氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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第五話 入れ替わりし名作

 千反田から依頼を受けた翌日、俺こと南雲晴は考え事をしながら通学路を歩いていた。

 

 考え事というのは勿論千反田の依頼について。

 

 さて、どこから捜査するかな……。まずは部室だろうけどあの千反田が血眼になって手掛かりを探したってくらいだからもう地学講義室にはねぇよな。

 他に古典部にゆかりのある教室ってあるんだろうか。先輩とかいればいいんだが、あいにく古典部は俺たち一年の五人だけの構成。確か奉太郎の姉貴が元古典部だったらしいけど今はイスタンブールやらなんやらに行っててこちら側からは連絡が取れないっぽいし……弱ったなぁ……。

 

「南雲さん、おはようございます!」

 

 やっぱ糸魚川先生がなんか隠してるのか?だが隠す理由が見つからねぇな。

 

「南雲さん!」

 

 もう一回図書室行ってみっか?いや、本好きとしては図書室の司書にめんどくさい奴だと思われて嫌われたくないし……

 

「南雲さん!!」

 

 あっ!《神山高校五十年の歩み》、あれになんか書いてあったりするのか!?今日の放課後、千反田と奉太郎を誘って……

 

「わっ!!」

「うわぁ!!なんだ、おどかすなよ、千反田」

「南雲さんが呼んでるのに無視するんですもん……」

 

 千反田は頬を膨らませて答える。

 話しかけてきてたのか、全然気づかなかった……。

 

「なにかお悩み事ですか!?相談乗りますよ!」

 

 胸にポンと拳を乗せる千反田……、いやお前のお悩み事にお悩んでんだよ。

 

(晴〜)

 

 声が聞こえた。女子生徒の声だ。俺のことを名前で呼ぶ女子生徒……あいつしかいねぇ……ここで絡まれるわけには行かない……!

 

 進ませる足を早めようと足を動かそうとした……その瞬間……

 

「晴!!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」

 

 疾風の如く近寄ってきた《そいつ》は後ろから俺に抱きついてくる。俺はそれを振り払おうと体を何度も仰け反るが、こいつはお気に入りのものに噛み付いた犬の如く離れようとしない。

 

「おいっ!離れろバカっ!!」

「バカじゃないですぅ!!学年での成績はこれでもトップなんだからあんたより何倍も頭いいんですぅ!いつも私から逃げるように登校しやがって〜!!おっ……?」

 

 俺にしがみついてる馬鹿女は、俺とのやりとりをずっと見つめていた千反田に気づく。そして

 

「おっ!えるじゃん!おっひさ〜!」

 

 千反田は微笑み答える。

 

「おはようございます、勘解由小路(かでのこうじ)さん。」

「晴〜、お前一緒に登校なんてしちゃって〜。えると付き合ってんのか〜ほれほれ、おじさんに言ってみな〜!」

「バカ言ってんじゃねぇバカ。たまたまそこで会ったんだよバカ」

「こんな短い間で三回もバカっていう!?」

 

 このやり取りも聞いていたのか、千反田は「フフっ」と笑い口を開く。

 

「お二人はお知り合いなんですか?」

「え?晴、()()()()言ってないの?」

「言ってないし、言う必要もねぇだろ……」

 

 肩に置かれた手を払いながら言う。

 

「うわぁ、可愛くない嫌なガキ」

 

 こいつの名は三年B組所属、勘解由小路晴香(かでのこうじはるか)

 神山の名家、《桁上がりの四名家》に対抗出来るといわれる、畜産の勘解由小路家の息女だ。(里志談)

 こいつとは()()縁があるが、それだけさ。

 

 明るい茶髪は頭の右側で結ばれおり、それを前に垂らす。

 千反田程ではないが大きな目、長いまつ毛、見た目だけで見れば可愛い部類だ。

 

「聞いた〜える〜?こいつ私との関係を二人だけのひ・み・つにしたいんだって」

「お前ぶっ飛ばすぞ」

 

 俺はどうもこいつが苦手だ。()()()()から俺の事をからかってくる。

 

