氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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 《遠まわりする雛》最終回です!

 衝撃のラストを見逃すな!!

 晴が傘持ち役です。


第十話 遠まわりする雛

 春特有の心地よい風が、自電車に乗っている俺の体を優しく包んでいる。

 俺が今向かっている場所に行ったのは二度、一度目は夏休み。《氷菓》の謎を解くために検討会をした時だ。二度目は古典部みんなに採れたての野菜を振舞ってくれた時だ。

 住宅街がいつの間にか農村地帯に変わり、俺はマウンテンバイクのギアを上げる。

 春休み。終業式を終え、神山高校一年の年間日程を終えた。

 

 それなのになぜ俺がわざわざ春休みに自転車を農村地帯で走らせているのかというと、一昨日に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「晴、えるの傘を持て」

「何を言っている?俺があいつの執事にでもなれって言ってるのか?」

「それもいいな」

「よくない」

 

 ノックもせずに人の部屋に入ってきたと思えば訳の分からんことを言いおって……。俺は晴香を睨み付ける。

 晴香は神山高校卒業式を終え、大学に行くのかと思えば、まさかの勘解由小路家を引き継ぎ、何代目かの頭首になったのだ。

 まぁ実際、子供の頃から牛や豚と戯れていた晴香にとって、大学で素人と一緒に畜産学を学ぶってのも退屈な話だろう。

 

「で、傘を持てってどういうことだ?」

「直接聞け、入ってこいえる。」

「こんにちは。南雲さん」

「はぁ……」

 

 あからさまに溜息を付いた。

 里志といい千反田といい、伊原といい……。こいつら何故勘解由小路家によく来るのだろうか。俺の部屋はお前らの休憩スペースでは無い。

 

「え?え?私、なにか南雲さんにしましたか!?」

「いや、なんでもない。それで?傘を持てって?日傘か?普通の傘か?最初から詳しく教えてくれ。」

「いえ、そうですね。始まりは戦後まもない頃… ……」

「うん、途中からでいい」

 

 なんかデジャブだな。

 千反田は『ええと』と、俺の机の椅子に座り直し、口を開いた。

 

「実は千反田家の近くの《水梨神社》と呼ばれる場所で《雛祭り》があるのです。お雛様とお内裏様、右大臣左大臣、三人官女がいます。それでですね、お内裏様とお雛様には傘を差し掛けることになっているんですが……担当の方が肩を脱臼してしまい、急遽代理人を要することになりました。衣装のサイズもありますから、福部さんでは大きすぎて、南雲さんに是非お願いしたいんです」

 

 俺は一度黙ってから、千反田を見た。勘が悪い千反田ではあるが、俺の言いたいことが分かったようで、逃げるように顔をそっぽに向けた。

 

「奉太郎と俺の体格は同じくらいだ。何故俺なんだ?」

 

 俺は部屋の入口に視線を向けると、晴香がピースサインを作っていた。ああ……

 

「晴香の推薦か……、千反田家と親睦の深い勘解由小路の親族の俺の方が、顔がきくもんな。」

「そういう事です……あと……」

「あと?」

「い、いえ。なんでもありません。それでは、明後日よろしくお願いしますね。一時間ほど一緒に歩いてもらうだけですから」

 

 バイト代は出るのか?そんな下らないことを聞こうとした途端に、俺は千反田の言葉の可笑しさに気づいた。

 

「一緒に歩くだけ?雛が歩くのか?」

「そうですよ

《水梨神社》は毎年旧暦の雛祭りに女の子が着飾って《生き雛》となり、集落を回るんです。中学に入ってから私がずっとその役割を仰せつかっています。……福部さんと摩耶花さん、折木さんもいらっしゃいますよ」

 

 ほう。《生き雛まつり》ねぇ。

 しかし、古典部(あいつら)も来るのか。どうせ俺を冷やかしに来るんだろうな。

 その後どこで知ったのか俺の携帯に十文字から電話がかかり

 

「いい!!?南雲くん!えるのお雛様姿に傘を差すんだから、くれぐれも粗相のないようにね!!」

 

