原作同様、短編集を展開してきたいと思っております。
本作オリジナル短編もあり、新たなオリジナルキャラも登場しますのでお楽しみに!
評価を頂きました。
9評価 柳葉 向日葵さん
ありがとうございました!
評価バーが、赤(空きなし)のサイト内最高評価になりました。
お気に入りをしてくださった方、感想をくれた方、評価をくれた方、ありがとうございました!
これからも《氷菓 〜無色の探偵〜》をよろしくお願いします!
今回はオリジナル短編です。
第一話 趣味のためなら
俺こと折木奉太郎は《省エネ主義》を根本として抱いているが、決して無芸無趣味な訳では無い。
《趣味》と言われて最初に思い浮かぶのはなんだろうか。
俺は強いていうならば『読書』だろう。趣味を仕事に出来たらいいとボヤく人間ものこの世には存在するが、俺は『読書』関連を自分の職業にしようとは思わないし、したいとも思わない。
広辞苑で《趣味》の意味を調べると、『仕事、職業以外で個人で楽しんでいる事柄』という意味がでてくる。
つまり、職業になった時点でそれは趣味ではなくなり、仕事と化すのだ。
どんなに気分が晴れない日も、外で騒ぎたいと思った日も、俺は読書に勤しまなければならない。
そうなった場合俺は『なんで読書なんてしなくちゃいけないんだ』と、愚痴を零すだろう。
「だから俺はあまり趣味であるものに力を入れてはいけないと思うのだが、どうだろう」
時は遡り六月下旬。梅雨も終わりに近づき、初夏の気配が神山を襲う。チラホラ夏服に衣替えをしている生徒もいれば、未だにカーディガンなんて暑苦しいものを羽織っている生徒もいる。
ここは古典部部室、地学講義室。今いるのは俺と千反田の二人。基本的に古典部の活動日は決まっておらず、特に集まる理由がない日は、皆気が向いた日に部室に訪れるのだ。
俺は今昨日購入した小説を片手に持っている。
これがまた面白い。主人公は高校三年生の男子。趣味であるカメラを仕事にしたいと志すか、シングルマザーである自分の母を養う為に安定した職業に就くか。ヒロインやそれを応援する母とともに主人公の心の葛藤を描いた物語だ。
千反田はキョトンとした顔で答えた。
「一つのいい考えだと思いますが、折木さんは矛盾しているのでは?」
「どこが?」
「今本を読んでいます」
「趣味の範疇だ」
「一ヶ月にどれくらい読むんですか?」
「五、六冊って言ったとこか」
「普通の高校生より読んでます」
「普通の高校生が読まなさすぎなんだ。文庫本程度なら時間があれば三時間はくだらない。一週間に一本程度だ」
「それより折木さん」
「金なら貸さんぞ」
「私をなんだと思ってるんですか!」
千反田は頬を膨らましながら答えた。
千反田える。《桁上がりの四名家》の一角を担う《豪農千反田家》の息女だ。
今年の四月。姉貴の青春の場を守るべく部員ゼロと聞いた古典部に所属した俺だったが、そこにいた先客はこの大和撫子然とした少女だった。
髪型は眉ほどでしっかりと切りそろえられており、背中ほどまで伸びた黒い髪は俺やその他の生徒に一昔前の女学生のような雰囲気を与えたが、それがフェイクだったと気付い時には、もう既に遅かった。
大人しい雰囲気からかけ離れた活発的な大きな瞳は、俺を《謎解き》の世界へと誘ったのだ。
この瞳で見られると、俺は断れない。俺はどうやら千反田とは相性が悪いらしい。
《省エネ主義》はこの少女の前では通用しないのだ。
「聞いてくださいよ折木さん!私、気になることがあったんです!」
「今いいところなんだ、あとにしてくれ」
「
「……」
数分前の自分を殴りたい。これからは趣味に全力で力を入れるこの物語の主人公に影響されよう。
俺は文庫本を閉じ、聞いた。
「なんだ、気になることって」
「昨日の事なんですが、
「悪い千反田……早川駅?塚原?なんだそれ」
こいつはよく大事な部分を省く癖がある。誰もがお前の知ってるものを知ってるわけじゃないぞ?