「ところで逆に二人はどういう知り合いなんだ?」

「古典部だよ古典部、俺が入った部活」

「えーーー!!!あんた、書道部に入ってくれるんじゃないの!?」

「誰がそんなことを言った、誰が。お前と同じ部活なんてアルマゲドンが降ってきても嫌だね」

「そんなこと言わずに仮入部こいよ〜、兼部でもいいからさ〜。そうだ!える!」

 

 晴香は千反田を指さしながら言った。

 

「お前は今、私と晴の関係が気になっているな!!?今日こいつと一緒に書道部の仮入部に来たら教えてやる!」

 

「何をバカな事を……付き合うな千反田。俺達は調べることが……」

 

 千反田の目が光る。こいつは……。

 瞳孔が開き、いつにも増して目が大きくなる。

 

「気になります……!」

 

「勘解由小路さんと南雲さんの関係が私……気になります!」

 

 晴香は「やりぃ」という風に指をパチンと鳴らし、俺をニヤニヤしながら見る。

 この野郎、千反田の性格知ってやがったな……。

 

 はぁ……こうなったら仕方ない……。

 

「分かった、今日だけだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、特別棟三階。俺と千反田は古典部の連中に少し遅れるとだけ伝えて、階段のすぐ隣に位置する《書道室》に俺と千反田は足を運んだ。特別棟には文化部の部室が全て置かれており、放課後も賑やかだ。

 と言っても、古典部の部室の周りだけはいつも静寂だけどな。

 

「お、晴、える。来たか!」

「おう、来てやったぜ。他の部員は?」

 

 何枚かの半紙を持った晴香は書道室の鍵を差し込み、ドアを開けながら口を開いた。

 

「今日は活動日じゃないからな、みんな帰ったと思うよ」

「その半紙は何ですか?」

「これは、新人コンクールにエントリーする一年が書いたものさ。この中から私たち三年で一枚選んで、コンクールに提出する。今日を締切にしてたから一年達が教室まで飛んできたよ。」

「ほう、案外仕事してんだな《書道部部長》」

「私をなんだと思ってたんだ。入れ、筆やら墨やらはこっちで用意してあるぞ」

 

 俺と千反田は書道室に足を踏み入れる。まず入ってきた情報は匂いだ。

 書道はてんで初心者だから詳しいことはよくわからんが、墨の匂いが俺の鼻に押し寄せた。次に入ってきた情報は視覚。

 

 《神山》と力強く書かれている半紙が入った額縁が約五十個程飾られている。

 

「これはなんですか?」

 

 千反田が不思議そうに呟く。

 

「これは歴代部長が残していくものさ。卒業式の後、幹部引き継ぎと同時にその代の部長が三年間の想いを筆に載せ、《神山》って執筆する。まっ、簡単に言うと《神山高校書道部流》の締めって言ったところかな」

「そうなんですね!私は書道はよく分かりませんが、この字達からは力強さ、そして美しさを感じます!」

 

 確かに……。三年間の想いを筆に載せ……か。

 

「あれれ?」

「ん?どうした?」

 

 俺たちと一緒に額縁を眺めていた晴香が首をかしげる。

 

「んにゃ、この額縁に入ってる半紙達は一代目から去年の部長の四十七代目まで順番に飾られてるんだよ」

 

 そう聞くとそうっぽいな。昔の、特に一代目のなんて額縁に入っているにも関わらず少し黄ばんできている。

 本が黄ばんだ場合は大体カッターで削ることも出来るが、半紙はそういうわけにも行かないしな。

 

「それがどうした」

 

 晴香は口を進ませる。

 

「けど、二十代目と三十五代目の場所が入れ替わってる…」

 

 入れ替わっている?俺は二十代目と三十五代目を眺めるが、どうも分からん。そもそも半紙には《神山》という字と名前しか書かれておらず、何代目かとは書いてないだろ。

 

「気のせいなんじゃないですか?」

「そんなはずないよ!私は入部してから三年間、ずっとこの字たちを見てきたんだ、気のせいなんてありえない。おかしいな……昨日は入れ替わってなかったのに。」

「どうやって入れ替わったんでしょうか?南雲さん?」

 

 いつ間にか千反田俺の横にピタリと止まっていた。俺は口を開く。

 