 と、言われてしまった。

 こいつは俺をなんだと思っているのだ。

 

 俺はその事を思い出しながら、自転車のギアをもう一段階上げ、静かな農村を飛ばした。

 

 

 小川に沿って自転車を飛ばして行く、川を遡るように走る俺の目の前に、ひとつの狂い咲きした桜が一本生えていた。俺は自転車を止め、リュックサックから持ってきた一眼を取り出す。

 ピピッというブレ補正の効果音がかかり、シャッターボタンを押し込む。

 

 パシャリ。うむ、我ながら上出来だ。

 

 再び自転車を漕ぎ始める。文化祭で一眼を貰って以来、俺は外に出る事が多くなった気がする。せっかく貰った一眼なのに使わなきゃ損だからな。

 

 確か《水梨神社》に行くには、狂い咲きした桜の先にある《長久橋(ちょうきゅうばし)》を渡るんだったよな。一つのカーブを曲がったその先に、木製の一つの橋が見えた。

 渡った先には一台のトラックが置いてあり、ガタイのいい男達が黄色いヘルメットを被って何かを話している。……これは、渡っていいものなのか?

 

 俺は橋の前で自転車を止め、橋の向こう側の工事員に話しかける。

 

「すんません!」

 

 向こうは愛想よく返してくれる。

 

「おう!なんだ!!」

「ここ、通って大丈夫すか」

「おう、いいぞ!渡ってこい!」

 

 そう言われた俺はペダルを踏み込み、向こう側に渡るために《長久橋》を渡った。渡った所で、俺に許可をしてくれた男が話しかけてきた。

 

「兄ちゃん運が良かったな。次トラックが来たら修理工事を始める所だったぜ。帰りは向こう側の橋を使ってくれ」

 

 そう言って男は俺が来た下流の遥か彼方を指さした。見えはしないが、多分向こうにもう一本橋があるのだろう。

 俺は工事員の男に頭を下げ、すぐそこに見える《水梨神社》に突入した。

 

 駐輪場が見えなかったので、自転車は神社の前に置く。取られないか心配だ。

 《水梨神社》の中の社務所に入ると、既に中は《生き雛まつり》の関係者であろう老若の男性達で賑わっていた。

 俺は取り敢えず適当な人に声をかける。

 

「あの……」

「なんだ!?」

 

 忙しいのか、ぶっきらぼうな言い方で返されてしまう。

 

「傘役の代理で来た、勘解由小路家の南雲晴です。俺は始まるまでどこにいれば?」

「南雲……、勘解由小路……、あぁ!!晴香ちゃんの推薦か!いやぁ、よく来てくれたね。まだ出番まで時間があるから、そこのストーブの前でゆっくりしてなさい」

「はぁ」

 

 晴香ちゃん……。あいつにそんな可愛らしいものを付ける必要は無い。

 ストーブの前に座った俺は、ダッフルコートとマフラーを取り、リュックサックを下ろした。「戦国ものとしちゃ、なかなかの出色だよ」と里志から借りた戦国漫画を読もうとしたが、やめた。

 周りが忙しい雰囲気を出しているというのに、俺だけストーブの前で漫画を読んでいるというのは宜しくないし、多分俺がそんな奴を見たら後から蹴っ飛ばして熱々のストーブに激突させる。

 

 ストーブの部屋には俺の他に数人の男が行き来しており、様々な声が聞こえてくる。

 

「おい、酒の手配は誰がやってる!」

「中竹さんに任せとる!」

「花井さん!電話来てるよ、新聞社から!」

「新聞社!?NHKじゃないのか!?」

 

 今の言葉で俺が話しかけた男が花井ということが分かった。また世話になるかもしれん、覚えておこう。

 すると血相を変えた白髪頭の老人が、大声を出した。

 

「中竹!!お前、酒はどうした!?」

 

 部屋の隅にいた太った男が立ち上がった。

 

「一時には届くと」

「馬鹿野郎!!《生き雛》が戻ってくるのは十二時半だ!!だからあれほど時間に余裕を持てと!」

「で、ですが……前に聞いた話では一時だと」

「園さんのところが喪中だから、道順を変えたんだ」

 

