の美しい姿と声を……忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神山高校文化祭は、幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♦︎10

 

 

 

 

 

「河内先輩、遅くなってすみません。《夕べには骸に》、持ってきました」

 

 私と河内先輩がいるのは連絡通路の屋上だ。閉会式が終わったあと、私はすぐにジャージ姿に戻り、折木から《夕べには骸に》を貸してもらうと河内先輩をここに呼び出した。

 

「見たよ閉会式。あんたがあんなことやるなんてねぇ……」

 

 少し馬鹿にしたような口調だったが、河内先輩の取り巻きが私を馬鹿にするものとは違い、ふくちゃんが私に対して言っているような、不快感を感じない口調だった。

 それでも私は少しムッとした。

 

「本当に持ってたんだね……《夕べには骸に》」

「私のじゃないんですけどね。先輩はこの漫画のことを知っていたんですか?この漫画の原作の安城春菜とも、友人だったんですか?」

「湯浅から聞いたの?余計なこと言わないでよねぇ……」

「冗談……なんですか?」

「なにが?」

 

 先輩は私の言いたいことが分かっているはずだ。それなのに知らないふりをするのは、私に意地悪をしたいからじゃない。

 

「面白いと感じるから主観の問題だって話ですよ」

「嘘に決まってるじゃない」

 

 ……!?こんなにあっさり認めるなんて。

 

「逃げきれないもんだね。あたし、それ読んでないんだ。途中まで読んで、途中でやめた。捨てはしなかったけどさ、多分もう読むこともないよ」

 

 先輩が言おうとしていることが分からない。先輩は一度間を開けて続けた。

 

「読めばそれが傑作だって分かるってあんたは言ったよね?そうなんだよ。分かっちゃうんだよ。だから読まないんだ。認めたくないんだ。あんたならどうよ?あまり漫画を読まないと思ってた友達が、万人に認められるような作品を作り出したりしたら?」

 

 友達が書いた漫画を二度も読まないなんてことは、私はあるわけがない。

 いや、本当にそうかな?

 

 例えば明日ふくちゃんが、ちーちゃんが、折木が、南雲が漫画を書いてきてそれがとても面白かったら?

 私はそれを笑って読めるのだろうか?

 河内先輩は手すりに手をかけたままこちらを向かない。ペンを開ける音が聞こえ、手すりになにかを書き始める。

 

「春菜はさ。私の幼馴染なんだ。とっても大人しい子だった……私の横で私が絵を書いてるのを眺めてて、『凄いね』、『上手いね』って褒めてくれた。私はそれが嬉しかった……、春菜に褒めて欲しくて絵を描き続けた……!」

 

 河内先輩の声に、段々と感情が乗っていく。

 

「でも、春菜が書いた去年《夕べには骸に》の評価を聞いた時、私は嫉妬した。誰が読んでも面白いと感じる、産まれながらの名作を春菜は処女作で作り上げたんだ。嫉妬してるから、もっと嫉妬してしまうから、私はそれを読まないんだ」

 

 そして、次に発せられる河内先輩の声はどこか穏やかで、そして、悲しげで、震えていた。

 

「持ってきたところ悪いけどさ、私それ、絶対読まないから……!!だから持ち主に返してきな!だってほら、読んだら電話しちゃうじゃない……『読んだよ、あんたの。凄いじゃない!次のも期待してるね!』って……そんなこと言えないじゃない。ねぇ?」

 

 河内先輩はそう言い残し、どこかに向かって歩き出し始めた。私は不意に、手すりに書かれた落書きに目をやる。

 

 それは、デフォルメされた二頭身のキャラクター。猫のような、狐のような動物が立っている。これは……!