「い、いや知らないけど……額縁が勝手に動いたんじゃないか?ほらアメリカのアニメーション映画でも、おもちゃやらなんやらが動く奴があるだろ?」

「そんなの非科学的です!」

「この世にはなぁ、科学じゃ解明できないことだって沢山あるんだよ…」

「南雲さん!」

「嫌だ、聞きたくない!!!」

 

 俺は本能的に耳を塞ぐ……これを聞いたらやばい……!すると、千反田が耳を塞ぐ俺にグイッと近寄り、声を発した。

 

「私……気になります!」

 

 気になります、気になります、気になります。

 

 小人程の千反田が俺が耳を塞ぐ手をどかそうとするイメージが流れる。もう魔法やん……その言葉……。

 

「はぁ、少し考えてみるか」

「なんだ?解決してくれるのか《入れ替わりし名作事件》」

 

 入れ替わりし名作事件?こいつは里志か……、それらしい名前つけやがって。俺は考えてみる事にした。

 

 まずは、なぜ作品が入れ替わったか。

 

 その一、何者かが入れ替えた。事故か、故意的にかそれは分からんがな。

 

 その二、晴香の見間違い。まぁこの説は低いな。

 

 まぁ結果的に《誰かが入れ替えた》と考えるのが妥当であり、それ以外の方法はないだろう。

 

「誰かが入れ替えた。その誰かを以下Aとしよう。Aは作品を入れ替えた。事故か故意的にか……。晴香、昨日は入れ替わってなかったと言ったよな……昨日書道室の鍵を閉めたのはお前なのか?」

 

 晴香は軽く首を振り答える。

 

「ううん。言ったよね、新人コンクールに提出する作品を決める選考会が明日なんだ。昨日は一年生たちが遅くまで活動をしてたから、戸締りは彼らに任せたよ。私が帰ったのは五時半くらいかな」

「なるほど、つまり犯行が行われたのは晴香が帰ってからの五時半から次の日の朝のホームルームまでか。流石に日中は学校があるから犯行は行えないしな。そして犯人のAは書道部の一年の可能性が高いと……」

「けど、動機が分かりませんね。なんの為に作品を入れ替えたんでしょう」

 

 最もな質問だ。例えば新人コンクール用の作品を書くために二十代目の作品を参考にしたいとAが思ったとしよう。そうした場合、自分の席の近くにあった三十五代目の作品と二十代目の作品を入れ替え、見やすくしたとか……。いや、それは手間だ。

 だったら自分が二十代目の作品が見える場所に動けばいいし、二十代目を取り外して自分の席の近くに置くだけで、別に三十五代目と場所を入れ替える必要は無い。

 

「手がかりが少なすぎる、視点を変えよう。晴香、二十代目と三十五代目の作品に共通する事とかないか?」

「そうだねぇ……共通することかぁ。あっ!」

「なんだ?」

「どっちも名作。二十代目と三十五代目はどうやら、ご先祖さまが書家だったって聞いたことあるよ。だからこの二人の作品は他の部長の作品よりずば抜けて上手い」

 

 俺は二つの作品を眺める。

 うん、分からん。失礼なこと言うようだが、書道ってミミズみたいな字の方が上手いって言われがちだよな。初心者には上手い奴の違いはよくわからない。

 どちらもご先祖さまが書家か……才能があったんだろうな。

 俺はふと、晴香が未だに持っている一年の作品を見る。

 

「随分多いな。書道部って結構一年入ったんだな」

「ん?いや、十人前後だよ。()()()()()()だからね。多く見えるんだよ。」

 

 一人、二枚。なんだ……なんか引っかかるぞ。

 

「千反田、二十代目の作品を取り外して持ってきてくれ。俺は三十五代目を取る」

「はい!」

 

 俺は作品を傷つけないように、そっと二十代目の場所に飾られている三十五代目の作品を取り外す。

 千反田も両手でしっかりと作品を抱え、俺の方へ近寄ってくる。

 

 俺は近くにあった新聞紙をクッションとなるように数枚重ねて机に置き、二つの作品を眺める。

 そしてそれと同時に晴香が持っている一年の作品を見つめる。コンクールに出す作品も《神山》って書くんだな。神山で始まり、神山で終わるってわけか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺は二十代目の作品をなぞるように額縁の上から触れる。すると……

 

 ザラっ

 

「ん?」

「晴?」

「南雲さん?」

 

 次は三十五代目の作品をガラスの上からなぞる。

 

 ザラっ

 

 俺は触れた自分の人差し指を眺める。うっすらと黒く染まっていた。これは… ……乾いた墨?

