氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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第九話 手作りチョコレート事件 転結(てんけつ)

「ずっと、南雲くんの事……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラララララ!!!

 

「南雲さん!!!!」

 

 

「千反田?」

「千反田さん?」

 

 突然ドアが開かれて、B組に血相を変えた千反田さんが入ってきた。私は、自分が出し損ねた言葉を飲み込んだ。

 後ろから折木くんと福部くんも入ってくる。

 

「南雲さん、お話があります!!」

「な、なんだよ。後にしてくれ今桜と……」

 

 南雲くんは千反田さんに腕を引っ張られながら申し訳なさそうに私を見た。けど、千反田さんの普通じゃない焦った顔に私はこう言ってしまった。

 

「いいよ。どうしたの?千反田さん」

「摩耶花さんのチョコレートが盗まれたんです!一緒に探してください!!」

 

 盗まれた?伊原さんのチョコレートが……?

 南雲くんの顔も険しくなる。私は動揺を隠しながら、出来るだけの笑顔を浮かべた。

 

「南雲くん。行ってあげて」

「でもお前、」

「いいって……行きなよ……」

「桜?」

 

 南雲くんが私の名前を呼ぶと同時に、教室が静かになる。

 

 あぁ、ヤバい……、泣きそう。

 ……泣くな……泣くな私……!!南雲くんの前で、涙を流すな。

 

 つま先から顔まで、一気に熱が籠り始めた。冬なのに、額から汗が止まらなくなる。

 唇が上手く動かない。何度か口をパクパクさせ、ようやく絞り出した震えた声で、私は言った。

 

「わ、私さ、用事があったんだよ!!も、もう時間だから行かなくちゃ!!」

「お、おい桜!?」

 

 私は机に置いていたリュックサックを掴み、みんなから死角になるようにチョコレートをリュックサックに入れた。

 私は出来るだけ早歩きで、南雲くん達の横を通り過ぎて、廊下に出た。

 

「桜」

 

 折木くんが私を呼んだ。

 

「悪い……お前らが教室にいるのを知ってながら……」

「なんの話かな?折木くんは悪くないでしょ……それより、伊原さんのチョコレートを探してあげてよ」

 

 私は走って昇降口に向かった。校門から出ると、すぐ近くの壁に寄りかかる。

 

 神様は意地悪だ。なんであのタイミングで。

 私は自分の内側から熱いものが込み上げてくるのを感じた。千反田さんが入ってきて、南雲くんの腕を掴んだ時……心が痛かった。

 千反田さんに悪気はない。知らなかったんだから……でも、私多分千反田さんの事を睨んじゃってたかなぁ。はぁ……私、嫌な子だ。ちゃんと明日謝らないと。

 

 私は上を向いて空を仰いだ。霙から変わった雪が、私の頬に落ち、溶けた。

 リュックサックの中に入っているチョコレートを手に取り、眺めた。自分で今ここで食べようとも思った、あわよくば捨ててしまおうとも思った。けど……

 

 私は再び校門を潜り、一年B組に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side 奉太郎

 

 

 

 桜が走って言ってしまったあと、俺はB組の教室を眺めた。呆然と立ち尽くすハルと、呆気に取られた顔の千反田と、未だに一物抱える顔をした里志がいた。

 千反田が泣きそうな顔をしながら俺の方に寄ってくる。

 

「折木さん……私……」

 

 ううむ。こいつの言いたいことは分かる。伊原のチョコの件といい、桜の邪魔をしてしまったことといい、お人好しの千反田には少し辛辣過ぎる状況だ。

 

「お前の言いたことはわかる。知っていたのに言わなかった俺が悪かった。気に病むな。桜はそんなんで友達を嫌う奴じゃない。ハル」

 

 俺が声をかけると、ハルは我に返ったようにこちらを向いた。

 

「……ん?どうした?」

 

 ……。

 

「行こう。伊原のチョコレートを探すぞ」

 

 ハルは頷き、俺たち四人は駆け足で地学講義室に向かった。

 

