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古典部合宿編 完結!
目を開けると見慣れない風景が広がっていた。そういや、合宿に来てたんだったな。時刻は七時。隣を見ると、里志が両足を奉太郎の腹部に置きながら寝ていた。奉太郎は軽くうなされている気がする……。
里志の足をどかして、俺は干していたバスタオルを持って外に出た。たまには朝風呂もいいだろう。
部屋から出ると、丁度隣の部屋から千反田と伊原が出てきた。
俺は片手を上げ挨拶を済ます、が
「どうしたお前ら、青ざめた顔しちゃって。幽霊でも見たか?」
冗談めかして言うと、二人の顔はさらに引きつった。
「うそ……だろ?」
こいつらも朝風呂に行く予定だったらしいので、俺は歩きながら二人の話を聞く。
まずは、昨日の怪談話にて梨絵が千反田達に話した怪談の全貌を紹介しよう。
この《青山荘》の本館二階七号室で、昔泊まった客が首吊り自殺を図ったことがあるらしい。そしてその後、その部屋に泊まる客達が『この部屋にはなにかいる』と、言及する事も多々あり、急病で亡くなった客もいたようだ。
だからその部屋は既に客室として使っておらず、善名一家もその部屋には入らないらしい。
「それでどうしたんだ?」
「でたのよ……」
伊原が冷やかな言葉を口にした。
「夜中に生あったかい風で目が覚めて、何となく寝返りをうったら、窓からみて向かいの部屋……本館二階の七号室に首吊りの影がぼんやりと揺れ動いてたの!」
「ふーん」
「手?」
「なんだよ」
「あんた信じてないでしょ!?」
「だってそれを見たのはお前だけなんだろ?加えてお前はその首吊り幽霊を見る直前に目が覚めてんだ。見間違いだよ、それこそ昨日奉太郎が言ってた《幽霊の正体見たり枯れ尾花》だ。なぁ、千反田?」
隣の千反田に聞くと、千反田は声を落とし言った。
「いえ、私も見たんです。摩耶花さんが言っていた首吊りの影を……」
むむ。さらに話を聞くと、千反田が影を見た時刻は伊原と同様で不明だと。
「千反田、サイズはどれくらいの大きさだった?」
「うーん、大きくも小さくもありませんでした。ただ影のように揺れていたので、正確なサイズは分からないんです」
影……か。俺は振り向き、本館の窓を見る。うん……
「伊原、お前らが見たのは本当に影だったのか?」
「なによ、まだ疑ってんの?」
「違うさ、あれを見てみろ」
俺が指をさしたのは本館だ。それを見るなり、二人は『あっ』と声を漏らした。
「そう。本館の窓はすべて木製の窓で閉まっている。影が出来るためには、部屋に明かりが侵入する必要がある。加えて、お前らの方に影が向いていたのなら、光は逆側から当てられていた。つまり窓は七号室を挟む形で二つ空いていなければならない」
「つ、つまり、私達が幽霊を見た側の窓とは逆にも窓がないと影は出来ないってこと?」
「ああ、そうだな」
風呂に到着した俺たちは、それぞれ別れ、俺は三度脱衣所に入る。
服を脱ぎドアを開けると、冷たい風が俺の体を包んだ。加えて、足元も冷たい。昨日は降ったからなぁ……、嘉代の浴衣は大丈夫だったろうか……。
浴衣……、まさか……。いや、でもそうなれば何故あの場所を指定した。他にも場所はいくらでもあるはずだろ。
だが仮にこれを裏付ける証拠が見つかれば合点はいく。
俺は脱衣所に戻り服を着ると、《青山荘》に向かって走り出した。
「あ、おはようございまーす!」
別館に入るなり俺に話しかけてきたのは、梨絵だった。俺もできるだけ愛想良く返す。
「おう、おはよう。」
「今日の夜はみんなで花火でもやりませんか?私、楽しみにしてたんです!」
「いいな。奉太郎達にも伝えておくよ」
「よろしくお願いします!私、ちゃんと浴衣も用意してあるんです!」
「ふーん、やっぱ嘉代ちゃんとお揃いなのか?」
