氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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 9評価 ホリョさん

 ありがとうございました!

 オリジナルの話ですので、問題提示で分からないことがあれば、活動報告または、感想欄にてお待ちしています。


第三話 The School of Night

 校則に反した事は今まであっただろうか。覚えてはいない。

 

 『校則は破るためにある』、とはよく聞く言い回しだが、事実この言葉を正当化し理に反するような行為をした人間を俺はこの目で見たことがない。

 そもそも生徒手帳を一回も開いたことのない俺は神山高校の校則など一つも知らないわけであって、興味もない。しかしそれは一種の言い訳に過ぎないのは重々承知である。『殺人罪や傷害罪を知らなかったから、人を殺しました。』なんてものは法廷じゃぁ通じない事が分からないようでは小学生もやっていけない。

 圧倒的な常識の前では『知らなかった』だけで事は通じない。無知は罪とはよく聞くが、これに関しては水が上に流れるようなもの。自然の摂理に反するのだ。

 

 なら俺は、俺達はこの場をどう切り抜けるべきだろうか。

 

 時は【十二月十日 水曜日 十九時四十五分】、()()()()()()()

 

 冬になると日が落ちるのが早い為、生徒の完全下校時刻は十八時半。

 

 俺の隣にいる福部里志と折木奉太郎も、顔色が怪訝なものに変わり、顔を伏せている。

 俺達の目の前にいるのは生徒指導部の男性教諭。担当科目は体育。……もちろん、怖いことで有名だ。

 

 これでわかったと思うが、俺達は完全下校を過ぎた時刻に学校で《あること》をしてしまい、こうして指導を受けているわけであるが、俺達が顔を伏せているのはそれだけが理由ではない。

 

 ()()()()()()()()()()。こんな事は。

 

 明らかにおかしい。一致する事の無い俺たち三人の心境は、珍しく同じだろう。

 

 だから俺達は、次に発せられる生徒指導部の教師の言葉の意味を理解するのに、時間がかかったんだ。

 

 

「古典部は二週間の活動禁止を命ずる」

 

 

 あぁそうだ。なぜこんなことになったんだ。あれは……一時間ほど前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生物の実験レポートの提出が明日に迫った、十二月十日 水曜日 十八時半。俺はレポート用紙を教室に置いて来たことを思い出し、奉太郎に電話をした。学校に向かうより、奉太郎の家の方が勘解由小路家から近いのだ。レポートのコピーを頼みたかった。

 明日の朝一でやればいいものではあるが、残念ながら生物の授業は一時間目なのだ。これはまずい。

 

 折木家への電話の内容は実に中身のないものだった。

 

『生物のレポートのコピーを頼みたい』

『わかった、今から来れるのか?』

『あぁ』

『あ……』

『どうした?』

『俺も忘れた』

『『……』』

 

 

 

 夜。十九時が近くなった所であるにも関わらず、冬の夜は闇に包まれていた。自転車のライトだけが辺りを照らし、商店街のアーケード下に入る十字路で奉太郎と合流。待ち合わせをしていた訳では無い。偶然だ。

 

「学校に入れるものなのかな?」

 

 俺の呟きに奉太郎は特にリアクションもせずに答えた。

 

「《月夜の背教団》のことか?」

 

 頷く。

 

「里志の話が本当なら、学校の警備はいつも以上に慎重になっているはずだが、事情を話せば入ることなど造作もないだろう」

 

 ごもっともで。人気のないアーケード下をくぐり抜け、目の前の交差点を突っ切り、道なりに進む。

 神山高校が見えてくるが、窓から見える光は一階の職員室のもののみ。今の学校に生徒が一人もいないことが分かる。まぁ完全下校がすぎている時点で、それは確かなものだ。

 

 いつもの駐輪場に自転車を止めようにも校門が開いていないので、校門の前に自転車を置き、奉太郎が校門に付いているチャイムに手を伸ばした。時だった。

 

「…こっちだよ…!」

 

 聞きなれた声。俺達は視線を声のする方へ向ける。そして溜息を付いた。女と見間違えても不思議ではない低い背丈、不敵なニヤケ顔、不審者と間違われても仕方の無いような黒いパーカーを羽織った福部里志が校門より少し離れた場所で俺達に手招きをしていたのだ。

 奉太郎と顔を見合わせ、俺達は里志の方向へ向かう。里志は何故か腰をかがませ中腰の様な姿勢を取り、まるでスパイ映画の主人公のようにつま先だけでこちらにも歩み寄ってくる。変人め。

 

「やぁ、奇遇だね」

 

 飄々とした声に奉太郎が返す。

 

「何をしている」

「分かってるくせに」

 

 大方、《月夜の背教団》の調査って言ったところか?奉太郎もそれは分かっているようで、里志をジト目で見ながら言った。

 

