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天津木乃葉……。
「うちのこと知っとるんか?」
天津は意外そうな顔で自分のことを指さした。里志は興奮気味に答える。
「知ってるもなにも、有名人じゃない!!僕ら総務委員にも解決に行けなかった《体操着盗難事件》を解決に導いた、名探偵天津木乃葉!いやぁこんな所でお会い出来るとは光栄だね!」
「名探偵……うちが?」
天津は考えるような仕草を取ると、ニヤリと笑った。
「ふふ……ふふふ……!!やっぱりうちの功績は広まっとったか……」
「その通り!!神山高校の名探偵とはうちのこと!謎はなんでもこの天津木乃葉におまかせあれや!」
天津は里志に褒められたことで気分が高揚しているらしい。ちょろ。
「どうだい?かなり興味深い人だろう?ホータロー。」
「あぁ、かなりの変人だな。自分のことを探偵とは」
「あぁ!?なんやお前、失礼な奴やな。あんたもや!!」
「お、俺?」
奉太郎に突っかかっていると思えば、矛先は突如として俺に変わった。天津は俺に詰め寄りながら言った。
「さっきから人のことジロジロみんなや。気になるねん!」
「見ちゃいねぇよ!自意識過剰だ!」
「むむ。とにかくどっかいけい。うちはここで調べることがあるんや」
「もしかして、《気まぐれ花子》さんですか!?」
千反田は天津に詰め寄る。天津も驚いたのか半歩ほど下がった。しかし、千反田と天津が並ぶと雰囲気の違いが良くわかる。
「お、おぉ。《気まぐれ花子》って呼び名は知らんけど、啜り泣きがこの女子トイレで聞こえるゆーのを聞いてな」
「やっぱりそうなんですね!?私達も《気まぐれ花子》さんについて調べに来たんです!!」
千反田が更に一歩よると天津も一歩下がる。
「私、天津さんがどこまで調べたのか、気になります!!」
「な、なんやこの子!!ちょっ、見とらんで助けてやぁ!!」
ふっ、天津め。俺らに失礼な事をいった洗礼を受けろ。
「うぅ……って、あんたら……古典部かいな?」
「え!どうして分かったんですか!?」
「いやぁ、どこかで見た事あるなぁとは思っとったんやけど、今思い出したわ。《十文字》の最後の標的の時、うち、あんたらの部室にいたで」
「へぇ、天津さんも《十文字》を捕まえようとしていたのかい?」
「まぁ、逃げられてしもたがなぁ。ふーん、古典部……」
天津は俺たち四人を眺めると、どこか笑ったように見えた。なんだ……?
天津は顔を上げる。ニヤリと八重歯を見せながら笑い。言った。
「あんたらも啜り泣きの事を調べに来たんやな?」
「あぁ、そうさ。まだ解決には至ってないけどね。」
里志は首を竦めながら言った。
「じゃぁ一緒やな。目的は同じ、仲良くやろうや」
天津は俺の向かって右手を差し出してきた。俺はその手を数秒間見つめ、
「あぁ、よろしく」
手を握り返す。天津はすぐに手をパッと離した。その後軽く自己紹介。
「ほんじゃ、早速考えようや。うちとえるっちで女子トイレの見取り図を書く。はるっち、さとっち、たろーは男子トイレ頼んだで!」
えるっち……はるっち……さとっち……たろー。伊原と同じであだ名付ける系女子か。てか……
「なぜ俺だけたろー」
奉太郎が軽く呟く。きっとほうっちとかはダサいからだ。
俺達は二手に別れ、それぞれのトイレに入っていく。
トイレに入るとすぐ見えるのは壁で、それを右に曲がると小便器やそれぞれの個室がある。
入ったらすぐ目の前にある壁が、例の寄りかかったら崩れた壁で、板で補修されていた。
男子トイレの間取りは個室が三つに小便器が五つ。まぁ小便器は関係ないから省くとするか。俺は適当に間取り図を書く。
「個室が二つしかないってのは女子トイレとしてポイント低いなぁ」
「男子トイレは3つあるそうですよ!」
む?
「女子トイレの声が筒抜けだな」
奉太郎が言った。確かに……。篭っている感じてはあるが、こんな防音対策じゃ簡単に崩れるのもわかる気がする。
俺達がトイレから出ると、天津と千反田もちょうど出てきており、俺は二つの間取りを一枚のルーズリーフにまとめた。
「壊滅的やなぁ……」
俺の絵を見た天津が言った、
「分かればいいだろ!!」
「ハル、美術じゃなくてよかったね。」
「だから取らなかったんだよ!!」
「私は小学生みたいな可愛らしい絵、好きですよ?」
「いや、フォローになってねぇ!!」
「ハル、《やらなくてもいいことは、やらない。出来ないことは、やらない》だ」
「うるさいな!!もういい!とっとと考えるぞ。《気まぐれ花子》の正体をよ」
俺は顎に手を置いた。
しかし、大体の結論はもう出ている。
やはり《気まぐれ花子》の正体は、幽霊では無い。
奉太郎の顔を見ると、こいつもいつもの様にスカした顔で間取り図を見ていた。
次は天津の顔を確認する。
しかしなんでこいつ、ずっと俺らの方見て笑ってんだ?