 

「《ボディートーク》の……」

 

 そうか、私には二つの宝物がある。一つは《夕べには骸に》。もう一つは《ボディートーク》……でも、どちらかを選べと言われた、私は《夕べには骸に》を取るだろう。

 それは河内先も同じだったのだ。《夕べには骸に》を選んでしまうのだ。でも本心は、夕べには骸に、に勝ちたかったんだ。それが河内先輩の《願い》だったんだ。

 

「河内先輩!!」

 

 南雲が言った言葉を思い出し、私に背を向けて歩いていく河内先輩を呼び止めた。先輩は振り向かないが、耳は貸してくれているようだった。

 

「私の友達が言ってました、『俺はボディートークが好きだ。作者にあったら、ぜひ続編を描いてもらいたい』って!」

 

 私は、河内先輩を慰めるためにこの言葉を言ったのかもしれない。同情するために言ったのかもしれない。同情とは時に残酷なのだ。

 他人から差を認められてしまい、『仕方ない』と言葉をかけられる。

 けど、本人にとって『仕方ない』なんて言葉は一番悔しいものなんだ。そんな言い方は、勝負がはじめから決まっていたようなものだから……。

 

 河内先輩はほぼ聞こえないようなか細い言った。

 

「あんたの友達、馬鹿ね。なんでそういうこと言うかなぁ……。また描きたくなっちゃうじゃない……」

 

 多分。泣いている。それでも私は、言葉を続ける。河内先輩に、まだ漫画を描き続けて欲しいから。《ボディトーク》が、南雲の中の名作になっているのだから、誰かの心の一冊になっているのだから。

 

 

「もう描きたくないのに……!!《ボディートーク》じゃ、《夕べには骸に》には勝てないのに……!!なんで……なんで……」

 

 

 河内先輩は泣きながら、その場に膝を付いた。

 

 私は一度躊躇ったが、そっとその肩に、手を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 JOKER23

 

 

 

 

 

「いやぁ、助かったぜ。しかも生徒会室の片付けまで手伝ってもらっちゃって、悪いな」

「いえ、《氷菓》を三十部も売ってくれたんです。これくらいはしますよ」

 

 閉会式も終わり、片付けも終わり、様々な生徒が帰路に付いている中俺と陸山は生徒会の片付けを行っていた。片付けと言っても、ついさっきまで生徒会の連中もやっていた。

 俺は無理やりそいつらを帰らせ、陸山と二人だけになった。

 

 俺たちは片付けを済ませると、それぞれカバンを持った。陸山が生徒会室のドアに手をかけた瞬間、俺は口を開く。

 

「陸山会長」

「どうした?」

「陸山会長は、《クドリャフカの順番》を読んでいたのではありませんか?」

「懐かしい名前だな。なんでそう思った?」

 

 陸山は動じない。田名辺といいこの人といい……頭のいい人と話すとどうも調子が狂うな。

 

「あなたをおかしいと思ったのは、昨日のことです。俺はあの会話で、あなたを《十文字》なんじゃないのかとも疑った。

あなたは昨日俺にこう言いましたよね。『お前古典部だったな?最後の標的になるんじゃないか?奪われんなよ?』と。あの時は《十文字》の存在が明るみに出たばかりでした。加えて、あなたは昨日は一日中ポスター作りに励んでいた。とても学内の情報を知り得る状況じゃあない」

 

 陸山はニヤリとと笑ったまま、答えた。

 

「《十文字》の事は生徒会の連中から聞いたんだ。お前もその場にいただろ?」

 

 なんでこの人は自分で問題を提示するんだ。

 

「そうですね。ですが、おかしな点はまだあります」

「話を聞こうか」

「これも昨日の出来事です。俺があなたと話している時に生徒会の連中が戻ってきました。あいつらはあなたに資料の受け渡しと、最低限の連絡事項を伝えてまた散っていった。俺のいた時は『《十文字事件》というのが起こっているようです』とね。あなたは何故、《十文字事件》というワードを聞いただけで、『奪われんなよ?』と俺に忠告出来たんですか?《十文字事件》が盗難事件だとは、名前を聞いただけじゃ分からないでしょ。

そしてこの短い会話で、古典部が最後の標的になるかもしれないと予想を建てられたのか。もっと端的に言うと、《十文字事件》が五十音順に狙われると分かったのか。振り出しに戻ります。あなたは安城春菜の傑作である《クドリャフカの順番》を読んでいた。《十文字事件》は《クドリャフカの順番》を元にしていた事件です。それを知っていれば《十文字事件》の概要が分かるのは簡単なことです。違いますか?」