 

 刹那、今までの会話と予測が俺の脳内を駆け巡る。

 

 

『戸締りは彼らに任せたよ』

『一人二枚提出なんだ』

『二十代目と三十五代目は名作だよ』

『三年間の想いを筆に乗せて……』

『神山で始まり、神山で終わる』

『初心者には上手いやつの違いはよくわからない』

『一年の頃と卒業間際じゃ天と地の差だろうな』

 

 

「あぁ、なるほどな……」

 

 俺の唐突な呟きに千反田と晴香はこれまで以上に目を輝かせた。

 

「本当ですか!?教えてください南雲さん!!」

「まて、千反田。大体は分かったが、まだ確定はできん。晴香……一年の奴らはこの並び順が一代目からの順番ってのは知ってんのか?」

「一代目から順番ってのは知ってると思うよ。けど、誰が何代目かってのは知らないと思う。それがどうかした?」

「いや……、晴香、なんでもいい、半紙を一枚用意してくれ。」

「了解!名探偵!」

 

 俺は晴香から綺麗な半紙を一枚受け取ると、口を開く。

 

「順番に説明しよう。この事件……、なんだ、《入れ替わりし名作事件》は、Aによって故意的であり、事故的に行われたものだ。」

 

 二人はゴクリと生唾を飲む。

 

「新人コンクールの選考会に提出する作品の締切は今日まで、つまり昨日一年は血眼になりながら作品を作ろうと頑張ってたはずだよな。コンクールの提出作品に選ばれようとな。Aもその一人さ。だが所詮は一年、書道部に入ってから一ヶ月ちょいじゃ、新人コンクールの作品に選ばれようが書道界から見れば()()()()()()()()()()()

「だがAはどうしても選ばれたかったんだろうな。だから真似をした、書家であり、三年間書道部で活動した、あの二つの名作を。三年間の想いが乗った、魂が乗った作品をAは穢した」

 

 千反田は首を傾げる。

 

「真似をした?Aさんは二十代目さんと三十五代目さんの作品を見ながら書いたって事ですか?それのどこが……」

「見真似するってのは悪いことじゃないぜ、技術を奪うってのは文化系でも体育系でも正統な手段さ。けど、()()()()()()()()()()()()()

 

 俺は左手の人差し指を彼女らに見せる。乾いた墨が付着した手を。そして言葉を続ける。

 

「今さっき二十代目と三十五代目の作品に触れた時に付いたものさ。ちょうど字の上で、同じ黒色だから見ただけじゃ気づかなかったがな。これは乾いた墨だ。そして」

 

 俺は二十代目の作品の上に半紙を置く。そしてそれをそっと持ち上げ、二人に見せる。

 

「これは……!」

「そういう事だったのか……!!」

 

 しっかりと見えていたのだ。半紙から透ける、二十代目の名作が。

 

「普通は半紙の下に下敷き……毛氈(もうせん)だったか?それを引くのが書道では基本的だ。だが、引いてしまっては二十代目と三十五代目の字は見えなくなってしまう。だから墨は、額縁のガラス部分に付着した。だけどAにとってこれは問題じゃない。ガラスに付着していた墨は、書かれている作品と同化して、遠目からじゃ気付かれないからな」

 

 俺は唇を一度舐め、講釈を続けた。

 

「Aは他の一年が帰った事を見計らい、二十代目と三十五代目の作品を取り外した。そしてそれらの作品の上に半紙を置きその上から作品をなぞった。その後元の場所に戻した……はずだったんだろうな。だが結局、二十代目と三十五代目の場所を間違えるという二分の一の初歩的なミスを犯した。嘘だと思うなら確かめてみろよ、晴香」

「きっとその二十枚弱の一年の作品の中に二十代目と三十五代目の作品にピッタリと合うやつがあるはずだぜ」

 

