氷菓 〜無色の探偵〜   作:そーめん

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第六話 こだわらない勝敗

 【十二月十一日 金曜日 八時十五分 】

 

 

 朝は頭を働かせる気にはならない。

 奉太郎を崇めている訳では無いが、朝から無駄に頭を働かせて必要以上のエネルギーを消費する事は愚かだ。

 だが今俺の横を通り過ぎて行った同じ神高の生徒達は無駄に大きな声を張り上げながら元気よく登校していくのだ。本来高校生のあるべき姿がああいうものだとすれば、俺はやはり一般からは外れた人間なのかもしれない。

 

 次に俺の横を通り過ぎたのは神高の生徒で組まれたカップルだ。朝から見せつけるように登校するのも、一部の輩から見ればご迷惑な話だ。

 

「南雲さん。おはようございます」

 

 突如合流した道から現れたのは、黒くて長い髪の少女。女にしては高い背丈で、美形というには事足りる顔立ちだろう。

 

「うっす。千反田」

 

 千反田は俺の横に並んで歩き始めた。『朝から見せつけるように登校するのも、一部の輩から見ればご迷惑な話だ』と言った矢先にこれか。

 俺と千反田は別に恋愛関係にある訳では無いので、特に気にすることもないだろう。

 

「なにか分かりましたか?」

 

 千反田は曇った表情で俺に聞く。

 

「なにも。まずは侵入ルートから考えないとな。まぁ……こじつけだがいくつかのルートなら思いついている」

「それは!?」

「一つ。二階からの侵入。俺達が学校に侵入した時に特別棟、普通棟含め()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だが……二階ならどうだろうか?二階の窓が閉められているのかはまだ確認出来てないからな」

「例えば、校舎の壁に沿って設置されている排水管なんかを使ってよじ登る。どうだ?千反田嬢」

 

 千反田は歩きながら下を向いた。むむ……

 

「その方法は私は違うと思います」

「ほう?その心は?」

「勘です」

「勘ねぇ……」

 

 だがこいつには、直感的に何かを感じ取る才がある。馬鹿にはできん。

 まぁ、仮に二階から侵入したとしたら、脱出ルートも二階じゃなくちゃならない。俺達がメンバーを見失ったのは一階だ。二階から侵入という筋はないだろう。

 

 いつの間にか学校に到着した俺達は、体育館から出てくる生徒達に視線を向けた。基本的に出てくるのは男女のペア。《ホーリーナイト》の社交ダンスに向けての練習会が社交ダンス部によって《ホーリーナイト》までの期間の朝と放課後に開催されているらしい。

 つまり今出てくる連中は《ホーリーナイト》の社交ダンスに参加する男女ペアという訳だ。

 もちろん。待っていれば見覚えのあるペアが出てきた。

 

 男の方。福部里志はげっそりとした顔付きで体育館から出てくる。

 一方女の方。伊原摩耶花は実に満足気な顔だ。

 

「おはようございます。摩耶花さん。福部さん。社交ダンスの練習会、お疲れ様です」

「よう」

「や、やぁハル。千反田さん。君達もどうだい?もう高校生なら、社交ダンスという大人の遊びを身につけておくのもありだとは思うけど?」

 

 嫌々やってる奴が何をほざいてるんだ。

 

「南雲、あんたまだ誘われてないの?」

「あ?桜が俺を社交ダンスに誘おうとしてるって話か?まだだねぇ、そもそもその話が本当かも怪しいけどな」

「あんたねぇ……」

 

 別に桜が俺を誘おうとしているとしても、別に直接桜に言われた訳でもない。こちらから誘う義理も特にはない。勘違いして欲しくないのが、これは決して冷酷な意味ではないのだ。

 桜が俺を誘おうとして困惑しているのを、笑いながら見ていたい訳では無い。

 

「よう!古典部!あ、今は違ったっけ?」

 

 煽るような声質が、俺たち四人の耳に情報を与えた。俺は顔を半分だけ振り向かせる。

 そこに立っていたのは

 

「陸山会長?」

「久しぶりだな。南雲。文化祭以来か?」

「えぇ、あの時はお世話になりました」

「こちらこそ。それより……お前ら放課後は空いてるか?」

「部活がないんで、空いてますね」

「自虐ネタか?そりゃ笑えない」

 

 陸山はふざけた笑から真剣な顔に変化し、俺たちにしか聞こえないような小さな声でそっと呟いた。

 

「《不法侵入の一件》について話がある。古典部全員で生徒会室に来てくれ」

「むむ!!」

 

 いち早く反応したのは里志だった。『これは面白くなりそうだ』と呟いたのは、陸山が俺達の前から消えて頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【十二月十一日 金曜日 十一時半】

 

「つーわけで、今日の放課後残ってくれよ」

「予定がないから構わんが、陸山が一体俺達になんの用があるんだ?」

「さぁな」

 

