氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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第二話 関係性

「月夜の背教団事件〜?」

 

 里志の言葉にいち早く眉を寄せたのは伊原だった。勿論俺と奉太郎もそれに続き怪訝な顔で里志を見る。

 しかし里志は動じない。たとえ俺らが興味を持たなくても、一定の人物が興味を示せば、俺達が動かざる負えないことを知っているからだ。

 

「《月夜の背教団》……。福部さん!!ぜひ聞かせてください!!私、気になります!」

 

 ほらみろ。

 

「まぁ聞きなよ」

「聞いてるよ」

「僕も今日の総務委員の定例会議で知ったんだけどね、《ホーリーナイト》以外に面白い話があったんだ。今月の十二月から夜の学校に侵入してる生徒達がいる」

 

 俺たちの里志に向ける視線は少し難しいものになった。

 夜の学校に侵入してる生徒……か。だが

 

「なんで総務委員はそれが生徒だって分かったの?考えたくはない話だけど、全くの部外者が侵入してるって可能性もあるじゃない」

 

 伊原が言う。最もな意見だ。しかし、里志がここまでいうからには、侵入した人間が生徒という確証を持っているのだろう。

 考えているうちに里志は口を開いた。

 

「発見したのは総務委員じゃなくて見回りをしている教員なんだけど、制服を着ていたそうだよ。ただ、生徒達って聞くと集団で行動しているように聞こえるけど、実際はそうじゃない。彼らは毎日一人ずつで行動してる。日によって見つけた生徒達の体格が違うから犯人が一人じゃないのは間違いないらしい」

「ってことは、まだその侵入した生徒達の人数も分かってないんだろ?」

 

 奉太郎が口を挟んだ。千反田は奉太郎の意見の意味を理解できないようで、誰にともなく聞いた。

 

「え?え?どうしてですか?十二月に入ってから犯人さん達は当番制で夜の学校に侵入してるって事ですよね?だとすれば、十二月に入ってから犯人さん達が目撃された回数が人数と比例するのでは?」

「ちーちゃん、それは確定出来ないよ。夜の学校の侵入した人達が一人じゃないって分かった理由は体格の違い、多分見回りの先生達は夜の学校っていう暗闇の中で生徒を見つけた。つまり顔は分かってないの。例えば体格が太ってる人、痩せてる人で判断してるとしたら犯人は二人の可能性もあるし、似た体格の人が犯人の中に複数いるかもしれないからね。私、折木と南雲を遠くから見ても分かんないし」

 

 伊原がこちらを見ながら言った。そうかよ。

 すると奉太郎が頷き、里志の方向を見ながら言った。

 

「そういう事だ。それで?それがどうした?」

 

 里志は『もう分かってるくせに』と言いたげな顔をしながら俺と奉太郎を交互に見る。

 奉太郎も苦い顔をし始め、多分俺も同じ顔になっている。

 

「いやぁね。《氷菓事件》、《女帝事件》、それに加えて《十文字事件》にて《十文字》を追い詰めた僕達にはこの学校で行われている不法行為を粛清する立場にあると思うんだけど、二人の意見を聞きたくてね。どうだい?今夜学校に忍び込んで……」

「「断る!!」」

 

 何を言ってるのだこいつは。

 お前が名付けた《月夜の背教団》ってのは無断で学校に忍び込んでる奴らの事を指しているのなら、夜の学校に忍び込んだ時点で俺達も見事に仲間入りだ。

 それに、なんでわざわざ俺達がそいつらを捕まえなきゃならない。

 

 里志は深く肩を落とした。そしてわざとらしく勢いよく顔を上げる。

 右手の拳を顔の目の前まで上げて、力を入れて震わせ、中腰になりながら言う。

 

「情けない!!実に情けないよ二人とも!!君達ならこの学校に潜む悪の組織を壊滅することの出来る力を持っていると言うのに、宝の持ち腐れもいいところさ……!!!」

 

 里志がいつも通りオーバーなリアクションを千反田に見せつけるようにやる。こいつ、千反田が動けば俺らも動くと思ってんのか?

 それになんだ悪の組織って。

 すると千反田が飛び上がるように立ち上がった。

 

「いけません!!いけません!!確かに《月夜の背教団》さん達は悪いことをしています!ですが、古典部部長としてあなた達を夜の学校に侵入させるような校則違反を見逃すわけにはいけません!!」

「へ?」

 

 里志の情けない声。

 

「いや、千反田さん!!謎だよ?事件だよ?彼らがどうやって見回りの教師陣を振り切ってるのか、どうして夜の学校に侵入しているのか、気にならないの!?」

「気になります!」

「そうだよね!それが千反田さんだ!!さすがは千反田える!ガブリエル!!」

「ですが駄目です。私も節度はわきまえています!」

「そんな!!」

 

 いけいけ千反田!!

 

「ま、摩耶花は?」

 

 里志は伊原の方向へ顔を向ける。

 

「ふくちゃん、ちーちゃんに悪い事をするような事を吹き込まないで」

 

 里志は全員から否定意見を受け、顔をクシャッと歪ませる。そして、今度は本当に肩を落とした。

 

「そんなぁ……」

「んじゃ、里志が来たところで帰るか」

 

 俺

 

「だな」

 

 奉太郎

 

「帰りましょ」

 

 伊原

 

「みなさんお疲れ様でした」

 

 千反田

 

「あぁ!ちょっと待ってよみんな!!」

 

 部室からゾロゾロ出る俺達の背中を、里志の情けない声が追いかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【十二月 十日 水曜日 八時十五分】

 

 

 

 

 朝の通学路でクラスメイトや部活仲間に出逢えば朝の挨拶を交わすというのは、世間一般では常識に属する。

 これは一種の社会通念を日々の学生生活と共に無意識に身に付けておくものであり、いわば手を洗ったり、歯を磨いたり、風呂に入ったり、食事をしたりなどと同じ狂う事の無い絶対的な領域にも属している。

 

 ただ、俺はやはり社会的な常識にかけている部分があるのか、特に親しくも無い人間に対し挨拶を交わして良いものなのかと、思ってしまうのだ。

 だから俺達は気付かないふりをする。気付かなければ挨拶をする必要もなければ、それ以前に言葉を交わす必要も無い。

 必要性が出てくるから人間は行動する、必要性がなければ行動はしない。これは人間の本質だ。ならば、挨拶を交わすのを躊躇うために知り合いを見て見ぬ振りをする俺は、人間の本能的な部分を上手く利用していると言っても過言ではないのではないか?

