氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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第四話 少女の依頼

 暇だな……。

 

 五月下旬の日曜日、時間は午前十時を回ろうとしていた。

 梅雨も終わり、初夏の気配もジリジリと訪れ、俺は額の汗を軽く拭う。

 

 まぁ、暇だと感じるということはそれだけ平和なのだろう。別に今の今まで平和じゃなかった訳じゃないぜ?ただ、やることが無いってことは急ぎ事も無いし、心配事もない。何も考えず部屋でゴロゴロしてるのも一興だとは思わないか?まぁただ……

 

 暇だな。

 

 不意に携帯電話が鳴った。俺は畳から体を起こし、机の上にある携帯に手を伸ばす。誰からだ……?

 携帯を開いた俺はそこに表示されていた名前に一人驚いた。

 

 千反田家

 

 俺は電話をとった。

 

「もしもし?」

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後一時、千反田に呼び出された俺は家を出た。

 

 約束の指定の場所は《パイナップルサンド》という喫茶店。もちろん行ったこともないからパソコンで地図を印刷しそれを片手に歩き始める。

 入学式の時みたいにまた変なところ行かないようにしないとな。

 

 幸い何事もなく《パイナップルサンド》に到着。

 一時十五分……上出来だ。

 

「ハル、こっちだ」

 

 店内に入ると、先についていた奉太郎が俺に手を振ってきた。俺は足を進ませると、三人がけの机の一つに腰掛ける。

 奉太郎も呼ばれていることは知っていた、千反田がそう言ってたからな。

 

 俺はメニューを眺め、オレンジジュースを注文しようとすると、「ここでコーヒーを飲まないのは、上野動物園でパンダを見ないようなもんだぞ」と奉太郎が言ってきたので、俺はキリマンジャロコーヒーを注文する。

 

「で、なんだとおもう?千反田の話って」

「わからん。神聖な日曜日に呼び出されたんだ。興味をそそる内容じゃなければ俺にとっては裁判事だ」

 

 奉太郎が興味をそそるものなんてあるのかよ。と少しばかり失礼なことを思いつつ、俺はキリマンジャロコーヒーを啜る。

 ほう、これはまた。正直コーヒーは苦手だがこのコーヒーは美味い。コーヒーが苦手だという理由に酸味がある事が含まれているが、それすらもうま味に感じてしまう。奉太郎があそこまで進める理由が分かるな。

 

 千反田が現れたのは待ち合わせの一時半丁度。

 ほとんど真っ白なクリーム色のワンピースはなんとも千反田らしい。

 

「お呼び立てしてすみません。」

 

 奉太郎は「いいさ」という代わりに半分手を上げる。注文を聞きに来たマスターに千反田はウィンナーココアを注文する。

 山のように盛られたクリームに俺たちは魚の帽子を被った大学教授並にギョッとする。スプーンでクリームを崩す姿は何処と無く楽しそうだ。

 学校以外でも千反田の不思議ちゃんは健在ってことか。なによりなにより。

 

「それで、用ってなんだ?」

 

 奉太郎に続き、俺も口を開く。

 

「そうそう、あんま下らない話だと奉太郎に訴えられるぜ」

「えぇ!?」

 

 千反田も先程の俺たちと同様、ギョッとした姿を見せた。そういやこいつ、冗談通じないヤツだったな。

 奉太郎が「バカ言うな」と捲し立てると、千反田は胸から手を落とす。

 

「何のために俺たちを呼び出したのかってことだよ」

「この店を指定したのは折木さんですよ」

「じゃぁ奉太郎から喋れ」

「何故そうなる!?俺は帰る!!」

「あぁっ!待ってください!」

 

 いちいち反応が面白いな。俺は「ククッ」と笑う。

 だが、いつまでもコントをやってる訳にもいかない。奉太郎も日曜日に用もなく外に出るなんて「やらなくていいこと」をやってるわけだ。

 

「んじゃ本題に入ろうぜ。千反田、俺たちを呼んだ理由は?」

「はい……私はあなた達二人に相談があるんです。お二人なら私の心のモヤを払ってくれる……そんな気がするんです。」

「人生相談?だったら俺と奉太郎は乗れないな。山無し、谷無し、地平線だからな」

 

 なんだかシリアスな雰囲気になった為、軽いジョークを言ったが重い空気は晴れなかった。すると、奉太郎が口を開く。

 

「ふん、話してみろよ」

「はい。私には、叔父がいました。関谷純(せきたにじゅん)という名で、母の兄です。十年前マレーシアに渡航して、七年前から行方不明です。叔父は私の憧れでした。子供の頃、好奇心が人一倍強かった私は叔父に色々なことを聞きました。叔父は全て私の欲しかった答えを返してくれました。」

「へぇ……すげぇな」

「随分と博識だったんだな。偏り知識のデータベースの里志とは大違いだ。それで、その叔父をまさか俺とハルに探しに行ってくれなんて言うんじゃないだろうな……?」

 

 千反田なら言いかねない。そう思った瞬間、千反田は口を開いた。

 

「いえ違うんです……その、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何を聞いたか思い出させて欲しいんです。だって?