「嘉代は浴衣を持ってませんよ、お手伝いをして私買ってもらったんですから!!」
「そうなのか?なぁ梨絵ちゃん。本館の七号室は誰でも行けるもんなのか?」
俺の発言に梨絵は首をかしげた。そうだ、俺は昨日梨絵が披露し怪談話の輪にいなかったのだ。この話を知っているのはおかしなことだが、どうやら梨絵はそんな事は考えてなかったようだ。
「入れますけど、本館はもうお風呂と食事処にしか使ってないんですよ。だからお客さんは二階の七号室には特に用はないので行かないと思います。」
ふむ。
「じゃあもう一つ、本館二階の廊下には窓はある?」
「ええ」
「そうか、わざわざありがとうな」
「いえいえ!」
梨絵はおかしな事を聞く俺に対して何の疑いもなく質問に答え、そのままどこかへ向かっていった。
梨絵の言う通り、本館には簡単に入ることが出来た。玄関ロビーから少し歩くと、善名家専用の靴置き場に、二枚の紙切れが置いてあることに気づく。これは……
朝のラジオ体操カードだ。一枚には梨絵、という字が書かれており、もう一枚には名前は書かれていない。まぁ嘉代のものだろうが……。
加えて、赤と黄色のボールが転がっていた。そしてそれも同じくして、一つには梨絵の名前。もう一つには名前が書かれていない。
……この事件。なんだかあんまりいい結末になる気がしない。
ギィ……ギィ……ギィ……。
なんだ?上の階から木造建築らしい足音が聞こえる。大人のものでは無い。これは子供の足音だ。
俺は玄関ロビーに戻り、近くの階段から上の階に上っていく。
二階に上ったところで、俺は足音がする方向へ足を進ませる、ギィ……ギィ……と、俺の足音と子供の足音が本館に響き渡る。
そして俺は足音が聞こえる部屋の前に立ち止まった。
本館二階、七号室。
別に幽霊が怖いわけじゃない……、ただ《枯れ尾花》の正体を知ってしまったら……俺はどうするべきなんだ。
千反田達に言うべきなのか……、俺がそれをしたら《彼女》はどうなる。……しゃあねぇ……。
俺は七号室の扉を開けた。そこにいた先客はビクッ!と肩を動かし、恐る恐る俺の方に振り向く。
「やっぱ君だったんだな」
「嘉代ちゃん」
「晴さん……」
嘉代の目の前に干されているのは、ハンガーに掛けられた昨日嘉代が来ていた浴衣だった。
これこそが、千反田達が見た幽霊の枯れ尾花だ。
「昨日突然雨が降ってきた時に君が必要以上に慌てふためいていた理由は、浴衣が濡れてしまうから。それは梨絵ちゃんの浴衣なんだろ?梨絵ちゃんは、なんでもかんでも自分のモノには区別をつける子だ。だから自分のモノに対しての執着心が高い。けど君は梨絵ちゃんの浴衣を着てみたかった。だから黙って借りた」
嘉代は俯いたまま何も喋ろうとしない。可哀想に思うが俺は続ける。
「君は浴衣を無断で借りたことを梨絵ちゃんに、家族に知られたくはなかった。だからこそ家族ですら立ち入り禁止にしてるこの七号室に浴衣を干した」
だが、ここで失態を犯した。乾かすために開けた窓から月光が忍び込み、浴衣が影を作った。これこそが千反田達がみた《首吊りの影》
の正体だ。
千反田達は多分このことを奉太郎にも相談する。あいつがここまで辿り着けないはずがない……。奉太郎なら嘉代の出来心を庇う形でこの事は梨絵に報告することはないだろうが、嘉代も多くの人に知られるのを望んではいないだろう。
「嘉代ちゃん、君は、梨絵ちゃんが怖いのか?だから、『貸して』の一言が言えなかった」
出来れば聞きたくはない質問だった。だがこの真相を聞かなければ、事件は解決しない。
「怖いわけじゃないんです。優しい時もあるし、一緒に遊んでて楽しいです。でも……でも……」
その時だった。
「なによ……これ……」
背後から声が掛かった。俺はその声の主が誰だか判断するのに少し遅れたが、俺より早く嘉代が反応した。
