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『幽霊の正体見たり枯れ尾花』とはよく聞く言い回しだが、ロマンティックの意味がわからない現代では、枯れ尾花なのは幽霊だけではないだろう。
しかし幽霊は片っ端から枯れ尾花にされていくわけであって、幽霊を幽霊として扱う方が、俺達には難しいのかもしれない。
八月の上旬。峠道を登るバスの中で奉太郎が呟いた。
「私はそういう言い回し嫌いね。なんでも頭っから信じるほうじゃないけど」
左から伊原の弁。
「いやホータローにしては面白い考えだと思うよ?
右から里志の弁。
「しかし、枯れ尾花の正体も、私気になります」
左から千反田の弁。
「ええい、お前ら俺を挟んで難しい話をするな」
俺達が座っているのはバスでも一番奥の席、つまり五人がけの席だ。右の窓側から、伊原、千反田、俺、奉太郎、里志だ。
「なんだい、《氷菓事件》解決の第一人者の一人である君が、この程度のレベルに付いてこれないとは……まだまだだね。南雲晴一等兵」
「俺はお前らみたいに難しい言い回しはしないんだよ。むしろ俺の方が一般的なんだ。合わせろよ、福部里志教官殿」
神山高校古典部一同。なぜ俺達が一台のバスに乗り合わせているというと、《氷菓事件》の解決の打ち上げというものだ。慰安旅行と言ってもいいだろう。
神山市からバスで一時間半。財前村前。伊原の親戚が営んでいる《
しかも今はたまたま改装中で、客を入れられないため無料で貸し出してくれているのだ。ありがとう伊原。
《青山荘》に到着した俺たちは、それぞれ割り当てられた部屋に移動した。二十畳程の部屋は、俺と奉太郎と里志の三人で使うには大きすぎるくらいだ。
部屋の窓から見える景観は素晴らしいもので、流れ込む風は夏の蒸し暑さを軽減してくれる。深い緑に覆われた山。あちこちから上がっている白いモヤは、ここが温泉街である事を再確認させてくれた。
「なかなか見晴らしのいい部屋じゃないか」
奉太郎と窓際で腰をかけていると、後から里志の声が掛かった。奉太郎は返す。
「たまにはこういうのも悪くない。贅沢をいえば一人で来るほうが雰囲気は出るだろうな」
「奉太郎が一人でこんな所に来ることを自発的に思いつくわけないだろ……」
「失礼な。常に風雅を愛する粋人に向かって」
奉太郎が面白いジョークを言い終えたところで、ドアがノックされた。
「夕飯よ」
伊原の声だ。うむ、長旅で腹も減ったところだ。
「夕飯ですよっ!」
千反田も伊原を真似て言った。いつもより興奮しているような声質だが、無理もない。旅行というのは幾つになっても心躍るものだ。友達とくればなおさらだろう。
二人に呼ばれ俺たちは下の階まで足を運ばせる。歩く度にギィ、ギィという音が鳴り、下手なところを踏んでしまったら床が抜けてしまうのではないのかと心配になる。
《青山荘》は二つの建物で成り立っている。先程言った通り、ただいま改装中の本館。そして今俺達がいるのが別館だ。
本館と別館は二階で連絡通路でも繋がっており、この旅館を上から見ればコの字型になっているだろう。
一階にたどり着き和室の富士の絵が書かれた襖を開ければ、真ん中に鎮座する坐卓の前に既に千反田と伊原がこの旅館の娘二人(伊原とは血縁関係にある訳だが、どこに当たるかは知らない)が向かい合った形で正座で座っていた。
里志が千反田と伊原が座っている列へ。残っているのは旅館の娘二人が並んでいる席と誕生日席だ。ふふふ、普段なら誕生日席なんて薔薇色の席は座らんが今回は別だ。なんせそこの姉妹の横に座るのはなんとなく気まずい。俺は奉太郎に切り出した。
「「俺はここに座る。」」
「「む?」」
結果。伊原に『なにコントしてんのよ』とドヤされ、俺はその勢いで姉妹の列に、奉太郎は望んだ誕生日席に座った。
「「「「「「「いただきまーす」」」」」」」
献立は生野菜のサラダと焼きししゃも、豚肉の冷製、大根と油揚げの味噌汁だ。冷しゃぶとは実に夏らしい。頂くとしよう。
すると、俺の隣の隣に座っていたミドルヘアの女の子が、俺の隣にいる子の膝に覆いかぶさる形で俺に言ってきた。お行儀が宜しくないぞ。
「あとで、デザートもありますよ!」
デザート、なんだろう?