 なんだそれ。もっと早く言えばいいのに。

 と、心の中で思ったあとに、俺は再びストーブと睨めっこを始める。

 

「長久橋は大丈夫なんだろうな、シゲ!」

 

 花井の声だ。シゲと呼ばれたやせ細った男は、声を大にしていう。

 

「村井さんにお願いしました!」

「村井か……」

 

 花井は苦い顔をする。村井とはそんなに信用のない男なのだろうか。シゲは少し驚いた顔で続けた。

 

「まずかったですか?」

「いや、それで工事の方は?」

「例え工事を延期してでも《生き雛まつり》の時は開けておくといったそうです」

 

 ん?《長久橋》の工事が《生き雛まつり》だけ止める?

 俺は黙っておけばいいものを、呟くように口を開いた。

 

 

「《長久橋》の工事なら、さっき俺が渡った時に始まりましたよ」

 

 

 この一言は、この部屋にいる全員を凍りつかせた。なんだなんだ?

 

「南雲くん、その話は本当か!?」

 

 花井が俺の肩を勢いよく掴む。俺は戸惑いながらも、ここに来る途中に工事員の男と話したことを花井に説明した。

 説明し終わると同時に、花井はシゲに向かっていった。

 

「シゲ、ちゃんと確認はとったのか!?」

「村井さんには念を押しました!任せとけ、と言われたらこちらから連絡する訳にもいかんでしょ!」

 

 すると、先程お酒の件で中竹に怒っていた白髪の老人が、圧迫した声で男達に指示を出した。

 

「園くん、すまんが軽トラをだして確認に行ってくれ。谷本は村井に……いや、中川工務店に電話しなさい」

 

 谷本と呼ばれる男がシゲだ。谷本と園は老人の指示に従いそそくさ動く。

 十分後、軽トラで長久橋から戻ってきた園が声を大にしていった。

 

「本当に始まっています。《長久橋》の工事。一昨日に電話が掛かってきて、工事を始めていいと……!!」

「馬鹿な!!誰が電話なんて……」

 

 何者かが《生き雛まつり》で使う橋の工事の延期をキャンセルしたってのか?聞いた話では《生き雛まつり》は神山ではかなり大きな行事だぞ。誰がそんな事を。

 俺は顎に手を置くが、すぐに外した。やめよう。千反田がいない今、謎解きなんてバカバカしい。

 

 しかし《長久橋》を渡るのは《生き雛まつり》では大事なルートだったようで、すぐに俺の横で緊急会議が始まった。俺は耳だけ貸す。

 

 結果、元々《長久橋》を渡って小川を下り《茅橋》という橋を渡って、神社に戻るルートを、《長久橋》より少し下流にある《遠路橋》を渡り、小川を下り《茅橋》を渡って神社に戻るルートに変更された。

 《遠路橋》も《茅橋》も分からない俺は、特になんのリアクションも取らなかった。

 

「すみません、ここに南雲さんという方はいらっしゃいますか?」

 

 中年程の女性が部屋に入ってくると、俺の名前を呼んだ。俺は立ち上がる。

 

「俺が南雲ですけど」

「千反田さんの娘さんが呼んでいます。それと、あなたのお友達も……すぐに来て欲しいそうです」

 

 お友達……嫌な予感しかせん。

 俺は女性に連れられ、そそくさ圧迫された部屋をあとにした。

 

 

 着いた部屋には布の(とばり)で二つに分けられており、見ると千反田と思わしきシルエットがあった。しかし、最初に見た奴らに俺はおもむろにため息をこぼした。

 

「関係者以外は立ち入り禁止でーす!」

「勘解由小路先輩から許可を貰いましたー!」

 

 そこに居たのは、奉太郎、里志、伊原、桜、晴香、十文字、天津。なんでオールスターなんだよ。

 

「おっ、はるっち。久しぶりやなぁ!」

「よう」

「なにか緊急事態があったようだな」

 