 

「無茶苦茶だな」

「先走りすぎました。私は……経緯はそれこそ覚えていないのですが、幼稚園の頃に、叔父が高校で『コテンブ』に入っていたことを知りました。家の中にある『スコンブ』に語呂が似ていたので、私は『コテンブ』に()()()()()()()()

 

 《興味》。この少女の口から発せられるこの言葉は世間一般が認識している《興味》とは全くの別物だ。

 だがそれと同時に俺は千反田の叔父が()()()()()千反田の質問に答えている姿が脳内に浮かんだ。

 しかし、俺のそのイメージは次の瞬間粉々に砕け散った。

 

「しかし、叔父は『コテンブ』については教えてくれませんでした。今思えば躊躇しているような感じもしました。いつもは何でも答えてくれる叔父が、その時には答えを返してくれなかったのです。私は駄々をこねました。そして… ……とうとう答えを返してくれた叔父から出た言葉を聞いた時、私は… ……」

「千反田は?」

「私はその時、泣いていたんです。怖かったのか、恐ろしかったのか、それは覚えていません。しかし、叔父は私をあやしてはくれませんでした。」

 

 あやさなかった?何故だ……自分の姪や孫ってのは可愛く見えるもんだとは聞く。もちろん例外もいるだろうが、話を聞いていると叔父は千反田の事を嫌っていたわけでも怪訝していた訳でもないだろう。むしろ好いていたのではないのこ?

 

「そして私が中学に上がった頃、それについて唐突に気になり始めました。叔父が何故答えを渋ったのか、あやしてくれなかったのか。そして私は叔父の母校である神山高校に入学し、古典部に所属しました。」

「それが、《一身上の都合》か……?」

 

 折木のつぶやきに千反田はコクリと頷いた。

 

「しかし古典部には手掛かりになるものはありませんでした。職員室の先生にも聞いてまわりましたが、叔父がいた三十三年前にも神山にいた先生は誰一人としていませんでした」

「それで、なぜ俺達に助けを求める」

 

 折木の質問に千反田は顔を俯かせ、コーヒーカップをギュッと握る。そして、顔を上げ答えた。

 

「部室のドアの件、愛なき愛読書の件……。あなた達は私の想像を遥かに超える結論にいとも簡単に辿り着きました!図々しいのは分かっています……ですが、もうあなた達しかいないんです!」

 

 俺たちは顔を見合わせたあと、少ししかめっ面になりながら答える。

 

「千反田……俺と奉太郎を買い被りすぎだよ。あれくらいの事は考えれば誰だって分かる。俺と奉太郎が丁度閃くのが早かっただけさ」

「でしたら、その閃きに頼らせてください!」

「け、けどなぁ……」

 

 正直、気が進まない。《無色》の俺は平穏を望む。ここで千反田の依頼を引き受けてしまっては、平穏は遠ざかってしまうだろう。

 

 そして、もし俺と奉太郎がこの依頼を引き受け失敗したら?話の内容からすると、この依頼は軽視出来ない。

 《千反田える》という人間の、そして《関谷純》という人間の人生観に関わってくる重要事項だ。失敗したら、俺達は罪悪感を背負いながら生きていくことになるだろう。

 

 《無色》の俺は《罪悪感》という色に染められてしまう。《灰色》所ではない、何も無い《闇》だ。

 

「なぜ俺達だけに依頼する。人海戦術を使えばいい、里志や伊原にでも頼んだらどうだ?」

 

 奉太郎の言う通りだ。あいつら、特に里志なら、この手の話題に積極的になってくれるだろう。俺や奉太郎より確実に役に立つ。

 すると、千反田さんは再び顔を俯かせ、言う。

 

「私は……自分の過去を吹聴して回る趣味はありません……」

 

 ……そうか、千反田が俺たちを学校でない場所に呼び出した理由。それは、この話を他人に聞かれたくないから、俺たちを信用して打ち明けてくれたのに、「人海戦術を使え」とは。奉太郎が言ったにしても、同じことを思ってしまった俺は自分を恥じた。

 

「すまん……」

 

 奉太郎も同じことを思ったのか、頭を下げる。

 