「ああ!すみません。塚原さんは私のクラスのお友達です。生物部に所属しています。早川駅は神山駅から電車に乗って、登り五駅目の駅です」
「早川駅くらい知っている。塚原の家が早川駅の近くにあるだけだろ?」
「いえ、塚原さんの家は、といってもマンションですが、それは
楠木駅……神山駅から登り六駅目だ。
ふむ。
「つまりお前は、塚原の家が楠木にあるのに、その一つ前の駅の早川で一週間前から降りてるのがおかしいと」
「そういうことです。話が早くて助かります」
「ん?しかし、お前は歩いて下校してるよな。なんで塚原が早川で一週間前から降りてるのを知ってるんだ?」
「どこから話せばいいんでしょうか」
「はじめから頼む」
「はい、塚原さんが私に話しかけてきたのは入学してから……」
「あぁ……いや、途中からでいい。」
出会いから説明してくれとは言ってないが……。
「途中からですか……そうですね。昨日のことです。」
────side千反田────
私は、家の用事で楠木まで自転車で向かっていました。私が住んでいる場所は神田という場所です。折木さんも一度来たことがあるので知ってると思いますが。
神山近くの駅を、もう一度確認してみましょう。路線図で表すとこうですね。
┴─┴ 神田┴─┴ …┴─┴ 神山┴─┴ …┴─┴ 早川┴─┴ 楠木
私は用事を済ませたあと、自転車で神田まで戻ります。え?体力があるなって?そうですかね……。
そこで楠木から早川の間の道で、塚原さんと出会いました。この時点で不思議に思ったことがあります。
塚原さんと会った時の時間は六時を回ろうとしいました。生物部の活動日は毎週月曜日で、昨日は火曜日です。部活動はありません。
塚原さんは制服でしたので、なにか用事でもあったのでしょうか?
ですが用事で疲れていた私は、その事を塚原さんから聞きませんでした。しかしこれを聞いたのは覚えています。私は『塚原さんのお家は楠木でしたよね?』と聞いたんです。そしたら塚原さんは私にこう言いました。
『ここ一週間は部活にも寄らずにずっと早川で降りてるんだよ』って。
おかしいとは思いませんか!?
────side奉太郎────
「今日教室で聞けばよかっただろ?」
「今日は塚原さんは風邪でおやすみだったんです」
お大事に。
しかし……別にこれは変な話じゃない。
「なにか分かりますか?折木さん」
「例えばなんだ……女子が歩く理由なんて分かるだろ。お前に言わなかったんじゃなくて、お前に言いたくなかったと考えれば話はまとまる。ダイエッ…むぐ」
千反田は両手で俺の口を塞いだ。
数秒大きな瞳で俺を見つめたあと、言った。
「デリカシーがないですよ?」
「ぷはっ!でも、それくらいしか思い当たらないぞ」
「塚原さんは痩せ型なんです。それも心配になるほど。自分でも言ってました、もう少し太りたいと」
なるほどな。
「なら、早川と楠木の駅間のどこかで何かしらのイベントのようなものが行われているという考えはどうだ?」
「イベント……ですか?」
「よくあるだろ?コンビニで音楽グループとか、アニメの一番くじ。塚原はそれをやりたかった」
千反田は少し引き下がったが、まだ納得のいってないような顔をする。うぅむ。こいつは勘は鈍いが、直感的に違和感を感じ取る才を持っている。
俺が言ったのが《デタラメ》ということに気づいているのだ。
俺はため息をついた。
「いや、ダイエット説もイベント説もありえない」
千反田の顔はパァっと輝きを取り戻した。
「やっぱりそうなんですね!私を騙そうとしてもそうはいきません!それで?なぜあり得ないんですか?」
こういうのに気付かないのが、たまに傷だが……。
「考えてもみろ。お前が昨日塚原と会ったのは六時近かったんだろ?学校の帰りのホームルームは四時だ。一番くじを引くにしても、ダイエットの為に歩くにしても、一駅分歩くのにそんな時間はかからない。時系列が合わないってことだ」
