5評価 ラムスさん
ありがとうございました!
今回は『さよなら妖精』のお話から引用した事件です。
九月の下旬。文化祭まで一週間を切り、学校は既に文化祭ムードに染まっていた。
しかし俺たち古典部は文化祭へのアンチテーゼという訳では無いが、部室である地学講義室に装飾をすることは無い。俺たちはあと、印刷業者から送られてくる文集を待つだけの単純かつ楽な作業なわけだ。
いや、作業という言葉はその名通り作る業だ。つまり正確に言えば俺たちではなく、印刷業者が作業をしていることになる。
言い直そう。
文化祭まで俺たちはやることがない。
奉太郎では無いが俺だって疲れる作業なんてやりたくはないし、なにも装飾を施さないのも、伝統あり由緒ある古典部らしいと言えば格好がつく。
しかし世は大文化祭時代。周りの生徒達が文化祭でキラキラしている薔薇色の空間でいつも通り部室でダラダラしているのも気が引ける。というより、完全なアウェーだ……。
そんな事を全員が思っているであろう放課後地学講義室。切り出したのは奉太郎だった。
「関谷純の墓参りでも行くか?」
「しかしホータローがお墓参りなんて切り出すとはね。僕は嬉しいよ」
関谷家之墓がある墓地についた俺たちは、割り勘で花と線香を購入し、備え付けられていた水道から水をバケツに入れていた。
奉太郎が水で満たされたバケツを担いだ時に、答える。
「お前は俺のなんだ。ハルと墓参りはするべきだと話したことがあってな、タイミングがいいと思ったからだよ。」
「おっと?仮にも同じ釜の飯を食った仲の僕を省いてそんな話をするのは頂けないな」
花を持った俺が言う。
「お前はその時《氷菓》の原稿を書いて伊原に占められてたからな」
「悪かったわね、私のせいかしら?」
俺の言葉に反応した伊原が不服そうに答えた。
「い、いや、言葉の綾って奴だよ。うん」
「でも、私嬉しいです。皆さんがこうして叔父に会いに来て頂けるなんて…私、感動しています!」
なぜ感動までする。こいつは俺達をどこまでめんどくさがり屋だと思ってたんだ。
その後俺達は関谷家之墓まで階段を登って行く。登る途中で没年が記された石碑があり、登るにつれてそれは最近の年に近づいてくる。今見えているのは文化元年だ。それに気づいたのか伊原が言った。
「この墓地って下の方から墓を建てたのかしら、だんだん年代が新しくなってるよ」
「はい、関谷家之墓も新しくはない方ですが……、この墓地は名家旧家とその親族のお墓が立っているので、もう少し上ですね」
ふむ。千反田家の歴史は知らないが、江戸時代の初めまで遡れるとは聞いたことがある。いつ関谷家が千反田家から分化をしたのかはわからんが、それなりの歴史はあるだろう。
関谷家が千反田家の親類であるのなら、勘解由小路家の親類である俺の一家は、関谷家と似ている部分があるのかもしれないな。
「さて、文化から明治に着いたね」
里志の言葉に先頭を歩いていた千反田は足を止め、階段から右の通路に入って行く。この列に関谷家之墓があるのだろう。
横目に墓を見ながら、俺は前を歩く伊原の背中を追った。
千反田が足を止めたのは光り輝く御影石で出来た墓の前だった。墓に書かれている名前を見る。
《関谷家之墓》
俺たちは互いの顔を見合わせ、頷き、軽く頭を下げたあとに墓の洗浄に取り掛かった。
全員で墓に被っていた落ち葉を掃き、千反田と伊原が花立てを洗い、俺と里志がスポンジと雑巾を使って墓の汚れを落とす。奉太郎が上から水を流す。
洗い終わった俺達は線香を順番に置く。
手を合わせ、目を瞑る。
俺、奉太郎、里志、伊原は目を開けるが千反田は目を閉じたままだった。そして、口を開く。