 三時間目の体育、選択科目のサッカーを取っていた俺と奉太郎は、数日後に控えたリフティングの練習に励んでいた。

 テストのノルマは十五回。俺の最新記録は十回。奉太郎も同じくして十回。

 

 体育の授業のサッカーは基本四人一組のチームで構成されており、今では隣の二分割されたグラウンドで俺達とは別のチームの奴らが試合をしている。

 

「それより、ハル」

「ん?」

「忘れているとは思わんが、今日は金曜日だ。《月夜の背教団》が学校に侵入する日だ」

「分かってるよ。それがなんだ?」

「分からないのか?一昨日《月夜の背教団》は俺達と遭遇した時に片足で廊下の床を蹴っていた。音を出して俺達を挑発していたんだ。つまり、《月夜の背教団》は見回りの教師陣の前にわざと現れる。《月夜の背教団》が今日見つかれば、俺達の冤罪も晴れるんじゃないか?」

 

 なるほど。だが……

 

「でも、まず最初に疑われるのはまた俺達だろうな」

「違いない」

 

 《月夜の背教団》が今日の夜見つかれば、例えそいつが逃げきれたとしても真っ先に教師陣に疑われるのは俺たちであろう。

 反省もせずに再び学校に潜り込んだと疑われるに違いない。

 

 だとしたら今日の夜には俺達が家にいるという証拠を作らなければならない。出来るだけリビングで過ごし、家族の目に触れるというのが一番だろう。

 奉太郎が口を開いた。

 

「陸山はかなり頭が回る人材だと俺は思う。なにかアテがあるんじゃないか?」

「だったら嬉しい。でも、こんだけ考えてんのに侵入ルートも分からないってのは、なんだか悔しくないか?」

「そうか?」

 

 基本奉太郎とは話が合うのだが、やはりこいつは根っからの《省エネ》。自分が分からなくても、他の人間にわかればそれでいいと言うのだ。

 

「よう。そろそろ俺達のチームの番だぞ。南雲、折木」

 

 俺達に話しかけてきた同じクラスの男。名を《朱宮優斗(しゅみやゆうと)》。清潔感溢れる単発に、俺たちより少し高い背丈の《サッカー部》であり体育では同じチームに所属している。

 隣には同じクラスであり、同じチームの阿澄(あずみ)も立っている。

 

 俺たち四人は試合が終わったコートに向かう途中、俺は朱宮にふとある話題を振った。

 

「サッカー部も大変だな。確か、文化祭前にD組の黄瀬って奴が骨折したんだろ?大丈夫なのか?」

 

 黄瀬、黄瀬隼人。俺達が学校に侵入した一昨日の朝に、松葉杖を付きながら階段を登ろうとしていたのを里志と助けた思い出のある生徒だ。

 確か、《秋の神山サッカー大会》前の夏休みに行われた練習試合にて骨折をしてしまい、今シーズンは一度も試合に出れなかったと聞いた。

 朱宮は答える。

 

「まぁな。《秋の神山サッカー大会》で黄瀬はようやくレギュラー入りを果たしたってのに、不憫な話さ」

「レギュラー入り?里志、友達からは黄瀬は十二人いるサッカー部の唯一のベンチって事は聞いていたが」

「あぁ、まぁ理由があってな。《秋の神山サッカー大会》では一時的にスターティングメンバーに選ばれたんだ。……それより!南雲、折木、阿澄、この試合、勝ちたいか!?」

 

 朱宮の声は突然明るいものに変わり、ニヤリと笑いながら俺達に聞いてきた。俺達三人は黙って頷く。

 

「よっしゃ、今から作戦を教えてやる」

 

 

 

 

 

 

 俺たち四人はそれぞれいつも通りのポジションに付く。

 

 FW南雲、MF朱宮、DF折木、GK阿澄。

 

 いつも通りの作戦なら、朱宮が相手チームからボールを奪い取り、基本的にゴールまでボールを運んでくれる。

 そうなった場合は朱宮にマークが行く為、普段から目立たない俺はノーマーク。朱宮のパスをダイレクトシュートに持ち込むというのが作戦だが。

 

「な、南雲くん、頑張ってね!!」

 

 桜と倉沢がこちらに向かって手を振ってきたので、取り敢えず手を振り返す。自分の頬を両手で叩き

 

 

 ピーーー!!!