「うーん!!分からへんなぁ!はるっちとたろーはなにか思いついたか?」
「おっ、二人を指名するなんて実にお目が高いね、天津さん!」
「なんや?」
「この二人は、天津さんと同じ名探偵なんですよ!」
「へぇ……探偵、ね。聞かせてもろてもええか?あんたらの、推理を」
《気まぐれ花子》の正体は天津も多分勘づいてる。こいつ、何を企んでんだ。どうして俺達に推理を促す?
天津の表情は変わらず、目だけが笑った状態でこちらを見据えていた。
「南雲さん!折木さん!なにか分かったんですか!?」
「お、あぁ、まぁな」
奉太郎がそう答えると、天津は更に笑みを浮かべた。
『かかった』まるでそう言いたげな表情をし、奉太郎と俺を見つめる。
奉太郎は口を開いた。
「鍵となるのは《花粉症》だ」
「花粉症?今ちょうどハルが絶賛発症中のかい?」
「その通りだ。花粉症じゃない俺はわからんが、今年の花粉は出始めにしては多いと聞いた。つまり花粉症の奴ら今までように対策をしているのなら、この時期の大量の花粉は予定外だった。ハルも言っていたろ?
里志は『あぁ』と声を漏らした。奉太郎と付き合いが長いだけあって、ここまで来れば大抵のことを察せるのだろう。一方千反田は未だにきょとんとしており、天津は笑いながら推理を聞く。
俺が続ける。
「ティッシュが用意出来ていない。じゃぁどうするべきか?学校で唯一自由に紙が使える場所に行く。つまりトイレ、トイレットペーパーをティッシュ代わりに使うんだ。加えてこのトイレの壁だ。ただ寄りかかっただけで崩れるほど脆く、防音対策もされていない。俺の間取り図を見ればわかると思うが、女子トイレと男子トイレの個室はこの壁一枚を挟んで位置している」
奉太郎が締めに入った。
「これでもう分かったと思うが、《気まぐれ花子》の正体は、一番奥の男子トイレの個室で鼻を啜っていた、男子生徒だ。壁一枚で繋がっている女子トイレ側の個室は用具入れだからな。用具入れあたりから聞こえてきたというのはあながち間違っちゃいないだろう。《気まぐれ花子》の噂が出たのは一週間、花粉が出始めたのも一週間。時系列も合う。男子トイレ側からは鼻を啜ってるようにしか聞こえないから、壁一枚挟んで篭ったような声になる女子トイレだけに噂が行ったんだろうな。ま、花子というより、花男だな」
「なるほどです。最近の気象情報まで手が伸びるなんて、お二人共流石です」
さて、これで推理は終わった訳だが……。どう動くんだ?天津。
「ほな、帰ろか」
は?
千反田と別れた俺たち男子三人と天津はいつもの商店街のアーケード下を歩いていた。
奉太郎がいつもとは違う道を切り出す。
「今日はこっちから行くか」
「だな」
里志は一度戸惑った顔をしたが、何かに勘づいたのか俺たちの言う通り、真っ直ぐ行く道を左に曲がった。
天津もそれに続く。
少し進んだところで、俺たちは足を止めた。俺はいう。
「いつまで付いてくるつもりだ?天津」
「変な事言うなぁ、はるっち。うちの家はこっちやで」
「それ無いね。こっち側に行くと学校に逆戻りだ。天津さんはこっち方面じゃないんだろう?」
里志は不敵な笑みを浮かべながら言った。奉太郎は天津か俺達に付いてきていると勘づいて、天津にカマをかけたのだ。天津は俺と同じで、最近神山に越してきたばかり。ここら辺の地理には詳しくない。
俺達三人は天津を囲うように足を止めた。
「嫌やなぁ。か弱い女の子一人に男子三人とは」
「御託はいい。目的はなんだ?」
奉太郎の低い声に天津は『怖いわぁ』と言いながら笑った。
「そやな。うちもことを長引かせるのは好きやない。単刀直入に言わせてもらうわ」
「あんたらが《十文字》やろ?」
明るい様子を見せていた天津から放たれた冷厳たる言葉に、体が一度ビクついた。こいつ……。
「へぇ、なんでそう思ったか聞かせてくれるかな?」
里志は『こいつぁ面白い』という興奮した顔で、いかにも冷静を装った言い方をした。その言い方、探偵小説だと犯人がいう言葉だぞ?