 奉太郎の言葉に軽く頷くと、帳の向こう側から千反田の声が聞こえてきた。

 

「南雲さん、時間がありません。お話をお願いします」

 

 俺は口を開いた。

 

「《生き雛まつり》で使う《長久橋》の工事が始まってた。村井とかいう人が延期をお願いしたらしいんだが、一昨日工事を始めてもいいという電話が工事を行う業者の中川工務店にあったらしい。ルートの変更がされた。《長久橋》の下流にある《遠路橋》を通って小川を下り、《茅橋》を渡ってここに戻ってくるらしい」

「延期をキャンセル?神山にいる人は《生き雛まつり》の重要性を知っているはずよ。誰がそんな事を……」

 

 十文字が呟く。俺は首を振り、分からないという風に示した。

 

 話し終わると、俺達全員は視線を帳の向こう側に向けた。千反田の反応を伺っているのだ。しかし、帰ってきたのはいつもの言葉ではなかった。

 

「村井さんは神山市議会議員さんです。村井さん経由で中川工務店に連絡したのなら、中川工務店が断ったとは考えにくいです。ということは、今日工事をしていいとあった電話は、実際にあったと考えていいでしょう。でも、そうですか。なら良かったです」

 

 む。

 

「千反田さん、重要な事じゃないの?」

 

 桜が言う。

 

「桜さん、そうかもしれませんが、それしか解決策がないのです。簡単に言うと、私達は神事で《長久橋》より下流の地域に入るのを躊躇われているのです」

 

 『そうなのか?』と晴香と十文字を眺めると、二人とも無言で頷いた。

 少し考える間があり、千反田は冷たい乾いた口調で口を進めた。

 

「南雲さん。先方の宮司には私から話をします。氏子総代には父から連絡するように頼んでみます。と、向こうの皆さんにお伝えください」

「それだけでいいのか?」

「それで伝わります」

「分かった。言っておくよ。じゃぁなお前ら」

 

 俺が部屋から出ようとした時に、里志が声をかけてきた。

 

「あっ、ハル。あれは持ってきてるかい?」

「あれ?」

「一眼。貸しておくれよ。《生き雛まつり》のキャストなんて中々出来ることじゃない。僕が君の勇姿を撮ってあげるからさ」

 

 ああ。そういうことか。と思った俺は、リュックサックから取り出した一眼を里志に預け、皆から激励の言葉を貰ったあとにストーブの部屋に戻った。

 

 男達に千反田からの伝言を伝えたところで、花井があからさまにホットした様子を見せたのだ。本当にこれだけで伝わるものなのか。

 

「分かった!みんな!ルートは《遠路橋》を使っていくぞ!!」

 

 そこからは疾風怒濤の様子で男達は準備を進めた。行列の開始まで、残された時間は少ないのだ。

 

 

 

 

 

 

 俺の着付けは急ピッチで行われた。

 

 下着の上から黒い羽織を着込み、袴のようなものを履く。黒い足袋を履き、白いツナギのような装束を羽織り、蝶々結びで締めた。だが……

 

「スネが見えてるんですが……」

「そういうもんなんだ。もしもう少し裾が長かったら俺が傘持ちをやらされていたところだよ。」

 

 着付けをしてくれた男は笑って言った。男は今までみた男の中でも一番若く、二十代前半程だ。髪も明るく染めており、この人の気前が良くなかったら苦手なタイプの人間だ。

 

「裾くらいだったらって言うなら、やってくれればいいじゃないっすか」

「なかなか見れん行列だからなぁ。その為に帰省してきたんだ。役割をやっちまったら行列が見えん」

 

 なるほどなぁ。それにしても今思えば俺はこれが初めての《生き雛まつり》なのだ。それを見物客としてでは無く、役職を持つとは……。

 

「あとはこれをかぶれ」

 

 渡されたのは筒状の黒い帽子。俺はそれを被り、鏡に全身を写す。これは。

 

「似合わんな」

 

 男は言った。ええい、やかましいわ。

 

「それよりそろそろ行け、もう時間だ」

 