 

「ひねくれてるね」

「そうか?」

「ひねくれてるさ」

「お前がそう思うならそうなんだろ」

 

 通学途中商店街のアーケード下で里志と出会った俺は、その後俺の横を通りかかるクラスメイトを無視した俺に『挨拶はしないのかい?』と聞いてきたので、今の熱論を里志にかました。

 

「じゃぁお前は通りかかるクラスメイト全員に挨拶をするのか?」

「しないね。君の理論なら少しでも親睦のある人には挨拶をする必要性があるのかっていうものなら、僕は僕自身が興味を持った人間にしか親睦があるとは思ってない。つまり僕にとって興味のないクラスメイトは、今このアーケード下を歩いているような社会人や他の学校の生徒の様なものさ。一般人に挨拶をする必要はないからね」

 

 お前の方がひねくれてるだろ。

 

「ところで聞いたかい?」

「聞かないな」

「だろうね」

「早くいえ」

「天津さんが動き出した」

 

 天津木乃葉。今年の夏休み明けに転校してきた女子生徒。一年E組所属。自称《探偵》。

 《十文字事件》では探偵役の一人として動いていたらしいが、《夕べには骸に》を持っていなかったアイツは、《十文字》の正体に辿り着くことは出来なかった。

 

 ただ、奴は《カンヤ祭の歩き方》を使って《十文字事件》がクリスティーの《ABC殺人事件》を模倣している事を突き止め、《十文字》の犯行に協力した俺達の前に先月立ちはだかり、俺達を追い詰めた。

 その時に何故かライバル宣言をされたが、それ以降奴と関わったことはない。

 

「動き出したって……あれか?月夜の……」

「あぁ。仮にも自称《探偵》だからねぇ。事件には目がないのさ」

 

 事件好きの探偵とはこれまた物騒だな。

 だが、奴の探偵としての実力は俺達が一番知っている。

 

「ま、あいつが動くんだったら解決も近いだろ」

「……」

 

 里志はニヤケながらこちらを見てくる。傍から見れば気味の悪い笑顔だが、生憎俺はこの笑顔には慣れてしまった。俺は聞く。

 

「なんだよ」

「簡単な話さ。彼女は君らにライバル宣言をした。彼女の性格からして、君らが解決に動く事を望んでいるんじゃないかって思うんだけど?」

「はっ、《月夜の背教団事件》を使って俺らと推理対決ってことか?勘弁してくれ」

「それは彼女に直接言ったらいいさ」

 

 その後俺達はたわいない話を繰り広げ、神山高校に足を踏み入れた。朝練をする連中を横目に昇降口で上履きに履き替え、四階までの階段を登ろうとする……と。

 

 ガシャ……!

 

 ん?

 

 見ると、松葉付を付いている一人の男子生徒が階段でつまずいていた。里志はいち早くその男子生徒に駆け寄り、松葉付を拾う。

 

「やぁ、黄瀬(きせ)くん。大丈夫かい?」

 

 男子生徒は顔を上げ里志に気づき、『おう』と声を上げた。学象を見る限り、一年生だ。俺も黄瀬と呼ばれる男に近寄り、スクールバッグを持ち黄瀬に肩を貸す。

 四階まで登りきったところで、黄瀬は顔を上げ気前のいい顔で言った。

 

「悪いな、助かったぜ福部……それと……」

「南雲だ」

「ありがとな、南雲」

 

 黄瀬は振り返り、自分のクラスに松葉杖を付きながら歩いていった。俺は隣で微笑む里志に聞く。

 

「どういう変人なんだ?」

「失礼な。僕が変人としか縁がないなんて思わないでくれよ」

「名前まで知ってて、肩まで貸したんだ。お前が大好きな奇人変人の一人だろあいつも」

「違うさ。ただの同じクラスだよ。強いていえば、十二人いるサッカー部唯一のベンチ。文化祭前に行われた市大会とは別に行われるサッカー大会《秋の神山サッカー大会》の前の練習試合で足を骨折。結局今年のシーズンは一度も大会に出られず終わったらしいよ」

「ど、同情するな」

「ま、まだ二年あるさ」

 

 俺らも一年だしな。それに今の三年が引退し、次の一年生に特別上手いやつがいなければ、黄瀬のレギュラー入りは希望的なものに代わりつつあるだろう。

 

 軽く振り向くと、ピンク色のダッフルコートを着た桜が階段から登ってきていたので、俺は言った。

 

「よう。おはよう」

「南雲くん、おはよう。福部くんも」

「やぁ桜さん。おはよう」

 

 そう言って桜が行ってしまったあとに、里志が言った。

 

「桜さんは、挨拶をするほど特別仲のいい友達に入れるんだね」

 

「……まぁな。」

 

 ダッフルコートか。暖かそうだな、あれ。

 

 チャイムが鳴り、俺と里志はそれぞれの教室に駆け込んだ。

 





次回《The School of Night》


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