 

 俺は威圧をするように最後の言葉を冷徹に放った。しかし、やはり陸山は揺るがない。むしろこの状況を楽しんでいるようにも見える。

 陸山は笑った。

 

 

「やるな。名探偵様々じゃないか。さすがは《十文字》……ジローを追い詰めただけの事はある」

「じゃぁ……やっぱり」

「あぁ、そうだ。俺は《クドリャフカの順番》を読んだ。今でもたまに見返すさ。あれは素晴らしい代物だ。同人誌で出すのは勿体ない」

「まさか……それが理由?」

 

 陸山は『ん?』という顔をする。そして『あぁ』と今自分が言った言葉を思い出したらしい。

 

「いや、違うよ。確かに《クドリャフカの順番》を同人誌として出すのは勿体ないとは思ったが、俺が描かないのはそれが理由じゃない。」

「……」

「俺が描かない理由を聞かないのか?」

「知っても、俺には何もできませんから。」

「非情な奴だなぁ」

 

 俺はムッとした。確かに理由を聞かないという言い方は辛辣ではあったが、そこまで言う必要は無いだろ?

 

「俺に対してそう思うなら、あなたの方がよっぽど非情なんじゃないんですか?《クドリャフカの順番》を読んでいたのに、あなたはそれを隠した。田辺は描きたがっているのに!」

 

 俺は陸山を多分軽く睨んでいるが、彼の目は笑っている。

 

「理由を聞きます。なぜ《クドリャフカの順番》を描かないんですか?」

「そうだな、簡単に言えば……俺が天才だからかな」

 

 は?

 

「おい、なんだその目は」

「いや、自分でそこまで言う奴ってちょっとヤベェなって思って」

「バカ言うな。自分じゃ思ってない。周りが俺のことをそう呼ぶからなんだ……」

 

 陸山は自分のカバンを地面に降ろし、窓に向かって歩き出した。生徒会は一階で、そこから乗り出せばここから出ることも出来るだろう。陸山は窓に肘をかけ、こちらを向いた。陸山の髪が吹き込む風で揺れる。

 発せさられる言葉は、今までとは違い真剣なものだった。

 

「始めて漫画を書いたのは、物心つく前だ。何の漫画を書いたのかは覚えてない。ただ……すっげぇ下手くそだったのは覚えている。それが悔しくってなぁ。それから毎日漫画を書いたよ。でも、小学校の時は神山市の漫画コンクールの最優秀賞に選ばれたんだぜ?

んで、中学の頃は漫研に入った。同期の奴らは俺の絵を見て驚いてたよ。……それから、俺はずっと言われ続けた。『天才』、『天才』、『天才』ってな。だがいつしかそれは、嫉妬に代わった。同期の奴らは俺を蔑み、軽蔑した」

「虐められた原因が漫画だから…描くのを辞めたんですか?」

「いや、それは違うな。そんな奴らは言わせておけばいい。そう思ってた」

「じゃぁ何故……」

 

 陸山の声はどこか悲しそうだった。

 

「天才って言われるのが……嫌だった……」

 

 陸山の目が血走り、静かな怒りに身を任せたように腕を振る。

 

「俺は努力した!!努力して、努力して、やっと上手くなったんだ。それなのに、俺の努力を《天才》、《才能》の一言で片付けられるのが気に食わなかった!!だから俺は、漫画を書くのをやめた!!」

 

 陸山の次言わんとすることが分かった。

 

「だからあなたは、田名辺に漫画は描かないと言った。でもそれなら何故あなたは昨年の《夕べには骸に》を描いたんですか?」

「安城さ」

「安城春菜が理由だと?」

「そうだ。あいつはたまたまノートの端に描いていた俺の落書きを見て言ってくれた。自分は絵がそこまで上手くない。だから、一緒に傑作を作ろうってな……。俺は安城の眼を見て、確信した。こいつなら、俺の努力を感じ取ってくれる。《天才》の一言で片付けることが無いはずだってな。けど……」