 そう言われて背中を勢いよく叩かれた俺は、よろめきながら裏口から外に出た。生き雛達はまず、社務所から出て拝殿の前で勢揃いするらしい。そして隊列を組む時に俺は列に加わり、千反田に傘を差す。

 

「やぁ、緊張してるだろうけど、気楽にやりなさい」

 

 社務所を出たところで園と呼ばれていた男が傘を用意して待っていてくれた。俺は傘を受け取る。

 見た目は大きいが、重さは普通のものとさほど変わらない。

 これを両手で一時間保持すればいいだけなら、疲れることもないだろう。

 

 拝殿の近くまで移動し、て位置につくと、既に内裏様が揃っていた。次に雛が現れる。

 

 拝殿の前にはマスコミや、どこから湧いて出てきたのか大量の見物客が集まっていた。おいおい、こりゃ神山市以外からも集まってるんじゃないのか?

 

「ハル〜!!」

 

 聞き慣れた声の方向に俺は視線を向ける。

 奉太郎達がこちらに向かって手を振っていた。俺は取り敢えず返す。里志が一眼を首から下げ、何故か知らんが奉太郎の写真をパシャパシャと撮っている。鬱陶しそうな顔をする奉太郎。傍から見れば面白いが、あんまりメモリーを無駄遣いするな。

 撮られてた写真は奉太郎に全部焼いて送ってやろう。

 

 すると、雛の登場と共にマスコミのシャッター音や、見物客の歓声が大きくなる。

 

 千反田が十二単を来て現れた。

 千反田は化粧がされており、伏し目でそっと境内に歩み寄る。

 

 俺は歩き出した千反田に歩み寄り、赤い傘を差す。千反田はそれに気づくとこちらを見て微笑んだ。

 

「よう、似合ってんじゃん」

 

 千反田にしか聞こえないように言うと。彼女は微笑んで、前を向きながら返してくれた。

 

「ありがとうございます。嬉しいです。」

 

 行列は長いものだった。揃いの衣装を着込んだ男達が横笛を拭きながら付いてきた。振り向けないため直接は見えなかったのだが、ドォン、ドォンという音が交じる。

 今朝自転車を飛ばしてきた川沿いの道を下流に向かって進んでいく。

 

 問題になった《長久橋》はとうに行き過ぎており、《遠路橋》と思わしき橋が向こう側に見えた。行列が川上に向かって進んでいると、俺は顔を挙げた。そして、小さく息を漏らす。

 

「おぉ……」

 

 視界が一本の狂い桜のピンク色に染まった。これから正に咲誇ろうとする花の下、十二単を纏った千反田は静かに進む。暖かくも柔らかに反射する陽光、古い家、田んぼの残り雪、透き通った小川。

 俺は千反田の背中しか見ることができなかったが、俺は今の千反田の表情が気になった。

 色恋沙汰の意味ではない。気になったのだ。この美しい景色に、彼女がどんな表情を浮かべているのか……。

 

 俺は多分微笑んでいる。

 

 千反田も、きっとそうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、奇跡的だったよ。ハル」

「あの桜は感動したなぁ」

「ほんとに、狂い咲きした桜ってのも、悪くは無いわね」

 

 普段着に戻った俺は境内の片隅で三色団子を食っていた。桜、晴香、十文字、天津は屋台に出ている。

 

「はい、ハル。多分綺麗に撮れてる」

 

 里志が俺に一眼を返してくれると、俺は早速メモリーをチェックする。奉太郎と伊原も俺の周りに集まり、一眼の画面を覗き込んだ。

 

「間抜けな顔だな……」

 

 奉太郎の意見に同意しないわけにも行かなかった。多分俺はこの写真に写っている千反田と景色の美しさに見惚れていたのだ。情けない話よ。

 

「あっ、ホータローの写真も入ってるよ」

「どれどれ?」

「見なくていい!!!」

 

 数日後、焼いた写真を奉太郎に挙げたのは内緒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水梨神社では千反田と会うこともなく、戻ってきた桜達と奉太郎達は合流し、「千反田によろしくな」と引き上げていった。