「なら正規の方法で入ればいい。何をコソコソと」

「甘いよ奉太郎。アリスの春期限定いちごタルトより甘い」

 

 何を真顔で言ってるんだこいつは。

 

「君達なら分かっているとは思うけど、僕は《月夜の背教団》の調査にここに参上したのさ。正規の方法で学校に入ったとして、調査が長引けば生徒指導部に怪しまれる。どこかに壊れたフェンスの入口みたいなのがないか探していたところだよ。ところで見てよこれ、今日学校帰りに買った黒いパーカー、さらにフードを被れば闇に溶け込める」

 

 そう言って里志はフードを自分の顔で隠すように被る。随分と用意周到だこと。

 

「ところで、こんな夜に二人は何をしていたんだい?まさか《月夜の背教団》の調査に!?」

 

 里志の声に抑揚が入る……が、俺はそれを即答で否定した。

 

「違う。生物のレポート用紙を取りに来た。俺らは正規の方法で入るからな」

「生物のレポート……?そんな、まさか!?」

「お前、まさか忘れてたわけじゃあるまいな?」

 

 奉太郎の言葉に里志の顔が引き攣る。こいつは……、こんな事をする暇があるならもう少し勉学に力を入れたらどうなんだ。

 んじゃ、そろそろ。

 

 俺と奉太郎が校門まで戻ろうとすると、里志は俺達の肩を片手ずつで掴んだ。

 

「まぁ待ちなよ。君達が正規の方法で学校に入れると思っているなら、それは愚行さ」

「なんだって?」

「言っただろう?《月夜の背教団》の件に関しては、総務委員が動いてる。総務委員を動かしてるのは田名辺先輩じゃない。間接的に辿れば教師陣だ。つまり《月夜の背教団》は学校の内部でもかなり問題視されてるこの状況で、君達を学校に入れさせてくれると思うかい?」

「試してみないとわからない」

 

 奉太郎の言葉に、里志は『やれやれ、まだ分からないのかね』と首をすくめる。この反応からして、こいつも一度は正規の方法で学校に入ろうとしたということか……そして、今ここにいるということは……。

 

「正解さ」

「まだなにもいってない」

 

 俺。

 

「君たちの考えてる事は手に取るようにわかる」

 

 里志はニヤリと笑った。

 

「どうだい?いくら君達がめんどくさがり屋だとしても、ここまで来たのに何もせずに帰るほど、バカじゃないでしょ?」

 

 奉太郎は一度溜息をつき、軽く自嘲気味に笑いながら言った。

 

「ふん。そうさ、ここまで来た。レポート用紙を取らずに帰れるものか」

「流石だね我が悪友。ハルはどうする?」

「奉太郎が行くなら俺の分も頼む」

「む?」

「なーんて、言えるかよ。……実際立ち会ってみれば、結構面白そうじゃねぇか。夜の学校に忍び込むなんてよ」

 

 俺はニヤリと笑った。多分、悪い顔だ。俺は確かにめんどくさがり屋だが、《省エネ主義》では無い。

 

「よしきた!こっちだよ二人とも、壁やらフェンスやらが壊れたイレギュラーな出入口があるかもしれない」

 

 愉快そうに走っていく里志の背中を、俺と奉太郎は追った。

 

 俺たち三人は学校の裏に回り、木で構成された蛇の道の様な道を通り、低いフェンスを挟んで野球部の部室の裏が見える場所にたどり着いた。

 勿論野球部はおらず、人気(ひとけ)もない。

 

 フェンスの高さは俺達の目線ほどで、難なくそれを乗り越え学校の敷地に侵入。敷地内に入るだけだとしたら、他にもルートはあるだろう。その後グラウンドを突っ切り校舎の俺達がいつも使っているグラウンド正面の昇降口前まで移動した。問題なのは、校舎内にどう入るかだ。勿論のことながら、昇降口のドアの鍵は閉められており、もう一つの昇降口も見るまでもないだろう。

 

 俺達は身をかがませ、出来るだけ目立たないように手招きをする里志を先頭に一列に歩く。

 里志の話では見回りの教師陣は四人。こんな情報どこで仕入れてんだ?

 

 黙って里志に付いていくと、いつの間にか校舎裏に到着していた。俺達は身をかがませ、校舎の壁に尻餅をついた状態で寄りかかる。位置的に今寄りかかっている校舎は、特別棟だろう。

 生物のレポート用紙があるのは、壁新聞部が部室として使っている生物講義室前の廊下。つまりここから侵入できれば、教師陣の見回りだけに注意し、レポートを取ることは造作でもない。

 

 俺は里志を見ると、奴はニヤリと笑い、親指で俺達のすぐ上にある特別棟一階の窓を指した。声を押し殺しながら里志は言う。

 

「ここの窓を事前に開けておいた。侵入するならここさ」

「随分と用意周到だな」

 

 奉太郎の呆れた声。

 

「抜かりはないよ」

 

 里志はゆっくりと腰を浮かせ、窓から中の様子を確認する。多分今里志が覗いている窓の中は教室ではなく廊下なのだろう。そして俺たちの方へ向き直り、首を振った。教師が見当たらなかったことを示唆している。つまり今特別棟にいる教師二人は二階と三階にいることが、分かるわけだ。

 里志は再びゆっくりと窓に手をかける。……が。

 

 ガタっ!!