 全く、とんでもないバレンタインだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二階の連絡通路を使って特別棟に入った俺たち四人は、すぐ近くの階段を使って四階の地学講義室に行こうとした。しかし

 

「まった」

 

 先頭を走っていたハルが里志の声で止まった。ほう。

 

 『ワックス塗り立て、立ち入り禁止』という張り紙が階段をを塞いだロープに貼られていた。

 しかし特別棟の階段は二つある。俺達は反対方向に回り込み、四階まで登ろうとしたところで、三階と四階の間の踊り場にいた一年の男子生徒が話しかけてきた。

 

「ごめん、今度こそこれ、水平に見えるかな?」

 

 なにやらポスターを貼っているようだった。脚立を使って目の前でポスターを貼っていたため、自分からじゃ水平か確認出来ないのだろう。『大丈夫だ』そう答えて先を急ごうとした時

 

「右に下げすぎだね」

 

 里志が指摘した。『あぁ、しまった』その声と共に俺たちにお礼を言った男子生徒を横目に、俺達は四階まで上り地学講義室に入った。

 千反田の荷物が置いてある机まで移動すると、千反田はその隣の机を触った。

 

「ここにチョコレートを置いておいたんです。一回目福部さんを探しに行く前まではあったのですが……その時の時刻は四時四十五分でした。その帰りに福部さんと四階と三階の踊り場で会って、二人で戻ってきた時は丁度五時でしたので、その間に盗まれたのだと思います……」

 

 千反田の声は抑揚を失っていた。伊原の件と桜の件。この二つが千反田の心に重しを乗っけているのだ。冷徹ではないが、俺にはこの時にかけるような言葉は見つからない。

 

「千反田、チョコの大きさはどれくらいだ?」

「はい、赤いラッピングがされており、ハート型……丁度これくらいです」

 

 千反田は自分の細い胴と同じ位の形のハートを宙に描いた。デカイな……。

 

「ハル、どう思う?」

「……」

「ハル」

「ん?」

「話を聞いていたか?」

「……ごめん」

 

 ハルの声に千反田の顔も暗くなる。やめてくれ、気を使うだろ。大体なぜ《される側》のハルが落ち込む。こいつは特に桜に好意を抱いてる様には今まで見えなかったが……。いや、俺がそういうのに疎いのもあるかもしれん。それとも、なにか他の理由があるのか?

 

「別に摩耶花のチョコを千反田さんが管理してくれなんて言われてないんだろ?だったら千反田さんのせいじゃなないさ、早く来なかった僕が悪いんだ」

「ですが……昨日あんなに頑張って作っていたのに、勘解由小路さんにも協力して貰って……」

「よし、行こう」

「どこにだい?」

「四階と三階の踊り場だ。ポスターを貼ってたあいつがずっとあそこにいるのなら、階段を行き来した奴を覚えているだろう。」

「あの子が犯人の可能性は?」

「ない」

「話を聞こうか」

「チョコレートを盗んだってのに、呑気にポスターなんて貼らんだろ。ごく簡単な物理的解決は、ごく簡単な心理的な側面に敗れるのさ」

「懐かしい言い回しだね」

 

 まだ半年前だ。俺達は踊り場まで戻ると、未だにポスターを貼っている一年に聞いた。

 

「ちょっといいか?作業を始めてからここを通った人間を覚えているか?」

 

 一年は少し不思議な顔をしたあとに聞いた。

 

「なにかあったの?」

 

 里志が答える。

 

「ちょっとトラブル。犯人がここを通ったかもって」

「ふーん。憶えているよ」

 

 一年は俺、ハル、千反田を指さしたあと

 

「君たち三人と里志で四人。確かな情報だよ。人が通っても気づかないほどポスター貼りに熱中してた訳じゃないしね」

 

 なるほどな。俺達はそいつにお礼を言うと、踊り場から四階に移った。すると、今まで黙りこくっていたハルが口を開く。

 

「里志、四階を使ってる部活は?」

「データベースとして使ってくれるのは嬉しいね。古典部、アカペラ部、軽音部、天文部さ。けど今日軽音部はライブハウスでの活動だし、アカペラ部は活動日じゃない。消去法で今いるのは僕ら古典部と天文部さ」