 俺はといえばどのタイミングで引き上げればいいのかも分からず、日が暮れた頃に招かれた千反田家の縁側に座っていた。すると

 

 

 

 

 

 

 

 side 千反田

 

 

 

 

 

 私は縁側に座り込んで、風に当たっている南雲さんを見つけました。近くによって、挨拶をします。

 

「こんにちは南雲さん。お疲れ様でした」

 

 南雲さんは私に気づくと、軽く笑ってから言いました。

 

「あぁ、お前もお疲れ。改めていうけど似合ってたぜ。ああいうのを《馬子にも衣装》って言うんだっけ?」

「わざと間違えてますね?」

「バレたか?」

「ひどいです!!」

 

 私は頬を膨らませながらそっぽを向きましたが、すぐに南雲さんに向き直ります。

 

「南雲さん!!」

「な、なんだ?」

「私、今日はとっても頑張りました!!だからご褒美が欲しいんです!!」

「ご…!?」

 

 

 

 side 晴

 

 

 ご、ご褒美……!?

 

 それって……あんなことやこんなことなのかァァ!?

 

 

 side 千反田

 

 

「工事を進めていいと言ったのは誰なんですか?」

「あぁ、それね」

 

 どこかホッとした様子を南雲さんは見せました。どうしたのでしょうか?

 

「まぁ、大体目星……、いや確定できる」

「実は私もなんです!」

「ほう。珍しいな」

 

 私は胸を張りながら言いました。もっと褒めてくれてもいいのですよ?私はポケットからサインペンを取り出しました。

 

「でしょう?では、このサインペンで手に書いて一斉に見せ合うというのはどうでしょうか?」

 

 南雲さんは頷きました。私は自分の手のひらにあの方の名前を書きます。書いたところで手のひらを閉じ、南雲さんにサインペンを渡しました。

 南雲さんも書き終えたようです。

 

「せぇので見せましょう。せぇのですよ?」

「分かってるよ」

「じゃぁ行きます。せぇの!」

 

 私と南雲さんは同時に手のひらを開きました。私の平に書いてあったのは「小成さんの息子さん」。南雲さんの手に書いてあったのは『チャラ男』

 南雲さんは難しい顔をします。なので私は

 

「えっと、確かに小成さんの息子さんは……かなりお洒落だと思います。」

 

 と、言いました。

 

「何故そう思ったか教えてくれますか?」

「あぁ、その……小成だったか?やつは『滅多に見れない行列だから帰省してきた』って言ったんだ。でも《生き雛まつり》は年に一回で頻繁に行われるとは言い難いけど、別に『滅多に見れない』わけじゃない。

けど、今年に限っては『滅多に見れない行列』が見えるんだ。それがあの一本の狂い咲きした桜だよ。《遠路橋》の近くまで行けば、行列は桜の下を通る事になる。これが、『滅多に見れない行列』、『わざわざ帰省して』くる価値がある光景だ」

 

 私は口に手を置きました。

 

「そ、そんな事の為に……!!」

 

 すると南雲さんは私を見据えたまま、口を開きました。

 

「じゃぁなんでお前は小成だと思ったんだ?」

「笑わないでくださいよ」

「ま、返答による」

 

 悪そうな顔をしています。

 

「村井さんのメンツを潰して平気な顔が出来る方が、あの方しか思いつかなかったからです」

 

 しばしの沈黙。

 

 南雲さんは、大笑いしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南雲さんが中に入ろう。と言って縁側を立ったところで、私は南雲さんの手首を掴みました。南雲さんは驚いた顔で私を見ます。

 

「あの」

「なんだ?」

「一つ、聞いて欲しい話があります。」

 

 私は南雲さんの手を掴んだまま、千反田家の塀を超えて見える山に視線をずらしました。

 

「今でこそ、土壌改良が進んで見えなくなってしまいましたが、昔はこの辺りは湿地帯によって南北で分かれていました。ちょうど《長久橋》がある辺りが沼で、そこから北が私達の村。南には別の村があっそうです。今は全部まとめて、神山市陣出ですが……。