 

 

 ホイッスルと同時に俺は朱宮にボールを渡す。

 

 朱宮は難なく相手のFWを交わし、センターラインより少し相手のゴール側の場所まで来た。

 

「南雲!!」

 

 俺はパスを受け取り、ドリブルで更に進む。

 目の前に立ち塞がったのは相手のチームのMF。俺は朱宮から教わった、フェイントを試すべく右、左と相手のMFを惑わすが

 

「ふん!甘い!!」

「くっ……」

 

 ボールを取られ、前まで攻めあがっていた相手のFWにボールを回されてしまった。しかし

 

「カバー入るぜ、折木!!」

 

 奉太郎と、いち早くボールを取られたことに反応した朱宮が下がり、相手のFWに二人でかかる。

 

「おら!!」

「ちっ!!」

 

 激しいチャージ、しかし素人に負けるサッカー部では無い。朱宮はFWからボールを奪い取り、俺にパスを回すと同時に前まで上がる。

 俺と同じ位置に移動するまでに、時間はかからなかった。

 

 ボールを受け取った俺の前に立ち塞がったのは、先程俺からボールを奪い取った相手チームのMF。俺は再びフェイントを試すべく、右、左と移動する。

 

「何度やっても同じだよ!!南雲!!」

「生憎、同じ手は使わない主義なんで……ね!!」

 

 俺はかかとを使ってバックパス。そしてそれを受け取ったのは。

 

「悪いな……」

 

 そう言って呆気に取られた相手チームのMFを、D()F()()()()()は交わした。

 

「なに!?」

「一斉攻撃だ!!」

「カウンターを仕掛けられたら終わるぞ!!」

 

 ギャラリーからの驚きの声。そして、俺、奉太郎、朱宮は 三人は一斉に上がる。

 相手チームのDFも、流石に三人の攻撃はかわせない。DFはボールを所持している奉太郎にプレスを仕掛けようとするが……

 

「朱宮!」

「ナイス、折木!」

 

 ワン・ツーでDFを交わす。ゴール前、GKはまたしても奉太郎に集中するが

 

「ハル!!」

「ナイスパス!奉太郎!!」

 

 完全にノーマークの俺にボールが渡った。

 

 ゴールとの距離、僅か5メートル。俺の放ったシュートは、ゴールネットを大きく伸びさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜、負けちまったなぁ!」

 

 クラスに戻る途中、俺と奉太郎と朱宮は並びながら歩いていた。奉太郎が言う。

 

「悪いな、俺らのせいで」

「気にすんなって、たかが体育だ。ムキになってやる方がバカバカしいぜ」

「珍しいな……」

 

 俺の呟きに、両手を頭の後ろに回しながら朱宮は意外そうな顔をする。

 

「何がだ?」

「いや、体育会系の連中って、体育の試合の勝ち負けにも結構こだわるのが多い気がしてな」

「あー、まぁ少なからずそういう奴らはいるだろうけど、俺達の場合は弱小だからってのはあるからなぁ。神高がそもそも運動部は盛んじゃないってのもあるけど。黄瀬がベンチなのは確かだが、大して俺達レギュラーやベンチの間に差があるわけじゃねぇんだよ。みんなで試合出て、練習する。そういう思い出作りみたいなもんさ。神高の運動部ってのは。ま、言ってしまえば顧問が勝ち負けにもこだわる奴ではあるけどな」

「顧問?誰なんだ?」

 

 奉太郎の声は、俺たちの横を通り過ぎた女子陣の笑い声でかき消されてしまった。

 昇降口から四階までの階段を登るところで、俺は見覚えのある後ろ姿を見た。噂をすればなんとやら、黄瀬隼人が松葉杖を付きながら階段を登ろうとしていた。が……

 

 朱宮は黄瀬を無視して、いや、気づかなかったのか、そそくさ階段を登って行った。流石に俺は見て見ぬふりはできないので、黄瀬に話しかける。

 

「おい、大丈夫か?」

「南雲か……悪いな」

 

 その声に気付いたのか、朱宮は振り返り、笑いながら黄瀬に言った。

 

「黄瀬、いたのか。気づかなかったぜ!」

「勘弁してくれよ……」

「悪い悪い」

 

 俺と奉太郎と朱宮は黄瀬の荷物を持ったり、肩を貸しながら四階までの階段を登った。

 登りきった所で、黄瀬は言う。

 

「また助けられたな。南雲、黄瀬に……」

「折木だ。」

「折木、お前ら古典部か?」

 

 黄瀬の発言に、俺と奉太郎は多分驚きの表情を浮かべただろう。

 古典部の知名度はそこまで高くはない。この前の《文化祭》でそれなりに上がったろうが、それでもまだ一般生徒からの認知は低いものだと思っている……。どこで知ったんだ……。あぁ。

 

「どうだった?夜の学校は?」

 

 黄瀬はバカにするように聞いてくる。

 

「掲示板の張り紙を見たのか」

「昇降口前だからな、嫌でも目に入る。」

 

 奉太郎が口を挟んだ。

 

「言っておくが、あれは俺達じゃないぞ。冤罪をかけられたんだ」

「へぇ、なんか面白そうな話だな。」

「ふん。もういいだろう。行くぞ、ハル、朱宮」

 

 そう言って俺たちは黄瀬に手を上げると、自分の教室へ向かった。

 

 

 







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