「叔父さん、私は今とっても幸せです。古典部の皆さんが来てくれました。前に話した皆さんです。伊原摩耶花さん、とっても可愛らしい方でしょう?私の高校でのお友達なんです。素直じゃないところもあるのですが、時折見せる女の子らしい表情や仕草は私、とっても好きなんです」
伊原はどこか照れくさそうな顔をする。
「福部さん。この人はあなたのようにとっても博識な方で、神山高校のデータベースなんです。私に色々なことを教えてくれて、助けてくれます。ちょっとお調子ものですが」
里志は微笑みながら首をすくめる。
「折木さん。あなたの伝えたかった言葉を突き止めてくれた一人です。《省エネ》主義というとても興味深いモットーを掲げていて、私の疑問に嫌な顔をしながらも答えてくれます。とても頼りになる方ですよ。やる気が無さすぎるのがたまに傷なんですが……。私はこの方から、時折あなたの面影を見ます」
奉太郎は千反田の背中を見つめる。
「南雲さん。勘解由小路家の親族の方で、折木さんと同じ《氷菓》の謎を解いてくれた方です。頭がとても良く回り、私が考えもしない方向へ謎を持って行ってくれるんです。古典部の部長は私ですが、私達はこの方に着いて行っている。そんな感じがします。屁理屈を並べるのが得意なのが、あなたと似ています」
千反田は目を開けると、俺たちに向かって振り向いた。
「私は、ずっと待っていたのかも知れません、あなた達と出会うのを……。あなた達の一人でも欠けていたら、私はこの場にはいません」
千反田は再び関谷純の墓に視線を戻す。
「一週間後の文化祭、見守っていてください。私たちは必ず《氷菓》を学校に伝えます。あなたの言葉を、多くの人に知ってもらうために……。あなたの行為を、無駄にしないためにも!!」
「行ってきます!叔父さん!」
千反田の声と同時に、俺たちは九十度の角度で頭を下げた。
「それでは皆さん、帰りましょうか……あら?」
千反田が帰りを促そうとした時に、ある方向に視線を向け首をかしげた。
その方向を見ると、関谷家之墓の隣の墓には、普通ならありえないものが供えられていたからだ。さすがの奉太郎も眉を寄せながら言った。
「紅白饅頭……なんでこんなもん供えてるんだ?」
「いや、それだけじゃねぇ。花立てに添えられてる花、ありゃサルビアだ。あんな真っ赤な鮮やかな花。仏前にはそぐわないぞ?」
しかもサルビアが供えられているのは墓の両脇にある二つの花立てのうち、片方の右側だけだ。左側には何も入っていない。
「どうして……紅白饅頭とサルビアを仏前に供えたんでしょうか?」
やばい……これは……。千反田の興味への発露だ。瞳が大きく広がり、そして輝いている。
「私、気になります!!」
「南雲さん!折木さん!考えてみましょう!!」
俺と奉太郎が苦い顔をするのを見ると、里志はニヤリと笑った。
「いいじゃない、ホータロー、ハル。関谷さんがいるんだ。君たちの実力をここで見せてやろうよ!」
「ま、解ければだけどね」
里志と伊原が千反田に同調してしまえば、もうこの場は切り抜けられない。俺たちは同時にため息をついた。
「「仕方ない、少し考えてみるか。」」
俺たちは、考えることにした。
まず考えたのは、サルビアについて。
俺達が関谷家之墓に供えた花や、周りの墓に供えられた花を見てもサルビアの様な鮮やかな色をした花は当然の如く供えられていない。
奉太郎が聞く。
「里志、紅白にはめでたい以外の意味合いはあるのか?」
「データベースとして使ってくれるのは実に嬉しいね。はっきり言うと、ないと思う。そもそも紅白がめでたいと言われる理由になったのは、日本人の勘違いと言われているからね」