「安城春菜はあなたの努力を感じ取ってくれなかった。加えて、親友の田名辺治朗ですらも」

 

 俺は陸山が口に出そうとしていた言葉を先に出した。陸山は顔を伏せたまま、軽く頷いた。

 

「二人とも完成した《夕べには骸に》を見て言ったんだ。『お前は天才だ。』……そう言われたよ……。だから《クドリャフカの順番》を提案された時に、俺は嘘をついた。

漫画描きは、これっきりの遊びだ。俺は今までで漫画を書いたことはないし、これからも書くつもりは無い。そう言った。俺は安城から、ジローから逃げた」

 

 持つ者の苦悩。それは贅沢な悩みなのだろうか。今の話を聞いて、俺はそうは思えなかった。

 持っているからこそ……いや違う。陸山は持っている人間じゃなかった。もしかしたら、持っている人間なんてこの世界にはいないのかもしれない。

 俺たちはそのような人間に対して、《才能》というたった二文字の薄っぺらい言葉を浴びせていただけなのではないか?

 誰も、彼らの《努力》を認めようとしなかったのではないか?《努力》を見ようとしなかっただけなのではないか?

 

 そう考えざるをえない程、陸山の話は俺の魂の深奥まで深く届いた。

 

「田名辺は、あなたに直接言いに来ますよ。『陸山、お前は《クドリャフカの順番》を読んだのか』ってね。あなたはどう答えるおつもりで?」

 

 陸山は笑った。笑ったまま、彼は言った。

 

「分からない……」

「あなたは描きたいはずだ。《クドリャフカの順番》を……!あんなに上手くなるまで努力を重ねたんだ……。そんな簡単に漫画を嫌いになれるはずがないでしょう!?」

 

 俺もどこか白熱した言い方になっている気がする。心から読みたいと思っているのだ、《クドリャフカの順番》を。

 安城春菜、田名辺治朗……そして、陸山宗芳の最高傑作を。

 

「描きたい、描きたいさ……。それが俺の《願い》だ。けど、俺にはもう笑いながら漫画を描ける自信が無い……」

 

 陸山の声が震える。

 

「俺は……才能なんて気にせず、ただ心がおもむくままに三人で漫画を描いていた時が、一番楽しかったんだ」

 

 泣き出す寸前の枯れかかった陸山の最後の一言は、薄く空気中に溶けて、消えていった。

 俺はそっと、目を伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 JOKER24

 

 

 

 

 陸山と別れた俺は地学講義室に向かって歩いていた。今までで取り付けられていた装飾等は既に取り外されており、つい数十分前まで文化祭ムードだった雰囲気が嘘のようにいつもの雰囲気に戻っている。

 そして、地学講義室のドアを開ける。

 

「あー!遅いよ、お兄ちゃん!!」

「雨……今更来たのか……」

 

「遅いぜハル」

 

 奉太郎

 

「待ってましたよ、南雲さん」

 

 千反田

 

「どこで道草を食ってたんだい?」

 

 里志

 

「人を待たせないでよね」

 

 伊原

 

「まぁまぁ……伊原さん」

 

 桜

 

「遅刻とは何事だ、晴!」

 

 晴香

 

 

 晴香の腕には《カンヤ賞》のトロフィーが握られていた。一般客アンケートで書道部が一位に輝いたのだ。あとで個人的に祝福の言葉でもやろう。

 奉太郎の机を見ると、《氷菓》が一部だけ置かれており、他の奴らは腕に《氷菓》を握っていた。

 

「お前が買って、完売だ」

 

 奉太郎の言葉に頷き、俺は二百円を取り出し、奉太郎に渡す。

 そして俺は《氷菓》を受け取り、奉太郎はニヤリと笑った。

 

 

「完売だ」

 

 

「「「「い、い、…」」」」

 

 

 

「「「いやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」

 

 