「古典部が《十文字》の標的になった時に、《十文字》の狙いである校了原稿が爆発した。爆発跡には水が滴っておった。水で爆発する代物、あれは文化祭で化学部が実演していたナトリウム爆発や。あの場で校了原稿には誰も近づける状態やなかった、じゃぁ何故ナトリウムが仕掛けられたのか、爆発出来るように水をかける事が出来たのか。そんな事が出来るのは、内部の人間に違いない。加えてこれや」
天津がスクールバッグから取り出したのは、《カンヤ祭の歩き方》、三十三ページだ。
「《十文字》か犯行に及んだ部活は全部ここに記されておる。アカペラ部、囲碁部、占い研、園芸部、お料理研、壁新聞部、軽音部、そして、古典部。なんで『く』が飛ばされたまでは分からんかったがなぁ。それとも、お前らは陸山宗芳生徒会長からなんか奪ったんか?」
俺たちは無言。
「それに関しては吐く気は無い…か。じゃぁ続けるで。仮に《十文字》が陸山から何かを奪ったとしたら、何故『く』だけ人名にしたのかが分かる。それ自体に意味があったんや。『陸山宗芳から、くのつくものが失われた』ってな。それが《十文字事件》のメッセージや。そして、何故ここに『あ』から『こ』まで部活名、人名が揃ったのか。さとっち、あんたは総務委員やろ?しおりの操作くらいは出来るんちゃうか?」
「できるかもね」
天津は一度ムッとした。いいぞ、里志。こいつはお前の変化球になれてない。
「まぁこれだけの理由であんたらが《十文字》と断定するのはちょいとばかし難しかった。けど、さっきの推理で確信したで。はるっち、たろー、あんたらの頭の回りの早さは尋常やない。あんたら二人と、総務委員のさとっち。これだけの人員がいるなら、文集《氷菓》を売るために《十文字事件》を自作自演することも出来るはずや」
この女、俺と奉太郎で考え出した推理を一人でここまで持ってきやがった。
どうする……。
「ナトリウム爆発に関しては教師陣もプンスカやで?自首をするか、うちがあんたらを学校側に突き出すか……」
「選べや」
さすがの里志も冷や汗をかいてるようで、半歩下がった。奉太郎もヤバそうな顔をしている。
「もし違うと言ったら?」
俺は聞く。
「違うんやったら、本当の犯人を連れてこい」
別にやろうと思えば出来るんだが……。だが、
「悪いな天津。俺達が《十文字》じゃないのは明らかなんだ」
「なんやて?」
「園芸部さ。園芸部がAKを奪われた時間帯は俺は《クイズスクエア》、里志と千反田、ほかの一人は《ワイルドファイア》、奉太郎は店番をしていた。とても出来る状況じゃねぇよ。俺達古典部には、アリバイがある」
「……他の奴に頼んだ可能性も拭いきれんで」
次に切り出したのは奉太郎だ。
「そいつは随分苦しい推理だな」
「けど、ナトリウム爆発の事はどう説明するんや?あれに関しては言い逃れできんで」
「「「………」」」
全くだ。あれに関しては動かぬ証拠。俺達が《十文字》でないにしろ、協力をした時点で共犯だ。
けど、簡単に他言できる話じゃねぇんだよ。田名辺の事も、陸山の事も、安城春菜の事も。
俺達三人は同時に両手を挙げた。里志が言う。
「完敗さ。確かに僕らは意図的に古典部を《十文字》のターゲットにさせた、でも僕ら自身は《十文字》じゃない。それは信じて欲しいね」
「じゃぁ……」
「それは言えんな。俺たちにも秘密はある。それがダメと言うなら、学校側に俺達が《十文字》だと言及してもらって構わない」
天津はその後顎に手を置き、考える仕草を取った。その間はわずか数秒で、天津はすぐに不服そうな顔を上げた。軽く頭を掻きながら
「分かった。あんたらがそこまで隠す理由はわからんが、この事は学校側には黙っとるよ」
俺達はため息をこぼしたあとに、奉太郎が言った。
「助かる」
「ふん。それよりあんたらは、《十文字》の正体まで辿り着いたんやろ?」
俺は答える。
「あぁ、まぁな」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
声にならない悔しそうな声を天津は上げると、俺たち三人に指を刺した。
「あんたらはこれからはうちのライバルや!!次は負けへんでェ!!貸一や!!ふん!!」
天津はスクールバッグをリュックの様に背負うと、元来た道を不機嫌そうに歩いていった。
その背中が見えなくなったところで、里志が言った。
「ねぇ、もし彼女が僕達より早く《夕べには骸に》を手に入れたら、どうなってたと思う?」
「さぁな。ただ言えることは……」
「《氷菓》は完売しなかった」
「それ、結論が出てるじゃないか」
貸一ねぇ。
吹いてきた風は冬を運んできており、寒かった。
風に乗ってきた木の葉が、俺達の目の前に落ちた。
次回《あきましておめでとう》