 

 天文部……って事は、あの人がいる。沢木口美崎。《女帝事件》のF組の探偵役、そして文化祭では俺達の前に立ちはだかり、自滅した。バナナで出汁を取ったらしいな。里志が変人認定するだけのことはある。

 天文部の部室の第五選択室をノックすると、『はぁい』というあの声が聞こえてきた。

 

 出てきたのはお団子ヘアの女子生徒、俺たちを見るなり、声を上げた。

 

「おっ、古典部じゃん。チャオっす」

「急を要する事態です。沢木口先輩のご助力を頂きたく参上しました」

 

 里志が切り出した。この人は里志のお気に入りの一人でもある。ふざけた物言いだが、沢木口は子供のような笑みを浮かべて言った。

 

「時間はかかるの?」

「三分くらいで済みます」

 

 ハルが言う。

 

「おっ、名探偵折木くんと、名探偵南雲くんじゃ〜ん。どしたのー、暗い顔してー」

 

 それは地雷だ。

 

「いえ、なんでも」

「さてはチョコが貰えなかったのだな?」

 

 沢木口とハルが話している間に、俺は天文部の部室を眺めた。部員は沢木口を外して三人。男が二人に女が一人。真ん中に石油ストーブが構えられており、部室の奥には四つのカバン類とコート類が置かれていた。ふむ。

 

「実は古典部の部室からチョコが盗まれたんです。何か知ってますか?」

 

 俺の言葉に沢木口はキョトンとしたあと、中にいる三人に聞いた。

 

「あんたらチョコみたー?」

「やめてくださいよ先輩……」

「見たいですよ……」

「帰り支度で出た人はいますか?」

 

 俺が聞くと、沢木口はすこしムッとした顔で言った。

 

「なに?あたしらを疑ってるの?席を外したのは、中山、吉原、小田の三人よ」

「女の人が中山ですか?」

「そうだけど、もういいでしょ?またね」

 

 そう言ってドアが閉められてしまった。向こう側から『さ、再開、再開』と、声が聞こえてくる。

 

「折木さん、沢木口さん、怒ってましたね」

「疑っているんだ。怒って当然だろ」

「でも!摩耶花さんのチョコレートが」

 

 俺は一度溜息をつき、ハルを見た。こいつの目は一点をずっと見つめていた。考えている証拠だ。今まで調子が悪かったが、()()()()()()()()()()()()()

 俺は次に里志の顔を見る。こいつもチョコレートが見つからないことにいよいよ表情が曇り出していた。さて……そろそろ決着をつけるか。

 

 

 地学講義室に戻ると、それと同時に伊原がやってきた。セーラー服にベージュのジャンパーを羽織り、チョコの食べすぎでできたニキビを隠すためにやんちゃ坊主のように鼻に絆創膏を貼って、毛糸の帽子をかぶっていた。

 

「あれ?なんでみんな揃ってるの?」

「摩耶花さん……」

 

 千反田の声は震えていた。

 

「あー、で、どうだったチョコレートは?」

 

 里志に視線を走らせるが、奴は無表情のまま何も言わない。ハルは至って真顔で、伊原を見つめていた。

 千反田は深々と頭を下げた。

 

「ごめんなさい摩耶花さん。私が戸締りもせずに部室を出た時に、チョコレートが奪われてしまいました……」

 

 堂々とした口ぶり、だが千反田の目は赤くなっている。

 伊原は呆然と立ち尽くし、俺たち四人の顔を確認した。そして、か細い声で言った。

 

「へぇ……そっか……盗られちゃったか……」

 

 俺は伊原の反応に驚いた。加えてハルも「っ!」という声にならない声を発していた。いくら俺達が色恋沙汰に疎くても、俺らが伊原ならここで感情を爆発させるだろう。

 

「ちーちゃんもそんな顔しないでよ。私は別にちーちゃんにチョコの管理を頼んだわけじゃないよ。でもらあんなに手伝ってもらったのに……なんか悪いことしちゃったね。ごめんちーちゃん……。南雲、勘解由小路先輩にもごめんなさいって伝えておいて」