「なるほど……一理あります。」
「ほう、一理とは?」
千反田はいつの間にか俺の横に座っており、口を開いた。
「ダイエット説は時間のズレで否定できますが、イベント説はまだ拭いきれません。南雲さんはイベントの事を一番くじと言っていましたが、それ以外にもまだありえるのではないでしょうか?例えば、お祭りとか?」
ふむ。確かにイベントを一番くじという括りで見た俺の視野が狭かったことは認めよう。だが……
「お祭りと言ってもだな、この梅雨の時期にそんなことをすると思うか?この辺の祭りがいつ開催されるかは詳しくないが、ちょっとばかし時期が早い。それに、お前の五感ならそれくらいは自分で否定出来るはずだ。昨日の早川までの道で太鼓の音はしたのか?浴衣を着た人達はいたか?」
「しませんし、いませんでした。」
そういうことだ。しかし……手がかりが少ないな。一駅まで降りてるのは、一週間前から……か。
「千反田」
「はい?」
「お前は楠木までよく行くのか?」
「ええ。よく、という訳でもありませんが、楠木にはお世話になっているお菓子屋さんがあるので新製品を頂いたりしているんです」
ほう。それは今度俺もいただきたいものだ。いやいや、そうじゃない。
「早川から楠木の道のり、それこそ昨日お前が塚原と会った道を一週間前以前は通ったか?」
「はい通りましたよ。ですが、随分前です。最後に楠木に行ったのは二ヶ月程前でしょうか?」
「二ヶ月前と昨日……なにか変わったことはあったか?」
「え?そうですね……」
千反田は口元に指を置き、考える。数秒悩んだところで、口を開いた。だがその時の声は、どこか悲しげだった。
「動物保護施設がありましたが……、無くなっていたと思います。取り壊しは二ヶ月前には既に決まっていたので。そこに新しく何が建つのかは……覚えていません。あぁ、こんなことも忘れてしまうなんて」
取り壊された場所に新しく何が建つかなんて、二ヶ月前に見たのなら普通覚えていない。
「で、そこにはなにか建ってたんだろ?なにがあったんだ?」
「そこは昨日は通ってないんです。」
「?」
「動物保護施設は早川駅から少し進んだ場所にあります。ですが、父から聞いたところ、その施設の前を通ると楠木まで遠回りになってしまうんです。私は昨日施設があった場所を通りませんでした。今になって何が建ったのか気になってきました……保護犬達は一体どうしたのでしょうか……」
「まてまて、お前は昨日の塚原と会った道を二ヶ月前も通ったと言ったよな?なのに保護施設があった道は通ってないとは、どういうことだ?」
「少し語弊があったみたいですね。塚原さんと会った道は以前も通ってましたが、遠回りになるのは塚原さんと会った道と合流するまでの道のりです。つまり、早川駅から塚原さんと私が昨日会った道までの行き方は二つあるんです。私は今まで遠回りの方を歩いていたということです」
あぁ、なるほどな。だったら遠回りの道にある方の動物保護施設ことは言わなくても良かったのだが……。
取り壊された動物保護施設か……。あんまり今考えてることには関係なさそうだな。
俺は喉を潤そうと、リュックサックから水筒を取り出し、口をつけるが……、出てきたのはたった一つの雫だった。今日は飲みすぎたな……しかし
「喉乾いた……」
不意につぶやくと、千反田は言った。
「私、買ってきますよ?」
「あぁ、俺も行こう」
俺と千反田は地学講義室を出ると、特別棟の一階まで降りた。自動販売機は二つ並んでおり、品ぞろえは同じなので、片方の自販機にあるものが飲みたいから、待つ。ということがない。俺と千反田はそれぞれ別の自販機に小銭を入れ、飲み物を買う。
俺が買ったのはスポーツドリンクだ。水筒に入っていたのもお茶なので、味を変えてみたかった。
「戻りましょうか。もう少し考えましょう」
