氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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桜と晴のお話です。晴の過去がまた明らかに……!?

今回のお話は物語においてかなり鍵を握るものとなっています。





古典部達の休息 春の巻
遠まわりする雛後日談 桜舞う月夜に


 『桜と何かあったのか?』と最近聞かれるようになった。

 

 『何も無い』と答えるのもなんだか違う気がするし、『まぁ色々あった』と答えるとさらに返答の追求を余儀なくされる。

 

 大体聞いてくる奴らも俺が告白をされそうになった事を知っているわけであって、『何かあったのか?』と聞いてくるのが無神経なわけだ。

 実際バレンタインの一件から桜とは気まずい。

 ぎこちないまま神山高校一年を終えてしまい、この前の《生き雛まつり》でも特に会話はしなかった。

 

 だから……

 

 今こうして教室に二人きりでいる時は、なんとも気まずいのだ。

 

「……」

「……」

 

 しばらく無言の時間が続いたが、俺は自分腕時計を眺めた。そして、おもむろに言う。

 

「なぁ桜」

「は、はい!」

「あ〜、飯でも行くか?」

 

 桜は一度動揺した様子を見せるが、快く快諾してくれた。

 

 

 その後ファミレスで食事を楽しんだあと、本屋に置いてあったクイズの本であーでもないこーでもないと言い合い、バレンタイン前に奉太郎と里志とやったロボットゲームを二人でプレイした。

 

 桜はずっと笑っており、俺は何故か、その笑顔をずっと眺めていた。

 

 

 

 夕暮れ。夕焼けに照らされた住宅街を俺と桜は歩いているそして口を開く。

 

「いや〜、久々に一日遊んだぜ。楽しかったなぁ」

「うん、とっても……誘ってくれてありがとう。南雲くん!」

「ああ……なんか悪いな」

「え?」

「俺、バレンタインの時以来、お前との会話を避けてたわ。けどお前は俺の誘いを了承してくれて、あんなに楽しそうに笑ってくれた。もっとちゃんと話してれば良かったんだよな……」

「南雲くん……」

 

 桜は無言のまま俺を見つめていた。そして

 

「あのね……!!」

「……」

「南雲くん?」

 

 不意に空を眺めると、黒い煙が、夕焼けの大空の遥か彼方まで飛んでいた。俺はそれが何かを瞬時に判断し、全速力でその方向に向かって走る。

 

 

 

「…っ!!」

「南雲くん!?」

 

 桜も俺に続いて走ってくるが、俺はそれでも足を止めない。そして、その黒い煙が立っている源に、俺は辿り着いた。

 

 ゴォ!!という熱気が俺の体を包み込んだ。その源の周りには、数台の赤と白の車。消防車と救急車が止まっていた。

 

 家が、燃えていた。

 

 誰の家かも分からない。どんな人が住んでいたのかも分からない。

 

 けど……それは俺にとって……。

 

 頭の中に、記憶が蘇る。

 

 

 『逃げろ!!詩!!』

 

 『晴!!』

 

 『詩は!?詩はどうなった!?』

 

 『落ち着いて聞いて下さい。詩さんは……』

 

 『神山に来い、晴』

 

 『俺は……《無色》だ……!!』

 

 

 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……!!

 

 

「君たち!!なにしてる!!!早く安全な場所に下がりなさい!!」

 

 消火をしている消防士の声が聞こえる。俺に言ってるのか……?

 

 

 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……!!!

 

 

「南雲くん、危ないよ!!早く下がろう!!」

「南雲くん!!」

 

 桜が俺の両腕を掴み、無理矢理火から遠ざけようとしてくるが、俺は桜の腕を振り切る。

 

「南雲くん……?」

「行かなくちゃ……助けなくちゃ……」

 

 自分の目がどんどん虚ろになっていくのが分かる。自分がおかしくなっていくのも、分かってくる。

 

「え……?」

「手を貸してくれ桜!助けるんだ!!あのままじゃ中の人は……!!」

「……何言ってるの南雲くん!!そんなのダメだよ!!あんなに燃えてるのに、中に入ったら死んじゃうよ!!」

「……っ!!お前が行かないなら、俺だけでも行くぞ!!」

「南雲くん!!行っちゃダメだよ!!」

 

 燃え盛る家の中に駆け込もうとする俺を、桜は背中から俺に抱き着き制止させようとする。

 

 ドクンッ、ドクンッドクンッドクンッ!!

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……!!!!助けるんだ……、助けなくちゃ……!!」

「南雲くん!!やめてよ!!お願い!!どうしちゃったの……!止まってよ!!南雲くん!!」

「離せ桜!!中の人を見殺しにするつもりか!!?」

「消防士の人達がいるじゃん!!絶対に離さない!!南雲くんを、火の中になんて入れない!!」

 

 正気を失った俺に対して、桜の泣いている声が聞こえる。俺の背中に桜の涙が染みて、それが分かった。

 だんだん、息が荒くなる。

 

 

「南雲くん!!!南雲くん!!!」

 

 

 意識が遠のく。桜の声も聞こえなくなり……目の前が真っ暗になった。

 

 

 

「南雲くん!!!」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side 桜

 

 

 

「様子はどうだ?」

「はい、今は落ち着いたみたいで……ぐっすり寝ています。」

 

 私は、南雲くんの手を握りながら答えた。

 

「そうか……」

 

 私は今勘解由小路先輩の家の南雲くんの部屋にいた。

 火事を見て突然倒れた時は、近くに救急員の人が助けてくれた。どうやら過呼吸だったみたいだ。

 その後、タクシーで南雲くんを勘解由小路家に連れて帰った。

 火事が起こった家は、幸い怪我人も出ておらず、料理中の事故だったそうだ。南雲くんが家に駆け込もうとした時には、既に中に人はいなかった。けど……

 

 どうして……南雲くん。

 

「勘解由小路先輩、あの……」

「晴の事なら教えられない。私が他言できる内容じゃないからね」

 

 すぐに切られてしまった。

 

「私は、南雲くんの事を何も知らないんですよね……」

 

 それがたまらなく悔しかった。ずっと笑顔にしたいなんて……。どこの口が言えたものだ。火事の家に飛び込もうとする南雲くんを、私の言葉じゃ止められなかった。

 こんな時に何も出来ないのが……悔しくて……悔しくて……!