 

 ハルは軽く頷く。

 

「ごめん、ちょっと今日きつい……」

 

 そう言って、伊原は平然とした足取りで地学講義室をあとにした。誰も伊原の背中に声をかけてやることは出来なかった。

 俺、ハル、千反田、里志……四人が今抱いている感情はそれぞれ別だろう。

 

 桜に伊原、想い人に渡すはずのチョコレートを渡せなかったのだ。気持ちは分からないが、辛いことは分かる。

 すると、千反田はズカズカと地学講義室から出ようとした。俺は千反田の右手首を掴んだ。

 

「どこにいく?」

「チョコレートを探します」

「お前が気負うことじゃない。チョコが奪われるなんて予想は出来ない」

「私の身勝手な行動で、桜さんも摩耶花さんも傷つけてしまいました……。せめて、今出来ることをしたいんです!」

「大丈夫だ千反田……」

 

 俺達の会話を遮ったのは、ハルの気力のない言葉だった。ダッフルコートのポケットに手を入れたまま、首だけをこちらに向けていた。

 

「犯人がわかった。」

 

「本当ですか、南雲さん!?」

 

 ……。

 

「天文部の中山だ。お前が言ってたチョコレートの大きさじゃ、普通に持って天文部に戻ったんじゃ沢木口達に気づかれないわけがない。俺のダッフルコートや奉太郎のトレンチコート、適当なカバンなら入るだろうが、天文部の部室を見た時に、カバンやコートをいじった痕跡は無かった。だが……」

 

 ハルは千反田のスカートを指さした。さらにいつも以上に気力のない声が続く。

 

「それなら出来る。太ももに紐かなんかでチョコレートを括りつけて、スカートで隠しながら中山は部室に戻った。俺達には伊原と中山の因縁は分からないが、何かあったのは事実だろう。俺と奉太郎……それと里志で中山からチョコを取り返し、伊原のチョコを里志に渡す。お前は帰れ」

 

 千反田の瞳は俺を見た。俺も頷く。

 

「南雲さんがそこまで言ってくれるのは珍しいですね。分かりました、南雲さんがそこまで言うのなら今日は帰ります」

 

 そうして、千反田は帰宅した。

 

 残ったのは俺、ハル、里志の三人。俺はハル見た。

 

「お前も帰れ。そんな陰気な雰囲気はこちらも参る」

「そうか……分かった」

 

 リュックサックを背負ったハルの背中を見つめていた俺は、咄嗟に言葉を探したが見つからなかった。だから、俺の口が赴くままの言葉を発する。

 

「お前になにがあったのかは知らない。桜の件でお前がそこまで落ち込む理由も分からない。ただ……、なにかあったら言え。聞くだけなら出来る」

 

 柄にでも無いことを俺は言った。ハルは半分こちらに顔を向け、軽く笑い手を振って部室をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side 晴

 

 

 

 

 帰り際に教室に寄った俺は、自分の机の上に置いてあるものに気づいた。これは……

 

『南雲くんへ。日頃の感謝を込めて、これからも仲良くしてください。桜より』

 

 俺はそれをリュックサックに入れて、誰もいない教室の電気を消した。

 

 

 

 

 

 side 奉太郎

 

 

 

 

 

 帰り道。夜。歩道橋。吹く風は冷たく、時折顔にあたる雪は痛い。

 

「バレンタインチョコを太ももに縛り付けて隠す……か」

「ハルにしては面白い推理だったね」

「そんなこと出来るわけないだろ。あれは千反田を帰らせるために言った嘘だ」

「へぇ」

「伊原がチョコを置きっぱなしにし、千反田がお前を探しに部室を出ることを、中山は知りようがない。もし出来たとしても、中山の体温と天文部部室にあった石油ストーブでチョコが溶け、匂いが充満する。沢木口が気づかないわけが無い。それに……マトモな人間はチョコを盗まない」

「中山さんがマトモとは限らないよ」

「確実にマトモじゃない人間を疑うのが先だろ」

 