「チーズケーキか?」
奉太郎が聞く。
「なんでわかったの!?」
「匂いがしたからな」
「すごい、やっぱまや姉ちゃんの言う通りだ」
奉太郎のことを伊原はなんと言ったのだろうか。
今話しかけてきたやたら人懐っこい女の子がこの《青山荘》の姉妹の姉、
そして、俺の隣に座っている大人しめのポニーテールの少女が妹の
さて、俺は冷しゃぶを口に放り込む。うむ、脂ののりも丁度良い。
梨絵が伊原と千反田に高校生活の話を面白そうに聞いている。里志もニコニコとその話に合いの手を入れる。
俺がサラダに備え付けの杓子を伸ばした時に、隣の嘉代が口を開いた。
「あの、名前、なんて言うんですか?」
「ん、あぁ晴、南雲晴。なんて呼んでも構わないぜ」
「……」
ありゃりゃ、人見知りを克服しようと俺に話しかけてきたみたいだけど、黙ってしまった。
俺じゃなくて最初は千反田や里志辺りの方が良かったかもしれないな。しかし、どうも梨絵、伊原、千反田、里志の話の輪に入れないようだ。ふむ。
「嘉代ちゃんは夏休みの宿題とかどうだ?」
「え、はい。ちゃんと毎日やってますです。でも、算数が苦手で……」
偉いなぁ。俺なんかまだ半分も終わってねぇよ。しかし……算数か。
「じゃぁ後で教えてやるよ!俺こう見えても数学は結構得意なんだ」
俺がそういうと嘉代は黙って頷いた。どこか笑っていたようなので、まぁ良かった。
サラダボウルの杓子に梨絵が手を伸ばし、嘉代が冷しゃぶに箸を出す。次の瞬間、梨絵の腕が嘉代の腕にぶつかり、豚肉を掴んだ嘉代の箸は味噌汁に激突した。
「危な……」
奉太郎がそう言いかけたところで、嘉代の味噌汁がひっくり返った。嘉代が小さくつぶやく。
「うわっ」
「ちょっとあんたなにやってんのよ!」
梨絵が眉を寄せながら言った。うーん、どっちも悪いようには見えたけどな。
「ご、ごめんお姉ちゃん。」
嘉代は謝って台布巾に手を伸ばすが、その台布巾は既に俺が取っており、零れた味噌汁を拭いた。その一部始終を見ていた里志が言う。
「へぇ、ハル。随分と面倒見がいいじゃないか」
「俺も妹いるからなぁ……」
場の空気が固まる。なんだ……
最初に口を開いたのは千反田だった。
「南雲さん、妹さんいたんですか!?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
奉太郎を見ると、こいつも少しばかり驚いた表情で頷いた。
あらら。
その後味噌汁を拭きとった台布巾を嘉代が流しまで持っていき、新しいのを絞ってくるのを待った。
俺は先程食べ損ねたサラダの杓子に手を伸ばし、自分の皿によそった。
その後デザートに梨絵お手製チーズケーキを頂戴し、俺は約束通り嘉代に夏休みの算数の宿題を教えてやった。
教えたのは分配法則だ。嘉代は随分真剣に俺の話を聞いてくれて、三十分もした頃にはほぼ完璧に解けるようになっていた。こりゃぁ里志を越す日も近いな。
嘉代にしつこいほどお礼を言われたあと、俺は部屋に戻る。
既に奉太郎と里志の姿はない。大方温泉に行ったのだろう。
俺も部屋に備え付けられているバスタオルを持ち、温泉に向かう。
《青山荘》を出て、下り坂を降りていく。カーブの曲がりたてに見つかった露天風呂は、民宿や旅館が管理をしているらしい。うむ、しっかりとコーヒー牛乳が売っている。百点満点だな。後で飲むとしよう。俺はあらかじめポケットに入れた二百円をチャリチャリといじった。
脱衣所は意外と狭く、既に先客がいるようだ。言うまでもなく、奉太郎と里志だろう。俺が服を脱ごとうした、その時だった。
バンっ!!