 

 という鈍い音が鳴っただけで、窓は開かなかった。

 

「開かない……、やられたね。どうやら学校側は《月夜の背教団》を本当に警戒してるらしい。特別棟一階の端っこのこんな窓まで閉めるなんて」

 

 里志の悔しそうな声を聞いた途端に、俺は思わず声を荒らげながら言ってしまった。

 

「おい、どうするんだ?」

「静かにしなよ。しかし参ったなぁ……ここが閉められてるとなれば、他の窓が開いている可能性は絶望的だよ」

「……家庭科室ならどうだ?」

「それだよ、ホータロー!!それならまだ希望はある」

 

 奉太郎の言葉に里志はいち早く反応した。家庭科室?確かにあれも一階にあるが、なんでだ?

 

 俺の不思議そうな顔をみた里志は愉快そうに答えた。

 

「前にホータローには話したんだけど、うちの家庭科室の窓は基本的に閉められないんだ。仮に事故が起きた時なんかは、鍵が閉められてたら脱出に時間がかかるからね。生徒の安全を守るためさ。加えて、基本的に内側からのロックも鍵がなきゃ閉められないこの神高で、唯一内側からの手動ロックが施されているんだよ。そこならもしかしたら……」

「流石に鍵がかかった教室のドアを開けて、窓が開いているかは見回りの教師陣もチェックはしないだろう」

 

 奉太郎の言葉に俺と里志は頷き、再び身をかがめた状態で家庭科室の窓がある場所に向かう。廊下側の窓が校舎裏ということは、必然的に教室内の窓は校舎の真正面にあるのだ、仮に家庭科室の窓が開いていなかったら、かなりのハイリスクではあるが……。

 

 しかし……どうやって《月夜の背教団》は校舎に侵入した?犯行を行った初日なら若しかしたら窓の管理など見回りの教師陣はしてこなかったと考えられるが、教師陣に見つかり、学校側からもかなり問題視され、廊下に面している窓は、確定ではないが《全て閉められた》というのに。それ以降はどうやって?

 仮に今の俺達と同じ考えで、家庭科室から侵入しているのだとしたら、合点が行くのだが。里志の様に『基本的に家庭科室の窓は閉めない』等という無駄知識を持っている人間が、《月夜の背教団》にいるものなのか?

 

 気づくと俺達は特別棟一階、家庭科室の窓の前にいた。里志が窓に手をかけると。

 

 ガララ!!

 

 開いた。

 

「ビンゴ、ナイスだよホータロー」

「いいから早く行け。バレる前に生物講義室に寄って、とっとと退散するぞ」

 

 里志、奉太郎、俺の順番で家庭科室に侵入。

 

 勿論家庭科室には誰もおらず、静けさ特有の『キーン』とした音が耳を貫く。俺は家庭科室のドアに近づき、内側からロックが外れることを確認した。四角いレバーのようなものを降ろすスタンダードなタイプの開け方だ。今は鍵が閉まっていたので、今日は誰も家庭科室に侵入し、内側からロックを外した形跡はない。それとも。

 

「里志、この家庭科室、まさかとは思うが、外側からも手動でロックをかけられるわけじゃないよな?」

 

 奉太郎の質問に、里志は首振った。

 

「まさか。流石に外側からのロックは鍵がないとできないよ」

 

 確定だ。今日家庭科室の窓から侵入した生徒は、俺達が初めてというわけか。

 

 俺は言った。

 

「じゃぁそろそろ行こうぜ。たしか、家庭科室は出てすぐ右が階段だよな?そっから教師に注意しながら三階に登ろう」

「一人が捕まっても、他の二人を売らない同盟でもつくるかい?」

「ふん、そんなの作る必要も無いよ。……んじゃ、開けるぞ。」

 

 俺はレバーをしたに降ろした。ガチャり、という音と共に家庭科室のドアが開かれた、横開きのドアをゆっくりと開ける。顔の半分を出し、右、左と廊下をチェックしたところで、後ろにいる二人に合図をだす。

 

 俺が廊下から出ると、二人もそれに続いた。そして、里志はおもむろに言った。

 

「さぁて、行こうじゃないか。夜の学校の大冒険」

 

「あぁ、さっさと終わらせるか」

 

 俺達は、すぐ右の階段を登り始めた。




次回《活動禁止》


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