 歩道橋の真ん中で俺が足を止めると、里志も止めた。

 

「まずは約束を果たすか……。その巾着を貸せ」

 

 里志は黙って俺に従い、お得意の巾着袋を俺に渡した。俺はそれを受け取り、縦に大きく降る。ガシャガシャという何かが擦れるような音が聞こえ、その巾着袋を里志に返す。

 

「今日のうちに伊原のチョコをお前に渡す。依頼は達成だ」

「見事だホータロー。ハルにも賞賛の言葉を与えたいよ」

「俺はチョコがなくなったと聞いた時点で、そんな事をする奴はお前しかいないと考えた。この時点でハルは気づいていなかったろうが、消去法でいけばお前に辿り着く。天文部が全滅となれば、犯人はポスター貼りの一年が言っていた四階に上がった俺達四人に絞られる。俺は除外。ハルは桜とB組にいた為除外。千反田は管理役で除外。お前は恐らく俺と別れた後に、特別棟三階の男子トイレに隠れていたんだろ?あそこは階段のすぐ近くだ。お前は千反田が遅かれ早かれ自分を探しに外に出る思っていた。千反田が探しに出たところでお前は三階から四階の階段を上がったんだ」

 

 俺は里志を睨めつけながら話す。目の前のこの男にこんな事をするのは、今までも、これからもないのかもしれない。

 ただ俺は、今少しだけこの福部里志に不快感を覚えている。

 

「そしてお前はその踊り場でポスター貼りの一年に、今度こそポスターはズレていないか?と助言を求められた。俺の記憶が正しければ、千反田達と部室に向かう途中にお前はあの一年に向かって、『下げすぎだね』と言った。事前にもう少し上げた方がいいと言っていなければ、あの言葉は出ない」

 

 唯一むき出しになっている顔が痛い。里志は無表情のまま俺を見つめていた。どこか自嘲じみた笑いを含ん出いたのかもしれない。

 

「そして誰もいない部室でチョコレートを回収する……はずだった。しかし伊原のチョコレートは予想以上に大きかった。だからお前はそのチョコレートを粉々に破壊し、この巾着袋に入れた。あとは簡単、踊り場で戻ってきた千反田と落ち合い、部室に再び戻る。そして、お前はチョコが無くなって狼狽した千反田に何も言わなかった。違うか?」

 

 ふっと一瞬、冷たい風が吹いた。宙を舞っていた雪が、空の中でごうと渦を作った。俺は改めてトレンチコートを直す。

 

「説明はしてくれるんだろうな?」

「説明……か」

 

 里志か何故こんな行動に出たのか、俺には理解出来なかった。先程、少しだけ不快感を覚えているとも言った。しかし、何かしらの理由があると思っていたのだ。信じていたと言ってもいいだろう。だから俺とハルは事態を出来るだけ穏便に済ませるために、あらぬ推理を千反田に披露し帰らせた。

 多分ハルも、全く無関係の女子生徒をスケープゴートにする事は心を痛めただろう。多分中山はこれからの学校生活、千反田にあらぬ誤解を受けることになる。

 しかしそれでも、俺とハルは里志の行動には理由があると信じていた。それがもし……

 

「冗談だったなんて言ったら……」

「言ったら?」

「殴るしかないだろうな。伊原、そして作るのに協力した千反田と勘解由小路先輩、心を痛めながらスケープゴートを作ったハルの分も、グーで」

 

 里志はいつもと変わらず首を竦めた。

 

「殴られるのはやだなぁ……」

「ちなみに黙秘するなら、お前の所業だと千反田にバラす。」

「それはもっと嫌だ。千反田さん……それに君とハルを巻き込むつもりは無かったんだ」

「結果論だ。お前は千反田とハルも巻き込んだ」

 

 里志は天を仰ぐ、その口元から長い息が漏れた。静けさの後で、おもむろに言った。

 

「言いたくないなぁ……。言うような事じゃない。でも、言わなきゃならないんだろうな」

「ホータロー……僕はね……」

 

 里志は話してくれた。何故伊原のチョコを壊したのか、その理由を……。

 話は終わり、里志は言った。

 