「その心は?」
俺が返すと、里志は楽しそうに説明した。
「昔中国からの輸入品が、赤と白の水引で結ばれていたんだ。中国にとってそれは意味の無いものだってけど、日本人は贈り物には赤と白の紐で結ぶと思い込んだ。それが理由で紅白はめでたいっていう意味になったんだ」
「へぇ、そんな理由があったんだ。知らなかったな」
伊原のつぶやきに俺も少し共感した。久しぶりに里志の口から為になることを聞いた気がする。
「でも、お墓参り自体にはめでたいと言われる時期はありますよ」
千反田の弁。
「三十三回忌とも五十回忌とも聞きますが、人が亡くなってからそれだけの時間が過ぎると、死者は一個人ではなく名のない《祖霊一般》になります。盛大にそれを祝う地域もあると聞きますから、若しかしたらそれが理由なのかもしれませんね」
ふむ。俺と奉太郎はそれを確かめるために墓の後ろに回り込む。この墓の一族の亡くなった人の名前と、亡くなった年が記されていたが、今年で丁度三十三年の年も、五十年の年も逆算しても無かった。
それどころか、平成十二年。つまり今年に新しく彫られた名前があるのに気づいた。
しかし、代わりに気になるものが落ちていた。
花だ。俺達が関谷家之墓に供えたものと同じ種類であろう花が、無造作に捨てられていた。花自体も萎れて腐っていたので、捨てられていても不思議ではないが……。
俺は奉太郎の顔を見ると、やはりこいつも何かを考える仕草をとっていた。
「ねぇ、あんた達」
話しかけてきた伊原の手には、また違う花が握られていた。これは
「お墓の近くに落ちてたんだけど、役に立つかな?白いチューリップ」
白い……チューリップ。
……っ!!!
そういう事だったのか。だとしたらいつまでもここにいるのは不味い。早く下に降りねぇと。奉太郎も勘づいてるようで、俺たちは墓の後ろから千反田達と合流した。
「どうしたんだい二人とも、顔が怖いよ?」
里志の問い掛けには答えず、俺たちは片付けを進める。不思議に思っているであろう三人に、奉太郎は極力この場にいる俺たちにしか聞こえないであろう声で呟いた。
「里志、自然な感じで周りを見てくれ。不審がられるな。なにかあったら教えてくれ」
そう言われた里志は首をかしげながらも、伸びをするふりをしながら周りを見る。すると
「っ!」
短いがとても鋭い息を漏らした。里志の顔が青ざめ、早口になりながらも声を抑えながら呟いた。
「僕達を見てる人がいる……」
「えぇ!!」
「ちーちゃん……!」
大声を上げようとした千反田の口を伊原が塞ぐ、俺は片付けをしながら言った。
「そいつはどこにいる?」
「僕達より二段上の墓の列から。最初は気のせいかと思ったけど……間違いない。僕達を監視してる……」
二段上、か。距離ならあるな。奉太郎が言った。
「お前ら、俺の合図で墓地の入口まで走れ。振り向くなよ、相手に勘づかれるな」
「ちょっと、あんたらどういうことよ」
「説明してる時間はない。奉太郎の指示に従ってくれ」
「南雲さん……私、なんだかとっても怖いです」
そりゃ俺だって怖い。俺たちの推理が正しいのなら、今俺たちのことを監視してるあいつは。
「三……」
奉太郎が言った。
「二……」
「一……」
「走れ!!!」
その声と同時に、俺は供えたられていた紅白饅頭とサルビアをもぎ取り、乱暴に落ち葉を入れていたゴミ袋に放り込んだ。奉太郎以外の三人は俺の行動驚きを示したであろうが、そんなことを気にしている暇はない。
俺達は階段に向かって駆け出した、後ろからもさらに足音が聞こえてくる。追いかけてきてる!!