横で千反田が言った。まだやるのか……明日塚原が来た時に聞けばいいだろ……。ハルも里志も、こんな時に限って帰りやがって。と、千反田に言おうとしたその直後、俺は千反田を二度見、いや三度見した。
詳しくいうと、千反田を見たのではなく千反田が握っている缶を見たのだ。
「おい、千反田……。お前買うの間違えてないか?」
「え?」
千反田が握っていたのは缶コーヒーだった。カフェオレでも微糖でもない。ブラックだ。
先日、俺とハルは千反田に、『叔父が自分に何を聞いたのか思い出させて欲しい』という依頼を受けた。依頼を受けた場所は俺の行きつけの喫茶店《パイナップルサンド》。そこで千反田は俺がに進めたコーヒーを断り、ウィンナーココアを注文したのだ。
理由は、カフェインが苦手だから。
つまり、ここで千反田がコーヒーを買うのは、間違って買ってしまったという初歩的なミスをしたということしか考えられないのだ。それともなにか理由が……?
「いえ、克服しようと思いまして」
「克服?カフェインをか?なんで?」
「これも塚原さんなんですが……塚原さんは私と同じでカフェインが苦手なんです。ですが、
カフェイン?克服?
今までの推測が、記憶が、俺の中で蘇る。
『一つ前の駅で降りてるんです』
『イベントかなんかだろ』
『動物保護施設がありました』
『生物部に所属しています』
『家、といってもマンションですが』
『保護犬達は一体どうしたのでしょうか?』
『コーヒーが飲めるようになったんです!』
「あぁ……そういうことか」
「な、なにか分かったんですか!?折木さん!!」
「あぁ、」
なぜ塚原が早川で降りたのか、動物保護施設の代わりに何が建ったのか、そして……
地学講義室に戻った俺は千反田に言った。だが、少し言うのが恥ずかしかった。
「千反田、このあと空いてるか?」
千反田は一度キョトンとするが、推理に関係することだと感じ取ったのか、頷いた。
千反田と共に向かったのは神山駅。俺達は早川駅までの切符を購入し、電車に乗りこんだ。
席が並んで二つ空いていたので、そこに座る。
電車が動き出したところで、千反田は待ちきれないという風に俺に聞いてきた。
「折木さん、教えてください。なぜ塚原さんは早川で降りてるんですか?」
「あぁ、早川まで暇だしな。ここで教えてやる。早川に着いた時に、俺の考えが正しかったか分かる。……さて、どこから話すかな。昨日お前と塚原が会った時間が六時前だとしたら、塚原はどこかに寄っていたという俺達の考えはあたっている」
千反田は首をかしげた。
「その可能性もありえますが、学校に居残っていたという考えもありますよ?」
「昨日お前が塚原に『家は楠木ですよね?』と聞いた時に、塚原は『ここ一週間は部活にも寄らずに早川で降りてる』と言ったんだよな?部活《にも》だ。つまり塚原の中で放課後の最優先事項は部活になっていた。ほかの理由で居残るとは思えない。じゃぁ居残りを強制させられるような理由。例えば、呼び出しやら委員会。これも考えから外す。一週間連続で何かがあるとは考えられないからな。加えて、その最優先事項である部活を上回る事項が一週間前から塚原の中に生まれたということだ。その答えは、早川から楠木までの道のりにある」
先程買ったスポーツドリンクを喉に流し込み、人差し指を立て続ける。
「条件を並べていこうか。まず一つ、塚原は生物部だって言ったな。前に里志と生物部の飼っている生物を見に行ったんだが、飼育しているのは、名前を忘れた熱帯魚、亀、ウーパールーパー等の、魚類、爬虫類だ」
千反田は眉を寄せて、『こいつは何を言っているんだ』という顔を見せた。これが千反田だったからよかったものの、伊原だったら一喝されていただろう。
しかしこの反応は当たり前だ。家のある一駅前で降りる理由がウーパールーパーなんて言われたら、俺だって怪訝な顔をする。
次いで俺は中指を立てた。
「二つ。これはお前のさっきの質問で答えたが、塚原にとって生物部は放課後の用事の中で最優先事項だった」
薬指と小指、親指を同時に立てる。