「さぁ、これで全てだ。僕の行動は冗談じゃなかった。僕は黙秘しなかった。君はどうする?」

「今の話……千反田には出来んだろうな」

「無理だね。君に殴られた方がマシだ」

 

 俺は自分の足元を見た。元々はこいつが悪いとはいえ、俺は里志に言いたくないことを言わせてしまった。これは埋め合わせをするべきだろうか。そして言うべきだろうか、『すまん。俺は福部里志という人間を全く知らなかった』と。

 

「ハルにはどうするつもりだ?」

「ここまで来たんだ。迷惑だろうけど、今から勘解由小路家に出向くよ」

「そうか。寒い中悪かったな。出向く前に缶コーヒーでも奢ろう」

「そうだなぁ。折角なら紅茶でお願いしたいね。」

 

 そうして、俺は里志に紅茶を奢ったあと、勘解由小路家に向かう里志の背中が見えなくなるまで眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side 晴

 

 

 

 

 

 ベットの上で文庫本を読んでいると、部屋のドアが三回ノックされた。晴香か……?

 ドアの向こう側から、聞きなれた飄々とした声が帰ってきた。

 

「やぁ、僕だよ。里志だ」

「里志?」

「入ってもいいかい?」

「おう」

 

 里志の顔はどこかやつれた様子ではあったが、いつもの様に微笑んだ形で俺の部屋に入ってくる。

 俺は自分の勉強机の椅子を里志に渡す。俺はベットに座った。

 しばらく沈黙が続き、切り出したのは里志だった。

 

「全く、迷惑かけたね……」

「ホントだよ。なんであんなことしたか、説明してくれるか?」

「うん、その為に来たんだ……」

 

 里志は俺の机に置いてあるフィギュアを弄りながら、言葉を続けた。

 

「ハルは僕が趣味人だと思うかい?」

「まぁそこそこな……」

「それは間違いだよ。僕は第一人者にはなれないのさ。この前ゲームセンターでゲームをした時に、ホータローが言ってたろ?『なんで、勝ちに拘らないんだ?』って」

 

 その事は覚えている。里志が勝ちに拘る人間だと言うのは、奉太郎から聞いていた話だ。だが、あの時のこいつのプレイスタイルはまるでそんな気迫はなかった。むしろ逆だ。勝っても負けても、こいつはそこにロマンや面白さ求めていた。

 

「中学時代の僕は今振り返ってみても実に愚かだよ。勝つことに拘っていた。負けては相手にいちゃもんを付け、ルールにケチをつけた。ゲームだけじゃない。鉄道オタクにも追いつこうとしたし、歴史オタクにも負けないくらい本を読んだ。回転寿司の正しい順番のネタの取り方なんてのも調べたね……」

 

 里志は笑った。そして椅子の背もたれに背を預け、声を大にしながら言った。

 

「つまらなかったよ!勝ったのにつまらなかった。馬鹿だよね。面白い勝ち方をしなきゃ嬉しいもんか。だから僕は《こだわる》のをやめた。詳しくいうと、こだわらない事にこだわるようにしたんだ。それから人生が一変したよ。楽しかった、サイクリングと手芸をただの趣味に出来た。毎日が輝いていたよ

けど、そこに一つイレギュラーが現れた。それが摩耶花だよ」

 

 里志は俺に視線を戻し、次は俺の机にあるルービックキューブを弄りながら続けた。

 

「摩耶花はいい子だよ。君やホータローには分からないかもしれないけど、あんないい子は他にいない。あんな子が僕と一緒にいたいなんて言ってくれるなんて……夢みたいな話さ。けどね……。

けど、僕は摩耶花にこだわっていいのかな?こだわらない事をこだわると決めた僕が、摩耶花だけは別なのか?君が自分は《無色》だって言うのが、どこまで君の柱になってるかはわからない。でも僕にとってのこれは、結構なクリティカルなものなんだよ」

 

 里志はルービックキューブを俺に放り投げると、机の上に置いていた手が力強く握りしめられるのを見た。

 