「いえ、私は私の問題にお二人を巻き込んではいけないと思っています。ですが……もうあなた達しかいないのです……。あなた達は叔父のように私の《興味》を解決してくれました……あなた達なら、あなた達なら……!」

 

 必死に言葉を探そうとする千反田を見て、少し心が痛む。

 

「叔父が死んでしまう前に、叔父が私に何を伝えたかったのか……私はそれを胸に葬儀を行いたいのです」

 

 葬儀……?死んでしまう前… ……?千反田の叔父は確か《行方不明》だったよな。どういう事だ……。

 

「なるほど……今年が七年目か」

 

 奉太郎のつぶやきに俺は首をかしげた。

 

「七年目?どういう事だ?」

「行方不明になった人物は七年間生死が分からなければ法律上死亡したことになります。千反田家では数ヶ月後に叔父のささやかな葬儀が行われます。叔父の件は……片付いたことになります」

「そんな!まだ生きてるかもしれないのに、どうして!」

「どうしてもこうしてもない。世の中はそういうシステムで出来てるんだ。感情論でどうにかなる問題じゃないのは、お前も分かるだろ」

 

 しばしの沈黙が訪れる。すると……

 

「俺はお前に対して責任は取れない」

 

 奉太郎が沈黙を破った。

 

「だから、お前の頼みを引き受けるとは言わない。だが、その話を心の中に留めておいて、ヒントになるようなことがあったら報告しよう。その解釈に手間取るような事があれば手助けもしてやる。それだけで……いいか?」

 

 千反田の顔がパァっと光り、千反田は奉太郎に四十五度の角度で会釈する。

 

「ありがとうございます!折木さん!」

「あんまり頭を下げるな……安くなる。お前はどうするんだ、ハル」

「え?」

 

 千反田と奉太郎が俺の方を向く。

 

「俺は……」

 

 俺は、自分が自分で無くなるのが怖い。

 

 俺は《無色》。何者にも染まらず、何者も染めない。

 

 けど千反田はこの依頼を一人では解決出来ないと踏み、俺と奉太郎を頼ってきたのだろう。正直、人に期待されたことは少なくはない。

 でも、失敗するのは、怖い。

 

「ハル」

「ど、どうした奉太郎」

「お前は自分の事を《無色》だと言っていたな。何者にも染まらず、何もも染めない存在。絶対不可侵であり、絶対不干渉な存在。と」

 

 こうやって他人から言われるとどうも恥ずかしいな。

 

「つまり、お前は真っ白なキャンパスなわけだろ?お前はそこに千反田の《問題》という絵の具が塗られるのが怖い……。違うか?」

 

 俺はフッと笑うと、奉太郎を見ながら答える。

 

「……そうだな、まるで心を見透かされてるみたいだ。千反田の依頼は引き受けてやりたい、けど自分のモットーを曲げるのが怖い。真っ白なキャンパスに、色を塗られるのが怖い」

「お前は知らんのか?」

「なにを?」

「絵の具には、白という色があるだろ」

「は?」

「色を塗られたのなら、()()()()()()()。何者も染めないというのがモットーではあるが、自分を染めてはいけいないというのはモットーに入っとらんだろ。そして、お前が塗りつぶして消えた問題は、ほかの人間からも消える。」

()()()()()()()()()

 

 そうか、そうだ!!

 

 何かを塗られたのなら、塗り潰せばいい。

 千反田の問題を……解決すれば、俺は無色に戻る。

 

 それだけじゃない……千反田はこの問題を自分で解決する力はないだろう。なら、俺は千反田に白色の絵の具を与えればいい。

 俺が染めるんじゃない、千反田自身に、染めさせればいい。

 

 そうすることで、俺が力になれるなら……。千反田の想いを叶えてやることが出来るのなら、俺は……

 

「千反田ごめん……いつまでも決められなくて」

 

「い、いえ。厄介事を持ち出したのは、私ですから……もし嫌なのであれば引き受けて頂かなくても……」

 

「いや、受けるよその依頼。お前の問題を塗りつぶせるような絵の具を渡してやる。よろしく頼むよ。千反田」

 

 俺はスッと右手を彼女へ向ける。そして……

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

 千反田は俺の手を両手で優しく握り返した。

 

 これで俺のキャンパスには《問題》という絵の具が付いた訳だが……。

 

 これも一瞬の事だろう。

 

 なぜなら、彼ら(奉太郎と千反田)となら、それが出来る気がしたから。

 

 




千反田の依頼、引き受けたからには最後の最後まで付き合ってやるか。

千反田の依頼に早速動き出す俺たちだったが、その時、書道部である不思議な現象が発生した。

次回《入れ替わりし名作》
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