俺たちはただガムシャラに、足を動かし続けた。
「ちょっと、説明しなさいよ!!!」
墓地の入口、伊原の耳を貫くような大声に辺りを歩く人達はこちらを向く。恥ずかしいとは思わない。むしろこれくらい人がいてくれた方がなんとありがたいことか……。
「なんなのよあの人……私達が走った途端に追いかけてきたわよ!!?」
「全くだね……今年一、いや、人生一怖い思いをしたよ……。流石に腰が抜けそうだ……」
激しく息切れを起こした里志が半笑いの状態で言った。いや、頬が引きつってしまい、笑う事が余儀なくされているのだろう。
俺は言った。
「歩きながら説明しよう。まだここも
俺の言葉に、三人の顔は青ざめた。
歩いていると見慣れた街並みに変化していき、俺と奉太郎と里志が帰りによく通る商店街のアーケードに辿り着いた。部活帰りの運動部や、それこそ文化祭の準備をしていた生徒達で場は溢れかえっており、ようやく大きな息を漏らした。
「南雲さん、折木さん。あの方は一体」
俺はいう。
「あんまり気持ちのいい話じゃないぜ?」
「今更だね。話してみてよ」
奉太郎は頷き、口を開いた。
「紅白饅頭はやっぱりめでたい時のものだったってことだよ」
「話が見えないんですけど」
奉太郎は肩を揺らしながら答えた。
「人が死んだ時はめでたくはないさ。だから俺達は墓に供えられている紅白饅頭を見て、他になにか理由があるんじゃないかって打診した。だが、そんな理由はなかった。こう考えるべきだったんだ。最近あの一家で新しい死者が増えていた。供えた人間にとって、多分その人間は『死んでよかった』、『死んでめでたい』という意味を示してたんじゃないか?」
「そ、そんな……」
千反田が狼狽した声で言った。目が潤んでおり、今にも泣き出しそうだ。
奉太郎に代わり俺が続ける。
「加えて、片方の花立にしか供えられて無かったサルビア。なぜもう片方に入れなかった?サルビアが一本しか取れなかった。違うな。サルビアは数本右側に供えられていた。それを分ければいい話だ。では何故分けなかったのか、それこそが伊原の見つけた一本の白いチューリップだ。犯人は、饅頭だけじゃなく花にも紅白の意味を使おうとしていたんだ。白いチューリップと赤いサルビアでな。しかし片方には白いチューリップは供えられて無かった。里志、なぜだか分かるか?」
「なるほど。僕達が来たから、だね」
「正解。犯人がチューリップを供えようとした瞬間に俺達が来たから、犯人は現場を見られまいと思い、その場から逃げた。その時に供えるはずの白いチューリップを一本落としたんだろうな」
伊原はそれを聞いた時に、先程よりずっと顔が青くなった。
「じゃぁ……さっき私達を追いかけてきたのは……」
奉太郎が答える。
「あぁ、紅白饅頭とサルビアを供えた犯人だ。そして逃げた理由はもう一つある」
「なんだい?」
「遺族さ」
「遺族だって?」
「あぁ、饅頭は腐りやすい。饅頭が腐ってしまえば、めでたさも中くらいになってしまう。犯人は遺族が今日墓参りに来ることを知っていたんだろうな。遺族と鉢合わせして、あれを供えたのが俺たちだと疑われたら後味悪いだろ」
里志は言った。いつものような気味の悪い笑顔は無い。
「じゃぁ、僕が見つけた人間は、紅白饅頭とサルビアを供えて、遺族がそれを見るのを楽しみにしていた。僕達という乱入者を忌々しく思いこんで、ずっと睨みつけていたってことかい?」
「なによそれ……怖すぎ……」
「そんな、そんな人がいるなんて……私は……私は……。すみません皆さん、私が『気になる』なんて言わなければ、こんな事には気づかないで済んだかもしれないのに」
「ちーちゃんのせいじゃないって」
千反田は両手で口を覆い、泣き出してしまった。あたりが夕焼けに染まり、俺たちを照らす。
奉太郎が切り出した。
「いや、気づいてよかった」
「え?」
「あのまま気づかなければ、あの後に来た遺族は悲しい思いをした。気づいたからこそ、ハルが紅白饅頭とサルビアを回収できたんだ。これも関谷純の導きなのかもな」
そうだ。奉太郎が関谷純の墓参りを切り出さなければ、あの饅頭は供えられたままだった。
俺たちの知らないところで、知らない人間が悲しむだけだった。
そう考えてしまえば楽だ。だが、そう考えるのが気持ちのいいことだとは思わない。
俺達は関谷純の墓がある墓地を振り返った。
夏と比べ、日が沈むのが早い。
しかし丁度この時には、空は綺麗に赤く染まっていた。
次回《その名は天津木ノ葉》