「僕も摩耶花と一緒にいたい。そうすればいい、そう思うだろ?でもね、僕が仮に摩耶花にこだわってしまえば、過去の僕に戻ってしまいそうなんだ。こだわって、こだわって……僕は結果的に摩耶花を傷つけてしまうんじゃないかって。だからバレンタインチョコを僕は受け取らないんだ。摩耶花のそれを受け取ってしまえば、僕が摩耶花にこだわる事を象徴してしまう。僕の答えはまだ出ていないんだ……」

「だからお前は、チョコレートを破壊してまで隠し通したのか」

「去年もさ。ホータローから聞いたんだろ?罵ってくれよ……僕は去年から摩耶花への答えを見いだせてないんだ」

「でもお前は、千反田を傷つけた」

「全くだね。ぐうの音も出ないよ。本当にすまなかったと思ってる。こんなつもりじゃなかった」

「どんなつもりだった」

「摩耶花と話したんだ。今日僕に覚悟があるならチョコを受け取る。まだ答えが出せてないのなら、チョコはそのまま置いておく。でも計算外だったよ。まさか千反田さんが自ら見届け人になるなんて……」

 

 伊原もこの事を知っていた?

 

「じゃぁお前は今の話を伊原にも……」

 

 里志は俺の声に被さるように言った。

 

「したさ!去年のバレンタインの後に今よりも何倍も詳しく、何倍も時間をかけてね。摩耶花はわかるとは言ってくれなかった……でも、待つとは言ってくれた。来年のバレンタイン、つまり今日を試験日としてね。摩耶花がチョコを盗まれたと知った時、あまり動揺してなかったろ?それはつまり僕が答えを出せなかったというサインを受け取ったからなんだ。でも、もう少しなんだ……もう少しで、僕は答えが出せるんだ!」

 

 俺は里志の話をただ呆然と聞いていた。いつもヘラヘラしている里志の真剣な口ぶりは、俺の心を揺さぶった。伊原の為に答えを躊躇った里志の心境を聞いた俺は……

 

「すまなかったね。本当に」

「似てるな……」

「え?」

「お前も知ってる。というか勘づいてるだろ、俺が、桜に……」

「告白されそうになったこと?」

 

 少し場が緩んだせいか、里志は軽く微笑みながら言った。俺は耳が熱くなるような感覚を覚えたので、里志の顔を見ずに続ける。

 今度は俺が主体になって話し始める。

 

「桜の気持ちに気づかないくらい俺だって鈍感じゃねぇよ。いつからだろうな……まぁ気付いてた」

「でも君は桜さんのこと……」

「桜は良い奴だよ。けど、あいつは友達だ。それ以上に見たことは無い。それに……俺は桜の気持ちには答えられない……」

「どうしてだい?」

 

 俺は言葉を飲んだ。

 

「お前と同じだよ。思いれが強くなりすぎると、俺は余計な事をするんだ。俺は、それが余計だと気づかずにやり続けるんだけどな」

「もしかして、東京の事件の事かい?」

 

 頷く。

 

「俺が関わらなければ良かったんだ。そうすれば、誰も傷つかなかった……誰も泣くことは無かった……。良かれと思ってやった事が、反転するなんて事はよく聞く話だ。けどな、俺のやったことはそれの比じゃなかった……!!!」

 

 俺は俯いたまま話していたが、里志が真剣な顔で俺の話を聞いていることは、見なくても分かった。

 俺は……里志の方を向く。

 

「お前、口は硬いか?」

「話してくれるのかい?」

「等価交換だ。お前の話も、したくはなかったろ?」

「……硬いさ。僕のデータベースには君の話は入れない。話してくれるかい?」

 

 俺は頷き、口を開いた。俺の話を聞く里志は真剣で、話が進むにつれて、顔が青ざめていく。

 そして、全てを話し終わった時に、跳ねるように里志は立ち上がった。

 

「なんだよ、それ……」

「軽蔑したか?」

 

 そう言うと、里志は振りかぶった。

 

「違う!!そんなんじゃない!!君は悪くないじゃないか……なのに何故それを責めるんだい?確かに君は《その事件》に深く関わったかもしれない。でも、それが間違った判断だとは僕は思わない!!!」