 

 勘解由小路先輩は私の肩に手を置く。

 

「桜。君が晴に特別な感情を抱いてるのは分かる。けど、今の晴は君の気持ちに答えられないんだ。君がどれだけ晴の事を想っていても……それは揺るがない」

「……」

「そろそろ帰んな。家の人も心配してるぞ」

「連絡したので大丈夫です。もう少し……もう少しだけ……、南雲くんの傍に居させてください」

「……分かった」

 

 そう言って勘解由小路先輩は部屋をあとにした。すると

 

「なんでもお見通しだなぁ。晴香には……」

「南雲くん?」

「よう。悪い、盗み聞きしてた」

 

 南雲君が目をぱっちりと開けており、私は自分の視線を南雲くんの手を握っている手に下ろした。体全体が熱くなり、そして……

 

「ななななななななななななななななな南雲くん!!?」

 

 パッと手を離した。盗み聞きしてた!?ってことは……勘解由小路先輩が私に言ったことも!?って、今更かぁ……。

 

「はは……いつもの桜だな。いつまでも落ち込んだ顔してんじゃねぇよ。それと、涙は拭けよ」

「え?涙……」

 

 自分の目の下を触ると、濡れていた。私はそれをゴシゴシと拭う。

 南雲くんは「うんしょ」と言いながらベットから立ち上がり、私をじっと見据えた。

 

「もう遅いから帰れよ。送るぜ」

「な、南雲くんが目を覚ましたなら帰るけど。いいよ、無理しなくても……!!」

「いいんだ……ちょっと外に出たい」

 

 そうして私達は外に出た。吹く夜風が涼しい。南雲くんはいつものマウンテンバイクではなく普通の自転車に乗り込み、荷台を指さした。

 私は荷台に跨ぐのではなく、腰を置く形で座った。少し躊躇ったあと、南雲くんの腰に手を回す。

 

 南雲くんは走っている間も何も言わず、私が指示する方向に向かって走った。そして……私の家の近くの公園で自転車を止めた。

 

「うわぁ……!」

「すげぇな……」

 

 いつもなら公園の片隅でささやかに咲いている桜が、《長久橋》の近くの桜のように狂い咲きをしていた。

 月光に照らされた桜は、光の反射で軽く青くなっている。

 

 自転車から降りた私達は、その狂い咲きした桜に歩み寄った。

 

「綺麗……」

「《長久橋》のも凄かったけど、ここのもすげぇな」

「南雲くんは、桜好き?」

「桜?あぁ、好きだぜ。」

「……っ!!」

 

 私は不意に自分の聞いた質問に顔を伏せた。南雲くんも自分の言った言葉の綾に気づき、すぐに訂正する。

 

「あぁ、いや、桜の花の話だよ!!あ、いや、桜も好きだけど桜も好きっていうかりいや、恋愛の意味じゃなくて友達って意味で、まぁ桜も桜が……あれ?俺なんて言おうとしてんだっけ……」

「ぷっ……あはははは!!南雲くん面白いね!!!」

「はは……」

「ねぇ、南雲くん」

「ん?」

 

今思えば、私はこの時、南雲くんに想いを伝えようとしていた。

バレンタインの時に出来なかった事を、ここで。

 

けれど、想いを伝えようとすると言葉が詰まってしまう。

今の私に、そんな資格はない。

 

「……んーん、なんでもない。送ってくれてありがとう。またクラス同じになれるといいね!またね!!」

 

 私は振り向き、公園の出口まで駆け足で向かった。南雲くんの方向は恥ずかしくて見れなかった。すると

 

 

「桜!!」

 

 

 私はその一言で足を止める。振り向いて、南雲くんの方向を見る。

 

 南雲くんも、少しだけ頬が赤くなっているのが見えた。そして、こう言った。

 

 

「俺さ、ちゃんと答えるから!!」

 

 

「え?」

「イエスかノーかは分からない。でも、俺の中にある気持ちが整理出来たら、お前の気持ちにもちゃんと答える。だから……」

 

 南雲くんは『すぅ』と息を吸って、声を大にしながら言った。

 

 

「だから、待っててくれるか?」

 

 

 

 

 

 

「……やーだよ」

「え?」

「だってさ、南雲くんは察してくれたみたいだけど、私、バレンタインの時にちゃんと言えなかったじゃん。それって、ずるっ子だよ」

「どういうことだ?」

 

 南雲くんは鈍感だ。

 私は公園の出口から南雲くんの目の前まで寄った。

 

 桜吹雪が舞い、私達を包む。

 

「だから、ちゃんと言う。私の気持ちを、南雲くんに!それを聞いてくれたら、待っててあげる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大好きです!南雲くん!ずっとずっと、私の隣にいてくれませんか?私の……恋人になってくれませんか?」

 

 

 

 

 

 私の言葉に南雲くんは照れ笑いを浮かべた。そして、私も笑った。

 

 

 

 

 

 待つよ、南雲くん。いつまでも待つ。

 

だって、私は南雲くんが、大好きだから。

 

 

 

 

 

 

 

 


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