俺は振り向く。七号室のドアの入口に立っていたのは。
「お姉ちゃん……」
「晴さんが本館に入ってくのが見えたから、本当に入ったんだって思って追いかけてきたんだ」
マジかよ。しくじった、完全に梨絵はノーマークだった。
しかし、梨絵の視線は俺の方を向いていない。部屋に干されている、青色の浴衣に向かっていた。
「あ……あ……あぁ……」
嘉代の口からは嗚咽が漏れていた。怒られる。その一心で嘉代は梨絵に泣きながら言った。
「ご、ごめんなさいお姉ちゃん……こんなつもりじゃなかったんだ……ただ、ただ私も……これが着てみたくて……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
嘉代は何度も謝り続けた。俺はそれに少し、嫌悪感を覚えた。嘉代に対してでは無い。この状況に対してだ。
初めてこの姉妹を見た時こそ、俺はあまり仲がいい姉妹とは思わなかった。性格も真逆で、嘉代が梨絵の言うことを聞いているだけ、そう思っていた。しかし
共に料理をし、共に同じ食卓で飯を食い、共に笑っていた瞬間を見た時こそ、俺はこの姉妹から本当の《絆》というものを垣間見た気がしたのだ。
だが、今嘉代は梨絵を心の底から恐れている。俺は、この姉妹のこの状況を、見たくはなかったのだ。そして、梨絵が口を開いた。
「あんた……さ……」
嘉代の体がビクつく……、まずい、ここで喧嘩にでもなったら姉妹の間にできた溝はさらに深くなってしまう。俺が梨絵を止めようとした、その時だった…
「『貸して』の一言くらいいなさいよねー!」
「え?」
「そうすれば貸してあげたのに、何してんのよ全く。」
これは……
梨絵は嘉代に近づき、手を握った。
「ごめんね……嘉代。あんた、私のこと避けてたよね。なにかしたかな?私、嘉代に嫌われるようなことしたかな?」
梨絵の言葉は続くにつれて、どこか震えていた。
「謝るからぁ……なんでもやってあげるからぁ!!」
「嫌いに……ならないでよぉ……!!かよぉ……!!」
「お姉、ちゃん……ぅ……うぅ……ごめなさぁい!!ごめんなさぁい!!」
嘉代の目からも、ひとつの雫が頬伝ってこぼれ落ちた。
姉妹は互いの体を抱きしめあい、涙を流し合った。
どうやら、俺は勘違いしていたようだ。性格の違い、言葉のすれ違いで崩れるほど、姉妹の絆は細くなかったのだ。
互いにすれ違ってしまったからこそ、振り返ることを恐れてしまい。背中を見せあっていたのだ。
笑い合い、助け合い、時に喧嘩やすれ違いもして、ともに成長する。それが姉妹のあるべき姿だったのだ。
「伊原達には黙っておくよ。なんとか誤魔化す。よかったな、自分の心をさらけ出せて」
梨絵と嘉代は俺を見て、深く頭を下げた。
「「ありがとうございました!」」
「お、おいおい。俺はなにもしてないぜ?それより……もう九時だぜ?朝飯の用意はしなくていいのか?」
俺が意地悪な顔で二人に言うと、二人は顔を見合わせた。
「やっば!!みんな待ってるよ!行こう嘉代!!」
「うん!お姉ちゃん!!」
俺の横を通り過ぎる彼女らの顔は笑っており、二人の手は互の手をしっかりと握っていた。
兄弟か……。
雨に電話でもしてみるか。
「よう、元気か?」
「え?電話してくるのが遅いって?悪い悪い……唐突にお前の声が聞きたくなってな。おい、泣くやつがあるか……!」
「……え?拓也くんが待ってる?おい!!拓也くんって誰だ!!!お兄ちゃんに紹介しなさい!!あぁ!!母さん!?拓也くんって誰!?(雨が小学校まで送って行ってる近所の小学生)」
「ってあっ!!切りやがった!!」
「はぁ……」
「まぁいいや。いつでも会えるしな」
「晴さーん!早く早く!!」
「今行くって!」
俺は携帯を閉じ、駆け足であの姉妹を追いかけた。
次回《紅白とサルビアは使いよう》