 

「みんなそう言ったよ。『お前は悪くない』、『お前のせいじゃない』……。そう言ってくれた。けどな、自分が許せないんだ。俺は、一人の女の子の夢を壊した。失ったものが、大きすぎたんだ。だから俺は……神山に逃げた」

 

 俺は自分の声がだんだん小さくなっていくように感じた。里志は俺の話を聞くのに精神が参ったのか、ゆっくりと椅子に腰をかけ直した。そして

 

「違うさ……」

「え?」

「失ったものが大きい?僕はそうは思わない。君は、それに等価するものを成し遂げてきたじゃないか!!」

「君が居なければ《氷菓》の謎は解かれず、千反田さんはずっと鎖に縛られたままだった!!《女帝事件》の時も、君がいなければホータローは入須先輩に踊らされたままだった!!君がいなければ《十文字事件》は解決されなかった……」

 

「君がいなければ、僕は自分の愚かさを誰かに伝える事が出来なかった!!!」

 

「確かに君の失ったものも大きい。けどね、それと同じくらい得たものもあるんじゃないのかい!?古典部は……君にとって逃げ場でしかないのかい!?違うだろ!!!古典部は君の居場所なんだ!!!逃げたなんていうなよ!!!僕らがここにいるだろ!!!」

 

 柄にもなく里志は息切れを起こしながら、俺を見据えていた。

 俺は軽く笑った。

 

「……ありがとう。」

「どういたしまして」

「でもごめん。まだ、俺の心の中で決着がつかないんだ」

「ハル……」

「でも、お前に話せて少しだけ重荷が外れた気がするぜ」

 

 俺が笑っていうと、里志も笑った。

 

 里志が帰ったあと、俺はリュックサックから桜のチョコと、朝晴香から貰ったチョコを取り出した。

 それを交互に口に入れる。

 

 チョコレートはとても甘く、それでいて苦く、俺の口の中で薄く溶けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side 桜

 

 

 

 

「死にたい」

 

 あぁぁぁぁぁあ!!!なんで友チョコにして渡しちゃったかなぁ……。南雲くんは気づいてくれるかなぁ。てか、あんなギリギリまで告白し損ねて、絶対私の気持ち気づかれたよね……。うぅ。

 

 唐突に携帯が鳴った。

 宛名も見ずに携帯を取る。

 

「もしもし?」

『あー、桜?』

「南雲くん!?」

『今日は悪かったな……なんか』

「ううん、こちらこそ……なんか、ごめん……。千反田さんにも謝らなきゃ」

『千反田も気にしてたからなぁ。お前が許してくれてるんだったら、仲直りもすぐ出ると思うぜ』

「ほんと!?良かった……あ、それで伊原さんのチョコは?」

『うん、なんとか見つかった』

「あぁ、それも良かったよ……」

『それでな、桜』

「どうしたの?」

『お前、映画って好きか?』

「え、うん!好きだよ」

『えーっと、それじゃぁ今度行くか?今日の埋め合わせってことで……』

 

 え?

 

「それって……えと、あの……二人でってこと?」

『あ、いや、古典部も入れて』

 

 

 ゴーン!!!

 

 

「行かないよ!!!もう知らない!!!」

『あっちょ、桜!?』

 

 私は携帯に叫んで、勢いよく通話終了ボタを押した。

 全くもう……!!!全くもうだよ全くもう……!!

 

 ……。

 

 私は頭からベットに突っ込んだ。あんな形でも、南雲くんと話せたことが嬉しかった。けど

 

 

 

「南雲くんの……ばか」

 

 

 それでも私は、多分今笑っている。 

 

 




うわぁぁぁ甘いのなんて書けるかぁ!!!

桜は作者のお気に入りキャラなので出来るだけ可愛く書いているつもりなのですが…。

里志に自分の過去を明かしたハル…さて、これからの物語にどう影響していくのでしょうか?

次回は《遠まわりする雛編》ラストエピソードです!




次回《遠まわりする雛》

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