「三つ。塚原はマンションに住んでいる。四つ。早川から楠木までの道のりにある動物保護施設が取り壊された。五つ。塚原はコーヒーが飲めるようになった。これだけの条件が揃っていれば分かるんじゃないのか?」
横目で千反田を見るが、どうも納得出来ていない様子だ。俺は溜息をつき、続ける。
「じゃぁ簡単な問題だ。生物部の主な目的はなんだ?」
「生き物を飼育することです。」
「そう、つまり塚原は生き物の世話をするのが好きだった。だから生物の世話をすることの出来る部活が最優先事項になったんだ。だが、それを越す優先事項が一週間前から現れた。俺は塚原の人柄を知らないから、塚原の趣味も勿論知らない。しかし、生物部が最優先事項になっていたというのなら、それ以上の趣味はないと伺える」
「つまり塚原さんが早川で降りる理由は、生き物関連だと?」
千反田は両手を重ねて太ももに置き、左手を上にしている。無意識にこの座り方をやっているのなら大したものだ。
「その通り。つまり塚原は、
電車はいつの間にか早川に着いていた。俺と千反田はそこから降り、改札を出る。
千反田に元動物保護施設があった場所への道を教えられ、そちらに向かって足を進める。既に早川は夕日で照らされていた。俺は歩きながら続ける。
「これはあくまで俺の希望的観測ではあるが、塚原の住んでいるマンションはペット禁止のマンションじゃないかと思った」
千反田を見るが、まだよく分かっていないようだ。
「塚原はコーヒーが飲めるようになった。何故か、答えは単純明快。慣れだ。塚原はコーヒーを飲む機会が多々あったんだ。だから慣れることが出来た」
隣で千反田が「あっ」という声を上げた。千反田の目の先にはひとつの建物。千反田が声を上げた時は俺の視力では見えなかったが、近づくに連れて俺の考えが当たっていることに気付き、安堵を覚える。
「もう見えてるから答えはわかったと思うが、畳み掛けるぜ。動物保護施設にいた動物達は取り壊されあとどうしたのか、これに加え、今までの条件。なんで一駅前の早川で降りていたのか、何故塚原はコーヒーを飲む機会があったのか。部活以外で、どこで、どうやって生き物と触れ合っていたのか、俺は……」
スッと右手の人差し指を、既に目の前にある建物に向けた。
「
俺が指をさした建物には、《アニマルズ・コーヒー》ていう看板が立て掛けてあるまだ新しい喫茶店だった。
基本的に木組みで出来ており、新しい木材の香りが俺の鼻に情報を与えた。
加えて、扉や大きな窓はガラス張りにされており、中の様子が見て取れる。中には犬や猫を中心とした様々な動物が客と触れ合っていた。すると
「す、凄いです折木さん!アニマルカフェだなんて……考えもしませんでした!やっぱり、叔父のことをあなたに相談して良かったと今もう一度確信しました!」
千反田はそれこそ、動物園にきた子供のような反応を俺を見た。
「あ、あぁ」
叔父の件については、まだ何にもわかってないがな…それでは
「遅くなったし、帰ろうぜ……。千反田?」
千反田はアニマルカフェの中をジーッと見ており、心做し目が輝いている。これは…
「おい、千反田」
「は、はい?」
「入りたいのか?」
「え、ええ……ですが、ここにあることは分かりましたから、いつでも来ることは出来ますが……少し気になりまして」
はぁ……俺もお人好しだな。
「入ろう。折角ここまで来たのに、これで解散というのも電車賃が勿体無い」
「は、はい!」
ガラス張りのを開けた俺は、マスターと思われる男性に案内される。新しく出来たせいか、それとも今日が特別なのか、店内は人で賑わっていた。ここでマスターが俺たちに聞いてきた。
「悪いね。まだ席そんなに用意て出来ていないんだ。君たちと同じ神山高校の子が二人来ているんだが、相席でもいいかな?」
俺は別に構わないが。千反田に視線で「いいか?」というメッセージを送ると微笑んだ。肯定でいいんだよな?