 心当たりがあったのか、晴香は二枚の半紙を二十枚の束から取り出し、二十代目と三十五代目の作品に重ねる。

 やっぱりか……。

 

「ピッタリ……ですね……」

 

 千反田はその言葉を言うのに躊躇ったような気がした。当たり前であろう。書道という由緒正しい日本の伝統文化である部活動に、いわゆる《ズル》をした人間がいるのだ。《一年B組新村千聖(にいむらちさと)》。同じクラスだ。

 晴香が口を開く。

 

「なんか変だとは思ってたよ……。千聖の筆跡がいつもとは違ったんだ。もしかしてとも思った。けど信じたくなかった……、あいつは一年の中でも誰よりも頑張ってた……でも……」

 

 結果が出なかった……か。俺にはそういう経験はないが、辛いものだろうな。努力が実らないというのは……そしてその気持ちが、《黒》に染まった。

 

「なんでだろうなぁ……。こんなことしても意味無いのに、どうして……」

 

 晴香の悔しそうな声が聞こえてくる。泣いているのかもしれない。それは分からない。晴香はこちらに顔を向けようとはしない。

 

「ありがとう晴。心のモヤが晴れたよ。」

「新村はどうするつもりだ」

「千聖の作品は選考会から外す、私が個人的に注意しとくよ…彼女が責められるのは私も辛い」

「そうか……」

「ごめんね、える、晴。仮入部はここまでだ…また今度機会があったら来なよ」

「あぁ……古典部に戻ろうぜ千反田」

「えっ……はい」

 

 俺達は書道室をあとにし、四階までの階段を登った。そこから廊下をまっすぐ、神高の最辺境、地学講義室前に到着。扉の向こう側からは、奉太郎達の話し声が聞こえる。

 俺が扉を開こうとした、その時だった。

 

「あれで、良かったんでしょうか」

「……」

「事件の真相を知らなかった方が、勘解由小路さんも新村さんも幸せになれたのでは?」

「……それは無いな」

「何故ですか!?」

「仮に千反田が新村だったとしよう。そして俺がさっきの事件を解決しなかった。そうすればあの作品は確実に新人コンクールに提出される。そうなった場合他の書道部の一年達はお前にこういうだろう」

「悔しいな、けど千反田さんの作品は凄かったよ。おめでとう」

 

 千反田はハッと何かを察したような顔をしたあと、俯く。

 

「そう言われて、お前は嬉しいか?」

「嬉しく…ありません」

 

「人は過ちを犯す。だがいずれきっと後悔する。なぜあの時ああしてしまったのだろう、とな。一時の幸せだけが全てとは、俺は思わない」

 

 千反田は未だに顔を俯かせる。こいつがここまで気負う義理はないだろう。だがそれが、千反田えるという人間なのかもしれない。

 そして俺はニヤっと笑い、言った。

 

「大丈夫さ。きっと新村はもうあんなことはしない。晴香がちゃんと伝えれば、きっとな」

「南雲さん……あら?」

「……あん?」

 

 千反田の呟きに、俺はふと下を見る。そこに見えたのは半開きになった地学講義室のドア。そこから覗く六つの目。

 

「お前ら、何してんだ?」

 

 俺の声と同時にドアが勢いよく開く。

 

「いやぁ!!なんかシリアスな雰囲気だったから話しかけずらくて……ねぇ、摩耶花」

「そ、そうそう。折木が変なこと言うからよ!」

「声がすると言ったのは俺だが、覗きをしようと言ったのは里志だぞ」

 

 なんとも醜い責任の押し付け合いだな。

 

「フフっ」

 

 まぁ、千反田が笑ってくれたし、これでいいか。

 

 数ヶ月後、新村がある書道のコンクールで最優秀賞を取ったと晴香から聞いた。

 

 それが新村の実力なのか、再び誰かの力を借りたのかは分からない。だが……

 

 俺に報告する晴香の顔が、笑っていたことは覚えている。




文集の在り処を掴んだ俺たちは生物講義室へ。

だが、生物講義室にいた少年はあるはずの文集をないと言い張った。

次回《伝統ある文集への道》

南雲晴、悪いとは思ってますよ。
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