ですが、北と南で水や自然を巡る派閥争いの様なものもあったも聞きます。ですので、私が先程言った通り、《長久橋》より下流に行くのは、人様の敷地に足を踏み入れるようで南の方達も北の方達も居心地が良くないのです」

「そんな事気にする人は今もいるのか?」

「いえ、ほんの少ししか。ですので南の《水梨神社》にあたる《酒押神社》に私が連絡をすれば、みなさんも気兼ねなく《長久橋》を南に超えるだろうと分かっていた為、南雲さんに伝言を頼んだのです」

「なるほどなぁ……」

 

 私はら今南雲さんに何を言いたいのでしょうか?千反田家の事を知ってもらいたい。そう思っているのだとしたら、この気持ちは?

 私はもう一つ聞きたかった事を南雲さんに聞きました。

 

「南雲さんは文理選択、どうするんですか?」

「ん、あぁ、理系だよ」

「何故ですか?」

「ま、社会科目が苦手で、理科科目が好きだからかなぁ……。特に生物。 」

「南雲さんらしいですね」

「そうか?自分らしさってのはわからないものだな」

 

 私は『ふふ』と笑い、言います。

 

「私も理系です。若しかしたら同じクラスになるかもしれませんね?」

「よしてくれ。クラスまで謎解きさせられたら、俺の精神が持たん」

「むー」

 

 私は南雲さんの手を未だに握ったまま、言葉を続けました。

 

「私は、千反田家の息女として、ある程度の役割は果たしたいと心から思っています。私は高校でそのための方法を考えていました。一つは、より商品価値の高い作物を他に先駆けて作ることで、みんなで豊かになる方法。二つ、経済的戦略眼を持つことで、生産効率をあげ、みんなで貧しくならない方法。私はどっちが向いてると思いますか?」

 

 南雲さんは考える素振りも見せることなく、即答で答えました。

 

「ま、前者だろうな」

「正解です。理由は、この前の文化祭です。私は、南雲さんや折木さんに迷惑をかけてばかりで……会社経営は全く向いていません」

 

 私は南雲さんの手を離し、大きく両腕を広げました。

 

「見てください。ここが私の居場所です。水と土しかありません。人々も段々と老いてきています。山々は整然と植林されていますが、商品価値としてはどうでしょう。私はここが美しいとは思いません、私は、ここに可能性があるとは思えません……。でも」

 

 私は、体全体が熱くなっていることに気づきました。両腕を元の位置に戻し、顔を伏せます。

 

「ここを、南雲さんに紹介したかったんです」

 

 

 私は、自分が抱いている気持ちに、やっと気付くことが出来たのかも知れません。

 

 バレンタイン。南雲さんが桜さんに告白されそうになった現場を見てしまった時に、胸が痛くなりました。咄嗟に南雲さんの腕を掴んでしまいました。

 その時は、私がどうしてそんなことをしたのか分かりません。ですが……今ならわかります。私は、南雲さんにこう言いたかったのです。

 

『南雲さんは福部さんに、商業の才能があると言われていましたよね?もしよろしければ、私の諦めた経済的戦略眼を私と共に手を取り合い、同じ道を歩いては頂けないでしょうか?』

 

 ですが、私は言うことは出来ませんでした。これが、摩耶花さんが福部さんに抱いていた気持ち。桜さんが南雲さんに抱いていた気持ちなのでしょう。

 すみません、桜さん。私は、桜さんの事を応援出来なくなってしまったのかも知れません。

 

 私は、顔を上げました。南雲さんはキョトンとした顔で私を見ていました。全く……ほんとに南雲さんは南雲さんですね。

 私は、その顔を見てから微笑み、こう言いました。

 

「そろそろ春ですね」

「あぁ、春だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京某所 とある病院。

 

 

 

 

 ────少女は病室の窓から見える夕焼けを眺めていた。

 

 

 

 

 ────少女は一人の少年の事を考えていた。

 

 

 

 

「詩ちゃん、おひさ!」

 

 病室のドアが開かれたと思ったら、雨ちゃんが来てくれた。

 私は微笑む。

 