「大丈夫です」
マスターも微笑むと、俺達は店の奥まで案内された。
「あれ?えるじゃん」
相席の連中は男女のペアだった。女の方が千反田を呼ぶ。あぁ……こいつが。
「こんにちは。塚原さん。やっぱり《アニマル・カフェ》にいたんですね」
「やっぱり?」
「塚原さんのマンションはペット禁止ですか?」
「え?あぁうん。だからこうしてアニマルカフェで癒されてるんだよ」
塚原は不思議そうに眉を寄せて千反田を見る。しかその質問はさほとど気にならなかったようで、視線は千反田から自分の膝の上に乗っている小型犬に移った。
いや千反田そんなことより、もっと大事なことを聞く必要があるだろ。
「なぁ、塚原さん」
「なに?」
「あんたは今日休みじゃなかったか?」
「あー、えっとー、それはー」
まさかこの女一日中ここにいたのか!?
「折木?」
俺は男の方に呼ばれた。こいつは……同じクラスの荒木……仲がいいかと言われれば、どちらでもない。仲がいいと言えるほど関わったこともないのだ。取り敢えず挨拶の代わりに右手を上げ、荒木の隣に座る。
マスターからメニューを受け取り、開く。やはりか……
ブラックしかない。まだ出来たばかりの喫茶店だ。バリエーションが少ないのも頷ける。
その後も動物達と戯れ俺たち四人は、共に喫茶店をあとにした。(ちなみ店に入ったからには何かを注文しか無くてはいけない訳で、千反田の分のブラックコーヒーは塚原が飲んでいた。)俺と千反田は早川まで戻るが、荒木と塚原は楠木の方まで歩いて行くそうだ。千反田が言った。
「塚原さん。一度戻って、別のルートから行った方が早いですよ?」
「あー、うん。そうなんだけどね……」
塚原は荒木の袖をキュッと掴んだ。
「荒木の家がこのすぐ近くだから。出来るだけ一緒にいたいんだ」
ほほう。いい《薔薇色》だ。塚原が部活を休んでまでアニマルカフェに行ったのは、『趣味のためなら』、というだけの理由ではなかったのだ。
俺は荒木をニヤケ顔で見る。蹴るな。
「じゃぁね、える。彼氏さんも!」
なに……。何かとんでもないあらぬ勘違いをされてしまったようだ……。
二人去った後、俺と千反田は同時に顔をそっぽに向けた。
「あの、塚原さんと一緒に帰っていた荒木さんと、私はなんで昨日合わなかったんでしょう?」
「塚原がすぐ近くって言ってたろ?多分お前と会った道と合流する前に荒木の家があるんだ」
「そ、そうですよね……」
「帰るか」
「はい」
千反田顔が見れなかった。いや、別に見る必要は無いのだが…。
俺は何故か、この時千反田がどんな顔をしているのか、気になって仕方がなかったのだ。
次回《正体見たり》