温泉に繋がるドアが勢いよく音を立てて開いた。そこに立っていたのは
「里志……と、奉太郎!?どうした!!?」
里志が奉太郎に肩を貸していたのだ。奉太郎はぐったりとした様子で顔も赤い。
「のぼせたんだよ……。全く情けないったらありゃしないよ。僕の方が何分も先に入ってたのに……。ハル、悪いけど肩を貸してくれないかい?僕だけじゃとてもフラフラの奉太郎を運べない」
「ったく……手が掛かるぜ……」
「すまんな……」
奉太郎がボソッと言った。
《青山荘》に戻ると、伊原が驚いた表情で奉太郎を見た。部屋に布団を敷いて、そこに奉太郎をかつぎ込んだ。
「よう、生きてるか?」
「なんとかな」
奉太郎を担ぎ込んで三十分後、俺は部屋に戻り様子を見に来た。
「これから怪談話やるんだってよ。どうする?」
「怪談話とは……面白そうだな。残念ながらいけん」
「仕方ねぇな」
「お前はどうするんだ?」
「おれ?俺は風呂いってくるよ。まだ入ってねぇんだ」
「つくづくすまん」
はは。随分弱ってんな。
「じゃぁな」
「あぁ」
先程の道を再び降り、俺は露天風呂に向かった。田舎だけあって電灯も無く、暗い。俺は携帯の微かな光で足元を照らしながら露天風呂に向かった。
脱衣所で服を脱ぎ、入る。
現在時刻は八時。他に客はおらず、貸切だ。
俺は顎までどっぷりと浸かった。白く濁った湯が体に染みとおる。
夜空には無数の星がみえ、その星の光だけが、闇に染まった田舎を照らしてくれている。
露天風呂から出ると、持ってきた財布から百円を取り出し、コーヒー牛乳を購入。一気に飲み干し、からの瓶をおく場所に置いた。
夏の夜風は涼しく、温泉で火照った体を冷やしてくれる。温泉の余韻に浸りながら怪談話にでも参戦しよう。とっておきのを話してやるぜ。絶対全員泣かしてやる。
ん?あれは……。
《青山荘》に戻る途中、俺は一人の浴衣姿の少女がこちらに向かって来るのが見えた。俺は気づいたが、向こうは未だに俺に気づかない。
俺は声を発した。
「嘉代ちゃん」
「あ、晴……さん」
嘉代の着ている浴衣は旅館にあるような味も素っ気もない浴衣ではなく、お祭り用だ。
水色の下地に、波に千鳥の文様が縫い込まれている。
「どこいくんだ?」
「お祭りです。夏祭り……」
「へぇ」
夏祭りか。前に奉太郎達と行ったな。あの時は散々だったが。
「なぁ、俺も一緒に言っていいか?」
嘉代は少し躊躇ったように見えた。まぁ今日会ったばかりの赤の他人だし、嘉代の性格から多分一人の方が楽しめるんじゃないか。
「大丈夫です。一緒に行きましょう」
「お、そうか?」
俺は嘉代に連れられ、夏祭りに向かった。
夏祭りは近隣の広場で行われていた。広場の真ん中では盆踊りをしている大人や子供で溢れている。
嘉代を横目で見ると、かき氷屋をじっと見つめていたので、俺は切り出した。
「買うか?奢るぜ」
「あ、お金持ってますから」
「いいってかき氷くらい。おじさん、かき氷二つ。俺メロンで」
「私、いちご」
「はいよ!おっ、嘉代ちゃん!彼氏かい!?」
嘉代は慌てふためきながら両手と首をぶんぶん振った。
こういう発言は俺の方も困るんだよなぁ。
その後も嘉代と俺は夏祭りを楽しんだ。嘉代も積極的に俺に話しかけてきてくれるようになり、なんだか少し嬉しい。だが……
ポタ……ポタ……ザァー!!
「やべ、降ってきやがった!嘉代ちゃん、戻るぞ!!ってぇぇぇぇええ!!」
嘉代は既に全速力で《青山荘》まで走っていた。俺もそれを追いかける。流石に小学六年生に高校生の俺が追いつけない訳もなく、並走。嘉代の表情を見る。
その顔は、どこか焦っていて、泣きそうになっていた。
俺たちは《青山荘》に駆け込んだ。
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