「お兄ちゃんから連絡あった?」

 

 私は首を振る。

 

「そっか……また今度会いに行くからさ!なにか伝言ある?」

 

 もう一度私は首を振る。伝えたいことは、自分で伝えるから。

 

「……分かった。あっ!それでね、この前お兄ちゃんの高校に行った時に、詩ちゃんに凄く似てる人がいてね!千反田さんって言うんだけど、詩ちゃんと一緒で、凄く美人なんだ!!それと、折木先輩って言うぶっきらぼうだけど優しい人もいるの!その人は、結構お兄ちゃんに似てるかも!それと、福部先輩とか伊原さんとか……!!」

 

 折木くん、千反田さん、福部くん、伊原さん。みんな、彼の手紙でよく名前を聞く人達だ。

神山に行った彼の友達で、古典部。

 事件のせいでバラバラになっちゃったけど、東京のメンバーと一緒に神山に行くんだ。

それで、彼が真ん中にいて、神山の人達と一緒にみんなで笑い合いたい。

 

 雨ちゃんはいつもの楽しそうだ。大好きな彼に似てる。ずっと、太陽みたいに私を照らしてくれている。

 

 

 あなたに会いたいよ。……晴。

 

 

 

 ────少女はずっと待っていた。いつか再び笑い合える日を。

 

 

 

 ────少女はずっと待っていた。いつか再び触れ合える日を。

 

 

 

 ────少女はずっと待っていた。いつか再び自分の前に現れてくれることを……。

 

 

 私の……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────────探偵(ヒーロー)

 

 

 




はい!ということで《遠まわりする雛》終了です!!

古典部達の春夏秋冬を描いた短編集…いかがだったでしょうか?古典部達の一年間の心境の変化を感じて頂ければ、嬉しいです。

これからの執筆活動ですが、次の章は作者の《オリジナル長編》を展開していこうと思っております。(駄作の予感)
順番的には《オリジナル》→《ふたりの距離の概算》→《いまさら翼といわれても》を執筆予定です。それ以降のストーリーに関しては、原作も出ていないので晴の過去編などを執筆しようと思っております。

それでは、次章の予告編。どうぞ!







 


 《遠まわりする雛》でも描かれなかった古典部達の十二月の物語。

 古典部シリーズ第五弾、開幕。











 文化祭も終わり、二ヶ月の時が流れた。

 いつも通りの平和な日常を送っていた古典部に、新たなる謎が舞い降りる、



「夜の学校に侵入してる生徒がいるみたいだよ、僕らで捕まえないかい?」


 「「断る!!」」




 




 夜の学校に忍び込む、謎の生徒達《月夜の背教団》。




「目的は不明、未だ正体も掴めていない」


「これは俺らの手に負える問題じゃねぇだろ」


「うちは諦めへんで……!」




 古典部は事件解決の為に、神山高校で開催されるクリスマスパーティー《神高ホーリー・ナイト》に足を踏み入れる。




「努力が報われない気持ちが、お前にわかるのか!!!」


「覚悟もねぇくせに、カッコつけたことほざいてんじゃねぇよ。」


「私は、どうして《月夜の背教団》さん達がこんな事をするのか、理解できません!!」


「勝てないな……やっぱり……」







 そして、全ての真相が明らかになる時……少年達は何を思うのか。






「お前が、あいつらのリーダーだったんだな」


「ずっとあの場所にいたかった……!!」


「推理を始めよう」






 聖いなる夜を舞台に、今古典部の新たなる謎解きが幕を開ける!!







「知るか、自分(てめぇ)の価値は自分(てめぇ)で決めろ!!それを示すために俺達は歯ぁ食いしばって生きてんだろ!!!」
 


「あああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!」








 ────もしあなたが掴んだのが《絶望》だった時に……あなたはもう一度《希望》を探せますか?






「「チェックメイトだ。《月夜の背教団》」」






 
新シリーズ、《氷菓〜無色の探偵〜》


月光下アベンジャー



 coming soon!!




「メリークリスマス……南雲さん」


「あぁ、メリークリスマス」
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