 まさか……ここまで来るとは。実に感無量だ。初日に絶望的な思いで見上げた文集の山が……。

 千反田は続けた。

 

「あとは《十文字事件》ですね!!これで心置き無く気にすることができます!!」

 

 里志はニヤリと笑った。

 

「あぁ、それならハルとホータローがなにか分かったみたいだよ?」

 

 また余計なことを……。だがまぁ、今日は……疲れた。俺は切り出す。

 

「どうだお前ら、《十文字》の話題を肴に、うちで打ち上げでもやるか?」

「賛成だ」

 

 奉太郎という。

 

「なによあんたら!!どうも積極的じゃない!」

 

 伊原の弁。なんとも失礼な!俺たちだって娯楽は楽しむぞ?

 

「賛成だね!!生徒指導部が怖くって打ち上げなんて出来るか!!三日間のそれぞれの鬱憤を晴らそうよ!!明日は日曜日だ、どうしたものかねぇ!!」

 

 こいつ飲むとか言い出さないだろうな?

 

「桜も来るだろ?」

 

 笑っていうと、桜は言った。

 

「な、南雲くんの家……行きます」

「お、おう」

「私もさんせーい!!なかなか古典部に出られなかったからさ、色々話を聞かせてよ!!」

「いいねぇ、打ち上げ!勘解由小路家の最高級の肉を用意するよ!」

 

 晴香と伊原が手を上げる。次いで千反田も微笑みながら頷いた。すると

 

「そうだ、お兄ちゃん」

「どうした?」

 

 そう言えば、雨はさっきからダンボールほどの箱を抱き抱えている。雨はそれを俺に差し出した。

 

「お父さんから。入学祝いだって!」

「今更だな……」

「お兄ちゃんが中々帰ってこないからでしょ……ほら開けてみてよ!」

 

 俺は雨から渡された箱を地学講義室の真ん中の机に置くと、他の奴らもそれを囲うように集まってくる。そして、中身を開ける。これは…。

 最初に口を開いたのは里志だった。

 

「すごいじゃないかハル!!最新式の《一眼レフカメラ》だよ!!」

 

 ほう一眼レフカメラ。

 俺はそれを取り出し、一眼とここにいるメンバーを交互に見た。

 

「早速撮ってみるか?」

 

 皆頷く。

 

 机の上に椅子を置き、俺たちと同じ目線になるようにカメラをセットする。伊原が即興で書いた、《氷菓完売!!》の画用紙を千反田が持ち、真ん中へ。

 カメラタイマーは長く設定して二十秒……と。

 

 

 

「ほら、折木さん笑ってください!」

「こ、こうか?」

「怖いよ折木くん!?」

「ちょっと摩耶花……近寄りすぎじゃ……」

「しゃ、写真なんだからこれくらい近づくでしょ?」

「おい、晴!!早く来いよ!」

「お兄ちゃーん!!」

「わーってるって!!ちょっと待てよ!!ちょ、俺のスペース開けろ!!」

 

「ハル……暴れるな!!全員の体勢が崩れる……!!」

 

 

 無理矢理全員が集まっているスペースに入ろうとする俺は足を滑らせ、奉太郎の腕を掴む。そして俺と奉太郎が倒れると同時に、全員の体制がグラついた。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁァァァ!!」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パシャッ!!

 

 

 

 

 【氷菓完売】




 はい!《クドリャフカの順番》編終了です!


 原作を改変して陸山が《クドリャフカの順番》を実は読んでおり、漫画を描かない理由は別にある。というオリジナル展開を作らせていただきました。
 千反田と伊原が《まどろみの約束》を歌っているシーンは是非、《まどろみの約束》を聞きながら読んで頂ければさらに楽しめるのではないのかと思います。

 才能があるからこその苦悩。才能がないものの苦悩。
 この話ではその両方を書かせていただきました。
 それぞれにそれぞれの悩みがあるのかも知れません。

 長くなってしまいましたが…次回からは第4章《遠まわりする雛》編に突入します!

 それでは、また次回お会いしましょう!
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